傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「路上ライブ……?」
「……ん、今まで言ったことなかったんだけど私のおばあちゃん実はライブハウスのオーナーもやっててそれで色々とライブのことに関しては詳しいんだ。あーでもライブハウスはまだ早いって言われてさ……それで路上ライブの許可を警察とか色々とかから許可を得たらしいんだよねー。よく分かんないだけどさ」
「千里、これはある意味チャンスだよ」
「……えぇ!?どう考えても無謀じゃない!?」
香織が机の上からひょっこりと顔を出しながらも「やめときなよ!」と恵梨のことを止めようとしていたが、恵梨は躊躇う事などせずに「出るべき」とはっきりと断言していた。
「確かに香織の言う通り、無謀。今からだと練習を積み重ねないときつい。それでもこれは私達にとってはチャンスでしかない。私達の名前を知って貰う為の……いや……ごめん。でしゃばり過ぎた……千里はどうしたい?」
「いいよ恵梨、恵梨の言うことも香織の言うことも実際正しいから。確かにライブするなら今日からずっと練習をしないとどうやっても形にはならない。でも……このチャンスを私は活かしたい。私達のバンドは名前すらも決まっていないバンドだけど、それでも私はこのバンドで……このチャンスを掴み取って三人で最高の路上ライブだったねって言い合って私達を色んな人が知って欲しい」
「……じゃあ決まりだね、千里。琉藍はどうしたい?」
「ーん、チサやエリーが出たいって言うなら私は何も言わない。面倒だけど……」
「えぇ!?本当に出ちゃうの!!?」
「無理無理絶対無理」と言いながらも首を横に振りまくっている香織に対して三人は反応することもなく、早速ライブハウスへと向かおうとするのだった。
「此処と此処……後此処も入れてください」
ライブハウスに来た千里は恵梨と共に練習するためのスタジオを借りようとしていた。
その間に琉藍はペットボトルに入った水を飲みながらも落ち着いた様子でのほほんとしていた。
「音楽室借りるのも一つの手だったけど部活で使ってるから仕方ないよねー」
「そうだね、アタシ達には時間がないから折角のチャンス逃す訳にはいかない」
戻って来た恵梨と千里の前は琉藍のところに行くと、琉藍はペットボトルを手に持って借りたスタジオの方へと歩き始めていた。この日空いていたのはかなり運が良かった。すぐにでも取り掛かり始めた千里達はスタジオの方へと向かった。香織はというと、「こ、こんなところに居られるか!私は帰るぞ!!」と言って帰ってしまったようだった。
それ以降、スタジオでの練習の日々が続いていた。
ボーカルは出来るのが千里と恵梨が居たが恵梨が千里にボーカルを譲っていた。恵梨はギターとなり、琉藍はドラムとなっていた。
三人の練習の成果は日を重ねて行くごとに上達していたのが目に見えて分かっていた。最初こそは出だしの三人の音がまったく合わなく難儀していたことが多かったがなんとか合図を送ることでそれも解消されていった。これも似たようなものだが恵梨以外はそれぞれ初めて他の人と旋律を合わせるということもあって次へ次へという気持ちが先攻し過ぎて急いでしまうようなところもあった……。
「みんな上手くなっていくな……」
三人のスタジオ練習の休憩時間に俺は飲み物を注文して椅子に座っていた。
自分は基本的に千里達から「どうだった?」と感想を聞かれてそれを答えるという責務を任されされていた。自分だけ取り残され何も出来ないという不甲斐なさはあったがあの三人がこれまで以上に頑張れるということを信じようとしていた。
「琉藍、お疲れ」
「ん、お疲れ……リュー」
琉藍もまた飲み物を注文したようで椅子に座り込んでからコーヒーを飲み始めていた。
「毎日私達の練習見に来てくれるけどそんなに暇なのリュー?」
揶揄うようにして笑う琉藍。
「……まあバイトを始めたとはいえ、それ以外はやることなんてないからな。それに好きだしな、琉藍たちのバンド」
俺はこの頃からバイトを始め出していた。
