Blue"Fantasy"Archive~透き通るような"幻想"世界~   作:八坂 義景

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今回はトリニティです


File116.ET-21~束の間の平穏②~

~『ティーパーティー会館』 執務室~

side-セイア

 

「――――セイアさん、サインをお願いします」

「あぁ、確認しよう。...ふむ...確かに、これは却下すべきか」

 

―――静かな空間に書類を捲る音、ペンを走らせる音が響く執務室。上座にある首長(ホスト)専用デスクに座るナギサの判断に頷き、付き人を介して彼女から回されて私が座る"ホストリーダー"専用デスクに置かれた書類を速読して却下印を押印し、サインを添えてレターボックスに入れ、次の書類を手に取る。

 

「――ま(・)た(・)"パクス分派*1"からの嘆願か。スパムメールよろしく、何度も嘆願してこちらの音を上げさせようという魂胆なのだろうが...この手合いは読まずに捨てるものだ」

 

 嘆願書の差出人の名前から内容を察し、却下印の押印とサインを添えてレターボックスに入れる。

―――ミカの収監からあまり日は経っていないが、彼女の処分決定を催促する声が"ティーパーティー"内の小規模分派や没落した分派から上がり続けている。

 普通の嘆願書程度なら部下に裁可を任せる所だが、差出人が影響力が殆ど無い小さな分派とは言え、それを率いる"首長(ホスト)"であれば同じ"首長(ホスト)"として目を通さざるを得ない。

 三大分派(一部)が主導権を握る寡頭、三頭政治と言えども、少数派の意見を無下には出来ない。そんな少数派を無視、あるいは弾圧した結果、思(・)わ(・)ぬ(・)反(・)発(・)で体制転覆された事例は歴史上幾らでも転がっている。

―――意見を容れるつもりが無くとも、意見を聞いているフ(・)リ(・)位はしなければならないのが主導権を持つ組織の面倒な所だ。今回は幼馴染の親友の進(・)退(・)が懸かっているから是が非でもやり通さなければならないが。

 

―――閑話休題。

 

「――セイアさん。確認をお願いします」

「あぁ。――どれ...」

 

―――ナギサが再び上覧を求め、付き人を介して受け取って内容を見る。様式は『トリニティ』内の部活動の予算申請書で、部活動は―――

 

「...ん?――ナギサ、もう一度君(・)自(・)身(・)の(・)目(・)で(・)確認してみてくれ」

「...え?どこか間違っていましたか?」

 

―――不備を見付け、ナギサに声を掛けて申請書を彼女に返す。ナギサは戸惑った表情を浮かべて確認する。

 

「...あ...わ、私としたことが押印欄を間違えるなんて...!」

「――些か面倒になったね。我が『トリニティ』の規則では修(・)正(・)印(・)で(・)の(・)修(・)正(・)は(・)認(・)め(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)。そうなれば...」

 

 恥ずかしそうに頬を少し赤らめ、自身が押し間違えた押印欄を見つめるナギサの横顔を見る。ヒフミ(お気に入り)によく似た黄色い瞳には疲労が浮かんでいて、化粧で誤魔化しているその下には隈もある事だろう。―――らしくないミスを犯す位に、彼女には疲労が溜まっている。

―――幼馴染の親友(ミカ)がクーデターを起こした事は覆しようがなく、然るべき処罰は下すべきだ。しかし、幼馴染の親友だからこそ彼女を罰する事に心が痛むのは当然のこと。だが、それ以上に―――ミカが他分派の者達から激しく糾弾されている様子を見る事になっている事が辛いだろう。彼女は仕方ないと笑っているが、言葉は時に銃弾以上の威力を持ち得る。糾弾の中には荒唐無稽な罵倒も少なくなく、それも彼女の心労をより重いものにしている。そこで―――

 

「...彼女達にお願いしなければなりませんね」

「あぁ、そうするしかない。――折角だ。君(・)が(・)直(・)接(・)行って、ついでに息抜きがてら交(・)流(・)でもしてくるといい。君が出ている間位は執務を纏めておこう。曲がりなりにも私は"ホストリーダー"だからね」

「...ミスの責任を取って申請書の書き直しをお願いしにいきますが、そのような時間は――」

「――『通功の古聖堂』の花壇や式典で飾る花。式典を彩る花々についての協議もまだだろう。"ティーパーティー"内では、君以上に庭弄りが得意な者は居ないからね」

 

