黒舘ハルナはその光景を最初は理解出来なかった。まるでスラムにいるような感覚にさえ陥っていた。目の前にいる4人の少女達が、床に落ちた食べ物を拾い食いをしているのだ。衛生面も外聞も悪いだろうそれをその場で実行している4人に目が離せない。
「おっと…」
「あーあー…勿体ない…」
ブラッドとテリーがバラバラになった皿の破片が混ざってるかもしれないのにも関わらず拾い食いを続けている。
「……もしゃもしゃ」
「ジャーキーとかなら長持ちすんだけどなぁ…ミートボールだったのが惜しい…」
リサが無言で食べ、長く保存出来ないのを惜しがりながら落ちた具材のミートボールを食べるスティッキー。
今まで数々の店の料理を食べ定めて来たハルナだが、この光景は見た事がなかった。
「も、もし?そこの方々?」
気が動転したのか、つい声をかけてしまった。
「ん?」
立派なおでこを晒した少女がこちらを向いた。
「何してるのか理解できますけども、一応聞いておきますわね…ほんとに何してるんですの?」
「そりゃ、誰のもんでも無くなったパスタを貰ってるだけだが?」
少女はそれだけを言い残しまた床に落ちたパスタ、奇跡的に机の上に残ってあるものまでお構い無しに食べていく。
「スティッキー、ここの店もうダメそうだし未調理済みのもの幾つか貰ってくか?」
「別にいいが、普段からそういう事はするなよ」
返事ひとつして先程の少女は自分達が爆破させ、轟々と燃え盛る店の中へ入って行った。
「うぇ!?頭おかしいんじゃないアイツ!?」
「流石に爆破した店に入るのは…!」
「人死にはメシマズになる…」
美食研究会各々が焦り始めた。
「と、兎に角!あなた達!今すぐその…ここから離れて…兎に角1回食事はお辞めになって!?流石にやってる事がはしたないと思いませんこと!?」
ハルナは思った。何故、自分が彼女らの説教のような事をしているのであろうか。自分はただ食べて、気に入らぬ箇所を見つけて爆破しただけなのに、と。
担がれているフウカは思った。何だこの茶番は…そもそも飲食店は爆破しないで、と。
「あ!風紀委員が来た!」
「じゃあ全員バラバラに逃げよう!!」
獅子堂イズミは真っ向から逃げ、赤司ジュンコは裏路地へ逃げ、鰐渕アカリは乗ってきていた給食部の車を走らせて逃げ出した。ついでに拉致していたフウカも一緒にドナドナされて行った。
「う、ううぅぅぅぅぅ…………」
一人になったハルナはまだ逃げ出そうとしない。炎の中に消えていったブラッドがどうしても気になり待っているのだ。あんな現場を見てしまい、もしそのまま死んでしまえばパスタを食べる度この出来事を思い出してしまい後味が悪くなってしまう。
「これなら暫くは大丈夫そうだな」
「「「おおおーー」」」
ブラッドが両手いっぱいにパスタ麺を入れた袋を持ってきて歓声をあげるリサとスティッキーとテリー。店が燃えているのにも関わらず呑気に歓声を上げるのは一種の恐怖を覚える。
火の手と風紀委員の手がもうすぐそこまで来ているのを確認したハルナは行動に出る。
「うおおおおおおですわぁぁ!!」
ブラッドの生存を確認した瞬間ブラッド達4人を抱え直ぐにその場を後にするハルナ。ジュンコがいなくなったから運が良かったのか、幸いにも見つかる事はなかった。
後に彼女はこう語る、「あんな心臓にも胃にも悪い食後の運動は今までの人生で2番目に最悪な出来事でしたわ!」と。
「ぜぇーっ…ぜぇーっ…うっぷ…」
両腕に合わせて4人担いで限界を突破したせいか、ハルナは四つん這いとなり自身の胃袋と戦っていた。
「これで、3日はもつか?」
「今月の食費が少し減ったな」
「ブラッド、俺にも分けてくれ」
「僕はいつも給食食べてるから大丈夫〜」
尚、当事者達は呑気に麺を分け合っていた。少しはこっちの心配もして欲しいと思う。
