傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「また来たんだ樫川……」
「悪かった?」
「いや、全然悪くないよ……。寧ろ絶好のタイミング……今から歌おうとしていたところだったからさ」
「今日はなにを歌ってくれるんだ?」
「うーん、そうだね……じゃあこの曲を歌おうかな」
千里は頭に手を置きながらも今日は何を歌おうか悩んでいるようだった。
その後、すぐに指パッチンをして曲の入りに入る。
千里の歌声は俺にとって特別そのものだった。
家に居れば母親にいつ殺されるかも分からないという恐怖心に怯え続けていた俺にとって千里の歌声を聞くということは心が安らぐものだった。曲自体は激しいものが多いけど、それでも俺は心が安らいでいた。
説明するのは難しいかもしれないが、千里の歌声というもの自体に元気が貰えているというそんな気がしていたのだ。だからそういう意味で安らぎというものを感じていたのかもしれない。
「ねぇ、樫川って楽器とかやってる?」
「楽器?カスタネットとかなら出来るよ?」
「却下」
突然楽器をやっているかどうか聞かれた俺はカスタネットを叩く仕草を見せると、千里は少し「ふっ」って笑いながらも駄目と言うのだった。
「じゃあトライアングルとかタンバリンとかは?」
「それも却下、そういえば音楽に関してはよく分からないって言ってたもんね」
トライアングル、タンバリンを叩く素振りを見せると再び千里が少し笑っているようだったがそれも駄目だったようだった。
「バンドのメンバーでも探してるの?」
「そう、高校入ったらバンドでもやろうかなって思ってさ。親は反対するかもしれないけどさ」
「親と仲悪いのか?」
「うーん?どうなんだろう、仲は悪くないのかもしれないんだけどアタシが音楽やることに関してはあんまり応援してくれないっていうか……どうせ長続きしないからやめておけって言われさ。普通に腹立つよね。そんなこと言われたら……」
千里はベンチに座りながらも足をぶらぶらさせながらも語っていた。
今ならすぐに分かる。千里がバンドをやるのを反対していたのは千里の将来のことを思ってのことだったのだろうと……。しかし、当時の俺は自分の親と同じだという勘違いと自分と同じという共感を勝手に決め込んで俺はこう言ったのだ。
「僕は……僕は綾川バンドをやったら応援するよ」
「綾川の音楽が好きだから……」
「樫川……」
それでも彼女の音楽を応援したい。
その一心で俺は彼女の背中をそっと押そうとしていた。
「ありがとう……」
お礼を言われた俺は少し恥ずかしくなっていた。
自分が始めて音楽に惚れこんだ少女に素直に感謝の気持ちを言われて込み上げてくる気持ちがあったからだ。
その後も来る日も来る日も千里がいつもいる公園へと来ては千里の音楽を聴き続けていた。そんなある日のことだった。
「……樫川ってさ、なんでアタシの歌よく聴いてくれるの?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いや……アタシ以外に音楽なんて幾らでもあるのにどうしてかなって……」
珍しく弱気な姿勢になっていたがこれが本来の千里だった。
本当の千里はメンタルが弱く、打たれ弱い性格だった。それまで俺はその性格を知らなかった俺は少し意外に感じながらも彼女の話を聞いていた。
「なにかあったの?」
「アタシ、ネットにも歌を投稿することがあるんだけど……。その度に言われることがあるの、こんなに下手なのにどうして投稿してるのって……」
「綾川の歌が?」
「うん……」
許せない、そんな気持ちになりながらも俺は一旦冷静な感情を取り戻していた。
ネットという電子の海についてはこのとき俺は全く分かっていなかったがそれでも千里に対して言うべきことがあると思い、俺はこう告げていたのだった。
「僕は……綾川の歌が好きだ。誰になんて言われようと好きだよ」