―――予想通り私の提案に躊躇いを示した為、彼(・)女(・)達(・)の下に向かって交流するべき理由を挙げて二の句を継ぐと彼女は反論出来ず口を噤む。

 庭の手入れを趣味とし、この会館敷地内の庭園整備を手(・)ず(・)か(・)ら(・)行(・)う(・)事もある彼女の知見は、『通功の古聖堂』を式典会場として彩る為には効果的だ。今頃彼(・)女(・)達(・)も実作業を進めているだろうが、協議は必要な事だ。この機会にそれもこなしておくべきだろう。

 

「...分かりました。――では、しばらく執務の取り纏めはお任せします」

「あぁ、任された」

「――"園芸部"の拠点に向かいます。私一人で出向くので、"ソーサーナイツ"で手空きの者に共をするように伝達を」

「承知いたしました。...もしもし、○○でございます。ナギサ様が外出されるので、護衛を一名派出していただきたいのですが――――」

 

 ナギサは頷いて立ち上がり、書き直し用の申請書数枚と共にファイルケースにしまい込み、付き人に渡しながら行き先を伝えると、彼女達も素直に頷いてスマホを取り出して"ソーサーナイツ"の待機室に連絡を行う。

 

「――――承知いたしました。...ナギサ様、永江"副長"が随行致します。玄関ホールにて合流するとのことです」

「分かりました。――では、しばらくセイアさんと皆さんにお任せしますね」

 

 護衛の選定も終わり、私達に頭を下げてナギサが執務室を出ていく後ろ姿を見送る。

 

「...さて、彼(・)女(・)が居るといいのだが...」

 

―――ナギサが退室して執務室のドアが閉まる様子を見届け、ポツリと呟く。"園芸部"部長である彼(・)女(・)は『トリニティ』どころかキヴォトスでもトップクラスの知見を有しているが、草花以外の物事にはまるで興味を示さず、まだ見ぬ草花や環境を求めてキヴォトス中を巡る為、この『トリニティ』に居る頻度もかなり少ない。ナギサが私やミカ、テンシ以外に気(・)を(・)許(・)せ(・)る(・)数少ない人物だが、果たして―――


~『トリニティ中央庭園』 "園芸部"温室内~

side-ナギサ

 

「――これはナギサ様。ご機嫌麗しゅう」

「――ご機嫌よう、『エリー』さん。突然の訪問、申し訳ございません」

 

―――『トリニティ』内で特に大きな庭園である『トリニティ中央庭園』。その一角にある大きな温室内の"園芸部"事務所に入ると、カールした金髪のショートヘアの上に赤いリボンを飾った白い帽子を被り、頭上に赤いヘイローを浮かべ、白いセイラ―カラーに赤いリボンタイを留めた赤のワンピース型の制服の上に白い上着を羽織り、茶色のブーツを履いた三年生(同学年)の生徒―――"園芸部"副部長『花門(はなかど)エリー』さんと出会し、お互いカーテシーで挨拶を交わす。

 

「謝る必要はございません。あ(・)の(・)方(・)とも懇意にされているナギサ様ならばいつでも歓迎いたします。――さて、今回のご用件は如何に?」

「...この予算申請書なのですが...こちらのミスで無効化してしまったので、書き直していただきたいのです」

 

 私の言葉に合わせてイクさんがファイルケースから申請書を取り出してエリーさんに差し出す。

 

「拝見いたします。――あぁ、成程。押印を間違えたのですね。そのついでに、我々"園芸部"で息抜きでもされるようにと周囲から押された...といった所でしょうか」

「...!そこまで気付けますか...」

「直近の状況を考えれば充分推察は可能でございます。挙行が近い調印式典の準備に加え、さきのク(・)ー(・)デ(・)タ(・)ー(・)による謀(・)略(・)への対処...加えて――私から見ましても、今のナギサ様からは目に見えて心労を感じられますから」

 

 申請書と私を見ただけでここに来た経緯を察した彼女に驚くと、そう理由を挙げてその位は察せると返す。―――普段通りであれば、心労を隠してやり取りも出来た。しかし、それすら出来ない程に心労が溜まっていたのだと実感する。セイアさんもそれに気付いていて、こうして申請書の再提出のお願いに賛意を示して送り出したのだろう。

 

「――しかし、今回の来訪は我々としても都合がいい点もあります。今回提出した予算は『通功の古聖堂』の花壇再建や整備に必要なものですが――花壇、式典会場で活ける花の選定ではナギサ様の知見が必要だと考えていたので、近々協議の場を設けたいと考えていたのです。それに――」

 

 エリーさんは言葉を切って温室の方に目を向ける。窓越しに様々な種類の草花が育てられている膨大な数のプランターが並ぶ温室が見え、その中を歩く生徒らしき姿―――スナイパーライフルを仕込んだ日傘を差し、癖のある緑色のショートヘアと赤いチェック柄の上着、ロングスカートの後ろ姿も見える。