「別に俺達に気をかけなくても良かったんだが…大丈夫か?」
「だ、誰のせいで…」
元はと言えば爆破さえしなければこのような事にはならなかったのだが、それはそれだ。
「ブラッド。そろそろ行くぞ」
「あぁ」
4人がその場から去る前にハルナは手を伸ばして引き止める。
「お、お待ちを…」
「ん?」
「何故…何故あなた達はあの状況でも食べ続けられたんですの?」
「あー…」
ブラッドは言い淀む。ここで自分達はオレイサからやってきた、自分達は1度死んでいる等言っても信じて貰えるとは思ってもいないからだ。
「……ブラッド、俺に任せろ」
スティッキーが自分から立候補しにやってきた。
(そうだな…口下手な俺とは違い、コイツは考えた事を言葉にするのが上手かった。……バディの時も、手を出さないで説明していたからな)
「すまないな、アイツはあまり喋らない奴だから俺がかわりに答えてやる。で、俺達がなんであの状況でも食い意地はってたかって奴か?」
スティッキーがうーん…と少し悩んでから話し始める。
「まぁそうだな、それは俺達の生活に関係があるんだ」
「生活?」
「じゃあ聞こう、衣食住どれでもいい。どれか足りないものはなかったか?」
「いえ、ありませんでしたが…それが何か?」
「俺やブラッド…さっきの奴はな、住む場所は快適じゃないし、着るもんも洒落たもん着れなかったし、何より食うもんはパスタとかは食えなかった」
「!?」
スティッキーの言葉にハルナは少なくない衝撃を受けた。
(ガキん頃の生活はまだマシだったが…そんな昔の時代の頃話したって意味ねぇもんな…)
「食いもんなんかはな、基本野生動物から仕留めた肉で作ったジャーキーがメインだった。冷蔵庫なんて便利なもんは無い。水も貴重だった。生ぬるい芋酒飲んで、クーラーも効かない換気も出来ない、そんな場所で俺とブラッドは過ごしてきた」
(そう、娯楽もマガジンしかなく、遊ぶなんて状況は無い。希望も楽しみも無い…そんな生活だった)
「だから俺らにとっちゃこんなに自由に食い物が食える今、どれも高級品に近い。パスタなんて毎日食べれたら俺は泣いちまうよ。だから、誰かが残した物でも、俺達にとっちゃ御馳走ってワケよ」
(そう、前の俺達みたいな男の姿は見てないが、ここは紛れもなく理想郷。リックやチークスとも一緒に来たかった……)
スティッキーの脳裏にはブラッドを除いた2人の幼なじみが浮かんだ。彼らとはこの世界では再開していないが、もし会ったらブラッドとまた4人でバカな話でもして笑い合いたい。
「他の2人は…正直そこまで知らない。ブラッドは知っているようだがな…でも、あの二人も境遇は良いもんじゃ無いってのは確かだ。どうだ?納得してくれたか?」
ハルナは顔を上げない。まだ気分が優れないのかと覗き込んだ。
鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔があった。
「!?」
四つん這いの状態だったハルナがそのまま更に姿勢を下げる。所謂土下座の姿勢を取った。
「私をあなた方の弟子にして下さいまし!」
スティッキーはあまりに突然の事で流石に無視出来ない言葉が飛んできたので後ずさり、ブラッド達も思わず立ち上がった。
「嫌だが?」
「そんなタマじゃない」
「僕はファンと友達が欲しいだけで上下関係は…」
「なぁブラッド、こいつどうして私達より下に成り下がろうとしてるんだ?」
「俺にも分からん…」
ブラッド自身空手の門下生はいたが、昔も今も弟子はいないし取るつもりもなかった。というより先程の話から弟子になりたい要素が分からず気味が悪いとブラッドは思った。
「私、先程のお話を聞いて心に響きましたわ…確かに私は恵まれていたようです。食べる事も儘ならぬ方々がいるのに私はなんて贅沢なのだろうと!!」