「どうして?」
「うーん……ごめん。深くは言えないんだけど……好きだからじゃ駄目かな?僕はこうして夜な夜な千里の歌を聞きに来て此処に来るのが来るのが好きなんだよね。千里の歌っていうものに凄く元気を貰えてる気がしてさ……だから僕はこれからも千里には歌い続けて欲しい。そんなこと言われようとも……。これは……僕のエゴかもしれないけど」
「樫川……」
きっとあのときの俺の言葉はエゴでしかなかったのかもしれない。
千里の歌声に助けられている気がしていたからこそ俺はあのとき千里が挫折しようとしているのを必死に支えようとしていたのかもしれない。
「ふふっ、そっか……アタシの歌がそんなに好きなんだ竜弥」
「え?今……竜弥って」
「いいでしょ?竜弥って呼んでも……竜弥も綾川じゃなくて千里って呼んでよ。そっちの方が
「対等か……うん。いいよ……千里!!」
対等という言葉の響きに俺は来るものがあった。
俺にとってこれまで千里という人物は目の前で音楽を聞かせてくれる人と言う印象が強かったがこの件以来、俺と千里はより距離感が強くなっていた気がしていた。
「竜弥、今日さ……激辛フェアがやっている中華料理屋があるんだって!行かない?」
「え?げ、激辛……?千里がカラオケ屋以外なんて珍しいな。僕食べられるか分かんねぞ」
「大丈夫」
あの日以来、俺と千里は学校が終わった放課後によく会うようになって一緒に出掛けることが多くなっていた。この日は千里に激辛フェアがある中華料理屋に無理矢理連れてかれることになっていた。因みに俺は必死に拒んだが本当に無理矢理連れてかれた。
「い、色んな激辛料理があるんだな」
千里に連れて来られた中華料理屋に来て激辛料理のメニューを見ると、そこには色んな料理の激辛があった。それこそラーメンや担々麺を筆頭に麻婆豆腐などチャーハンまで……。あまり僕が知らない料理名のものまであった。俺はとりあえず坦々麺を頼むことにしていた。
「うあっ、本当に辛っ……!!」
頼んだ担々麺が来て俺は箸で麺を掴んで口の中に入れると口の中には激痛が走ってはっきり言って食べる所ではなかった。急ぐようにして水を飲んで正面にいる千里の方を見るとまるでこの世の幸福を掴んだかのような幸せを掴んだかのような表情をしていたのだ。
「もしかして千里って辛いの好きなのか?」
「ん?ああ、そうだよ」
「そ、そうなのか……」
若干俺が引きながらも千里は口の中に麻婆豆腐を入れるのを止めようとはしていなかった。
ついには俺より先に完食して水を飲み干していた。あまりの速さに俺は驚愕しながらも担々麺を胃の中に消化し始めていた。正直言って担々麺というものでなければ俺は食べ切ることが出来なかっただろう。
「竜弥、口元に汁付いてるよ」
「え?あ、ああ……そうなのか?」
俺が口元をティッシュで拭こうとしたとき、千里が「ちょっと見せて」と言いながらもティッシュを手に持って俺の口元を……。
「な、なにしてんだ千里」
「……?なにって口拭いてあげただけだよ?」
「そ、そのぐらい自分で出来るぞ!?」
千里の行動に思わず声を荒げてしまっていた。
周りの人はなんだ、なんだと見ていたが状況をすぐに理解したのか「なんだ痴話喧嘩か」とすぐに意識を食事に戻していたが俺はその日ずっとそのことで頭がいっぱいいっぱいになっていた。
「今日の千里凄い積極的だったなぁ……」
顔を洗い終えた後に俺は今日の出来事を振り返りながらも顔を赤くしていた。
「お兄ちゃん、タオル此処置いておくよ」
「あ、ああ……ありがとう」
妹がタオルを洗面所の近くに置いてから俺の顔を鏡越しに覗いていた。
なんか俺の顔についてるんだろうかとちょっと不安げになっている俺に対してこの後とんでもないことを結衣が言う。
「……お兄ちゃん」
「なに?」
「顔凄いキモいよ」
「キ、キモ……!?も、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ」