 

「――!...彼(・)女(・)が戻ってきていたんですね。『通功の古聖堂』の花壇再建について協議していた時は居なかったので、興味を示さないと思っていたのですが...」

「あの時は遠出していたので...草花が絡むならば、"部長"が動かない理由はありません」

 

 趣(・)味(・)繋(・)が(・)り(・)で(・)懇(・)意(・)に(・)し(・)て(・)い(・)る(・)"部長"の姿に気付いて驚くと、エリーさんは苦笑してそう答える。―――人(・)間(・)以(・)上(・)に(・)草花を愛する彼(・)女(・)は、まだ見ぬ草花や生育環境を求めてキヴォトス中を巡っていて、不在の際は"副部長"であるエリーさんが"園芸部"を取り纏めている。

 予算や活動の交渉等、政治が絡む事もある運営、実務はエリーさんが全面的に受け持っている一方、草花や、それを映えさせる花壇、庭園の整備等の知見は"部長"である彼(・)女(・)の方が圧倒的に豊富で、私も彼(・)女(・)の知見には度々助けられている。

―――庭の手入れは趣味の一つ。その延長線とも言える『通功の古聖堂』の花壇整備や式典で活ける草花の選定...未(・)来(・)予(・)知(・)を持つセイアさんが彼(・)女(・)が居る事を予見しててもおかしくはない。相変わらず自分が知り得た情報を隠す癖はあるけれど―――今回は彼女の善意に甘えるとしよう。

 

「――そうですね。私も彼(・)女(・)と話したかった所です。では...申請書を書いている間に、彼(・)女(・)とお話をしてきます」

「申請書の再作成はすぐです。――どうぞ、心ゆくまで"部長"と交流なさいますよう。"部長"もナギサ様との交流は楽しいようですから」

「私は事務所(ここ)でお待ちしております。――あ(・)の(・)方(・)ならば、ナギサ様に不(・)届(・)き(・)を働くことはないでしょうから」

 

 私の言葉にエリーさんとイクさんが揃って微笑む。

 

「...分かりました。――では、申請書はお願いします」

「承知いたしました」

「ナギサ様、ごゆるりと」

 

 エリーさんにそう断り、事務所内の温室出入口の扉を開けて温室へ入る。―――外気温より少し高い恒温の空間に種々の花のそれらが混ざった香しい匂いが鼻を擽る。嗅ぎ慣れた、しかし政務や執務の心労を癒す様な香りを吸い込んで深呼吸していると―――

 

 

「――あら、来ていたのね」

「――御機嫌よう、『幽香(ユウカ)』さん。お邪魔しております」

「えぇ。――御機嫌よう、ナギサ」

 

―――左手に赤い如雨露を持ち、右手にスナイパーライフルを仕込んだ日傘を差した後ろ姿が私に振り向き、頭上に黄色いヘイローを浮かべ、白いセーラー服に黄色いリボンタイを締め、赤いチェック柄の袖なしベストを羽織り、赤いチェック柄のロングスカートと茶色のブーツを履いた生徒―――"園芸部"部長『風見(かざみ)幽香(ユウカ)』さんは真紅の瞳を細めて微笑み、挨拶を交わす―――

 


side-イク

 

「――どうぞ」

「――ありがとうございます」

 

―――事務所内の一角、種々の草花が育成されている温室を一望できる大窓を設けた休憩スペース。そこに設けられたティーテーブルに座り、エリーさんが淹れた紅茶を受け取る。ダージリンの香りが、事務所内で装飾を兼ねて育成されている花々の香りと混ざってより引き立つ。

 

「――花の香りとダージリンはよく合いますね。香りがこうも豊かになるとは。確か、『トリニティ』内で流通する茶葉の一部は"園芸部"産でしたか」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。――左様でございます。最終的には加工するとはいえ、育成することそのものは草花と同じですから。積極的に売り出すことはしませんが..."部長"――幽香(ユウカ)様が妥協などすることはありません」

 

 私の感想に対してエリーさんは微笑みながらそう答え、私の前で申請書をサラサラと書き進めていく。―――紅茶が基本であるこの『トリニティ』に於いて、"ティーパーティー"御(・)用(・)達(・)の一つに選ばれる程の茶葉を生み出しているのは偏に風見"部長"の手によるものだ。