バイトをしていたいのは俺が後にお世話になる喫茶店の二号店のような場所だった。俺はそこでバイトとして働き、自分で言いたくないが後にイケメン高身長店員とまで呼ばれるようになった。自分で言うと安っぽく感じるからあんまり言いたくないが……。
「良かったな、バンド名……」
「あーワンフォーオールのこと?一人はみんなのためにか……」
「おばあちゃんが格言にしていた言葉でもあったんだろ?」
「ん、まあそうなんだけどね……三銃士の一人であるダルタニャンがその昔叫んだ言葉でね、今じゃラグビーとかで使われているような言葉だったりするんだけど……。その言葉がおばあちゃんは大好きだったんだって……だからおばあちゃんはその言葉を自分の胸にしまってバンドとしての生き様にしたって何度も聞いたよ。まあワン・フォー・オール、オール・フォー・ワンじゃ流石に長いから、ワン・フォー・オールで区切らせてもらったけどねー」
バンド名を決めることになり、琉藍は偶々おばあさんがよく言っていた言葉を名前に出したところ千里に採用されて、恵梨がどういう意味なのかと聞いたところ、そのまま採用となった名前だった。すぐにでも決まってしまった為、琉藍は呆気に取られていたがまあいいかという感じであり、流石に長すぎるということで一人はみんなのために、という意味が込められている方のワン・フォー・オールだけが残されたのだ。
「ねぇリュー、なんで私達のバンドがそんなに好きなの?バンドなんてそこら中にいっぱいあるじゃん?」
「まあ確かにそうかもしれないけど俺は琉藍たちがやっているバンドが好きなんだよ」
「なんで?」
足をブラブラとさせながらも水を飲みながらも素朴な疑問を俺に投げかけていた。
「なんでって……言葉にするのは割と難しいかもしれないけど琉藍たちがやっているバンドには人に響かせるようなものがある気がするんだよ。俺は音楽には疎いからよく分からないけど」
「ふーん、じゃあ私はどう思う?」
「琉藍のドラムは凄いと思う。なんていうかこう……楽器を叩く前はダルそうにしているけどいざ叩くと楽しそうにしながらも魂で叩いているって感じが俺はそういう琉藍のとこが好きだぞ」
「そっか、好きなんだ?ふーん?」
ニヤついた表情を浮かべながらも琉藍が俺の方を見ていた。
何処からどう見ても揶揄っているようにしか見えない場面であり、俺はこう返したのだ。
「俺は変な意味で言ってないぞ」
「分かってるよ……本当に……ありがとう……ね」
積み重ねた練習の結果、日々は過ぎて行く六月の季節がやって来ようとしていた。
季節は既に梅雨の時期を感じさせる時期となり、スマホの日付や天気を見ながらも路上ライブの日が雨が降らないようにということだけを祈る日々が続いていた。
「三人共、頑張れよ」
もとより俺に出来ることなんてのは限られている。
路上ライブの為に準備をしているのは俺は始まるまでの間、遠くから眺めていた。俺はこのときもう既にでしゃばるべきではないと決めていたのだ。遠くから見て三人の実力というなの音を確かめて最高の路上ライブだったと言い合いたかったのだ。
『竜弥……アタシはやって見せるから……』
『千里……。ああ、やってこい……』
『うん……私達のライブ……!見てて!!』
『竜弥……千里のことなら任せて……。私が支えるから』
『ああ、頼む恵梨』
千里や恵梨から連絡が来て、俺は恵梨に千里を託した。俺が出来ることはこれが最後。千里達のことを健闘を祈るだけだ。此処からは路上ライブの前で三人の最高のライブを見届けるだけ見ているだけしか出来ないというモヤモヤとした感情を抱きながらも俺は近づき始めていた。
「千里……恵梨……琉藍……見せてくれよ……」
前に来た俺はまるで腕を組み、此処で千里達の前をただ通り過ぎろうとしている人達。存分に音を聞け!と言わんばかりになりそうになっていたのをグッと堪えていると、恵梨がギターを軽く弾き始めていた。
初ライブ最初から晴れて大成功というわけには行かなかった。
と言うのも千里は歌い始めたのはいいものの歌詞を飛ばしたりしてしまったりしているのだ。歌という声は確かに素晴らしいものだが、本番という舞台でこのようなことが起きてしまって誰も止まることなく目の前を通り過ぎようとしていたのだ。
