貞操観念逆転世界における人妻の対義概念について 他 作:ちくわサンド
貞操逆転世界における人妻の対義概念とはなんだろうか
この疑問について考えるために、まずは人妻という言葉について基本的な考えを共有していこう。
人妻とは、結婚して特定の男の妻となった女の人のことを言う。
妻の対義語は夫である。これは疑いようのない事実であるし、人々の間に受け入れられている。
嫁、という言葉もある。が、実はどうやら夫が自身の配偶者のことを嫁と呼ぶのは言葉としては間違っているらしい。
夫の立場の人間が、自分の息子の配偶者のことを嫁と言うのが、本来の正しい使い方だそうだ。僕も初めて知った。
情報ソースについては小説の体を守るためここでは言及しないから、各自調べてくれ。
ともかくそんなわけで、妻という言葉自体にはそこまで不思議なところはない。
しかし、その前に人、と一言つけるだけで状況は一気に複雑になる。
僕が元いた世界…ここでは、貞操観念が普通の世界、と言うことにしよう。
その普通の世界では、人妻という言葉はさも当たり前に使われていた。
大体はエロい意味で使われていたが、エロくない意味でも一応使える。
人妻とは、文字通り人の妻のことだが、そもそも妻、という言葉そのものが人の妻のことを指すのだ。
人妻、という言葉は、そういう観点から言えば意味が重複しているのではないか。
ほら、頭痛が痛いとか、そんな感じの。
ではなぜ、わざわざ人妻と言うように呼ぶ様になったのか。
…まぁ、他人の、というニュアンスを強調した方が興奮するという方々が一定数いたからと言うのも答えの一つだろう。
僕もそう言う面があると言うことは否定しないが、NTRはNG党の民としてはコメントを控えさせてもらおう。
それはともかく、今回は少し別の面からこの問題を見ていきたい。
古来、日本社会は男社会であった。さまざまなものが性別を基準にしている。21世紀になってその風潮は変わっていっているが、まだまだその名残は世の中に多い。
人妻という言葉も、そのうちの一つなのではないか。
前世で調べた限り、どうやらこの考えは良い線を言っているようだ。知りたい人は、「人妻 対義語」とかで調べて見てほしい。
つまり、男が基準である価値観では、男の妻、という考え方が定着した。この考え方には、歴史的な考え方である、妻や子供、家のことなどは男のもので、男が仕切る、というものを含んでいる。
それゆえ、妻の男、という考え方は、そもそも生まれなかったのだろう。
旦那、とか、亭主、とかいう言葉がある。これは人妻という言葉と比べると、非常に主体的なニュアンスを含んでいる。こう言った点からも、男社会、家父長制の影響が強いということが伺える。
では、本題に移ろう。ここは貞操観念逆転世界だ。
歴史の授業においても、日本は、そして世界は女社会、家母長制のもとに発展してきた。最近になって、男性の社会進出に対する理解がようやく一般化してきたくらいだ。
旦那とは、成人して結婚した女の人のことをいう。ちなみに、旦那の語源はサンスクリット語のDanaと言われており、この言葉自体に男性を表す意味は元の世界にもないんだとか。諸説あり。亭主、も同じくこの世界では一般的に女の人のことを言う。
逆に、夫人、とか男将(おかみ)とか、男の人を表す言葉には主体性が薄れている。まぁ、貞操観念が逆転していることを考えればこれは当然だろう。
と言うことは、当然、人妻にだって代わる言葉があって然るべきなのだ。
ここまで来る前に、きっと誰もが思うだろう。人夫(ひとおっと)がそうではないか、と。
僕もそう思っていた。1番妥当なチョイスだ。
結論から言うと、これは半分は正解で半分は不正解だ。人夫という言葉に特定の女の人の伴侶という意味はあるが、なんと、この世界ではエロいニュアンスで使われてはいない。フツーに夫のことを指す。
人妻、という言葉の対義語を考える上では、やはりエロいニュアンスが含まれていなければ。というか、エロいニュアンスがどうなったのかに僕は興味が湧いたのだ。人夫では不十分だ。
申し訳ないことに、ネットでそれらしい言葉をググることはできなかった。男性は政府から配られる電子端末をスマホとして使うのだが、そこで18禁ワードをググったり、エロサイトを見たりする勇気が湧かなかった。僕の勘だが、多分履歴なんかは保存されていて、後から確認されていると思う。