 "園芸部"が管轄する施設は庭園や花壇に加え、茶葉等一部の畑も含まれている。規模は大きく数も膨大。その数に比して部員数が少ないにも関わらず、整備や育成をミスなく熟せているのは、風見"部長"の指(・)導(・)は勿論、実質部(・)長(・)の(・)名(・)代(・)として部を取り纏めている目の前のエリーさんの力も大きい。

―――風見家と花門家が代々主従関係で繋がっているとは言え、エリーさんの側役としての働きは歴代屈指だろう。

―――閑話休題。

 

「――『通功の古聖堂』の花壇、庭園整備の状況はいかがでしょうか」

「――順調...とまでは言えませんが、ある程度計画は纏まっております。活ける花々が決まり次第、腕利きを投じて一気呵成に進めるつもりです。――今回のナギサ様の来訪はこちらとしてもちょうどいい機会でした」

 

 エリーさんはそう答えて大窓に目を向ける。―――日傘を閉じ、ナギサ様と肩を並べて歩く風見"部長"の顔には和やかな微笑みが浮かんでいて、ナギサ様の表情は見えないものの、代わりに背中の翼が上機嫌振りを示している。

 

「...ナギサ様、本当に嬉しそうですね」

「えぇ、左様で。幽香(ユウカ)様もあ(・)れ(・)程(・)自(・)然(・)な(・)笑みを浮かべるのはナギサ様相手位のものですから。

――好きなこと、趣味の話で心が落ち着くのは何者にも言えることですが、最近のナギサ様のご多忙振りを考えればその効果は一入でしょう。...少しでも心を安らがせる一助になればいいのですが」

 

 エリーさんはペンを走らせる手を止め、仲睦まじく語らうお二方を見て目を伏せる。―――ミカ様のクーデターについては、や(・)は(・)り(・)この"園芸部"にも伝わっている様だ。何せ―――

 

「そうですね。...幼馴染の親友としてできる限り弁護、減刑はしたい。しかし生徒会へ対するクーデターはキヴォトスとしても退(・)学(・)処分も妥当な重罪。それを個人的な感情で変えるのは減刑ですら批判糾弾の的になることでしょう。

 しかし、周囲からすればミカ様が如(・)何(・)な(・)る(・)刑(・)に(・)処(・)さ(・)れ(・)よ(・)う(・)が(・)ど(・)う(・)で(・)と(・)い(・)い(・)。ただ、あの方がパ(・)テ(・)ル(・)分(・)派(・)か(・)ら(・)下(・)ろ(・)さ(・)れ(・)て(・)無(・)力(・)化(・)さ(・)れ(・)る(・)瞬(・)間(・)を確認したいだけ」

「...私も幽香(ユウカ)様共々、実(・)家(・)の(・)伝(・)統(・)に(・)反(・)し(・)て(・)政治から距離を取っておりますが――やはり、政治に携わる者はどうにも無(・)遠(・)慮(・)で(・)節(・)操(・)が(・)あ(・)り(・)ま(・)せ(・)ん(・)ね。我々はとうに資(・)格(・)を(・)放(・)棄(・)し(・)て(・)い(・)る(・)というのに」

「...やはり、来ていましたか」

 

 エリーさんの愚痴る様な言葉からその言わんとしている事を察して尋ねれば彼女は頷く。

 

―――従者の家である花門家は兎も角、風見家は伝(・)統(・)的(・)に(・)"パテル分派"に所属する家柄であり、過去には"首長(ホスト)や"ホストリーダー"を輩出した実績もある、聖園家に次ぐ価格を持つ名家だ。

 そして風見"部長"は草花への知見だけでなく、その身の実(・)力(・)も高く、実力至上主義の"パテル分派"に仮に在ればミ(・)カ(・)様(・)と(・)互(・)せ(・)る(・)程の力を有している。故に―――

 

「――役職持ちが大勢で詰めかけ、我々の事情もお構い無しに分(・)派(・)へ(・)の(・)復(・)帰(・)をしつこく求めて来ました。上っ面だけの忠誠を誓う者。お金を積もうとする者。"園芸部"への優遇を約束する者...今まで一切関わろうとしなかった方々が、ミカ様――パテルの首長(自分達のトップ)が唐突に降板した途端にこれです。...あの時幽香(ユウカ)様が不在であったのが不幸中の幸いでした。中には温室の花々を害(・)そ(・)う(・)と脅した者も居ましたので」

「"パテル分派"からすれば主導権を失いかねない事態。追い詰められた人間はどんな手を使おうとも事態の打開、解決を目指すものとはいえ...相手が悪すぎましたね」

 

