追記
滅茶苦茶書き直しました。
「お盆」とは8月13日から15日までの3日間である。死者が返ってくるとか、その後海に入ってはいけなくなるだとか、親戚が多く集まったりするため子供以外ワクワクしない3日間なのである。
このお話は私がこの3日間で体験した奇妙なお話である。
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ひどく蒸し蒸した夏の日、私は親の運転をするワンボックスカーの後部座席で車の揺れを尾骨に感じながら少し面倒な気分で外の様子を眺めていた。ひどく長い山道に、舗装されているとはいえところどころ道路のコンクリートが砕けている。そこら中木が生い茂り一面真緑で、まるで再放送の垂れ流しのようだ。
実に15分ほどだろう、車の前面はひらけ人が住む集落に着いた。瓦屋根と半々だろうか、いや瓦屋根が少し多い。車窓から見える景色は私の幼かった時の記憶とおぼろげながらも一致している。山道を抜け、間近の駐車場から右の下り坂の道に入りようやく私の親せきの家に到着した。そのころには車からの初期微動がごとき振動により私の軟弱な尻は悲鳴を上げていた。自分を私と言っているが一人称は俺である
そこは私の父方の親せきが住む集落で『海が大きく眺められる現代の秘境のような場所であり、名前を「御沙羅」という。山の上にあり交通の便はあまり良いとは言えない。集落自体が段々畑のようになっていて、山道を登った先には海を一望できる灯台がある辺鄙ながらも美しい場所』というのが私が親に教わったこの集落の紹介だ。
今は沖天の陽射し、外は天然のサウナである。正直なところ私はクーラーの効いた車の中に居たかった。しかしそうは言ってられない。私は元気盛りの20才に加え、免許を持っているにもかかわらず親に運転してもらっていた。いつまでも車に居たら怒られてしまう。ああ神よ私めをこの熱波揺蕩う死地に送り出そうというのですか、なんと神は私を見捨てるのですね。なんて非道な行いでしょうか、やはりニーチェは正しかった。
父は私に向かって言うのだ
「麗!いつまで乗っているつもりだ。早く降りんか。お前は久しぶりに来たんだから挨拶しないといけんだろ。」
ああ悪魔のささやきが聴こえる。ちょっと無視しよう、降りたくない。
「早う降りろ」
「はや降りんさいや」
そう私を呼ぶ両親に私はついてきたことに若干後悔しながら腰を上げた。しかし、私の予想とは裏腹に外は木々に陽射しが遮られているおかげでそこまで暑くはなく、人を射殺すようなそれは木漏れ日となりゆらゆらと揺れていた。
「はいはい、降りるから。、、あれ、思ったより暑くない」
「確かにあまり暑くないわね、木が遮ってくれているからかしら。まあこのくらいが過ごしやすくて助かるわ。」
全く同感だ、木のトンネル様様である。
「確かに、木漏れ日も奇麗だしね。ところで話変わるんだけど、本当に滅茶苦茶久しぶりにここに来たわ。」
「まったく、あんた何年くらい来てなかったんだっけ。」
母に問われ頭の中で逡巡してみるとおよそ7、8年くらいであろうか、記憶の中の親戚の家の様相とあまり変わっていなかった。相変わらず古風だなという感想である。
「うーん、だいたい7、8年くらいかな。ホントに久しぶりに来たからちょっと懐かしい。でもあんまり変わった様子がなくて安心した。まあ、流石に7,8年ではそんなに変わらないか。そういえば母さんは毎年来てるんだよね」
「一応ね、仲良くするに越したことはないから、それにお父さんの若いころのアルバムも見れるしね」
我が母御年43にして未だ熱々である。恐れ入る。
「母さん、とりあえず中入ろ。いつまでも外にいるのは流石に暑いし」
「そうね、入りましょ。お父さんもう入っていっちゃったし」
そう言った母の後に続き私も家に入ろうとしたとき、私の視界の端に何か黒いものが通り過ぎた、しかし一瞬、一瞥した時にはそこにはいつも通り茂る木々とほかの家の玄関が見えるのみだった。きっとイノシシでも通ったのだろう、気にする必要はない。そう私は気楽に結論付けて玄関をくぐった。