「だって本当のことだもん」
結衣は部屋に戻って行った。
中学一年生ということもあってもしかして早めの反抗期が来てしまったのかもしれないという恐怖心に囚われながらも俺は自分の妹にキモいと言われたことに傷心を抱えることになりながらも俺はしょぼくれていたが……心の中であることだけは絶対に誓っていたのだ。
「僕、いや……俺もっと千里に相応しい人間になりてえな……。なんてこんなこと言ってるから結衣にキモいって言われるんだろうな……」
僕という人間が俺に変わったのは具体的にどの辺で変わったのは俺はあんまり覚えていない。厳密に言えば、千里に竜弥と呼ばれるようになってからだったような気がする。もう一つは千里に相応しい人間になりたいという気持ちに一心で徐々に自分の口調や一人称を変えていったのを覚えていたような気がしていた。
入学式の日。
クラスが一緒だったということは既に知っていた為、俺は誰も居ない教室でただ一人千里が同じクラスだということを喜んでいるとガッツポーズを終えた後に千里が教室の中へと入って来ていた。
「本当に同じ高校来たんだね竜弥」
「ああ、言ったろ……俺も千里と同じ学校に行くって」
「そうだったね」
この頃はもう俺が俺と呼ぶにはかなり馴染んでいた。
但しその行為によって二つの人格を殺したという意識は俺にはなく、この人格が後に多大な精神的なものを背負い込むことになるというのは俺にはまだ知る由もなかったことだった。
「なるほど、キミが千里の友達か……いつも娘がお世話になっているそうだね」
「……千里のお父さん?」
入学式を終えて母さんが俺達二人の写真を撮ってくれた後、千里のお父さんと思われる人が俺に話しかけて来ていた。千里のお父さんは最初見たとき厳格がある人礼儀正しい人すぐに分かった。
「あの子は随分キミに勇気を貰っているようだね」
「い、いえ……俺はなにも……」
「謙遜するのはいいことだ。だけど、キミはあの子の力に十分慣れているに違いないはずだ。それじゃあ私はこれで……」
「聞いていた話と全然違うな……」
千里の口ぶりから聞いた人とは全く違うことに俺は正直違和感を感じていたのだ。
千里が俺が自分の父親と話していたことに気づいたのか、すぐに駆け寄って来て「変なこと聞かれなかった?」と言われたが俺は首を横に振っていた。千里は肩を落とすようにして「良かった」と言いながらも母親のところに戻って行くのを見て、俺は先ほど母さんが撮ってくれた千里と俺の写真を見ながら「親か……」と一人で言っていた。
「それで千里、今日から本格的にバンドのメンバーを探すんだよな?」
「うん、入学式も終わってオリエンテーションも終わって学校も落ち着いて来たでしょ?そろそろ頃合いかなって」
千里の言う通り、この頃にはもう高校生活も普通の学校生活と何ら変わりない生活へと変わり始めていた。部活を始める奴は部活を始めて、委員会に入る奴は委員会に入って図書館に勉強したり家に帰ったりしている奴らが見え始めている頃だった。
「それで目星は付いてるのか?」
「うん、そこに眠っている子がいるでしょ?」
「ああ、月見里琉藍だったか?」
「うん、琉藍はドラムが出来るって話を聞いたからちょっと聞いてみるよ」
放課後の教室。
千里は早速机の上に手を置いて顔を隠している少女の下へと向かうのだった。
「月見里琉藍だよね?」
「ーん?むにゃむにゃ……」
千里と共に俺は琉藍のところまで来たのは良かったものの彼女は教室の机の上で気持ち良さそうに眠っていた。
「よく寝てるな……」
「そうだね、本当に気持ち良さそう……。でも今は起きて貰わなくちゃいけないから……」
千里はどうやって起きそうかを考えた後に結局体を揺さぶって起こすことにしていたようだった。
「ううっ……」
彼女の体を揺さぶっても起きる様子がなかった。
それどころかこっちまでが眠くなりそうになっていた。
「全然起きる様子がないな」
「……どうしようかな」