男は皆、一定の社会参画(精一杯のマイルドな表現)やカウンセリング等のために、生活する区から担当の女性の職員さんが派遣される。僕も例に漏れずその担当さんがいるのだが、あの人にもし見られたらと思うと、恥ずかしいとか通り越して死にたくなる。
試しに聞いてみようと思ったが、「エロい意味で人夫ってなんていうんですか?」とかいう恥もへったくれもない質問になりそうだったのでやめた。
とまあ、そんなこんなで人妻の対義概念を知る機会がついぞなかったのだ。
そして、なんでこんな話をしたのかというと、
来月、僕は人夫になるそうです。
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この世界では20歳を迎えた男性は一定の規定に則り、結婚をすることが法的にも強く推奨されている。
簡単に言うと国営のマッチングアプリみたいシステムがあって、20歳が近づいても相手がいない場合は候補者をそこから引き合わせてくれるという至れり尽くせりっぷりだ。
そんでもって僕は来月20を迎える健全な男子である。名を佐久間シュウ。ほら、メンナンバーカードにも書いてある。偶然か必然か、この名前は前世から引き継ぎであるが、人生に全く関係なかったのでその話は省く。
結婚と言っても、あまり実感が湧かない。だって前世でも結婚しなかったんだもの。
まぁ、基本的に大抵の男性は結婚をする。そりゃそうだよね。衣食住学費からゲームの課金代まで、男性に対する福祉が手厚いのだ。結婚をするのはもちろん、子育てに対する福祉も気合の入りようが前世の比にならないくらい凄い。ぶっちゃけ男性は揺りかごから墓場までという言葉の通りだ。最初は困惑していたが、人間が足りなくならないように頑張らなければならなかった世界なのだからそれも当然だと腑に落ちる。
その分若干の不自由もあったりするのだが、僕は別に不満はない。むしろ願ったり叶ったりで逆に申し訳ないくらいだ。中には結婚をしないで働くという非常に珍しい人もいることはいるらしいが、そういった人は精子バンクへの協力を求められることが増える。
快適な都内の男用マンション(というか、ホテルに近い)の一室に住む僕は、学校を卒業してから結婚までやることもないのでのんびりと暮らしている。マンションのレストランルームで昼食を終え、妻の候補者リストを見ながら食後のコーヒーと洒落込んでいた。
この国では多妻一夫制が採用されていて、女性のうち大体6割くらいが結婚できるようになっている。(子供は全員産む。精子バンクの技術の発達は前世より数段早かった)しかし、将来的に結婚生活を送り続ける妻(便宜上よく正妻と呼んでいる)、時々会って食事をするくらいの妻、あるいは、全く会わない妻など、どういった結婚生活を送るのかは男性の選択によるもので、実質的に結婚できるのは1割くらいなんだとか。男性の中にも、法律上の結婚はするがどの妻とも同棲せずに生きるという選択をする人も、まぁまぁいる。
候補者リストにはさまざまな女性のプロフィールが並んでいる。容姿、学歴、自己PRなどだ。前世の倫理観からするとあまり良いものとは思わないが、こちらではこれが普通だと割り切って考えるしかない。
しかしまぁなんというか、眉目秀麗素敵な女性がよりどりみどりだな。
たまに外出するときに外を行き交う人々を見ていると、美人が多い多い。
心なしか、女性の平均身長も高い気がする。これも貞操観念逆転世界の影響なのだろうか。
…じつはこの美人多すぎ問題、歴史に見ると暗い部分も多い。容姿にすぐれない人は子孫を残すことができなかったあらわれであるということだ。学校の授業でやった。
なんて、画面を上から下へ眺めていると、自分の隣の席に人が座った。
このマンションに住んでいる人はだいたい顔見知りなので、誰が座ったのかすぐに判別がついた。
「久しぶり、シュウ。元気だった?」
おしとやかで明るい声でそう尋ねた彼は、先月20になって結婚したリュウトさんだ。明るい茶髪でロングヘアー、ふちの細い丸眼鏡と、若干チャラそうな見た目に反して丁寧で親切、物腰のやわらかい人で、僕がこのマンションに越してきた4年前からお世話になっていた。結婚式に着ていた晴れ着は記憶に新しい。結婚と同時に奥さんの家に移ったと聞いていた。