「お邪魔します」そう言いながら家に入るとドタドタと階段を下りこちらに来る音が聞こえた。どうやら音の原因は従姉のようだ。ばあさんも居間の方から出てくると、従姉とばあさんはうれしそうに迎えてくれた。
「いらっしゃい。久しぶりだねぇ。大きくなってぇ、あんなに小さかったのにいつの間にこんないい男になったんだい。凜さんも久しぶりだねえ、元気で何よりだよ。さあさ上がって、線香でもあげんさい」
「いらっしゃい、君と会うのは何年ぶりくらいかな、わたしはイン〇タで近況を知ってたとはいえやはり久しく感じるね。麗、君が来るとは珍しい。歓迎するよ。おばさんも正月以来だね。おじさんはもう上がっているから二人とも遠慮せず上がってくれたまえ。」
「お邪魔します。お義母さんもお元気そうで。旭ちゃんも久しぶりね、益々可愛らしくなったんじゃないかしら。ほら麗、挨拶」
「わかってる。お邪魔します、おばあちゃん。旭、久しぶりだな。元気してたか」
そのような感じで軽く挨拶を交わしながら線香をあげに向かった。
親戚の家は2階建てで瓦屋根の古風な雰囲気を持つ家ではあるが、案外内装はそこまで古風ではなく、生活感が感じられる。1階は畳張りの仏間に親戚のじいさんとばあさんのいる居間、そしてキッチン。2階は同じ従姉の家族が住んでいる部屋があり、昔はいとこたちと一緒にゲームをした記憶がある。ポケ〇ンだった筈だ。
そんな懐かしい記憶とともに、盆ということもあってか線香の薄煙の匂いが鼻腔をくすぐってくる。線香の匂いには好き嫌いがあるというが、私にとっては親戚と遊んだ記憶が蘇るから好きな匂いだ。玄関にはきゅうりの馬になすの牛がいて先祖を迎える気満々なのがうかがえた。なぜきゅうりが馬なのかはいまいち知らない。塩もみがうまいということしか知らない。
私が仏壇の前に正座し線香をあげていると従姉はどこか楽し気に話しかけてきた。
「この後は暇かな、暇ならちょっと一緒に遊ばないかい」
「いいぞ。何して遊ぼうか。俺は7,8年ぶりくらいに来たんだし、どうせならここでしか出来ないことをして遊びたい。」
「うーん、、そうだね、なにをして遊ぼうか、、」
そう言って悩む従姉の横顔は贔屓目を抜きにしても美人である。名前は「朱宮 旭」、彼女の奇麗に通った鼻筋に切れ長ながらもどこかふんわりとした雰囲気を感じさせる二重の瞳、唇は薄く肌は夏だというのに白く良いハリを感じさせる。そして顔に掛かるようにして伸びる艶のあるセミロングの黒髪は顔の良さをもう一段階引き上げている。やはりその横顔はいつ見てもとても絵になっている。おそらく道を歩けば10人中9人は振り返る。断言できる。多分彼氏は居ると思うのだが、実際のことはよく知らない。しかし、世の中の男子諸賢は放っておかないだろう。
「そうだねえ、ここに来て部屋でゲームをするのはつまらない。、、、、ならば、せっかく久しぶりに来たのだから水筒を持って外で散歩でもしよう。わたしが案内してあげよう。」
「俺はいいけれど、家の前以外はかなり暑いし正午少し過ぎたあたりだから日差しも強い、それでもいいのか」
「もちろんいいさ、この暑さこそ夏というモノじゃないか。私たちは元気ある若者なのだから楽しんでこそなんぼだろう」
「わかった、りょーかい、じゃあ案内はまかせた。」
「まかされた。わたしに付いてきておくれよ」
線香をあげ終わり、仏壇のある部屋を見渡してみたあたり自分たち家族しか来ていない様子で彼女はたしかに暇だったのだろう。そんな彼女は、自分の返答を聞いた後水筒を取ってくると言い走り台所に向かっていった。そして一人残された私は玄関に移動し、ばあさんと一緒に居るだろう両親に向けて「ちょっと外に行ってくる」と言い残し、ほかの親戚が集まり宴会をする夜までに戻ればいいかと一人納得し玄関前で待っていた。
少しの間木漏れ日の揺れるさまをぼうっと見ていると、背後から乱雑に玄関を開ける音が聞こえた。
「おまたせ。少し待ったかな」
少し格好つけながら話しかけてくる従姉に向かって私は言った
「いんや、そこまで待ってない。というかお前サンダルで行くのか」
「何か問題あったかな。というか君もサンダルじゃないか、人に言えたことではないだろう。それにわたしがサンダルでも大丈夫だ。山道を歩くわけではないのだから。」