周りを見れば青春を感じさせるものはあるかもしれないがそれだけだという現実を見せつけながらも俺は……俺としては本当の千里達はこんなもんじゃねえと言いたくなってしまうほどだったが俺は拳を握り締めて早る気持ちを抑えていた。
「千里……」
このときの俺に千里の中でどんな変化が起きてるのか分からなかったが俺はただ見てることしか出来ないということに対して本当に頭がどうにかなりそうだった。
「此処で声を上げたら台無しになる……」
声を上げて頑張れと言うのはとても簡単なことだが千里の為にならない。俺は心を鬼にしてなんとか黙り込んでいた。
「み、皆さん初めまして……!!ア、アタシ達は……ワン・フォー・オールです!!一人はみんなの為に……みんなは一人の為にをモットーにしているバンドです!!今日が初ライブということで皆さん、名前だけでも覚えて帰ってください!!」
「なんかあの子噛みすぎじゃね……?」
近くを通った人が言っていた言葉が今でも覚えている。
その人の言う通り、千里は今焦っていたのだ。千里は路上ライブというのを今まで何度だってしてきたことはあったものの、こうして誰かと一緒に合わせて歌うことなど練習以外で全くしたことがなかったのだ。遠くから見ているときも何度か駅前のお手洗いに駆け寄っている姿を見かけては恵梨や琉藍に心配されている姿を見ていたからこそ俺には分かるのだ。
千里は初めてする本番というものに弱かったのだ。
一度だけ千里の口から聞いたことがあった。千里は路上ライブや歌ってみたを初めてしたころ、本当に粗末なもので全然駄目だったと……。彼女の精神的なものが全く追いついてなかったのだ。
二曲目に入っても尚、同じような状況が続いていた。
流石にもう見てられないと感じた俺は声を上げようとしてしまっていたその瞬間……。
「Aya!!」
俺と一緒に立ち止まっていた女性の声で彼女を呼ぶ声が俺には心臓を通るようにして聞こえていた。俺は聞こえた方向を見るとそこには大きな声で「Aya!!」と呼ぶ声が聞こえていたのだ。その声が千里の下に聞こえたからなのか、恵梨はギターアレンジを入れ始めながらも口を開け始めたのだ。
「恵梨……」
恵梨は歌詞を飛ばし飛ばしで歌っていた千里を誘導するようにして歌い始めたのだ。千里は隣で歌ってくれている恵梨の姿をチラッと見た後にその後を追うようにして歌い始めると、二人の歌声が掛け合わさったのだ。
二人の抜群の歌声が響くなか、伴奏に入ると琉藍が気合を入れてドラムを叩き始めていた。千里は一旦二人の方向を向いて合図を送るようにして頭を少し下げてから人通りの方を向き直すと、そこには疎らではあるが人々が立ち止まり始めていたのだ。
「あの子、急にスイッチ入って良かったなぁ……!」
「歌も演奏も全然良いし、あの子達がライブハウスで演奏してくれなら観に来たいよな!!」
「Aya滅茶苦茶良かった……」
何曲か演奏を終えた後見てくれていた人達が帰る足音と声が聞こえながらも、俺はたった一人残り、他のお客さん達が帰って行く姿を見ながらも「良かった良かった」という声が聞こえていて俺は心の底からホッとしながらも先ほど「Aya!!」と叫んでくれた女性に対して心の中でお礼を言っていた。
俺を後ろを振り返ると、琉藍のおばあさんらしき人を見かけて俺が会釈をするとおばあさんはグーサインを出して来て「今日のライブが良かった」という意思表示を示してくれたことに俺は喜びながらも俺は三人のライブのことをゆっくりと一歩ずつ噛み締めていた。
「お疲れ、千里と恵梨……あれ琉藍はどうしたんだ?」
恵梨から公園に居るという情報を得て公園に向かうと、千里と恵梨の姿はあるが琉藍の姿はなかった。ベンチに座って「うへぇー疲れた」というのを想像していた俺は何故彼女が居ないのか少し気になっていると千里と恵梨は少し話しにくそうにしていたが恵梨は息を吸ってから話を始める。
「……おばあさん、急に倒れたらしくて今病院行った」
「!?」
恵梨から語られた言葉に俺は驚愕していた。
琉藍のおばあさんが倒れた……?それっていったい……?と俺の頭は思考が止まっていた。