全然起きる気配がない琉藍に対して少し困惑している千里。
「竜弥、なにかいい方法ない?」
「いや、俺に言われてもな……。こんなにもぐっすりと眠られていたらあんまり強引に起こすのは良くないだろうしな」
「それなんだよね……」
同じクラスだった為、琉藍がよく眠っているのは知っていたこと。
しかし自分の目の前に複数の人間が立っていてそれでも起きないというのは睡眠を取ったら絶対に眠るというタイプなんだろうというのが伝わって来ていた。
「なんか琉藍の寝ている姿を見ていたらアタシまで眠くなって来たかも」
「俺も正直眠くなってきたな」
此処まで気持ち良さそうに昼休みという時間を使って昼寝をしている姿を見るとこっちまで本気で眠くなってしまいそうになっていた。俺が欠伸をしながらも琉藍のことを見ていると千里が「寝ないでね?」と俺の背中を擦って来ていた。
「むにゃむにゃ……さっきから騒がしいなぁ……」
「寝言……?」
「いや、この感じは……」
琉藍はゆっくりと起き上がりながらも背伸びをして大欠伸をしていた。
その後、目を擦りながらも「眠い」と何度も呟いていると、もう一度眠りに入ろうとしたのを見て千里が声を掛ける。
「ん……あーもうこんな時間だ。ご飯食べないと……」
琉藍は完全に俺達が居ることに気づいておらず、自分のペースを崩さないようにしていた。
バッグの中から自分の弁当箱を取り出して食べ始めようとしていた。
「ねぇ琉藍……もしかしてこれ自分で作ったの?」
「ん……?……ああ、千里だっけ?あーいや……これ私じゃなくて親が作った奴なんだ。いらないんだけど作ってもらってって食べないってのも悪いから食べてるんだ」
「意外と凝ったお弁当だな」
琉藍は口の中にタコさんウィンナーを入れて喉へと通してから喋り始めていたのを聞きながらも、俺は琉藍のお弁当箱を見るとやけに凝ったお弁当の中身をしていることに気づく……。弁当の中身は愛らしいタコさんウィンナーが複数匹、まるで波打つ海の中を泳ぐようにして並んでいる。
更に事細かく弁当の中身を見るとふんわりとしてそうな黄金色に焼きあがれている卵焼き。そしてすぐ隣には彩りな野菜たちが勢揃いしていた。全てが一口サイズに小分けされており、白いご飯と黒の海苔の対比が上手い具合に出来ており、どれも手作りというのが見るだけで伝わって来て手間暇かけているのが分かっていた。
「そうなんだよ、千里少し食べる?」
「いいの?」
「うん、ウチの親結構多めに作るから毎日食べるの面倒だから。少しならいいよー」
琉藍は箸で唐揚げを掴んで千里の口の中に入れていた。
「美味しい」
「でしょ?竜弥だっけ、竜弥も食べる?」
「いいのか?」
「別に私は構わないよ」
と言われて俺は琉藍が爪楊枝が付いているタコさんウィンナーを渡して来ていた。
琉藍から受け取ったタコさんウィンナーの楊枝部分を掴んで俺は口の中へと居れると、パリッとした食感が口の中に広がり、出来あってすぐかのような味までしていたのだ。
「確かに美味いな……」
「でしょでしょ?まあウチの親はこういうお弁当作るの得意だからさー」
「弁当か……」
琉藍と千里が楽しそうに話しているのを横目に俺は心の中の闇に引きずり込まれそうになっていた。考えてみれば俺は一度もあの人、母さんに弁当なんていうものを作ってもらったことがないというのを思い出していたのだ。
だからこうやってお弁当を作って貰えるというのは少し羨ましかったのだ。
「んで?竜弥と千里は私に何の用で来たの?」
「そうだった、琉藍って確かドラム叩けるって聞いたんだけど……」
「ーん?ああ、まあそうだよ?もしかしてバンドのメンバー探してるとか?」
「うん、実は今バンドのメンバー探してて」
頬杖をしながらも琉藍は「うーん……」と言って悩んでいるようだった。
「ドラムは……あんまり目立たないよね。あーでもバンドだから絶対に目立つよねぇ……。いや、MCとかしなかったら最悪目立たないんじゃないかな。でもバンドの方針次第では目立つ可能性もあって面倒そうだしなぁ……」