「そうなのか、てっきり山道まで行くものだと思ってた。」
「行かないよ。ほかの親戚が集まるころには戻らないといけないからね。皆わたしに会いたがってるいるんだ。何と言ったってわたしは美人で親戚の中でも人気者だからね。」
「自分で言ったら台無しだな。それじゃあ散歩兼案内をよろしく」
「台無しではないよ、事実だからね。では、最初は神社の方に向かおうか。おそらく君が小さかったころとあまり変わってないと思うから。」
そんな会話をしながら神社を目指して一緒に歩き出していく。目的の神社はこの集落の上の方にあり従姉の家からでもなんとか見ることができる。こんな人が少ない集落にしては立派なそれは、初めて来たら少し驚いてしまうことだろう。何の神様を祀っているかは忘れてしまったが悪い神様ではなかったことだけは憶えている。
彼女とともに神社に続く細道を登っていると、坂の途中の横の道に黒い少女がいるのに気が付いた。その少女は神社の方角を無感情な様子で見つめており、立ち止まり私が不思議そうに少女を見ているとそれに気づいたのだろう。少女が振り向いた。その瞬間とてつもない違和感が私を襲った。まるで少女の立っているところだけ世界から切り離されているかのような感覚。すると私と目が合った少女を見て少し驚いたように目をあけ、心底嬉しそうに口角をあげた。その異様な光景に目を奪われている時に「早く来い」と従姉に呼ばれた。そのおかげでハッと目を醒まし、初めて自らが呼吸を忘れていたことを自覚した。一度従姉の方を振り向き、そしてもう一度その黒い少女を覗いてみると少女は年不相応なほどの色気を携え、その指を自分の唇に当て『静かに』という仕草をしていた。私がもう一度目を離すと少女はいつの間にか消えてしまっていた。
「どうしたんだ。何かあったのか」
そう聞きこちらに来る従姉は疑問と好奇心をその目に湛えていた。
「ただ昔見た景色を思い出して懐かしんでいただけだ。小さかった頃、この道を鬼ごっこで走り回っていたことを思い出したんだ。」
そう内心を誤魔化しながらも私の心の中はあの黒い少女一色になっていた。12、3歳くらいだろうかそのくらい幼かった。病的なまでに白い肌にそれとは対照的な星を呑むほど黒い目と長髪、どこか浮世離れした神秘的な美しさを持った少女だった。それに加え魔性とまがうほどの色気を持っていた。その姿に私の本能が警告を発していたが、脳を吸われ、支配されるような感覚に襲われていた。それは恋とは違った感覚だった。
それから私は少女の姿が離れないまま10分ほど従姉とともに坂道を歩き、神社に参った。
神社は昔の記憶より少し古ぼけた様子だったが、あまり変わっていなかった。境内の神木の緑葉は動物のように風に揺られていた。しかし鳥居をくぐった後の拝殿に続く石畳には葉1枚も落ちていなかった。その様子から手入れが行き届いていたのは明らかだった。そんな懐かしさと少量の驚きの中でも、どうにも頭の中から彼女の姿が離れなかった。
だから私は耐え切れず尋ねてしまった。
「なあ、黒い少女を見たことあるか」
私はそれとなく聞こうと思ったのだけれど、ついその言葉が口をついて出てしまっていたのだ。
「うん?何を言って、、ああ分かった。見たことがあるよ。真っ白なワンピースを着ている可愛らしい少女のことだよね。それがどうかしたかい」
「いや、、、なんでもない。その子が道を歩いているのを見て気になったから聞いてみただけだ」
「それはいいものが見れたね、彼女はあまり姿を見せないんだ。病弱なのだろうか。わたしも詳しくは事情を知らないのだけれどね。わたしが彼女を見たのは今までに5、6回ほどだったよ。君は運がいいね。」
あまりにあっけらかんと当たり前のように話す彼女に違和感を覚えてしまう。この違和感は何なのだろう。何処か視点がずれているような、ボタンの掛け違いのようなむず痒い感覚が頭の中を奔っている。しかしどうしてか、それ以上聞いてしまったら駄目な気がしてしまう。そんな違和感を残したまま私たちは神社を後にした。
「さて次はどこに行きたい?」
神社を後にし少女を見た道まで戻ると従姉はそう尋ねてきたが、私は先ほど見た黒い少女のことで頭がいっぱいで散歩どころではなかった。
