傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
この話の最後には、直接的な虐待未遂のシーンがあります。精神的な負担を感じる可能性があるため、ご注意ください。また虐待を推奨する意図は一切ありません。
『……必ず、必ずだよな!!母さん!!?』
あのときの竜弥の声が鮮明に思い出す。
竜弥は私のことをてっきり恨んでいるものだとしか考えていなかった。いや、今もきっと恨んでいるのだろう私のことを……。私はあの子や結衣にとって母親と名乗れるほどのことをしていないのだから……。
そう、あの子が出会ってからずっと……。
時々思うことがある。
子供なんて産まなければこんなことにならなかったのかもしれないと……。
元はと言えば、自分が招いた種。
周りの目を気にしてばかりで怯えて怖がって産まないということも出来ずに私は結衣のことを産んで……。あの子の父親にも言われたっけ。どうして産んだって……。それで別れを告げられて……。
結衣は結局、十歳まで育たせてしまった。私の過ちで産まれてしまった可哀想な結衣、せめて私みたいに毎日のように爆音が鳴り響ているこのパチンコ屋に来てどんどん千円札を溶かして行くだけの簡単なバカみたいなことをやるようなギャンブル狂いのクズにはなって欲しくない。当たりが出てもあー当たっただけか、という気持ちになる。こんな鬱々としながらもパチンコをやっているなんて何が楽しいんだろうか、私は……。
でも辞めることなんて出来ないんだろう。
これが最早生活の一部になってしまっているんだから……。
そしてもう一人……竜弥。
竜弥は私とも……結衣とも血が繋がっていない。
あの子は元々前の父親が連れて来た連れ子だった。
その連れ子が私が面倒を見る事になってしまってこの状況、笑う事しか出来ないだろう。でもあの子は……しっかりとしている。私や結衣と比べてもしっかりとしている子だ。前の父親の連れ子とは思えないほどちゃんとした子で私も結衣も助かっている。
留守番も一人で出来て料理も一人で出来て買い物も一人で出来て……本当によく出来た子だ。
……さて此処まで竜弥や結衣のことを話して来たが私のことは社会一般的から見ればきっとクズと呼ばれる存在に違いないだろう。別にそれを否定するつもりは全くない。こんなくだらないパチンコを毎日やっているんだから。クズと言う言葉が相応しい。いや、開き直っている時点で私はクズも同然だ。
「帰るか……」
今日も今日とて当たりというものが当たることはなく、私は帰ると言う選択肢を選ぶことにした。此処で帰ることはせずにもっと俺はやれると言った勘違いをする馬鹿もいるのかもしれないけど、私は今日はもう出るわけがないと思って此処から退散することにしていた。きっと本当は自分が此処にいるカス共とは違うと言い聞かせる為だったのかもしれない。
こんなものにハマってないと心の中で騙させる為だったのかもしれない、だとしたらあまりにも滑稽すぎて笑えてしまうかもしれない。最早後戻りすらできないほどにこんなカスみたいな金搾取機にハマってしまっているのだから……。いや、それだけじゃないな。私はパチンコ以外にも競馬、競輪……ボートレースと言ったものにお金を使っている。そのほとんどが当たった試しがなく、惨敗の日々を送っているがな……。
「竜弥の今月の給食費……どうするか」
この前みたいに遅れたりしたらきっと竜弥が悲しんでしまうかもしれない。此処で頭の中で自分の母親に頼ろうという悪魔の囁きが聞こえ始めて来ている。そんなことをしたら母さんのことを悲しませるだけだというのに私はその悪魔の囁きに従いながらも電話を掛けることにしたのだ。
「もしもし母さん……?」
「あら?どうしたんだい栞……」
栞、母さんがそう呼んでいたのは私の名前だ。
この名前を付けたのは母さんで読書が好きな母さんは娘の私に栞という名前を付けたらしい。
「今月もちょっと厳しくて……悪いんだけど竜弥の給食費振り込んで置いてくれないかな」
「構わないけど今月もかい?……仕事上手くいってないのかい?」
「…‥いや、上手くはいってるよ。ただ最近ちょっと経営がね……」
「そうなのかい……?じゃあ今月も振り込んでおくから来月はしっかり自分で払うんだよ?」
「うん、ありがとう……ごめん」
私は飾りでしかないただの返事の感謝の言葉を言いながらも電話を切る。
「なにがごめんだよ……」
