~『ゲヘナ学園』自治区 ゲヘナ第三自然公園~
side-サクヤ
「「「「うぐ...」」」」
「「「「ぐふぅ...」」」」
「「「「ぐぇぇ...」」」」
「ぐふっ...」
―――駐車場で炎と煙を上げる破壊された"温泉開発部"の重機。その周りで倒れ伏す"、メグ達温泉開発部"の部員達。しかし部員である筈の『霊烏路ウツホ』の姿が無く、時間帯を考えれば今頃は『地霊寮』の自室で熟睡しているのだろう。鳥頭の如く物覚えが悪く、且つ素直で人懐っこい性格で主にカスミの指示に素直に従ってしまう為に、カスミの指示で的確に投射される核の如き大火力は相対すると厄介だったから今回は彼女が居なくて幸いだった。
「な...なぜ..."風紀委員会"がここに...」
私の目の前で委員二人に抑え付けられながら手錠を掛けられているカスミが困惑した表情で私を見上げる。
「こっちが聞きたいわ。――貴女達はつい最近、一週間前にもこの公園で無断の温泉開発を試みて私達に鎮圧されたでしょう?」
カスミの言葉に疑問を返す。―――そう、"温泉開発部"は一週間前にここ『ゲヘナ第三自然公園』で温泉開発するべく作業準備を行っていた所を、"風紀委員会"の巡回が見付けて私達に通報しすぐに部隊を送って鎮圧していた。
「き、昨日匿名で『ゲヘナ第三自然公園の地中に源泉が埋まってる可能性がある』とタレコミを貰ったんだ!お前達のせいでロクな調査機材が揃ってない以上、曖昧なタレコミでも可能性があるなら掘るしかないだろう?!」
「...そのタレコミを持ち込んだ人物について教えなさい。貴女達の無断の温泉開発を幇助した可能性があるなら、そちらも追求しなければならないわ」
「お、教えるものか...!曖昧だが、私達の活動に意義があると言ってタレコミしてくれた恩人を――」
チャキ...
「――教えなさい。校則違反者に拒否権はない。...風紀委員会の本部で委員長のお世話になりたいならそれでも構わないけど?」
「ヒイッ?!――わ、分かった!話す!話すからヒナはやめてくれ!」
―――片膝を付いてしゃがみ、[瀟洒の秘訣]の銃口をカスミの額に軽く押し付けて脅すと彼女は顔をしわくちゃにして泣きそうな表情を浮かべる。
「...恩人ではあるが、帽子やらマスクやらサングラスやら...顔をしっかり隠していてどこの学校のヤツかも分からなかった!だ、だが...所作や振る舞いはトリニティのお嬢様みたいな感じだった...し、知ってるのはこれだけだ!タレコミだけしてさっさと帰ってしまったから、私もこれ以上は何も知らない!」
「...なるほど、ね。情報提供感謝するわ。――次は留置場で会いましょう」
タタッ...!
「ぐえっ...」
「――鎮圧完了。"救急医学部"を呼んで負傷者の治療と"温泉開発部"の搬送を」
「既に呼んであります!」
「――なら結構。無事な娘には手錠を掛けておいて」
「了解しました!」
謝意を伝え、[瀟洒の秘訣]から[5.7mm弾]を放ってカスミの眉間に叩き込んで気絶させ、"救急医学部"の出動要請を指示するけど既に呼んでいた様で、委員達も少しずつ自分から動ける様になりつつあると実感して安心を覚える。
―――カスミの強み、厄介な要素は相手を丸め込む巧みな話術にある。故に、対話を試みるよりはこうして情報を得たら手早く黙らせるのが有効だ。何度も連続して使える手では無いけれど、折れない様であれば委員長が、ゲヘナ最高戦力の一角が出張ると仄めかせば彼女が最大級のトラウマであるカスミはあっさりと従う。
―――閑話休題。
「...トリニティのお嬢様みたいな感じ、ね」
仰向けに寝かされるカスミを見下ろしながら彼女の証言を反芻する。