「公民館の前で休憩しないか。暑いから休みたいんだ。確かあそこは海がきれいに見えるはずだったからそこで一休みしよう。」
それを聞いた彼女は若干呆れたような目で私に言った。
「よく覚えていたね。しかし、君はどれほど休憩したいんだい。一度に3回も休みたいと言っていたよ。元気盛りの20歳なのに体力が無さ過ぎないかい。、、けれどわたしもこの暑さで一休みしたいと思っていたんだ。あそこは海がきれいに見渡せるからね、いい提案だ。では行こうか」
数メートル坂を下り、脇にある公民館に着いた。従姉は私に水筒を渡し公民館の扉の前の段差に座った。二人の間を流れる心地よい沈黙の中、私は公民館の前の落下防止用の鉄柵にもたれ掛かり、キラキラしている蒼い海を眺めながら黒い少女のことを懸想していた。すると不意に背後に座る従姉が私に話しかけてきた。
「そういえば、どうして今回は来ようと思ったんだい。いつも通りの蒸し暑い8月13日ではないか」
私は黒い少女のことを頭の隅に置き何でもないように答えた。
「20歳になったからだ。記念にね。それ以外特に理由はないな。、、、あと強いて言うなら懐かしくなったからだ。そう思って来たんだけれど、来るまでの道のりでケツが痛くなったからちょっと後悔した。」
従姉の少し呆れたような笑い声が私の背中に当たる
「ふふっ、君らしいね。」そう笑ったように聞こえた。
「逆に聞くけど、なんで俺を散歩に誘ってくれたんだ。」
「言ったじゃないか、暇だったからさ。わたしもさほど大層な意図は持っていないよ。君が来たという物珍しさも少しあったかな、そのくらいさ」
「まあ、そんなもんか」
そんな理由に軽い返事をしながら再び黒い少女のことを考えはじめた。黒い少女はいったい誰なんだろう。私が小さかった頃は居なかったはずだ。
そのまま海を見ながら考えていて、ふと下を見みるとここに上るまでの道の入り口にあの黒い少女が立っていた。少女は私を見上げあの笑顔でこちらをみていた。なぜか距離がある筈なのにはっきりと見える。少女は口を動かした。
『私の違和感に気づいても他人に言っては駄目よ』
おかしい、ここから彼女までは少なくも声が聴こえる距離ではないはずだ。でも何故か声が聴こえる。そんな不思議な状況の中、私の目は彼女から離せないでいた。
『また、夜に逢いましょう。お兄さん』
そう聴こえた瞬間、下から吹き上がる突風により目を閉じてしまった。もう一度下を見てみても初めから存在していなかったかのように少女はいなくなってしまっていた。なんだったのだろうと思い、思い出してみると。確か白いワンピースを着ていてその裾は墨汁につけたように黒く染まっていた。おかしい、従姉は真っ白なワンピースを着ていると言っていたはずだ。彼女の顔が笑顔が頭から離れず思考がまとまらない、思考が乱れてしまう。頭が、、
「どうしたんだい。何か思い悩んいでいるように見えたけれど、なにか悩み事があるなら話してみな」
いつの間にか近寄ってきていた従姉に肩をたたかれ、思考がクリアになる。少し頭を振って落ち着いてみる。
「大丈夫だ。なんともない。ただ、これから来る親戚に20歳の節目だからなにかもらえるかなと考えていただけだ。なんたって俺は20歳だからな。」
「そっか、大丈夫そうだね。あっ、わたしはもちろんなにも用意していないよ。わたしみたいな美人と散歩できたんだ、それで十分だろう。」
その発言に私は「ああ、これが残念美人なんだな」と一人納得した。
「お前はなんでそんなに自信満々なんだよ、、、でもありがとう。気分転換できた。」
「じゃあ、そろそろ家に戻ろうか。もうすぐほかの親戚やいとこ達が集まってくる。ほら、いくよ」
海の方をもう一度眺めてみると既に日が傾き始めていた。かなり長い時間休んでいたようだ。日が傾き始めてから沈むまでを妙に早いと感じてしまうのは私だけではないだろう。あるあるだと思うのは私だけだろうか。甚だ疑問だ。
私は先に降り始めた従姉を追っかけ、来た道を下る。こけないように走り、追いつこうとするが差は縮まらない。従姉が運動神経抜群なのを忘れていた。一生懸命追いすがる、若干の恐怖を忘れるように。