私はパチンコ屋の壁を蹴り上げながらも自分に対して苛立ちを覚える。
自分がクズだということは納得している。私は本当にクズなのだから。ギャンブル中毒になって特に療法することもなく毎日ゴミ溜めのようなパチンコ玉や馬券を集める始末。それだけならまだ滑稽で笑える話だろう。だが私は二児の母だ。二児の母が自分の母親から金を搾取して巻き上げてる場合じゃないだろ。
まともな仕事につけよ……。
なんで私はいつもいつもこんなくだらないことの毎日をしているんだ……。変わらなくちゃダメだと言うことは分かっている。それでも私が変わろうとしないのは……。
"変わることが怖いからだ"
どれだけ頭の中では綺麗な言葉を並べても私は結局のところ変化というものを恐れている。また世の中の無常さに戻されて現実社会の歯車にされてしまうかもしれないと思うと、怖くて仕方なかったのだ。
「もういい、今日は本当に帰ろう……」
安物の時計で時間を見ると時計の針は既に20時を指していた。
もう帰るには悪くはない時間だろう。いつもだったらもう少しこのパチンコ屋に居たかもしれないが私は二度と来ねえからなと言いたげにしながらもパチンコ屋から離れようと車に戻ろうとしたときだった。
「隣居るのか、出るの少し後にするか……」
車の中に入る前に私は自分の隣の車の中に人が居るのを確認してから先にこの牢獄と言う名の駐車場から出るのを譲ろうと決めながらも車の中に入ろうとしていたがそのとき私の中で違和感が生じていた。
微かにだが……ガソリンの匂いがしていたのだ。
別に特段気にする必要もなかったことなのかもしれないが私の中でその違和感が徐々に大きなものになっていき、匂いの方へと向かおうとしたが現場は意外と近かったのだ。それは先ほど隣の車に座っていた人が車の中からガソリン缶を取り出しているのが目に入ったのだ。
「……なにやってるんですか?」
話しかける必要なんてないはずなのに思わず私は話しかけてしまった。
話しかけても絶対に面倒なことにしかならないというのは分かっていたはずなのにだ。
「早く離れてください……貴方も死にたいんですか?」
「……!?」
私はすぐに気づいた。
その人物が自分の車を燃やして自殺しようとしていたということに……。
「私は此処で死んで残された家族は私が死んだときに発生する保険金で生きてもらうんです。それが私に出来る唯一の償いですから……」
「償い……」
私は思わず……ああ、そうか。
そんな手もあったのかと内心驚かされていた。最も私は保険などは払えるはずもない為、母さんに入るお金などないだろう。此処で何も見なかったことにして車に戻って自分は此処から出るという選択も取れたのかもしれないが、私は取ることが出来なかった。こんな私と同じようなギャンブル中毒者なんて放っておけばいいというのに……。
自分の中にまだ正義感と言う名の純粋なものがあるとは驚いたがそれでもこの場を止めるべきだと頭で理解していたのだ。
「どうか落ち着いてください、貴方が死んで得たお金で入った金で家族は本当に喜ぶと思っているんですか?」
それは私が言えたことじゃない。
母さんやギャンブルから得た金で子供を養っている。本当にドブカスのような人間でしかない。きっと目の前にいる彼も私と同じようなものでこのパチンコ屋に吸われるようにして入って行き、引き出されるようにして現実に連れ戻されているんだろう。
「……それでも私はダメなんです。私はただのギャンブル中毒者です。家族にも平気で家庭内暴力を振ってるぐらいなんですから……!!こんなクズは……死ぬことでしか役に立てないんですよ!!」
……そうだな、私みたいなギャンブル中毒者も死ぬしかないのかもしれない。
でもそれでも今は死ねない理由がある。死ねない理由が確かにそこにあるんだ。
「家族を置いて死ぬんですか?自分だけ逃げるんですか?」
「!!?」
「自分だけ楽になろうなんて考えてませんか?」
軽い、あまりにも言葉が軽すぎる。
私がこんなことを言える立場じゃない。あまりにも滑稽すぎる。自分の目の前で人が死んで欲しくないあまりに私は自分でも自虐をしたくなるほど軽い言葉を使っていることがよく分かっていた。
「死ぬぐらいせめて……例え……例え」
「泥臭くても生きてください」
「それが貴方に出来る本当の償いのはずです」
どうにも軽いとしか思えない言葉の数々でも私の口から出る言葉には魔法と言うものが掛かっているのかもしれない。男性は手に持っていたキャップが付いているガソリン缶を落としていた。