―――この公園で活動を行おうとした動機そのものには違和感は無い。気になるのは、"温泉開発部"に『この公園に源泉がある』と情報を持ち込んだ人物だ。カスミ曰く、顔も露出させず、しかし所作はトリニティ生の様なものだった。
「...紅茶の茶葉を求めたりして、『トリニティ』の生徒がゲヘナに変装したりして忍び込む様に来る事例はある。そこに違和感はない。問題は...何故、"温泉開発部"が活動するような情報を態々持ち込んだのか?」
―――"温泉開発部"は"美食研究会"共々『ゲヘナ』を越えてキヴォトス中で活動している部活。その悪名は『トリニティ』でも充分知れ渡っている筈。そんな彼女達に情報を与えて動かそうとする理由が分からない。
「..."補習授業部"が公園で試験を行うように仕向けたこと。"温泉開発部"に公園で活動するように仕向けたこと。この二点は恐らく――」
『――こちら"補習授業部"の試験会場!皆さんの試験が終了しました!』
「――了解。こちらも"温泉開発部"の鎮圧は完了したわ。後始末が終わったら駐車場に連れて来て」
『了解です!』
―――インカムに試験会場警備に残した娘から"補習授業部"の試験終了の報告が入り、後始末を終えたら駐車場に連れてくる様に指示を出す。
「――お疲れ様、サクヤ。"補習授業部"の試験も無事に終わったみたいだな」
「お疲れ様、イオリ。――貴女の方に回り込んでいた"温泉開発部"の娘達は鎮圧できた?」
「あぁ、こっちに来たのは一般部員ばかりだったからすぐに終わったよ。ただ、こっちには重機が多かったから、サクヤ側を釘付けにしてる間に公園内に侵入して掘削を強行するつもりだったみたいだ」
―――私とは反対側の駐車場から回り込んで来た"温泉開発部"部員達の迎撃を受け持っていたイオリも合流する。こちら側には確かにカスミやメグと言った幹部と多くの部員が居たけど、イオリの方に重機が多かったという事はそちらが本命だったのだろう。
「ふむ...私の方が脅威と判断したということね。相変わらず頭が回る連中だこと...恐れられるのは抑止力としていいことだけれど――イオリの側からの突破を狙ったということは、貴女はまだ舐められているみたいね」
「...やっぱり、サクヤが委員長に就くべきじゃないか?ヒナ委員長に迫る実力を持ってるし、私より机上業務の手際も良いしさ」
私の分析に対してイオリは自信が無さそうに眉を八の字に曲げてぼやく様に提案する。
「"ETO"設立後は貴女が委員長に就くのは決定事項よ、イオリ。攻撃型で罠に嵌まりやすいきらいはあるけれど、委員達への気配りも出来るし、指揮も決して悪くない。欠点を改善するか、そこを補佐できる人物を傍に付ければ貴女は充分委員長としてやっていける。――もっと自分に自信を持ちなさいな」
「...分かった。"ETO"が設立された後の"行政官"の後任はサクヤだしな。――チナツ共々、頼むぞ」
「えぇ、任せなさい」
イオリは私の言葉に頷き、"ETO"の後任人事での補佐の求めを受け入れる。
「――さて。"補習授業部"も試験が終わったなら様子を見に行きましょうか。後処理は既に指示を出しているわ」
「そうするか――」
『――"こちら"先生"!サクヤ、そっちは大丈夫かい?!"』
「――こちらは"温泉開発部"の鎮圧完了よ。..."先生"、何が起きたの?」
『"緊急事態だ!私達は急いでトリニティに戻らないといけない!"』
「落ち着いて。その口振りだと『トリニティ』で何か起きたみたいだけれど...」
「...何だ?試験で何かあったのか?」
―――突如インカムに"先生"の慌てた様な声が入って来て、内容を尋ねながらインカムを弄ってイオリとも回線を共有する。困惑した表情を浮かべるイオリと共に試験会場に向けて歩き出しながら尋ねる。