「お久しぶりです、リュウトさん。おかげさまで…改めて、ご結婚、おめでとうございます。」
見ると、リュウトさんの左手の薬指には綺麗な指輪があった。半分が青く、半分が緑を基調としたデザインだ。
僕が視線を向けていたのを感じ取ったのか、リュウトさんが少しはにかみながらいった。
「あぁ…まぁ、平和的に解決してよかったよ」
リュウトさんの結婚に関する話はここ最近では珍しく、ひと悶着あった。
日本では名前を知らない人はいない古くからある大企業の家系に生まれた三女と、比較的歴史は浅いが着々と実績を出している西海岸発のアメリカ企業のCEOの次女がシュウトさんとの結婚を強く望んだのだ。この両企業は同じ分野で競合していただけに、話がこじれたらしい。基本的に結婚の決定権は男性側にあるが、こういう政治的な色が強いとむしろ女性のほうが立場が強いことがある。
壮絶なラブロマンスが繰り広げられた末に、折衷案として、リュウトさんが正妻を二人とり、三人暮らしをするということで落ち着いたと聞いている。
「どうですか、結婚生活のほうは?」
「すごく幸せだよ。驚いたね、真矢もサリーも…最初こそあれだったけれど、今では仲の良い友人同士で、二人でキッチンに立っていることもよくあるし。なにより、まさか自分が女性とこんなに楽しく暮らしていけるなんて思わなかったよ…まぁ、疲れることもあるけど。」
「それは…喜ばしいことですね」
リュウトさんの身長は165cmくらいだ。に対し、確か奥さんはどう見ても両方とも180cm以上はあった…何が疲れるのでしょうね。僕は男子校育ちなので知りませんとも。
「あぁ、まったくだよ。それで、今日は妻が二人とも仕事で家にいないから、久しぶりに帰って来たんだ」
リュウトさんの目がきらりと光る。
「それよりも、確かシュウは来月で20だろう?どうだ?いい人は見つかったか?」
「えっと…それが、まだ。」
リュウトさんはこの手の話が好きで、よく付き合わされていた。歯切れの悪い返事になってしまったと思ったが、リュウトさんはそんなこと気にしていないらしい。
「そうだなぁ…シュウはどちらかといえばグイグイ行くタイプだから、落ち着いたクールな人なんかいいんじゃないか?それか…」
そこからは、何度も繰り返した恋バナを通り一遍した後、リュウトさんが最近見たロマンス映画の話に移り、小一時間話を聞くことになった。
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「…と、いう話があったんですよ」
「あの人は、その手の話になると周りを見失いますからね…でも、忠告は受け取るべきだと思いますよ。」
リュウトさんと別れて、僕は件のカウンセリングを受けに、カウンセリングルームを訪れていた。基本、カウンセリングの頻度は月一なのだが、結婚が近いということで普段より回数が多いのだ。
僕の話を聞いてくれたのは美紀さん。ここ数年の僕のカウンセリングを担当してくれている。
もう何度もカウンセリングを重ねていて、僕はすっかりと気を許しているが、向こうは仕事という立場もあってか、いまだに距離を感じる接し方をしてくる。
長い髪を後ろに一つでまとめ、両サイドに前髪を流している。たれ目でおっとりとした雰囲気で童顔だから、ぱっと見た感じ年下か同学年くらいに見えるが、立つと180を優に越す長身の持ち主で、二つ年上の22歳だ。年齢があってないと思ったが、海外の大学を飛び級で卒業したらしい。男性のカウンセリングの仕事はエリートしかなれないとは有名な話だが、もっと他にその技能を生かす手段があるだろうにと思う。ちなみに、非常にグラマラスでスタイルがよく、顔と体のギャップが凄いので心臓に悪い()
「ちゅうこく…?」
「結婚相手です。あと一か月しかないのに、相手が全くの白紙とはどういうことですか」
「…だっーて…結婚って言われても、こんなプロフィールに書いてある情報がどれだけ信頼できるかなんてわからないし、試しにって言われて会ってみた人たちは、ヤれればいいみたいな雰囲気が見え隠れしてたし…」
「なっ///…ヤっ…ヤれればって、いったいどこでそんな言葉覚えてきたんですか!」