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「おお、久しいな」「正月以来だな」、「今日は盆だ、飲み明かそう」「ええなあ、乗った」、「旭ぃ!飲み比べしようぜ」「いいだろう。受けて立つ」、「にいさん、久しぶり」「久しぶり、乾杯するか」「乾杯」「乾杯」、「桜姉ぇ、ちょっと太った?」「失礼な、太ってないわよ!見てみなさいこのナイスバディを!」、「凜さんなんか貫禄増しました?」「お前はなんでそんな他人行儀なんだ勇気」、「我ら酒呑み三銃士!」「1!」「2!」「3!」「「「いえぇーー!」」」、「あーにき、おっひさー」「軽い、チャラい、もう一回」「ええやん~」
仲が良いなと実感する。私の親戚は酒飲みが多いため酒酔いにダル絡みされる光景を見るのはいつものことであった。しかし私は親戚と違い酒はあまり飲まないので酒の席は少し苦手だった。私のいとこたちは酒飲みの血を継いでいるのだろう、酒を浴びるように飲む従姉を中心に飲めや騒げやである。従姉の鯨飲ぶりには感心する。仏壇の置いてある大部屋での宴会だ。いとこたちが酒を飲んでいなかったことを除くと、自らの昔の記憶でも同じような光景だった。ひどく懐かしい。
「少し外の空気を吸ってくる」
そう言い私は玄関をくぐり外に出た。空を見上げると星が奇麗に見える。星の光を遮る町明かりが少ないからだろう。清少納言が「夏は夜」と言ったのがわかるような景色だった。
そんなことを考えながら私は半分無意識に、あの黒い少女がいた道に星明りと民家の明かりを頼りに歩いて行った。近づくにつれて頭の中であの声が何度も反芻し、黒い少女に逢いたくなっていた。
「お兄さん。お昼ぶりね」
そう言い、道の真ん中で待っていた少女はこちらを向いた。その姿は闇夜でもはっきりとわかるほどの白い肌を携え、昼に見た少女と寸分の違いも無かった。しかし、昼の時の異様な違和感は薄れていた。
こちらを振り向いた少女は相変わらず嬉しそうに口角を上げてた。そしてそのどこまでも暗い瞳と髪は夜の闇より濃く私の目に映った。
「お昼ぶりだな。なんでこんな時間にうろついてるとかは聞かないからな。いきなりで申し訳ないが俺は君が少し怖い。自己紹介してくれないか」
少女は薄く微笑んでうなづいた。
「初めましてお兄さん。私のことをあの子に言わないでくれてありがとう。私のことはクロって呼んで。実は私、この集落の森の奥の館に住んでいるの。ここからは見えないけれどね。お昼にここでお兄さんと目線を交わした瞬間、私一目惚れしてしまったの。だから提案、この盆の間は私にあなたの時間をちょうだい。ね、いいでしょ。だからお兄さんの名前も教えてちょうだい。」
そう言い、私はこちらをのぞき込むクロに向かって言う
「はじめまして、こんばんは。俺の名前は朱宮 麗。暇を持て余した大学生だ。近くの親戚の家に泊まっている。俺も君を見た瞬間姿が目に焼き付いてしまったんだ。だからいいよ、俺の時間を君にあげる。」
「ありがとう。じゃあ麗って呼んでもいいかしら」
「いいよ、問題ない。」
目の前の黒い少女は何か大切なものを守るように私の名前を唱えていた。
「麗、麗、麗、、もう忘れないわ」
「そうか、それは良かった。俺も君の名前を覚えた。クロ」
そう返すとクロは溢れそうな何かを抑えるような表情で私をじっと見つめた。
「そう、うれしいわ、、私麗との仲を深めたいの、私以外何も見えなくなるくらい。そうだ、私とても美しい景色が見れる場所を知っているの。幾千の星の空と銀粉を散らしたようにキラキラ光る深蒼の海、あなたに見せたい。だから付いてきて」
そう言い歩き出した彼女の後ろを私はついて行く。ひどく機嫌がよさそうな彼女は時折こちらを振り向いてはにかむ。その顔に何故か安心感を憶えながらこの道の脇にある上へと続く山道に入っていく。彼女の揺れるワンピース、陶磁器のように白くて華奢な腕や脚、ふんわりと揺れる漆黒の長髪、そのどれもが私の思考を奪っていくように感じてしまう。彼女はふわふわと踊るように、泳ぐように登っていく。