「償い……?死ぬこと以外の償い……?」
「……そうです、死ぬ以外にも償う方法なら幾らでもあるはずです。例えば……これから先家族には暴力を振らないとか……どうしてもギャンブルをやめられないのであれば趣味の程度でやるとか……その程度のことでもいいんですよ」
「そうか、そうか……そんな手があったのか」
男の人は膝から崩れ落ちるようにして倒れて行った。
私のただ軽い言葉が本当に通じてしまったことに私は少し困惑していたが目の前で人が死ぬという最悪の結末だけは回避することは出来て私はホッとしていたのだ。
「あ、あの……ほ、本当にありがとうございました……な、なんてお礼を言ったらいいのか……」
「いえ、気にしないでください……」
私にお礼を言った後に車の中にガソリン缶を片付けた男性。先ほどまで軽い、軽いと言っていた私だったが自分の言葉で人を救うなんてそんなことが出来るんだということに少しばかり喜色が浮かんでいるような気もしていた。
「私は今日から……ちゃんと家族たちと向き合おうと思います。ギャンブルともちゃんと向き合おうとも思います……それでは……!!」
男性は車の中へと戻って行ったのを見て私は少し離れた距離から男性を見送って行った。
その車の背は決意のようなものを感じさせていたような気がしていたのだ。
「向き合う、か……」
私も竜弥や結衣と向き合うことが出来る日が来るだろう、か……。
来るのかもしれないし来ないのかもしれない。ただその日の夜のことは覚えている。
「お母さん、こんなご馳走何処で買って来たの!?」
「ああ……ちょっとスーパーで見切り品が売っててな……」
今日という日に良い事があった私は帰りに寄ったスーパーで作られているカレーを買って来ていた。こんなものでも手作りじゃなくても結衣は喜んでくれている、少し複雑な気持ちになりながらも結衣はカレーを食べ始めようとしていたが竜弥は食べようとしていなかった。
「どうした竜弥?カレー嫌いだったか?」
「母さんは食べないの?」
竜弥は私の分がないことにすぐに気づいて私のお腹が空けていないのかを確認してきた。
本当よく出来た子だな、自分を捨てた父親の子とは思えないほどだ。
「ん?私か…‥あーいや帰りに少し食べて来たからな。私はいい」
「ええ!お母さんズルい!!」
「悪かった結衣、次は竜弥と一緒に食べに行こうな?」
「絶対だよ!」
結衣が外で食べて来たという発言に対して少し不服そうにしているのを見て私は頬が緩んでしまっていたような気がしていると、竜弥は皿を自ら用意してそこにカレーとご飯を入れ始めていた。
「……半分食べていいよ母さん」
カレーとご飯を丁度半分ずつ入れてある皿を私に見せてくる。
「いいのか竜弥……?自分の分が減ってしまうぞ?」
「僕はいいよ」
「……本当によく出来た子だな、ありがとう」
「お母さん!!私の分も半分食べていいよ!!」
「じゃあ……貰おうかな。本当に……ありがとう二人共」
こんなドブカスでクズみたいな人間でも……私にとってはこの二人が宝としか思えなかった。
こんなにも心が汚れてしまった私に対して心の優しい言葉を言ってくれるのがこの二人なのだから、もしかしたら私はこの二人が居てくれれば変わることが出来るのかもしれない。ずっととまではいかないだろうけど、この二人が居てくれば私は本当の意味で変化が訪れるのかもしれない。
訪れるのかもしれないと思っていたのはその日までだった。
「クソッ、今日も駄目か……」
パチンコ屋にやって来ていた私は今日も今日とて金というものが搾取されるだけの機械の前に立って、吸われ続けていた。思わず台を叩きたくなる気持ちを必死にトイレの壁を叩く事で堪えながらも私はその日帰ることにした。
そう、私は……。
変わることなんて出来なかったんだ。どれだけ小奇麗な言葉を並べても醜い人間であり、ドブカスみたいなクズの人間でしかない。本当に笑えない冗談だ。他人には泥臭くても生きてみせろなんて言っているのに、自分は到底それが出来ていない。
「軽いんだよ、お前の言葉は……」
パチンコ屋を出て車の中に入り、エンジンをかけて私は家に帰った。
「おかえり……結衣はもう寝たのか?」
家に帰り玄関からは微かに光が見えていた。
「……そうだね、母さん。いつも通りぐっすりと眠ってるよ」
玄関で出迎えて来てくれていた竜弥が私の質問に対して答える。