「ナチュラル失礼だね君」
テリーのツッコミをスルーしてハルナの言葉は続く。
「そして思い至ったのです!なにゆえそのような立場にいながら、今までの行いをさも当たり前のように行ったのか!まだ調理すらしていない食材、まだ残っている食べ物を店ごと爆破する事の愚かしさ!!これではドブに捨ててるのと大差ない事を!」
「……オレイサにいたギャングと大差ないなコイツ」
「確かに…」
「どんな料理でも、料理人は料理に対する敬意を払わなければならない、ですが、それは食事する側も同じ事でした…敬意を持って出された物は敬意で返さねばならぬ事を理解しました…ただ、自分が満足する為に欲を満たすのは三流だと!例え泥に塗れていようが感謝を忘れずに食べなければいけないことを!」
「え、僕達そんな事考えながら食べ「しっ、余計な事言わない」むー」
「私は、あなた方から贅沢の本当の意味を知りました。ですので、どうか!私に美食との向き合い方を教えて貰えないでしょうか!!」
「「「「無理だが?(だよ?)」」」」
「どうしてですの!?」
ブラッド達は言えなかった。ただ食い意地をはって少しでも腹に収めとこうという考えで食べていた事を…
「そこをなんとか!!」
今にも地面に頭をめり込ませる勢いで土下座しているハルナにブラッド達は大きな溜息をついて……
「よし、そろそろ落ち着いてきたかな?」
先程爆破されたパスタ店の前で、ゲヘナ風紀委員会の銀鏡イオリは後始末を行っていた。
「美食研究会のメンバーは…全員逃げられちゃったか…私もこの店来たかったのに…」
「すみませーんちょっといいですかー?」
「あーはいはいどうかし……え?」
声がした方に目を向けると、そこには簀巻きにされてブラッドとスティッキーに丸太のように担がれている黒舘ハルナの姿があった。
「?????」
イオリは1度目を擦ってもう一度見た。そこには簀巻きにされてブラッドとスティッキーに丸太のように担がれている黒舘ハルナの姿があった。
「お届け"者"だ」
「あ、はい…どうも」
リサが指を鳴らすとブラッドとスティッキーは近くにいた風紀委員会の生徒にハルナを渡す。
「わ、私はまだ諦めませんわよ!絶対その気高き精神をご教授してもらう為に舞い戻りますからね!」
この時ブラッドは野良犬の気持ちを理解すればいいんじゃないかと口に出しそうになったのは一生の秘密だ。
爆破だけで一日が終わる筈がないのがゲヘナ。ハルナを渡し終え、ようやく先に進めると思ったが、またも面倒事がやってきた。
ヤンキー集団が、車で道路を走り抜けていく。
「あ!おい!待てー規則違反者共!!」
イオリがヤンキー達の後を追いかけて行く。これだけなら関係無い事なので首を突っ込みはしないだろう。問題は、それが自分達が知る人物も巻き込まれた場合だ。
「うおおぉおぉぉぉぉぉ!!トビィィィィィーーーー!!待ってくれーーーーーー!!!!」
少し遅れてタクシーに乗った少女が道路を走り去って行く。
「ねぇ…ブラッド」
「言うな。分かってる」
「「
クリスプ・ジョン・ラダディ
前のメンバーの1人で、恋人であるトビーを人質にして加入させた。加入がかなり遅い方だった為、他のメンバーと違い、物事を中立的に見ることが出来ていた。
どうやら、トビーも一緒についてきていたらしい。だがまたトビーが拉致されたようだ。
「……フライのところに行く前に、クリスプを助けてやるか…」
「だね、知り合いのよしみって事で」
ブラッドとテリーが話したがら、どういう人物なのかリサとスティッキーが興味を持って聞きながら4人はクリスプを追いかけに行った。
思い浮かんだ1場面。
シュポガキの列車に向かってファーディがトラックスラムぶちかまして道を塞ぐ与太話。