『"こちらもメグムから、"正義実現委員会"から速報を受け取ったばかりで詳しくは分からない!ただ、速報だと――"』
『"――トリニティ内で銃撃戦が発生!その原因が..."ティーパーティー"の"パテル分派"首長であるミカによるクーデターらしいんだ!"』
「「――は...?」」
―――"先生"が答えた、現実とは思えない"正義実現委員会"から齎されたという情報を受けてイオリと揃って変な声を零す。
―――時を少し遡る―――
~『トリニティ』自治区 礼拝堂~
side-テンシ
「...テンちゃんこそ、こんな真夜中に礼拝にでも来たの?テンちゃんって、私と同じでそんなに敬虔でもないよね?」
―――開け放った礼拝堂の出入口に差し込む月明かりが、私に向けて銃口を構えるミカと"パテル分派"らしき娘達を照らし出す。"パテル分派"らしき娘達の前に一歩進み出て[Quis ut Deus]を下ろし、ミカは私の問に対して問を返す。
「――貴女も知っているでしょうけど、"ソーサーナイツ"も自治区内警備に回されたから、指揮しながら回っていて、貴女がここに集まる所を偶然見かけたから、気になったの。
...改めて聞くわ。ミカは何故礼拝堂に居るのかしら?礼拝堂で――宗教施設でやることがミサじゃなかったら何が目的?」
「...密会、だよ。テンちゃんが最初に聞いて来た通り」
髪を梳く様に見せかけて協力者と繋がっているインカムの回線を開きながら質問に答え、改めて目的を問えばミカは小さく溜息を吐いて密会だと答える。
"シスターフッド"のシスターでも居れば夜間礼拝の類だと理由付けは出来ただろうけど、目の前にはミカと"パテル分派"らしき娘達だけ。礼拝堂に居る目的を誤魔化せず諦めた様だ。けど―――単なる密会の筈が無い。
「密会、ね...こうやってコソコソ何かやろうとしてることを否定はしないわ。現にナギサも一人で籠って何か仕組んでるみたいだし。――ミカは、そのナギサに用があるのかしら?」
ミカの本当の目的を確かめるべく、一歩踏み込んだ問をぶつけると―――ミカ、周りの"パテル分派"らしき娘達がビクリと一瞬肩を震わせる。
「...何でそう思ったの?そもそもナギちゃんが近くのセーフハウスに居るなんてこと...あ...」
私の問に対してミカはそう答えて途中でやってしまったと言わんばかりに驚いた表情を浮かべて口を左手で覆う。
「――馬脚を露わしたわね。この辺りにもナギサは幾つかセーフハウスを持っていることは私も把握しているけど、具体的に、今何処にいるかは私も分からない。でも――貴女は知っているみたいね、ミカ」
「...知ったのは偶然だよ。ナギちゃんってば、セイアちゃんが襲われてかららしくもない疑心暗鬼だよね。ナギちゃん自身は勿論、セイアちゃんと同じ幼馴染で親友である私とテンちゃんも襲われるかもしれないって不安になるのは分かるよ?...そのせいで、身の周りの警戒が逆に疎かになってるみたいでさ」
ミカは観念した様に肩を竦め、ナギサが今居るセーフハウスについて知った理由をそう挙げる。"灯台もと暗し"―――セイアの二の舞を防ごうと警戒していて自身の周りが疎かになっていた様だ。その無自覚に疎かになった警戒は私や、目の前の―――
「――確かに、今のナギサの疑心暗鬼は異常ね。"ティーパーティー"首長の護衛も任務とする私の"ソーサーナイツ"をも、自治区境界警備の名目で遠ざけた"正義実現委員会"の穴埋めという、これまた名目として遠ざけているもの。...せめて、私かイクのどちらかだけでも護衛に置いてくれればね。それなら――」
「――貴女がこれからやろうとしていることに、気付くのか遅れたとしても護れただろうから」
ジャキ...ガシャ...!
