~『ミレニアムサイエンススクール』技術棟 会議室~
side-ウタハ
「――各々忙しい中、集まってくれて感謝する」
―――会議室の上座に座り、集まった面々を見回す。ニトリ、リカコ、タカネ、リカ、ヒビキ、コトリ...一人を除いて、皆真剣な表情だ。
「――五日前、私達は大切な友人救出の為に協力し、その最中で世界終焉の危機に直面した。彼女がこれまで関連する情報をひた隠しにしていたこともあって、ミレニアムに近い場所にまさか、あれ程の脅威が眠っていた事実が判明した驚きは大きい」
―――五日前。"ゲーム開発部"、"C&C"、"ヴェリタス"、"特異現象捜査部"、『シャーレ』、『SRT』の"Кролик小隊"と共に『エリドゥ』で防衛線崩壊がそのまま世界終焉に繋がる、決死の防衛戦を思い出したのか皆苦々しい表情を浮かべる。
―――"無名の司祭"、『名もなき神々の王女』、『Key』。遥か過去のキヴォトスに存在した文明の産物。彼女が秘めていた力を目の当たりにして、過去には確かに強大な文明が―――世界を滅ぼし得る程の力を実現する文明が存在していたのだと実感した。
「あのような、人知を超えた存在がまた現れる可能性は否定出来ない。何せ最大級の遺構である『廃墟』はミレニアムの傍にあり、未だに謎ばかりだからね。故に――」
「――リオが横領し、資産運用で増やした隠し資産の一部がミレニアムに還元される形で入った追加予算。この配分は慎重に決めなければならない」
「はいはい!私の[ヒソウテンソク]建造加速の為に五割をおくれよ!そっちの宇宙戦艦建造よりは形にしやすいしさ!」
「異議ありです![ヒソウテンソク]と違って[光の剣:スーパーノヴァ]しかできておらず、それもアリスさんに譲っています!今回の追加予算は宇宙戦艦建造を前進させるチャンスなんです![アバンギャルド君]のおかげで新たな可能性を見出せましたし、装甲材全体の内七割も頂ければ大きく前進します!」
「――そんないつ完成するかも分からない代物より、私の[イビルアイΣ]に予算を投じる方が現実的なのです。[アバンギャルド君]の装甲材の技術もあれば、[イビルアイΣ]は最強究極に近付けるのです。だから[アバンギャルド君]装甲材の解析データと共に、追加予算の内四割をこちらに寄越しやがれなのです!」
「あーもう好き放題言わないでよ!!案の定宇宙戦艦建造でまたゴッソリ持っていくつもりだし、この時点で追加予算超過してるし!!今回ばかりは私が決めるよ!!」
「異議あり!予算配分を一方的に決めるのは拒否させてもらうよ!ちゃんと私の意見も汲んで――――」
「意見を汲ませろと主張するなら私達も――――」
―――私の音頭を皮切りに、ニトリ、コトリ、リカが口々に要求を挙げ、しかしタカネが机を叩いて憤慨して自身が予算配分を決めると宣言し、ニトリとコトリが抗議の声をあげて会議室は一気に紛糾と混乱に満ちる。
「...はぁ...案の定ね。これはまた私の配分も少なくなりそうね...」
「君も配分を主張すればいいじゃないか。――今回の追加予算はこちらの想定以上に多かった。全く、リオの巧妙な横領と資産運用の技能には驚かされる...私達の宇宙戦艦建造は、理論と設計図ばかりで形になったものが[光の剣:スーパーノヴァ]以外にない。だから、予算配分は多く欲しい所だ。これはチャンスなんだよ」
「...予算は多ければ多いほど開発も促進される。タカネ先輩もそれは理解している筈だけど...」
「...まぁ、部長もヒビキもそっち側よね。主張したところで、どうせニトリや部長に潰されるのがオチなんだから...」
呆れたため息を吐くリカコのぼやきに対する私の言葉にヒビキが賛意を示し、リカコは呆れた表情を変えずに半目で私達を見る。相変わらずリカコは主張が控えめだ。入部して間もない頃はもう少し主張が強かった記憶があるけど、何が彼女を控えめにさせているのだろうか―――
「あーもうどいつもこいつも!!お金は有限だって根本的事実をなんで理解できないかなぁ?!っていうかサナエはまだ合流してないの?!あの娘が居たらもう少し理性的に――――」
「――そう言えば、サナエはまだ来てないね」
「サナエなら、直前で電話が掛かって来てそれに応対してるわ。...口振り的には身内みたいだけど――」
~『技術棟』 会議室付近の廊下~
side-サナエ
『――――つまり、サナエ自身大きなケガは負っていない。後遺症もなし。これは確かなんだね?』
「もう、さっきから、これまでの電話でも何度も言ってるじゃないですか...私を心配してくださっているのは素直に嬉しいですが、何度も確認されると流石にしつこさが上回りますよ?」