 ため息を零すエリーさんに頷いて思わず眉を顰める。―――風見"部長"が入学早々に"パテル分派"参画資格の放棄を宣言した事は知っていた筈だ。それにも関わらず彼女の参画を求めたという事は、分派内にはミカ様の後を継げるだけの人材が居ない事実に益々確信を抱く。

 

「我々の意思が変わらないと察する頭はあったのか、あの時以来"パテル分派"の接触はありませんが...油断はできません。――ユウカ様(中枢)を直(・)接(・)落とせないならば、外(・)堀(・)か(・)ら(・)埋(・)め(・)る(・)可能性がありますから。まぁ、その程度で手玉に取られる様な脆(・)い(・)人間は我が"園芸部"には居ませんが」

「――流石風見"部長"というべきか、周(・)囲(・)が(・)つ(・)い(・)て(・)行(・)け(・)ず(・)脱(・)落(・)しているだけか...」

 

 エリーさんの言葉に苦笑する。―――風見"部長"は人間を基本的にど(・)う(・)で(・)も(・)い(・)い(・)存(・)在(・)か、花々を害(・)す(・)る(・)者を害(・)虫(・)と見なしていて、"園芸部"に属する者はそんな彼女のお(・)眼(・)鏡(・)に(・)適(・)っ(・)た(・)、草花の育成や維持管理の才を持つ者ばかりだ。

 尤も、言い方を変えれば―――加(・)虐(・)趣(・)味(・)でも持っているのかと疑われる程に、草花に関しては妥(・)協(・)を(・)一(・)切(・)許(・)さ(・)な(・)い(・)が故に周(・)囲(・)が(・)つ(・)い(・)て(・)行(・)け(・)ず(・)脱(・)落(・)し(・)て(・)い(・)る(・)とも表現出来るが。

―――閑話休題。

 

「――兎も角、"園芸部"の独力で対応し切れない場合は我々も手を差し伸べましょう。――ナギサ様が素(・)顔(・)を(・)晒(・)せ(・)る(・)数少ない憩いの場所を喪うことは避けたいですから」

「...お気持ちだけいただいておきましょう。――花々が持つ生、美しさを理解できない者は遠ざけ、如何なる理由であろうと手(・)荒(・)く(・)扱(・)う(・)者は刈(・)り(・)取(・)り(・)排(・)除(・)す(・)る(・)だけですから」

 

 エリーさんは援助の提案を断り、そう返して自身の傍に立て掛けた、草刈りや枝の剪定に使うには些(・)か(・)大(・)き(・)く(・)、芸(・)術(・)品(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)湾(・)曲(・)や(・)装(・)飾(・)が(・)あ(・)る(・)鎌を見やり、その目線を温室へと向ける―――

 


side-ナギサ

 

「――――やはり、式典会場には我が『トリニティ』と『ゲヘナ』を象徴するような花を活けるべきでしょうか。我が『トリニティ』からは[テューダー・ローズ*2]をメインに出そうと思っているのですが...」

「双方の歩み寄りを演出したいならそれも一つの手ね。――貴女もそう考えると思って、ゲ(・)ヘ(・)ナ(・)の(・)伝(・)手(・)を介してゲヘナ(あちら)の花として[エーデルワイス*3]と[バラ*4]を選定して取り寄せているわ。治(・)安(・)の(・)悪(・)さ(・)を考えればすぐにとは行かないでしょうけど、式典までには必ず間に合わせるわ。――当日にお披露目も、ゲヘナ(あちら)を迎える側としてはいいサプライズになりそうね」

「――流石幽香(ユウカ)さんですね。草花となれば貴女の右に出る人は居ません」

 

―――温室をゆっくり歩きながら『エデン条約』調印式典で飾る花や飾り方についての話し合いがトントン拍子に進んでいき、彼女が持つ草花への知見の深さに改めて感心する。

 

「――政治に興味はないけれど、今まで誰も考えもしなかった『トリニティ』と『ゲヘナ』の協調という歴史的偉業。それを成し遂げる場を飾らないのも味気ないしね。...貴女が私の知恵を求めに来なければ、そもそも気を向けることもなかったでしょうけど」

「――本当に、草花だ(・)け(・)を(・)一途に求め、慈しんでいるんですね。...少し、羨ましいです。貴女のようにや(・)り(・)た(・)い(・)こ(・)と(・)だ(・)け(・)をやれるなら......あ!も、申し訳ありません!幽香(ユウカ)さんの在り方を否定するつもりはなくて...!」

 

 幽香(ユウカ)さんの言葉から、政治―――否、草(・)花(・)以(・)外(・)に(・)興味が無い事を改めて実感して思わずそんな言葉を零し、彼女の前では失言だったと咄嗟に口を噤んで謝罪して頭を下げる。