「ま、待って待って!落ち着いて!まだ早いじゃんね!」
―――私がそう告げた瞬間、"パテル分派"らしき娘達が一斉に各々の得物を構えて私に銃口を向け直し、ミカが彼女達に振り向いて手を振って窘めて得物を下ろさせる。どうやら私の推測が的中した様だ。
「パテルの娘達がごめんね。...それで、どういうことかな?折角だから教えて欲しいな――テンちゃんが護衛の役目を果たす事態がどんなものか」
「――セイアに代わって『エデン条約』を推し進めているナギサに反対して、クーデターを起こす...とかかしらね。
貴女達"パテル分派"は、"ティーパーティー"の諸分派の中でもとりわけゲヘナ嫌いが多い。"ティーパーティー"内は条約推進派が多数だから反対意見も通らず、パテル分派お得意の武力行使で無理矢理"ホストリーダー"代行の座を奪おうと考えるのはあり得ないことではないでしょう?過去には"パテル分派"が武力行使で――クーデターで"ホストリーダー"の座を奪った事例が幾つかあるしね」
ミカの問に対して"パテル分派"の組織風土によるクーデターの可能性を挙げる。―――"ティーパーティー"内屈指の武闘派にしてゲヘナ嫌いでもある"パテル分派"。過去にも武力行使でクーデターを起こして"ホストリーダー"の地位を奪って政策を大きく変えて内外に混乱を齎した事例も幾つかあり、ミカも"パテル分派"所属の例に漏れず大のゲヘナ嫌いで『エデン条約』締結には一貫して反対していた。それでも条約推進派が多数であり、ミカは渋々条約締結に賛意を示していた。
―――"パテル分派"の組織風土を考えれば、ミカが実力行使を―――クーデターの決行を目論む事はあり得ない事ではない。だから幼馴染の親友として、ミカがクーデターを起こす前に少しでもゲヘナ嫌いを改善しようと時々窘めたりして来た。結局、その効果は殆ど無かったようだけれど。ただ、気になるのは―――
「...テンちゃんには誤魔化せないね。飄々としていながら、隠し事や悩みを見抜いちゃうんだから。――もう白状しちゃうよ。私達の目的はナギちゃんに対するクーデター。セイアちゃんが、『エデン条約』を推し進めていた旗頭が襲われたのは、そうまでして条約締結に反対したいってことだと思うの。勿論下手人は捕まえなきゃいけないけど...その行動の目的、示した意思も無視しちゃダメだと思うんだ。
テンちゃんが言った通り、私も、"パテル分派"も本音だと『エデン条約』に今も反対だし――セイアちゃん以外に誰かが襲われることも避けなきゃいけない。ナギちゃんは色々警戒しながら条約締結に向けて動いてるけど...条約締結を止めることも選択肢だと思うんだ。"ティーパーティー"が条約推進派として表向きで纏まっていても、"ティーパーティー"に参加できない位に弱体化した他派閥とか、一般生徒の中にも条約反対派は居るだろうしさ」
「...確かにそうね。セイアが襲われた動機が『エデン条約』に反対する意思表示だとしたら、『トリニティ』内にまだ残っているその意思は無視できないわね。首長であるナギサやミカ、代行だけど私も襲われる可能性はゼロではない。『エデン条約』締結を白紙にして反対派の溜飲を下げさせるのも対策として有効かもしれないわね。でも――」
「――それが本当の目的ではないでしょう?」
「...どういうことかな?私がクーデターを起こす動機として、『エデン条約』を止めること以外に何か理由なんて必要?」
―――ミカが挙げたクーデターの動機が本心ではない事を改めて感じ取って問をぶつければ、ミカは見定める様に私を見つめて首を傾げる。
「――まず一つ。その『エデン条約』を、今止めようとしていることがおかしいのよ。既に条約は具体的な内容も『トリニティ』、『ゲヘナ』双方で合意済。後は調印式典を通して正式に条約を締結する段階よ。
この段階で『ゲヘナが嫌いがまだ多いので条約は白紙にします』と言ってみなさい。――『ゲヘナ』も勿論、他の学校から見ても締結目前の条約を破棄するのは不審がられるのは必至よ。ゲヘナの乗り気だった上、ナギサが友好や関係改善をアピールしてきたし、尚更ね。...貴女もそれ位は分かっているでしょう?」
ミカは私の言葉に目を伏せて沈黙を返す。今、『エデン条約』を白紙にするとデメリットが勝る事はミカもしっかり理解している様だ。『エデン条約』への不満が理由では無いとすれば―――
「――そして...貴女の周りの"パテル"の娘達...いえ――"パテル"の娘達に扮した娘達の存在よ」
「...酷いなぁ、テンちゃん。パテルの娘じゃないなんて...どうしてそんな風に疑うのかな?」