小声で色々言いながらも琉藍は頭をフル回転させていたが最後に出ていた言葉は……。
「やだ」
最終的に琉藍から出た言葉はたった一言だけだった。
「はぁ……やっぱり駄目だったか」
「もしかして分かってたのか?」
「ん?まあね……琉藍はあまり面倒なことはやりたがらないって聞いてたから……。もしかしたらワンチャンあるかもしれないって思って聞いてみたんだけど……やっぱり駄目だったかぁ」
下駄箱で千里と俺が琉藍のことについて話しながらも靴を取り出していた。
琉藍はあまりクラスでは目立たない立ち位置なのはある程度、知られていたのだが何故か彼女が面倒なことをやりたがらないというのも知れ渡っているようだったのだ。噂、というものがそういうものを知らせていたのかもしれないけど実際はどうなんだろうな……。
「……あれ琉藍じゃないか?」
「待って竜弥、何処行くの?」
「何処って……追いかけるんだろ?琉藍のことを」
「……うん!」
校門を急ぐようにして出ようとする琉藍を見て俺は急いで靴を履いて琉藍の後を追いかけようとする。続くようにして千里もまた琉藍のことを後ろから追いかけようとする。
「これもしかしなくてもアタシ達、ストーカーだよね?」
「だな、二人揃って取調室でかつ丼でも食べに行くか?」
「アタシは捕まる気ないよ」
「もしかして俺だけ捕まらせるつもりか……」
互いに冗談を言い合いながらも琉藍のことを建物の陰から陰へと移動しながらも追いかけていた。周りから見れば何をしているんだこの高校生たちは、と怪しまれていたかもしれない為、いつ通報されてお巡りさんにお世話になっていてもおかしくはない状況だった。
「そうなってもアタシだけは竜弥はやってないって言ってあげる」
「千里……」
……こんな記憶も確かにあったな。
ボウリング場のトイレで俺は泣き叫びながらもあの日、千里があんなことを言う訳ないと言っていたあの日のことを思い出す。もしかしたら千里は俺が本当に"そういうこと"をしたとしても庇ってくれるかもしれない。
いや……それは流石に現実逃避し過ぎだ。
きっと怒るだろうな……。どうしてそんなことしたのって……。
「楽器屋入ったみたい……ほら行くよ竜弥」
「あ、ああ……」
楽器屋の中に入って行って俺達はすぐに琉藍のことを探し始めていると、鼻歌混じりにドラムを叩くような音が聞こえて俺達は音の方向へと向かうと、そこにはドラムが叩いている琉藍の姿があった。当時の俺は音楽のことが分からないから案の定曲なんて分からなかったが千里は少し関心した様子で琉藍のドラムを叩いてる様子を見ていた。
「ヘビーメタル……」
千里が小さく言っているのが聞こえていた。
ヘビーメタル、名前の響き的になんて激しそうなジャンルなんだと馬鹿なことを考えている俺。
ただ俺にも分かることがあった。
彼女は楽しそうにドラムを叩いているということだ。彼女の目は輝いており、小さく笑みを浮かべていた。ドラムのスティックが空を切り、再び叩く度に一打一打に喜びが詰まっているようだった。彼女がドラムを叩く姿は無邪気で、音楽と一体になった自由の証のようなものだった。
「はぁ……最高だった……」
彼女は椅子から立ち上がり、汗を拭きながらも俺達が此処にいることに気づく……。
「……居たんだ」
「ドラム凄い上手いんだね……叩いているとき本能のままに叩いてるっていうのが伝わって来たよ」
「面倒なことを嫌いな私にとってドラムが私の感情表現みたいなものだから……」
片手でシンバルに触れながらも琉藍は言っていた。
彼女のドラムを見る表情は何処か愛情のようなものが湧いているようにも見えていた。
「……じゃあさ、その感情表現っていうの私がやろうと思ってるバンドでやってみない?」
「強情だね……やらないって言わなかった?」
それだけ言って琉藍はその場を去る。
楽器屋の中では入店したときの音楽だけが鳴り響いていた。