 

「――怒るつもりはないわ。私の今(・)が世(・)間(・)一(・)般(・)の(・)常(・)道(・)で(・)は(・)な(・)い(・)ことは自分でも分かっているつもり。寧ろ...貴女がそんなら(・)し(・)く(・)な(・)い(・)――いえ、普(・)段(・)は(・)ひ(・)た(・)隠(・)し(・)に(・)し(・)て(・)い(・)る(・)本(・)音(・)を漏らすことが心配になるわ。――あ(・)の(・)一(・)件(・)はそれだけ堪えているみたいね」

「...!」

 

 しかし幽香(ユウカ)さんの声色は優しく、私が心の内に抱えている苦悩を指摘されて思わず背中の翼を小さく揺らしてしまう。

 

「ナギサ。貴女は数少ない、私と草花(この子達)について深(・)く(・)広(・)く(・)語らえる存在。それくらい懇意にしているからこそ、ら(・)し(・)く(・)な(・)い(・)貴女が心配になる。

 政治に興味はないし、草花(この子達)の育成、管理方法(付き合い方)に比べれば知見も乏しい。だけど――話くらいは聞いてあげられるわ。どうしても話したくないなら、その意思を尊重するけど」

 

 幽香(ユウカ)さんはそう言って真紅の瞳で私を見つめる。テンシさんのそれと比べて深い色味の眼差しは私の内心を見透かすように鋭くも、本(・)心(・)か(・)ら(・)私を気遣っている優しさも感じられる。

 

「...ミカさんが起こしたクーデターは裁かなければなりません。"ティーパーティー"――学校運営を預かる生徒会として、校則(法)を犯した者を個人的感情で許してはその能力、公正さを疑われる。しかし――」

 

―――特別監獄に収監され、その外から"ティーパーティー"の者達が自分達の権力、影響力拡大の為に糾弾し、処罰の催促を求める声に晒され続けるミカさんの姿を脳裏に思い浮かべる。面会した時は外の声や、自身が犯した罪の重さを理解してどんな罰でも受けると言っていた。だけど―――

 

「――ミカさんが『トリニティ』から居(・)な(・)く(・)な(・)る(・)なるかもしれない。そう思うと、処罰を下すのが怖(・)い(・)んです。しかし、周囲は処罰を求め、催促し続けている。

 "ティーパーティー"はこの『トリニティ』内でも一際権謀術数が渦巻く環境です。自らを、自らの派閥を上に持ち上げる為に他者を踏み台にすることをも躊躇わない。――だからミカさんが、大切な幼馴染の親友が、政争の道具に、踏み台にされようとしているのが心苦しいのです」

 

―――自身の胸の内を吐露し、無意識に手を握り締めていたのか、爪が掌に食い込む痛みでハッとして手を開く。

 

「――ホスト(生徒会)としての政治的立場で下すべき裁定と、幼馴染の親友(個人)として聖園ミカを助けたい感情との板挟みが辛い、ということね」

「...はい。クーデターの首謀者である以上、裁かなければならない。しかし、ミカさんが居なくなってしまうと"パテル分派"の瓦(・)解(・)は必至。

――三頭政治の一角が崩れると見て既に暗(・)躍(・)しつつある分派もありますが...このままでは政争、派閥争いへの注力により学校運営に影響が出る可能性も――」

 

 

 

 

「――その懸念、考えは他(・)の(・)娘(・)に(・)伝(・)え(・)た(・)の?」

 

「...え...?」

 

―――私の言葉を遮って投げかけられた問に呆けると、幽香(ユウカ)さんは呆れた様にフッと息を吐く。

 

「――クーデターなんて予想外の事態での混乱、困惑を抜きにしても相(・)変(・)わ(・)ら(・)ず(・)みたいね、ナギサ。

 首長(ホスト)として自らの判断、指示に責任を持つ姿勢は結構。組織を率い、運営する長として必要な資質よ」

 

 『だけど――』と幽香(ユウカ)さんは言葉を切って真紅の瞳で私を見つめる。

 

「――さっき、三(・)頭(・)政(・)治(・)と言ったわね?ど(・)ん(・)な(・)意(・)義(・)で(・)、この『トリニティ』を運営する派閥は複(・)数(・)君臨しているのかしら?」

「...!」

 

 幽香(ユウカ)さんの問にハッとする。―――"フィリウス"、"パテル"、"サンクトゥス"。主導権を握る存在として"ホストリーダー"を生徒会長として据えているものの、この三大分派の首長(ホスト)間での協議、合議が前提にある。それは即ち―――