―――二つ目の疑問。私にとっては本命の疑念をぶつけるとミカは目を開いて怒った様に眉を顰める。当然、パテルを疑われればミカでなくとも不機嫌になるだろう。だけど、私の疑念が正しければ、今ミカの周りにいる娘達は―――
「じゃあ、聞くけれど......そこの貴女、分派内での役職、或いは所属グループを答えてみなさい」
「...え...その...」
「...その娘h「貴女には聞いてないわ、ミカ」...チッ...こっちのフォローは忘れてたじゃんね...だからこういう謀略は不得手なんだよね...」
―――適当に一人選んで問いかければ、問われた娘は戸惑った表情を浮かべ、予想通り割り込んで来たミカのフォローもピシャリと止めるとミカは微かに舌打ちして何か後悔した様に呟く。
「...えっと...私は...っ...」
「答えられないみたいね。...次、そこの貴女。役職、或いは所属グループは?」
「...えっと...その...」
「貴女もダメ、と。次は――――」
一人目が答えられないと判断して二人目を適当に選んで問えば、彼女も同様に言葉を詰まらせる。そこから三人目、四人目と問いかけていき―――
「――テンちゃん、それ以上はやめてあげて。皆困ってるじゃんね」
「...そうね。これ以上聞いても答えは同じでしょうし。じゃあ...ミカ、改めて教えてくれる?――その娘達が、パテル分派の娘に扮している娘達の正体を」
―――私の問に軒並み言葉を詰まらせる娘達を見かねてミカが私を止める。彼女の言葉に頷き、ミカを見つめて本命の問を―――パテル分派の娘に扮している者達の正体が何者なのかと問う。
やはりその問は都合が悪いのか、パテル分派の娘に扮した娘達が騒めき始める。得物を構えようと微かに手を動かしながら確認を求める様にミカにチラリと目を向ける娘、不安そうな表情を浮かべてミカを見る娘...ミカの判断を待っていて、当のミカは目を伏せ―――
「――やっぱり、テンちゃんは誤魔化せないや。教えてもいいけど...その前に、どうして私の行動に気付けたか教えて?テンちゃんのことだし、独自に色々調べてたんでしょ?」
―――目を開いたミカは苦笑しながら白状し、私がミカのクーデターに気付けた理由を求める。周りではパテル分派の娘に扮した娘達が驚いた表情を浮かべるけど、ミカは手で得物を構えようとした娘達を制止する。
「...私が答えたら、ちゃんと貴女も答えて。――疑念を抱いたのはセイアが襲われた後。幼馴染の親友が死にかけて、一命は取り留めたけれど今度は失踪。その状況に気を病むのは当然だけれど...ミカ、貴女だけは私やナギサ以上に思い詰めているように見えたのがきっかけだった。まるで――自分が手を下してしまったみたいにね」
「...私がちょっと感情的になりやすいのは、テンちゃんはよーく知ってるよね?そのせいだとは思わなかったのかな?」
ミカは私の言葉にうんうんと頷き、そう尋ねて続きを促す。
「最初はそう思ったわ。でも...貴女が感情的になりやすい性格だったとしても、自分が手を下したと思うのはおかしいでしょう?あの時、私やミカ、ナギサには確固たるアリバイがあったしね。
『エデン条約』が提案された当初から声高に締結に反対していた"パテル分派"なら、"ホストリーダー"であり、条約締結推進派の旗頭でもあったセイアを無理矢理下ろして締結を阻止する行動に出ることはあり得るけど――それでも、ヘイローが破壊されたなんて噂が出回る程に過激な反対活動はしないでしょう?少なくとも――今のパテル分派の娘であればね」
―――ミカは口より手が出る、感覚に従うタイプの娘だけど、"ティーパーティー"を主導する三大派閥の一角"パテル分派"の首長を務め上げるには政争や派閥争いを戦える頭脳も必要だ。だから、ミカも決して頭が悪い訳ではない。―――その頭脳があれば、セイアを過激な手段で"ホストリーダー"の座から下ろす事の危険性、幼馴染の親友を手に掛ける事への躊躇いを抱く筈だ。
嘗ての、『トリニティ』成立前の一学校として独立していた時の"パテル分派"はその過激な手段も平気で、躊躇い無く使う程に過激で、且つ『ゲヘナ』嫌いも輪をかけて強烈で、当時の『ゲヘナ』とも度々戦端を開く事もあったらしいけど、今は政争や派閥争いによる頭脳戦も交える様になって理性的になっている事もあり、尚更セイアを過激な手段で襲うようにミカが"パテル分派"を動かすとは思えない。故に―――
「――そこで目星を付けたのが、『白洲アズサ』。セイアが襲われる事件が起きたあの日から少し前に、貴女が私達の下に持ち込んで来た『ヴァンダル分校』から本校への転入の提案。あの時はいきなりの案件に戸惑ったけど、戸惑っただけで特に疑うことなく私達は受け入れた」