―――スマホの向こう。百鬼夜行の学院長にして教職であり、私にとって家族同然の大切なお方の言葉に思わず愚痴るように言い返してしまう。『エリドゥ』での一件が外部に報道されて以来、もう何度目かも分からない直接の電話は、相変わらず内容に殆ど変わりがない。
『まーまー、そろそろしつこいなーって私も思ってるけどさ。あの報道見て心配になったのは本心だよ?ミレニアムの近くに世界を滅ぼせる存在がまだ埋もれているかもしれない遺跡があるんだ。――人知を超えた得体の知れない存在の脅威についてはサナエだって解ってるでしょ?』
「...はい」
―――もう一人、百鬼夜行の理事長にして同様に教職であり、家族同然の大切なお方の言葉に頷く。そう、百鬼夜行にも『Key』―――アリスちゃんの中に潜んでいた存在とは方向性が違うものの、現行の技術、知識では理解出来ない存在が潜んでいる。百鬼夜行の同級生であり、"陰陽部"の最高戦力でもある彼女は不良を鎮圧するが如く見付ければ平然と祓うけど、本来は接触しに行く様な存在ではない。
―――閑話休題。
『お前だって珍しくいつもの雰囲気を崩してオロオロしていただろうに...しかし、あれ程の情報をつい先日までひた隠しにしていたことも驚きだよ。当代"セミナー会長"は随分やり手のようだね』
関心した様な言葉に頷く。
―――『エリドゥ』でのアリスちゃん救出作戦、その最中に直面した世界終焉の危機。それらを解決に導いた翌日。リオ会長は内外からメディア、キヴォトス構成校生徒会関係者等々を招いて記者会見を開催した。『エリドゥ』の存在と自身が取った行動、そして―――"無名の司祭"なる、『廃墟』の様な遥か過去の文明が生み出した脅威の存在について情報を公開した。
『だが――孤独故の苦悩と不安定さもあの会見から見えた。学校運営を預かる生徒会トップ――組織の頂点とは必然的に孤独になる。何せ自身より上が存在し得ないからね。行動、決断の責任は自分で取るしかない。その重圧は大人でさえ時に苦痛となる程だ。
私や"シャーレの先生"とやらのような教え導く大人という存在が居れば、多少は責任の重圧も和らいだかもしれないが...つい先日まで、どんな影響を与えるかも分からない情報を一人で抱えていたのは彼女なりの優しさであり、しかし独り善がりの善意だったんだろうね。だが――あの会見はその在り方が変わった証左だろう』
「...そうですね。留学当初、挨拶に伺った時は"ビッグシスター"という二つ名の通り、全てを知っている様な、得体の知れない上位者という印象でした。ですが今は...不器用ながらも、他者に歩み寄ろうとしているようにも見えます」
留学初日、リオ会長への挨拶に伺った時、初対面時の印象と今を脳裏で比べながら頷く。『エリドゥ』で、リオ会長の心情にどんな変化があったのかは分からない。ただ―――リオ会長が一人で抱え込む事を止めたのは事実だろう。あの会見以来、リオ会長は『ミレニアム』のあちこちで姿を見かける様になった。ウタハ部長曰く、リオ会長が"セミナー"に加入して以降籠ってしまってばかりだったらしいけど、それも合わせて考えると―――リオ会長の考え方、心情はいい方向に変わりつつある。
『ま、セミナー会長がいい方向に変わってるならミレニアムそのものもいい感じになるでしょ。――とりあえず、無事で危機を乗り越えたなら安心だよ。留学期間は有限。サボらず自分の糧になる学びと経験を得るんだよ』
『それから、偶には百鬼夜行に戻ってきておくれよ。近々、"ゲヘナ"の"万魔殿"を招いて"和楽姫"公演を催す予定でね。お前も好きだっただろう?』
『主演は"和楽姫の体現者"チセが受け持つ予定でさ。おかげで"陰陽部"...いや、カホが大張り切り。私も公演は久しぶりに見るから楽しみだよ』
「――分かりました。予定を組んで一度百鬼夜行に帰省します。...と言っても、"エンジニア部"も多忙なので予定が変わる可能性はありますが」
『絶対に帰ってこいとは言わないよ。サナエ自身がやりたいことを優先しな。――それじゃあ、ミレニアムでの勉学、頑張るんだよ』
『それじゃあね~』
―――通話が切れ、スマホを耳から離して電話アプリを落とす。
「――ああ、思ったより長話しちゃったわね。部長達大丈夫かな...今回の追加予算は結構多いし、大揉めは必至...タカネちゃんの負担が増える前に私が何とかコントロールしないと――」
画面に映る現在時刻を確認し、今頃の会議室は紛糾しているだろうと予想しながら会議室に向かう―――
~"ヴェリタス"仮部室~
side-ハレ
―――ウィィン...