まずった。男子校育ちのおしとやかなシュウ君はヤれるなんて言わないんだった。
適当にごまかすのには苦労しそうだったので、シカトすることにした。
「でもなんか、実際そうじゃないですか…リュウトさんみたいにしっかり恋愛するほうが珍しいのはわかってますけど、やっぱり僕も男なわけで、結婚とかには夢を見たいですし…その辺重視しますよ」
「…いや…ご、ごまかされませんからね。誰から聞いたのかきちんと話してもらいますよ。リュウトさんでしょうか?」
んー誤魔化されないか。そのあたりきちんと仕事しますね美紀さん。
このままだとリュウトさん妻夫に迷惑をかけかねないし、僕の教育を担当していた教師の人にもあらぬ疑いがかけられるかもしれない。
当然それは本意ではない。
さて、どうしたものか…
そのとき、天使の囁きか悪魔の罠か、僕の脳内に小さな悪戯心が芽生えた。
「…ねぇ、美紀さん」
少し大人っぽい声を意識してそう尋ねた。
雰囲気が変わったことを感じ取ったのか、美紀さんが少し動揺している。
「…美紀さん、たしかまだご結婚なされてませんよね?」
「えぇ…まぁ、はい…私急にディスられました?」
「ふふ、いえいえ、そうじゃないですよ…むしろ逆です。それじゃあ…」
そういって席を立つと、向かい合っていた美紀さんの隣まで行って、耳元でこう、囁いた。
「…美紀さんが、僕と結婚してくれませんか?」
…たっぷり五秒ほど、美紀さんが固まった。それはもう、文字通り何のリアクションもなく。やがて段々と僕が言った言葉の意味を理解したのか、ガタっと音を立てて椅子から立ち上がると顔がぶわわっと赤くなっていく。
口がパクパク空いたり閉まったりしている。何かを言いたいんだろうけど、声になっていない。
いつもの落ち着きのある雰囲気ではなく、心の底から焦っているのがわかる。
なんかすげー可愛い。
僕はしばらくその様子を眺めていたものの、やがておかしくなってしまって思わず笑いだした。
「あはははw~冗談ですよ、じょーだん。慌てちゃって、可愛いですね~!」
僕が涙を抑えて笑いながらそういうと、焦っていた美紀さんがまた同じように固まってしまった。
…顔がよく見えないが、気まずい雰囲気になってしまった。
ちょっとやりすぎだったかな、と心の中で反省しようとしたのもつかの間、
いきなり両肩に力が加わり、背中が壁に押し付けられた。
別にどこも痛くなかったが、あまりに突然のことだったので何が何だかよくわからない。自分がしばらく固まっていたのを自覚した後、僕を抑えつけたのが美紀さんだということに気づいた。
美紀さんのほうが頭一つ分くらい背が高いので、自然と僕が顎を上げて見上げる形になる。
美紀さんの普段おっとりとした顔で丸い優しい目をしている美紀さんが、顔を赤らめたまま細目でにらみつけるようにこちらを向いているのが視界にいっぱいに映り、心臓が高鳴る。
思わず顔をそらそうとしたが、美紀さんの右手が僕の顔を抑えつけるほうが早かった。
ふわふわとした頭のまましばらく見つめあっていたと思ったが、やがて息苦しくなってきて、美紀さんの唇が重なっていたのにようやく気付いた。
美紀さんの舌がきもちいい。あれ、なんだろうこれ。どうして
「…さっきの言葉、しっかり録音しましたからね」
…あぇ?
「…だいたい、全部シュウさんが悪いんですよ。人に思わせぶりな態度をとっておいて…シュウさんがほかの人と結婚するための仕事をしなければいけない私の気持ちなんて考えなかったんでしょうね…シュウさんが私の知らない女のヒトオトコになるなんて、考えるだけで嫌だったのに、その気持ちを押し殺して私、仕事してたんですよ」
「ねぇ、シュウさん。私凄く傷つきました…だから、シュウさんには責任を取って、きっちり将来を添い遂げてもらいます。心配はしないでください。私結構高給どりですし。」
「このカウンセリングルームはこれから二時間くらいは、いつも通りの面談があったという記録をつけといてもらいます。それくらいあれば、シュウさんから求めるようにしてあげられますよ」
「それじゃあシュウさん…いや」
「シュウ、私の大事な夫として、これからよろしくね」
…ヒトオトコっていうんだ…
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