「そうだね。いきなりで申し訳なかったとは思ってたけど、呆れながらも転入を受け入れてくれたのは感謝してるよ。アズサちゃんは『ヴァンダル分校』なんて僻地には勿体ない位優秀で――」
「――その『ヴァンダル分校』の"自治委員会"に聞いてみたら、『白洲アズサ』は在籍していないって分かったの。合わせて『旅籠ルイズ』も――セイアが襲われた後にアズサと同様にミカ、貴女が転入を持ち込んで来た娘も在籍していないとも分かったわ」
―――イクを使って調べた事実を告げると、ミカの表情が固まる。
「ついでに補足すると、大書庫で保管されている学籍情報上では確かに『ヴァンダル分校』所属として登録されていたわ。...紙質的に、最近差し込まれたものに見えたけどね。――アズサとルイズが実際にどの学校から貴女が連れてきたのかは兎も角、能力を見込んで...というのも嘘ではないのでしょうけど、きっとこのクーデターの為の協力者として利用する為でもあったんじゃない?」
「...そっか。――そこから私の動きに気付いたんだね。流石テンちゃん」
反論を潰す為に捕捉とアズサとルイズを本校に転入させた目的の推理を挙げると、ミカは観念した様に眼を伏せる。
―――イジメの現場を見付ければそこに介入して制圧するのは兎も角、その後"正義実現委員会"の聴取に対して抵抗し、その場にあるものを活用して籠城や迎撃を行って苦戦させ、手を尽くした末に降伏するという、トリニティらしからぬ精神性と技能を持つ『白洲アズサ』。"氷の魔女"という二つ名を付けられる程の実力の持ち主だけど、改めて考えればトリニティにそぐわない動きや噂が多かった。
一方で『旅籠ルイズ』はアズサの様な噂は無く、気配り上手なお姉さん気質であるという噂しか聞いていないけど、ミカがアズサに続いて転入させたという事は―――アズサと同様目的があっての事だろう。
「加えて、つい最近――貴女は"補習授業部"の合宿所に忍び込んで"先生"とお話したみたいね?彼曰く、何か行動を起こす前の確認、心の整理が目的に見えたらしいわ。...まさか、その行動がクーデターだったなんてね。
ナギサがカバーストーリーを布いてまで今の警備体制を取った理由も不可解だけど、貴女から見れば自分から警備を緩めて無防備にしたのはチャンス。"パテル分派"は武闘派故に"ティーパーティー警務室"に配置されている人員も比率が多い。そちらに人を回しているから傭兵でも雇って戦力を補填した...という所かしら」
私の推理を聞いたミカはうんうんと頷き―――
「...あーあ。だからこういう謀略を自分で考えるのは嫌なんだよね。ナギちゃんやセイアちゃんみたいに上手く隠せないんだもん。...でも、テンちゃんの推理は半分だけ正解」
「――半分?」
―――肩を竦めたミカの言葉に首を傾げる。
「――確かに、アズサちゃん、ルイズちゃんは『ヴァンダル分校』出身じゃないよ。ヴァンダル分校には申し訳なかったけど、僻地で知名度もかなり低いし、生徒数も少ないから二人の素性を隠すにはちょうどいいかなって思って利用したの」
「――何故、二人の素性を隠す必要があったの?」
クーデターを阻止したら、ミカには謝らせようと考えながら、彼女が吐露したアズサとルイズの学籍情報を『ヴァンダル分校』として偽装した理由を尋ねる。―――学籍はキヴォトスにおいて重要な個人情報だ。学籍があるからこそ学校の庇護を受けられるのであり、学籍を失った者は『ブラックマーケット』等の裏社会で各校の治安維持組織に捕まらないように生き抜くしかない。
故に、そんな重要な学籍の偽装を行った理由が気になる。生徒会たる"ティーパーティー"、その高級幹部である首長なら学籍情報の閲覧は当然―――バレては大問題になるけれど、内容の書き換えや差し込みは可能だ。しかし、そうまでして何故二人の素性を隠す必要があるのか。
ミカは私の問に対して周りのパテル分派の娘に扮した娘達を見回し―――
「――テンちゃん。貴女は『アリウス』について知ってる?」
「...『アリウス』...?」
―――そんな問を私に返す。脳内の記憶をできる限り思い返し、ミカが挙げた言葉を過去に見聞きしていないか確認する。恐らく土地、もしくは学校名なのだろうけど―――
「――ごめんなさい。『アリウス』という言葉自体を初めて聞いたわ」
「...そっか。テンちゃんなら、比那名居家ならもしかしたら、って思ったんだけどね。やっぱり――トリニティの歴史としてはなかったことにされてるんだね」
「...どういうこと?」
私の返答に対して残念そうに目を伏せたミカに尋ねると―――
ジャキ...ガシャ...!