「あら?もしかしてあの子……帰っちゃったかい?」
「え?はい……」
「そうだったのね、あの子が他の子と話しているなんて珍しいと思っていたけど……二人はあの子のお友達って訳じゃないわよね?」
「まあ……知り合いってところですかね」
店内の方に戻って来ると、俺が話に答えるとそこに居たのは白髪のご高齢のお婆さんだった。
「あの……貴方は?」
「ああ、名乗ってなかったわね。私はあの子の祖母の月見里瑞穂……」
「琉藍のお婆さん……?」
千里が気になって目の前にいるお婆さんに名前を尋ねると琉藍のお婆さんと名乗る、瑞穂という女性だった。確かに言われてみれば何処か琉藍と似ているような気がすると感じていると瑞穂と名乗っていたお婆さんは「ふふっ」と笑いながらも俺達の方を見ていた。
「あの子をバンドに誘おうとしていたんだろ?」
「分かるんですか?」
まるで超能力でもあるかのように瑞穂さんは千里がバンドに誘おうとしていたことを聞いていた。
「そっちの子は音楽をやっているのがひしひしと伝わって来てね。見たところそれなりに音楽経験もありそうって感じだね」
「そうなん……ですかね?」
千里は自分が音楽経験が豊富という言われて少し疑問に感じているようだった。
俺はその言葉に違和感というものを全く感じていなかったが、千里的には何か引っかかるものがあるんだろう。
「疑問形ってのは気になるけど……あの子をバンドに誘うのはやめておき。本人も言っていたけど、あの子は協調性の欠片もない子だからあの子はバンドには向いていないよ。ただ……」
「ただ……?」
「あの子には前から伝えていてね。もし自分の音楽を預けられる子が現れたときだけバンドを組みなってな……」
「じゃあ……それにアタシがなればいいってことですよね?」
千里の意思表示ははっきりとしていた。
固い決意を固めている千里にとって琉藍の性格のことなどどうでもいいことだったのだ。
「あの子にそんなに拘る理由はなんだい?見たところ、本当にただの知り合いってだけだろう?」
「瑞穂さんの言う通り、本当にただの知り合いです。クラスに楽器をやっている子が居ると知って誘おうとしていただけでしたが、琉藍の魂が宿ったビートを見て私は確信したんです。あんなにも楽しそうに笑いながらドラムを叩く姿を見て絶対にバンドに入れたいって……」
「……あの子をそこまで評価してくれるのはアンタが初めてかもしれないね。こりゃあ本当にバンドに加入しちまうかもしれないね……じゃあアンタの健闘を祈って……一曲聞いていきな?」
「いいんですか?」
「ああ、構わないよ」
背筋をぴんと伸ばした瑞穂さんがドラムセットの前に座る。
ドラムスティックを握り締め、空気が張り詰める。その瞬間、昭和の懐かしい感じのようなメロディが蘇るかのように、彼女は魂を込めてドラムを叩き始めていた。
「琉藍と同じヘビーメタル……」
千里は少し驚いたように瑞穂さんの演奏を聞いていた。
激しい重厚なリズム。彼女の足がバスドラムを叩く度に、地響きのような低音が響き、シンバルの音が部屋いっぱいに広がる。鼻歌混じりに曲のメロディに合わせ、情熱が溢れ出るように彼女の手がスネアやタムを駆け巡っているのを見て俺は魅了されていた。年齢を感じさせないその姿からは、ヘビメタの魂というものを宿っていたのだ。
「瑞穂さん、もしかして……貴方は……グロリアスの……」
「知っているのかい?私のことを……?まあそれなりには売れていたと自負しているつもりだからね。でもそれはもう昔のことさ……。それじゃああの子のこともし頼むことがあれば頼むわよ」
千里の目はキラキラと輝いていた。
目の前にいる人物が自分が知っている人物だと分かって嬉しそうにしていたのだ。
「はい……!!あの今日はこんなにも熱があるものを見せてくれてありがとうございました!!」
「構わないよ、あの程度のことで喜んでくれるならお安い御用さ。それじゃあ、今度こそまたいつか会おうじゃない」