「――皆、ガレージに移動拠点用のトラックが届いたよ!」
―――仮部室のドアが開く音が聞こえて振り向けば、嬉しそうに笑うマキが顔を覗かせてそんな報告を挙げる。
―――『エリドゥ』での騒動から五日。リオ会長が『エリドゥ』建造、維持の為に横領し、資産運用で増やした隠し資産が、『ミレニアム』全生徒へ謝罪の一環として各部活に向けて追加予算として還元された。その総額は概算でも四年度分の全校予算に匹敵するらしいから、リオ会長の資産運用能力の巧妙さと高さが伺える。
ただ、表向き"セミナー"反抗組織であり、予算が降りた試しが無い私達"ヴェリタス"にもまさか追加予算が配分されるとは思わなかった。
まさかの予算獲得に驚きつつも、これは"ヴェリタス"再建を早期に行えるチャンスでもあり、早速移動拠点用の大型トラックを注文した。中に積み込む機材は実際の車両を見てから選定するつもりでいる。
トラック注文、今後の機材選定での支出を抜きにしても追加予算はまだまだ余っているから、移動拠点の目処が付いたら次は本拠点の整備だ。
「...納車、思っていたより早かったな。電気系だけは特注オプションを注文したが、それ以外普通のトラックだけならこんなものか」
「とりあえず確認しに行こうか。荷台の規模次第で載せる機材も決まるし」
「そうですね。――あ、副部長からトークです。用事が終わったので、これから戻るそうです。私からトラックの納車と、確認でガレージに居ると伝えておきますね」
「早く早く!あたし達の新しい拠点だよ!」
急かすマキに応える様に立ち上がり、仮部室を出る―――
~近くのガレージ~
「...注文通りだが、こう見るとテクスチャ貼り付け前のモデルみてぇだな」
「これが、私達の移動拠点になるトラック...」
「真っ白な車体!グラフィティのキャンバスにピッタリじゃん!」
「運転席と荷台も、注文通りに通路で接続されていますね。エンジンユニット整備時の邪魔にならないように可変式...このような特異な仕様にも応えてくれるとは、副部長には感謝しなければなりませんね」
―――仮部室がある建屋の近くにあるガレージ。そこに鎮座する白い大型トラックの前に立ち、各々感想を漏らす。トラックを発注したのはチヒロ先輩がソフトやネットインフラ関係の営業によく出向いている『ミレニアム』内の車両メーカーで、その繋がりと信用がこちらの少し無茶な要求仕様に応えてくれた要因になったのだろう。
「それじゃ、荷台の中身を見てみよっか!こんなリモコンもあるから、外からでも色々動かせるよ!」
「おぅ、そうだな。中身も注文通りだといいが...」
マキに続いて後部に周り、納車時に受け取ったらしいリモコンをマキが後部の扉に翳す―――
「――さぁ、御開帳!」
ウィィン...