「...!」
「――正直に言うね。もう締結間近の『エデン条約』を白紙にするつもりはない。テンちゃんが言った通り、今更白紙化なんてデメリットしかないしね」
―――目を開いたミカは片手を挙げ、それが合図だったのか周りの娘達が一斉に得物の銃口を私に向けて構え、ミカは静かな、落ち着いた声色で話し始める。
「私がクーデターを起こす理由は、『アリウス』――この娘達の学校を救う為。『アリウス』はね、本来なら『トリニティ』から袂を分かって独立していた学校らしいんだ。私も最初は信じられなかったから、私なりに手を尽くして調べてみたけど...『アリウス』の名前すら全然見付からなくてさ。でも...アリウスは確かに存在している。何処に居るかは教えないけど。
――なら、『トリニティ』はアリウスをどうして自分達の歴史からなかったことにしたのか?『トリニティ』が隠しているものを、闇を暴く為に私は――ナギちゃんを"ホストリーダー"代行から下ろして、私自身が"ホストリーダー"になる」
ミカはクーデターを起こそうとしている理由を明かす。
―――ミカの言葉から考えれば、恐らく『アリウス』なる学校は『トリニティ』内に存在していたのだろう。"ティーパーティー"三大派閥の各首長を『トリニティ』成立以前、独立校時代から代々輩出して来た桐藤、聖園、百合園の御三家に比べれば比那名居家は格が劣るけど、それなりに歴史は長い。そんな比那名居家でも『アリウス』について、少なくとも私は何も聞いていない。
しかし、ミカが言うには『アリウス』は存在を歴史から消された学校らしい。彼女の言葉を事実として考えれば、『アリウス』は『トリニティ』にとって都合が悪い存在だったのだろう。その理由を暴き、『アリウス』を救う為にナギサに対してクーデターを起こす。"ホストリーダー"の権限なら隠されたものを暴けると考えたのだろう。でも―――
「――クーデターではなく、話し合いでの解決は考えなかったの?」
「確かにナギちゃん、セイアちゃんなら、疑いつつも調べるのを手伝ってくれるかもとは考えたよ?でも――アリウスは『トリニティ』の娘達から攻撃を受けているんだ」
「攻撃...?」
「――テンちゃんも、自治区のあちこちにある『カタコンベ』の侵入路の近くで生徒が襲われて気絶しているのが見付かった事件が時々起きてたのは知ってるよね?あれは――アリウスが迎撃した結果なんだ」
―――話し合い、ナギサやセイアへ協力を求める選択肢を取らなかったのかと尋ねれば、予想外の答えが返って来る。
確かに、"ティーパーティー"から無断侵入が禁じられている『カタコンベ』侵入路の近くで数人の生徒が銃撃戦で倒された様な状態で気絶した姿で見付かった事件は時々起きていた。
しかし、その被害生徒達が軒並み『好奇心でカタコンベに侵入し、中の古いトラップにやられた』と証言した為、『カタコンベ』侵入路の封鎖強化や注意喚起を発信するだけに終わっていた。
―――しかし、ミカが言うには被害生徒達は『アリウス』を攻撃する為に『カタコンベ』に侵入していて、『アリウス』の娘達が迎撃した結果があれらの事件だったらしい。
「それを偶然見かけたことで、私は初めてアリウスを知ったんだ。攻撃を仕掛けた娘の中には"ティーパーティー"の娘も居たし...調べていてことが大きくなったら、『アリウス』について調べることが都合が悪い人、或いは組織が何か仕掛けてくるかもしれないじゃん?