「はい……!またいつか!!」
千里は瑞穂さんの演奏を聞けて本当に嬉しそうにしながらも「ありがとうございました!」と言いながらも楽器屋を後にするのだった。
「待ちな、アンタはあの子の音楽に惚れてるのかい?」
「はい」
「そうかい、アンタを最初から見たときあの子の音楽に惚れ込んでいるっていうのがなんとなく伝わって来てね。世の中にはそうやってちゃんと芯まで見てくれてるっていう奴は少ないからね。あの子の音楽……大事にしてやりな」
「はい……!!」
瑞穂さんに言われるまでもなかった。
俺はこれからもずっと千里の音楽を好きで居続けるつもりだった……。
そして次の日の放課後、俺と千里は昨日同様楽器屋へと来るとそこには琉藍がドラムを叩いていた。彼女の表情は昨日と同様、曇りも無き眼で自分の世界へと入りドラムを叩いていた。
「また来たんだ……」
「うん、琉藍をバンドに入れたいから」
ドラムを叩き終えた琉藍は昨日のように一目散に帰る準備をして退散することはなく椅子に座っていた。
「どうしてそんなに私に拘るのさぁ?バンドのメンバーを探すなら他にももっといっぱい居ると思うよ?」
「琉藍の演奏を聞いて思ったの。私は月見里琉藍を私のバンドのドラムに入れたいって」
「……どうしても?」
「どうしても」
気持ちを譲るきがない千里に対して琉藍は溜め息を吐きながらも……立ち上がりドラムスティックを椅子の上に置きながらも千里の前に立つ。
「昨日おばあちゃんに言われた……千里はちゃんと私のことを見てくれているって……。私のドラムが好きっていう意志表示を見せてくれているって……本当?」
「うん、私は琉藍が叩くドラムが好き。自分の鼓動を通して伝わるドラムの音が私は好き」
「……はぁ、そこまで言われちゃ仕方ないかぁ。じゃあいいよ、千里のバンドに入ってあげる」
「いいの?」
改めて千里が確認をすると、琉藍は得意げにサイズが大きい制服の袖を揺らしながらも笑う。
「寧ろ私みたいな面倒くさがり屋でもいいなら全然構わないよー。ただ条件があるの、おばあちゃんがよく言っていたの。一人はみんなの為にも、みんなは一人の為にって……私にはまだよく分からないけどさ……ワン・フォー・オール・オール・フォー・ワンって言うんだっけ?」
「一人はみんなの為にも……みんなは一人の為に……か。いいねそれ」
この単語が後に千里達のバンドの名前になることになるのだった。
「うん、私もそう思う。じゃあよろしくチサ」
「チサ?」
「あだ名、そっちの方が親しみやすくていいでしょ?」
「そっか、よろしくね琉藍」
「うん、よろしくチサ」
琉藍が袖口から手を出しながらも千里の手を取って握手をしていた。
「リューもよろしくね」
「ああ、よろしく琉藍」
竜弥だからリューということに気づいた俺はすぐに返事を返していた。
俺達はこうして最初のバンドメンバーである琉藍を加えることに成功した。千里は次に本格的なバンドの形成のためにもギターを加えようとするのだった。
「ふふっ、どうやら……バンドメンバーを探している人達が居るようだね……これは我が眷属じゃなくて……一行になる機会かも」
「……?」
「わぁぁぁっ!?な、なに!?あ、怪しいもんじゃないよ!?」
紫髪のボブへアーの少女が楽器屋で楽譜に関する本を読みながらも何か独り言を言っているのが聞こえていた。俺は彼女の言葉に耳を傾けていた。
「……もしかしてバンド入りた「リューなにしてるの?早く行くよ」」
「あ、ああ……」
楽器屋の出入り口で待っていた千里と琉藍に話しかけれた俺は紫髪のボブへアーの少女と話を切り上げて楽器屋の外に向かうのだった。俺はこのとき全く気付いていなかったが……。
「あ、ああ……!!!バンド入れてくださいって言えなかった……!!てか私無視された訳じゃないよね!!?無視だとかだったら私滅茶苦茶悲しいんだけど!!?眷属とか言ってたの聞かれてないよね!?」
後のベース担当の姫咲香織だったのだ。