「...まぁ、広さは荷台の外観そのままだね。...よし...飲み物用の冷蔵庫も小型なら置けそうかな...」
「これで見た目以上に広々空間だったらどんな謎技術だ...電源ポート、諸々ラックやフックも充分あるな。サーバー、コンピュータ...サイズ制限は必要だが、五人詰めて作業するには充分な広さは確保できそうだな」
「どのように設備を配置するか...ハウジング系のゲームみたいで少しワクワクしますね」
―――後部の扉が開き、自動で降りてきたタラップを登って荷台の中に入り、何も置かれていない空っぽの空間を見回す。電源ポートやケーブル用のラックやフックもレイアウトに困らない最適な距離感で、コタマ先輩の感想の通りどんな風に設備を据えていくか考えるだけでもワクワクして来る。
「――皆お疲れ。その様子だと、仕様通りに届いたみたいだね」
―――外からチヒロ先輩の声が聞こえて振り向くと、いつの間にか合流していたらしいチヒロ先輩が荷台を覗き込んでいた。
「――先輩お疲れ様ー!ちゃんと注文通りだよ!ここから設備を据えて、インフラを構築すれば...!」
「お疲れさん、先輩。トラックだから容量的な制限はあるが、移動拠点として完成した姿にゃワクワクするな」
「先輩、お疲れ様。思っていたより早く移動拠点が実現しそうだよ。これで、私達の活動範囲もより広がる」
「お疲れ様です、副部長。――移動拠点が完成すれば、ハッキングでの仕事や営業も円滑に行えるでしょう」
私達の感想を聞いたチヒロ先輩は微笑みながら頷く。
「――そっか。仕様通りに納車されたならよかった。...さて、こうして移動拠点構築の準備も大詰めな所に水を差すんだけどさ。一点気になることがあるんだ――」
チヒロ先輩が指で眼鏡をクイッと上げながらそんな言葉を挙げ、私達は何だろうと首を傾げる―――
「――この中に、大型免許持ちは居る?因みに私は普通ATしかないよ」
―――チヒロ先輩が眼鏡の下の瞳に既に分かっている様な、呆れた眼差しを浮かべる中。私達はすっかり忘れていた事実を思い出して沈黙する。
~『岡崎研究室』 "教授"オフィス~
side-ユメミ
「――なぁ"教授"、ちょっといいか?」
「...何かしら、チユリ?」
―――"先生"とシッテムの箱の同意を得たあるプロジェクトの仕上げを進めていると、隣の"助手"デスクで作業を進めているチユリのおもむろな問いに答えながら顔を向ける。
「――こうして"教授"がエリドゥから持って来たデータをアイツに入れてるが、ずっと気になってたんだ。...結局狙いはアイツの為のAIデータ回収だったのか?」
チユリが指し示す先、オフィスとマジックミラーの壁で隔てた部屋の中央―――
Revolutionary Utilitarian Kinetics with Organic-like Thinking and Operation
Project R.U.K.O.T.O
Installing Personality data...
Key.exe:■---------:11%
―――ベッドに目を閉じて横たわる、緑色のショートヘアにメイドプリムを被り、襟に水色のリボンタイを締め、白いエプロンと青のワンピースのメイド服スタイルの少女―――によく似せたアンドロイドの頭上のディスプレイに映る人格AIのインストール進捗に目を向けると、チユリが問いかけて来る。
―――『Project R.U.K.O.T.O』。私が発案し、研究室全体で進めているアンドロイド開発プロジェクト。頭文字を取って"R.U.K.O.T.O"―――『る~こと』と命名予定だったけど、『廃墟』でアリスを見付けたことで大きく状況が変わった。
ヘイローを持ち、人間と遜色ない身体、容姿であり、人格を持ち学習すらする―――私と研究室としての目標である、人間と見分けが付かないレベルのアンドロイドの発見は、アリスが持つ人間とは思えない機能、"無名の司祭"系統の技術の産物である可能性を抜きにしてもプロジェクトを大いに前進させる要素となった。そして―――
「――『Key』のデータサルベージはあわよくば程度で狙っていただけよ。アリスが"先生"と"ゲーム開発部"の娘達に救われて自身の主導権を取り戻し、『Key』が排除される瞬間をね。...殆ど破損もない完璧な状態でサルベージできちゃったのは予想外だけどね」