 

「私は一人でやるのが好きだから、大体のことは一人で熟すけど――普通、一(・)人(・)で(・)無(・)理(・)な(・)ら(・)誰(・)か(・)と(・)協(・)力(・)す(・)る(・)ものよ。自分の知識、経験が及ばないなら、その及ばない範囲に届く者と協力すればいい。

 組織を運営するのは一人ではない。組織の長に必要なのは最終判断に責任を持つ覚悟と――適(・)材(・)適(・)所(・)で(・)人(・)を(・)振(・)り(・)分(・)け(・)使(・)う(・)選定眼よ。

――貴女には居るでしょう?政治にとんと興味がない私なんかより、よ(・)っ(・)ぽ(・)ど(・)頼(・)り(・)に(・)な(・)る(・)娘(・)達(・)が」

 

 幽香(ユウカ)さんの言葉が胸に沁みていく。―――セイアさんが失(・)踪(・)した時、"補習授業部"を設立した時と同じだ。また私は一(・)人(・)で(・)解決しようとしていた。

 

「――そうですね。...申し訳ありません、幽香(ユウカ)さん。ま(・)た(・)私は一人で全てを解決しようとしていました」

「謝るのは私にじゃなく、貴女の頼(・)る(・)べ(・)き(・)幼馴染の親友達に、よ。――貴女は単体でも優秀よ。そういう娘は一(・)人(・)で(・)色(・)々(・)考(・)え(・)付(・)い(・)て(・)し(・)ま(・)い(・)が(・)ち(・)だから、自力解決に走りやすい。――難しいと思ったなら一(・)度(・)立(・)ち(・)止(・)ま(・)り(・)な(・)さ(・)い(・)。その上で、協(・)力(・)で(・)き(・)る(・)他(・)者(・)に頼ればより良い解決策がでるかもしれないわね」

 

 幽香(ユウカ)さんはそう言って目を細めて微笑む。―――草花以外には何も興味が無い雰囲気だとは私も感じていたけど、ここまで人(・)の(・)感(・)情(・)や(・)思(・)考(・)への洞察が鋭かったとは思っていなかった。

 いや、草花を害(・)す(・)る(・)様な悪意や負の感情を持つ者を排(・)除(・)するなら、自ずと人の感情や思考を読み取れる様になるのだろう。

 

「――ありがとうございます、幽香(ユウカ)さん。すべきことは多いですが、できる限りよ(・)り(・)良(・)い(・)結(・)果(・)を導けるように全力を尽くします。――一人ではなく、頼(・)れ(・)る(・)人(・)達(・)と共に」

「えぇ、そうしなさいな。――とは言え、幼(・)馴(・)染(・)の(・)親(・)友(・)だ(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)話しにくいもの出ることもあるでしょう。今回みたいにそういうのを話したい、吐き出したくなったら来なさい。もしくは探(・)す(・)か...運(・)が(・)良(・)け(・)れ(・)ば(・)聞いてあげるわ」

「...また、すぐに出立ですか?」

 

 幽香(ユウカ)さんの言葉に苦笑しながら尋ねる。―――彼女はまだ見ぬ種の草花や、良好な自然環境を求めてキヴォトス中を一(・)人(・)で(・)旅して巡り歩いている。こうして"園芸部"に滞在する事は稀(・)であり、今回は本当に運が良かった。

 

「そうしたい所だけど――『通功の古聖堂』の準備と、調印式典は見届けていくわ。歴史的偉業の花道位は飾ってあげなきゃ、ね」

「そうですか...ならば、私も頑張らなければなりませんね」

「あまり気負わないことよ。過度な緊張は気(・)付(・)け(・)た(・)筈(・)の(・)足(・)元(・)を(・)疎(・)か(・)に(・)す(・)る(・)ものだから」

 

 会話を交わしながら事務所へと揃って足を向ける―――

 


~"園芸部"温室 事務所玄関~

side-エリー

 

「――申請書の再作成、ありがとうございました。もとより承認予定でしたので、明日にでも承認される筈です」

「なら、すぐにでも準備を進められそうね」

「ありがとうございます。――これで、調印式典も彩り豊かになるでしょう」

 

―――事務所玄関前。幽香(ユウカ)様がナギサ様の言葉に微笑み、私は頭を下げる。幽香(ユウカ)様不在の間に考案した予算案だったけど、幽香(ユウカ)様は何も言わなかった為、あの方から見ても悪くないものだったようだ。

 

「いよいよ挙行間近とは言え、準備はできる限り完璧にしたい所。"園芸部"の活動の範疇で追加で必要な作業、提案があったらいつでも来なさい。温室の方でも言ったけど、調印式典まではトリニティ(ここ)に居るから」