妨害されないようにしつつ、『アリウス』の存在が暴かれることが都合が悪い人や組織、その理由や目的を暴く。その上で、『アリウス』を助ける為にはもっと大きな権力――"ホストリーダー"の座が必要なんだ」
「...そう。それが、クーデターを起こす理由なのね、ミカ」
「うん。――テンちゃんも私の大切な幼馴染の親友。貴女を傷付けたくない。だから...大人しく私達を通して欲しいな?」
ミカはニコリと笑ってクーデターを許すように求める。しかし返答は当然―――
―――ボッ...!
「――通す訳がないでしょう?どの様な理由であれ、縁故であれ..."ホストリーダー"代行を脅かす者、行動は断じて容認できない」
『――こちらは配置完了、いつでも動ける』
「――"ソーサーナイツ"総長『比那名居テンシ』の名の下、"パテル分派"首長『聖園ミカ』に命ずる。――直ちにクーデターを中断しなさい」
―――クーデターを阻止すると宣言し、"緋想の剣"を抜いて緋色に揺らめく焔の刃の切っ先をミカに向ける。同時に、インカムに協力者から準備完了の報告が入る。
「...テンちゃんはそう選択するよね。だからテンちゃんには隠し通したかったんだ」
ミカは残念そうに目を伏せ―――
チャキ...
「――そっちがやる気なら押し通るだけ。『アリウス』の娘達は強いよ?それに、"正義実現委員会"は遠く自治区境界、"警務室"も"ソーサーナイツ"も自治区内警備で広く分散してる。――テンちゃん一人じゃ苦戦...ううん、負けちゃうかもね」
―――目を開いて[Quis ut Deus]を構えて不敵に笑う。ミカはツルギが戴く"トリニティの歩く戦略兵器"の様な二つ名を持っていないけれど、その実力はツルギにも劣らない。加えて、『アリウス』の娘達三十名。ミカの評価だけではなく、私から見た得物の構え方や雰囲気からも荒事を多く熟して来たのだろうと察せられる。加えて、戦端を開いたとしても増援がすぐには来ない。成程不利な状況だ―――私一人だけであったなら。
「自信があるみたいね。でも――」
「――私一人だけでクーデターを止められる訳がないでしょう?」
ザザッ...!
「...?!し、"シスターフッド"...?!」
ザザッ...!
『『『『――?!』』』』
―――私の背後、開け放たれた出入口扉から。ミカ達の背後、裏の勝手口側からヒナタ、マリー達"シスターフッド"の娘達が次々姿を現して得物を構え、私の左右にサクラコとサリエルが立つ。
「――テンシさんから協力を求められた時は半信半疑でしたが...本当にクーデターを起こそうとしていたとは。これは後でお話を聞かなければなりませんね...」
「――仮にクーデターではなかったとしても、礼拝堂をミサや祭事以外の、後ろめたい行為に利用しようとしていた以上は問い質さねばな。トリニティ所属ではない者達を従えていることも実に...興味深い」
「な、何で"シスターフッド"がテンちゃんと一緒に...?!」
サクラコがいつもの裏がありそうな微笑みを浮かべ、サリエルは興味深々に目を細めてミカと『アリウス』の娘達を見据え、ミカが戸惑った表情を浮かべて震えた声を零す。
「何故一緒に、か。――大聖堂は当然だが、こういった礼拝堂も我々"シスターフッド"の管轄だ。その施設を宗教活動以外で利用しようとしていると通報されたなら咎めねばななるまい?それで、偶然にもクーデター決行の場に出くわしたのだ。――ならば治安維持組織でなくとも、彼女達が来るまででも止めるのは"シスターフッド"であろうとなかろうと、正義感を持つなら当然だ」
サリエルは不敵な笑みを浮かべてそう答え、手を軽く挙げると"シスターフッド"の面々が得物の安全装置を解除する音や初弾装填のコッキング音がカチカチ、カチャカチャと礼拝堂内に響く。
「っ...!」
「――そういう訳よ。改めて宣言するわ、ミカ――」
「――"ソーサーナイツ"総長『比那名居テンシ』の名の下に宣言する。"ホストリーダー"代行『桐藤ナギサ』へのクーデターを計画した、"パテル分派"首長『聖園ミカ』、およびその協力者。――貴女達を逮捕する」
―――”緋想の剣"の切っ先を上に掲げて宣言し、ミカと『アリウス』の娘達を斬り薙ぐ様に剣を振って彼女達を見据える。
―――to be continued―――