おそらく数十分ほど歩いただろうか、夜の森は鬱蒼としているが彼女がいるからだろう全くもって怖いと思わなかった。彼女の後ろを辿り、到着し森が開けた。その瞬間、天球を覆う幾千もの星々の光が私を包み込んだ。星は赤、青、白と尽くが煌めき、天を広く覆う臙脂色に輝く星雲は番外の美しさを誇っていた。これほどまでに美しい空を見たのは初めてだった。
彼女は、放心し天を眺める私を見て自信ありげに微笑んだ。
「気に入ってくれたみたいね。美しいでしょう。どこまでも輝く星たち、星を浮かべたように煌めく大海。この場所は私のお気に入りなの、だからこれは私と麗だけの秘密ね。約束できる?」
「こんなに美しい景色は初めて見た。空も、海もとてもきれいだ。ありがとう。約束するよここは俺とクロだけの秘密の場所だ」
そんな彼女は嬉しいような、少し困ったような口調で私に言った。
「麗にお願いがあるの。この開けた草むらの真ん中に石の祠があるのがわかるかしら。ほら、あれよ。少し苔むしたやつ。あれを壊してくれないかしら。すこし倒してくれるだけでいいから」
そう言われ中心を見てみると、なぜ気が付かなかったと思うほどの存在感を放つ祠が目に入った。しかし、あれは本当に祠なのだろうか。側面が苔むしており何も書いていないただの長方形の石のように見える。おそるおそる近づいてみると何か細い紐で一周ぐるっと巻いてあった。これを倒せばいいのだろうか。彼女を見てみると、少し不安そうに軽くうなずいた。
私は躊躇いなく少し体重をかけ、これを倒した。その瞬間この場所にごうっと強い風が吹いた。目が開けられないほど強い風だった。目を開け彼女の方を見てみると、一瞬驚いた後彼女は満面の笑みでスキップしながらこちらに向かってきた。その姿は燎原の火の中に咲く一輪の黒薔薇を幻視するほどに愛らしい。私の目の前に来ると笑顔を見せながら言った。
「ありがとう。とってもとってもうれしいわ。これでもっと麗の側にいられる。私の愛しいヒト。あなたのおかげで今とても幸せだわ。抱き着いていいかしら、いいわよね。、、、はあ、生きている。」
彼女は顔を赤らめながら私に抱き着いた。いきなり抱き着かれたことに驚きはしたが私も咄嗟に抱き返した。彼女の抱擁は力強く体に顔うずめていたため少し骨が軋んでしまっていた。そんな力いっぱいの抱擁を受け、痛い筈なのに私も嬉しかった。
「どういたしまして。クロにこんな奇麗な景色を見せてもらったんだ、そのお礼だ。こんなに奇麗な景色を見たのは初めてだから。こちらこそ、こんなことで役に立てたなら俺も嬉しい。」
5分ほどだろうか、抱きしめあった後互いに離れ彼女は言った。
「まだ一緒に居たいのだけれどそろそろ帰りましょう。麗、あなたの家の人が心配してしまうかもしれないわ。帰るにはここまで来た道を戻れば元居た道に出るわ。さあ私の手を引いて、お願い。」
私は彼女の手を引きながら安全に下って行った。私が手を引く彼女の手は白く小さいながらも私の手に確かな温もりを感じさせた。手汗が嫌ではないだろうか、この心音が伝わってしまっているだろうか、そんな思いの中数分歩くと元の道に出てきてしまった。
彼女は手を放すと私に言った。
「麗、楽しんでくれたかしら。それなら、うれしいわ。麗の顔を見たいのだけれど、顔を見るとどうにも私の顔がほころんでしまう。」
私もつられてつい笑みがこぼれてしまう。
「あんまり笑わないで、、、恥ずかしいから。でも幸せ。」
「麗、麗、また会えるかしら。私は麗に逢いたい。だから明日の昼頃この道、この場所に来てちょうだい。おねがいね」
私は自らの顔が緩んでいることを自覚しながら返す
「わかったわかった、笑わないよ。明日の昼だね。今から楽しみだ。」
彼女は返答に満足したのか「また明日」と言い残し道の続く暗闇の方向にこちらに時折手を振りながら去っていった。
「さて、少し眠いな、みんなはもう寝てしまっているだろうし静かに帰るか。」そう独り言ち私は家に帰り大部屋に敷いてあった布団にもぐり彼女を想いながら寝入った。
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ひどく暗い夢の中、クロと呼ばれる少女は彼の夢の中に入り静かに寝息を立てていた。
「ひどく、、、暗い、、水の、中。私は、、あなたの、、、、側に、、いる」