『Key』のデータインストール進捗を見ながらそう答える。チユリが受け持っているのは進捗確認と、『Key』が覚醒しないかの監視だ。
―――『Key』がアリスの内に秘められた『AL-1S』としての本性を覚醒させ、"ヴェリタス"部室全壊を代償にネルが鎮圧し、リオが本格的に動き出したあの事件。否―――『廃墟』で[G.Bible]を捜索していた時のアリスの反応や、データインストール時のOSの挙動を目の当たりにしてから、AL-1Sの覚醒を図る存在の可能性を見出していた。
真偽は『Key』の覚醒の是非に掛かっているけど、『Key』が居ない状態は正常ではなかった可能性がある。AL-1Sが『天童アリス』としてあれ程の人格、性格を確立する高度なAIを有しているのは、世界を滅ぼす兵器として見れば―――余りにも不確定要素過ぎる。そして『Key』の口振り―――神秘のアーカイブ化とか言う世界を滅ぼすと同義の目的を頑なに果たさせようとしていた様子は、『AL-1S』としての目的を果たさせるべく指摘、或いは矯正させる為に『Key』は外付けで付与された存在かもしれないと、私は考えている。
その真偽を明かすべく、"ゲーム開発部"と協力者達による『天童アリス』救出に合わせ、『Key』の分離、データサルベージを図ってリオの側に付いた。
―――勿論、寂しがり屋な癖に責任感と職務を全うせんとする意思は人一倍強い、不器用な幼馴染にして親友の傍に付いて負担を和らげる意図もあった。そして―――
―――『"...アリスも、リオも救って、世界を滅ぼす可能性すら阻止する。...私が言えたことじゃないけど...それは強欲、傲慢じゃないかい?"』
―――『手が伸ばせるなら、届くか試みてもいいでしょう?――せめて、私の手が届く範囲位は笑える結果を導きたいの』
―――『ゲストハウス』地区の公園で、"先生"に今回の私の作戦を明かした時の反応を思い返す。
―――"ゲーム開発部"がアリスをかけがえの無い大切な仲間として、AL-1Sとしての本性の発露も構わず助けようとする意思もよく解るからこそ、とことん生徒の為に行動する"先生"が苦悩する事は予測、理解出来た。そんな彼の迷いを断ち、ゲーム開発部がアリスを救える様な導き、支えとする為にも私は敢えてリオの傍に付いた。おかげで―――
「――"ゲーム開発部"は天童アリスを取り戻し、神秘のアーカイブ化も阻止。アリスに匹敵するKeyも獲得できてプロジェクトも大いに前進。そして――リオも己の行動と向き合い、他者に歩み寄る意思を持つようになった。――奇跡じみた、八方好しのハッピーエンドよ」
椅子の背もたれに背を預けて軽く背を反らせて天井を見上げ、手を広げてハッピーエンドの導出を改めて祝う。
―――皆が笑えれば、きっと未来は明るい。教授になってからの私の矜恃だ。傲慢が過ぎる自覚はあるけど―――せめて己の手が届く範囲には笑顔を振り撒きたい。今回は色々な要因が重なって八方好しとなった。こんな奇跡は早々お目にかかれないだろう。
「――相変わらず"教授"の頭はよく分からん。結果が良くて嬉しそうなのは解るが...研究者が奇跡なんて非論理的な要素故の結果を喜んでいいのか?」
「リオは論理的じゃないってぼやくでしょうけど――」
「――奇跡みたいな結果が出ることもまた、未知という神秘故ってことよ。全てが理論理屈で証明できる世界なんて、研究者の存在意義を喪わせるし、そんな世界はきっとつまらないわ」
背を戻し、椅子の軸をクルリと回して反転。視界に収まった窓から見える、巨大で複雑なヘイローが浮かぶ空を見上げる。今頃リオは―――
~"連邦生徒会"オフィスビル ヘリポート~
side-リオ
―――ガタン...
「――着陸完了しました」
「――ご苦労様」
「――送迎、ありがとうございます。では、私が先に」
―――ヘリが着陸し、"セミナー保安部"のパイロットの報告を受けて労い、トキがベルトを外して席を立ってドアに取り付く様子を横目に、タブレットのガラスフィルムの反射を利用して自身の装い――普段のタートルネックインナーではなく白いシャツに水色のネクタイを締め、黒のジャケットの上に"セミナー会長"制式の白いコート――"セミナー会長"就任時、直後の挨拶回り以来となる、本来の"セミナー会長"制服の乱れの有無を確認する。
―――ガラッ...