「いや、さっきライブ見に来てたろ……?元気そうだったぞ」
「……帰るときに階段で踏み外したいみたいでそのまま倒れたらしいの」
恵梨が説明するのをやめると続けるようにして千里が話を再開する。俺が此処に来るまでの間は大体ニ十分ぐらいあった。それもあって、俺はさっきまで元気だったろと言ってしまっていたのだ。
「竜弥……今日病院に行くのはやめた方がいいと思う。行っても野次馬にしかならないと思う」
「……分かってるよ恵梨」
俺は居ても立っても居られない気持ちになっていた為、今からでも病院に行こうかという早まる気持ちはあったが恵梨がそれを見抜いたのか止めてくれていたのだが、俺は踏み止まることが出来ずその場を立ち去ると、恵梨が遠くから溜め息を吐いているのが聞こえながらも俺にどこの病院に向かったのか教えてくれていたのだ。
「いた……」
俺は恵梨から教えてもらった情報を基に病院に辿り着いた。こういう場合は大体、救急病棟に居ることが多いだろう。向かった先には病棟であり、そこには琉藍が自分の祖母と話しているようだった。背中を向けている為、琉藍の様子は見えなかったがどうやら花を持ってるようだった。
「来たわよ彼」
「リュー……」
琉藍は俺の名前を呼んだ後に俺の手を取って、外に行って話を始めたのだ。
「おばあさん大丈夫なのか?」
「ん、とりあえずは大丈夫そうかな……。幸いにも手術とかは必要ないみたい」
「良かった」と安心していると、琉藍は病院の外に座り込んでいた。
「竜弥、今日の……演奏どうだった?」
「俺は凄い良かったと思う。前にも似たようなこと言ったよな?楽器を叩く前はダルそうに叩いているけど、いざ叩くと楽しそうに笑いながらも叩いているって感じが本当に俺は好きだ。見ているこっちまで心奪われそうになるんだよ。ドラムスティックを軽快に叩いてる姿とか音を通して琉藍の表情が豊かになっていくのが本当に好きなんだ。そんな琉藍のことが本当に好きだったから……今日は凄いカッコよく見えていたぞ」
「ふーん?そうなんだリュー……じゃあさぁ私からも一言言わせてもらうね?」
「バーカ」
琉藍は俺のことを罵倒した後、「じゃあねー」と言いながらも病室の中へと戻って行った。
一人取り残された俺は病院の窓から写し出されている自分の顔を見ると笑っているようにも見えていた。俺は罵倒されていたというのに悪い気分ではなかった。寧ろ、夜という時間帯というのに何処か清々しい気分で居たような気がしていたんだ。
「おはようリュー」
次の日、琉藍は学校に登校していた。
おばあさんのことを聞こうと俺がしていたとき、琉藍は俺に顔を近づけて来てこう言って来たのだ。
「昨日のこと感謝しているからさー」
といつものようにニヤニヤしている琉藍に戻っているのを見て俺は聞かなくても元気になったんだなという分かっていた。
「ワンフォーオール新メンバー入るよ」
「新メンバー……?」
それだけ伝えて琉藍は俺の方から離れて行く……。
琉藍の新メンバーという言葉が気がかりになりながらも俺は千里から屋上に集合と言う号令を掛けられるのだった。
「改めて一年B組の姫咲香織です!!ベース担当としてよろしくお願いします!!」
◆
ドラムが叩く度、私の心臓が喜ぶような音が聞こえているような気がし始めていたのはいつからだろうか……。きっとそれは小学生の頃からだろう。小さい頃誰かから引き取ったおばあちゃんの部屋に置かれていたドラムを叩いて感じたことがあったんだ。
私はこのドラムの音が好きだと……。
そして、ドラムを叩く度に体も心も安らいで……心臓が喜んでいるということを理解していたのだ。私はドラムが叩くことが好きだった。ドラムを叩く度に私の心臓が喜んでいたから。ドラムが叩くことが好きだったけど、スタジオ練習の最初の日……私ははっきりと千里と恵梨に実力差を見せつけられた。
「やっぱり、ダメじゃん……」
静寂な場所で私がたった一人練習に打ち込んでいた。
あの二人に少しでも追いつけるようにと面倒な感情を抱きながらも私はやり続けようとしたときだった。そんなときに……。
エリーが来てくれたんだ。