結衣は私が帰る頃には大体はいつも眠っていることが多い。それだけ私の帰りが遅いということもある。
「そうか……私ももう疲れたから竜弥もすぐ寝なよ……」
疲れた、疲れたのは竜弥や結衣の方に決まっている。
毎日毎日私がやっていることと言えば馬券を握り締めて競馬場に行ったりパチンコでは止め打ち用のハンドルを毎日握っているだけ。誰にでも出来ることに違いない。本当にアホらしい。
「うん……」
竜弥は少し寂しそうにしながらも部屋の方へと戻って行く……。
もっと学校で何があったのかとか、今日は何か楽しい事があったとか聞くべきなのに私は聞き出そうともしていなかった。自分が疲れているというのを言い訳にして聞こうともしていなかったのだ。
「はぁ……」
竜弥が眠ったのを確認してから溜め息を吐いていた。
これから先あの二人は今後もっと大きくなっていくだろう。身長や体格だけではない心も何もかもだ。親としては二人の成長が見れていくのは嬉しいという気持ちがあるという反面。これから先の学費はどうするだとか、大学はどうするだとかそんなことばかり気になってしまうのは親として失格なのだろうか。金のことばかり気にしてしまうのはいけないのだろうか。
本当にもう……これから先のことが不安でしょうがない。
私はこれから先も変わることが出来ないのだろう。これから先もギャンブルを続けて行くのだろう。そうなったとき、大きくなったあの二人を養えるのか本当に不安なのだ。
「どうすればいいんだろうな……」
頭を壁に密着させながらも私は二人のことを考えていると、頭の中で魔の手が差し伸べて来ていた。それは……。
殺せば楽になれるかもしれないという最悪な発想。
「
矛先を向けたのは竜弥の方だった。
魔が差した状態で私は止まることなく今後考えられる状況を頭の中で再確認していた。竜弥は今年十二歳、来年にはもう中学に入っている。そして三年が経てば高校に入るだろう。そうなったとき、私は学費が払える自信がない。
結衣は十歳。
二年もあればどうにか金が手に入るかもしれない。そう思った私は竜弥の首元に手を向け始めていたのだ。そして恐らく私が竜弥の方へ手を伸ばしていたのは……間違いなく否定できないことがある。
それは何れ竜弥にも言われたことだったが……。
自分の子供ではない、ということだ。
「はぁ……はぁ……!!」
ゆっくりと竜弥の首を手で掴もうとする。
眠っている竜弥に対して首を絞めようとする行為に対して罪悪感を感じていない訳はなかった。それでも私は止まることが出来なかった。此処で殺せば楽になれるかもしれないという悪魔の囁きに乗せられていたのだから……。
だが……。
「殺せる……訳ないだろ……竜弥は……
悪魔の声が聞こえていた私は小声でそう言いながらも立ち止まることが出来た。
自分の悪魔の声に打ち勝つことが出来たのだ、心の奥底からホッとすることが出来ていた私は手を引かせようとしたときだった。
「いいよ……母さん。僕のことを殺しても……」
「え……?」
私は竜弥が何を言っているのか分かっていなかった。
十二歳とは思えない発言に私は手を震わせていたのだ。
「俺のことを……僕のことを……殺してくれて構わない。だけど……」
「妹だけはちゃんと守るって約束して……」
「竜弥……」
そんなことを言われて……そんなことを言われて自分の子供を殺せる親が居るわけない。
竜弥は気づいていたんだ。私が常日頃何処に行っていたのかを……。ギャンブル狂いになっていた私のことを……。それなのにそれでも竜弥は私のことを母親だと思ってご飯を分けてくれたりご飯を作ってくれたり……笑顔を向けてくれたりしていた。
そんな竜弥のことを殺すことなんて出来る訳がなかったんだ。
私には……。血の繋がりがなくても私にとってこの子は……竜弥は……私の子供なのだから……。
「ごめんね……」
私はこの日心の中にあった変わるのが怖いという恐怖心に対して初めて打ち勝つことが出来た。
このままじゃ一生私はギャンブル中毒者のまま。それじゃあ今日の日のようなことを繰り返してしまうだけ。それは本当に良くない。
なによりもう竜弥の悲しい顔は見たくない。
真っ当な人間になろう。
私は本当にそう思えたんだ。
だが……失敗してしまった。
「もういいよ、母さ……結衣も体調良くなったみたいだしさ……。だからもういいよ……」
「
竜弥の目は……哀れみな目から私に対して……。
失望したという目に変わっていった……。