「重ね重ね、ありがとうございます。――式典を成功させる為にも、今少しの間ご協力をお願い致します」

 

 幽香(ユウカ)様の言葉にナギサ様は微笑んで頭を下げる。

 

「――では、会館に戻りましょう。改めて、こちらのミスにも関わらず再作成していただきありがとうございました」

「――"園芸部"の皆様、失礼いたしましす」

 

 頭を上げたナギサ様の言葉にイクさんが頷き、カーテシーで私達に挨拶して踵を返して庭園正門に向けて歩き出し、幽香(ユウカ)様と共に二人の背中を見送る。

 

「――幽香(ユウカ)様、ナギサ様との語らいはいかがでしたか?」

「――有意義だったわ。彼女がま(・)た(・)やり方を間違えることを避けることができたし」

 

 お二方の姿が見えなくなり、幽香(ユウカ)様に尋ねればそう答えが返って来る。真紅の瞳には喜色が浮かんでいて、久しぶりのナギサ様との語らいは幽香(ユウカ)様にとっても有意義だった様だ。

 

「――予算の承認、納金を確認次第、古聖堂での準備を加速させます。花壇、庭園の再建は既に完了。後は草花を植えていくだけです」

「明日にでも『ゲヘナ』から取り寄せた花々(子達)が届けばいいけれど...できることから進めていきましょう」

「承知いたしました。――しかし、珍しいですね。幽香(ユウカ)様が数(・)日(・)も(・)トリニティ(ここ)に留まるとは」

 

 幽香(ユウカ)様の言葉に頷き、ふと思った事を尋ねてみる。―――『トリニティ』に戻るのは旅で消費した物品の補充、温室や庭園の状態確認の為だけで、大体は一日か二日で済ませ、私達に挨拶する事もせずふらりと旅に出てしまう。幽香(ユウカ)様の体制へと変わった当初は実質"部長"として振舞わなければならない状況は大変だったものの、今ではすっかり慣れてしまった。

―――だからこそ、今回幽香(ユウカ)様が二日以上留まる事が珍しいのだ。

 

「...歴史的偉業を成し遂げる場を"園芸部"の総力を挙げて飾るのだから、それを見届けたっていいでしょう?...ただ、少し気(・)に(・)な(・)る(・)こ(・)と(・)があるの」

「気(・)に(・)な(・)る(・)こ(・)と(・)、とは?」

 

 幽香(ユウカ)様の意味深長な言葉が気になって尋ねてみると、幽香(ユウカ)様は目を細めて『通功の古聖堂』がある方角に目を向ける。

 

「――聖園ミカが起こしたクーデターについては、私もある程度情報は把握している。クーデターには協力者が多く居たけど――ト(・)リ(・)ニ(・)テ(・)ィ(・)生(・)じ(・)ゃ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)そうね。純然たる"パテル分派"でなければ、聖園ミカは乗(・)せ(・)ら(・)れ(・)た(・)可能性も否定できない。...あくまで私の勘だけど――」

 

 

 

「――『エデン条約』調印式典。この場で何(・)か(・)が(・)起(・)き(・)る(・)気がするの」

 

―――一陣の風が吹き、幽香(ユウカ)様は私達の左手に据えられた花壇の一角に固まって咲く[クロッカス*5]を見てそう呟く。

 

―――to be continued―――

 

 

*1:
Pax:平和。影響力も極僅かなモブ派閥

*2:
イングランドの国花。平和と統合の象徴

*3:
アルプス高原の花。ドイツ語圏ではメジャー

*4:
愛、情熱の象徴

*5:
アヤメ科クロッカス属。開花期:2〜4月(春咲き)、10〜11月(秋咲き種)。花言葉:「裏切られた愛」




 ということでフラワーマスターとエリーの登場です。トリニティなら庭園も多いだろうし、草花と言えばとキャスティングしてみました。エリーは旧作幻想郷繋がりでのキャスティングです。
さて次回―――調印式典、始まります。

感想、評価、お気に入り、栞、ここすきは大歓迎です。作者が喜びでわっぴ~します。

~登場生徒紹介~
名前:風見(かざみ) ユウカ
所属校:トリニティ総合学園
学年:三年生
部活動:園芸部 部長
装備:SP(傘型ライフル(フラワー・スパークル))

名前:花門(はなかど) エリー
所属校:トリニティ総合学園
学年:三年生
部活動:園芸部 副部長
装備:大鎌+SMG(スターリングSMG(Perdition crisis))
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