「――会長、どうぞ」
「えぇ。ありがとう、トキ」
ドアが開かれ、トキにお礼を言いながら機外へ降り立ち、数メートル前方に立つ二人の"連邦生徒会"役員―――
「――"連邦生徒会"、首席行政官"『七神リン』です。あの報道以来ご多忙にもかかわらず、連邦生徒会からの要請に応えていただき、誠にありがとうございます」
「――同"防衛室長"『不知火カヤ』です。...こうして直にお会いするのは"セミナー会長"就任時の挨拶以来でしたかね」
「――『ミレニアムサイエンススクール』"セミナー会長"『調月リオ』です。今回我が『ミレニアム』で起きた事件はミレニアム単独で収まる問題ではない。キヴォトス全体の行政を預かる"連邦生徒会"が、直に状況把握を図ることは承知しているわ」
―――七神"首席行政官"と不知火"防衛室長"と挨拶を交わし、握手を交わす。
―――『エリドゥ』で起きた世界終焉の危機とその対処、『廃墟』に潜む"無名の司祭"の脅威。開示による多方面への影響を考慮してずっと秘匿していた情報を五日前―――『エリドゥ』から『ミレニアム』へ帰還した翌日に私自身で会見を主催し、ある程度確実性がある情報を『ミレニアム』内外に向けて公表した。『クロノス』新聞記者であり、『シャーレ』"広報員"でもあるアヤの存在もあり、内容は瞬く間にキヴォトス全体に拡散した。
当然ではあるけど、"連邦生徒会"にも例外なく会見の内容は届いていた様で、昨日"連邦生徒会"から"会見内容について詳細に知りたい"と出頭要請が届き、応えて今に至っている。
「――では、こちらへ」
「分かったわ。...トキ、貴女はここで待機しておいてちょうだい」
「――承知いたしました」
「――まさか、我が"防衛室"にて封鎖、監視を行っていた『廃墟』に世界を滅ぼし得る脅威が存在していたとは。そして、その存在を予測して『エリドゥ』を――あの規模の要塞都市を建造されて備えていた。常人であれば現実逃避で逃げていたでしょうね。調月会長、貴女はセミナー会長として稀有な責任感の強さの持ち主ですね。私共も見習うべき在り方です」
「...お褒めの言葉、感謝するわ」
七神"首席行政官"が先導して歩き出し、トキをヘリに留守番として置き、不知火"防衛室長"と共に私も足を進め、彼女の感心した様な言葉に胸がズキリと痛みつつ、顔には出さずに謝意を述べる。
―――『エリドゥ』での一件が終わった直後は、逃げ出したい一心だった。"無名の司祭"の産物は実在し、全知二人でも対応出来ない異質な技術と性能を目の当たりした事。"無名の司祭"の脅威顕現にユメミとヒマリ、エンジニアやヴェリタス、『シャーレ』...多くの人間を巻き込んでしまった事。そして―――結果的に避ける事は出来たけど、天童アリスを排除―――言葉を飾らなければ殺そうとした事。負ってしまった罪のあまりの大きさを自覚してしまい、『ミレニアム』の、キヴォトスの為だと自分に言い聞かせていた覚悟は雲散霧消してしまった。結果として最悪は回避出来たけど、その過程で負った罪はとても償えるものではない。
―――だから、『エリドゥ』から『ミレニアム』に帰還したその日の夜に、私が研究や調査で集めた情報をユメミとヒマリに向けて纏め、謝罪の書き置きを残して『ミレニアム』外のセーフハウスに逃げようと準備し、決行した―――
―――『...ふむ、概ね予測時間通りですか』
―――『こんばんは、リオ。こんな時間にお出掛けかしら?』
―――けど、『ミレニアムタワー』内に秘密裏に構築した脱出ルートを抜け、『ミレニアム』自治区境界地区の一つに出た所でユメミとヒマリに止められてしまった。
―――『...私は到底償えない罪を犯してしまった。...死んでも償えない大罪人である私に何を求めるの?』
―――『下水道に流れる水とて浄水場まで流れ、浄化されます。...ですが、配管が耐え切れずに破損してしまえば漏れてあらぬ方向へと流れてしまうこともあるでしょう。その配管を直すのは下水道の水自身では不可能。故に――外部から異常に気付いて直す者が居るのですよ』
―――『...ま、貴女でも受け止め切れずに逃げ出したくなる罪の大きさ、多さよね。その気持ちは理解できる。でもね――広げて散らかしたものを片付けるのは小さな子供でもできることよ。ましてや片付けるって約束もしたんだから』
―――二人の言葉は逃げ出そうとする私の想いを掴んだ。それでも、背に負っている罪への罪悪感は私の背中を押し続けて抵抗する。でも―――
―――『償いの可否は関係ないわ。大事なのは罪を自覚し、それを償おうとする姿勢と誠意。逃げ出すことは簡単だけど、逃げ出した先にあるのは――後悔だけよ。償いは貴女自身で行うべきだけど...ここに、その重さを支えられる存在が二人居るでしょう?』
―――『...私達が知らない所で一人で無理をして、耐え切れずに倒れて一人で泣いて...昔から貴女は変わりませんね。――読心術という技術は存在しますが、それとて絶対ではない。人間には高度な知性、感情を表現する頭脳と、それを言葉として出力する口があります。――これ程高性能な機能を使わず腐らせるのは非合理的ではありませんか?』
―――私が背負う罪の償いを傍で支える。以前までであれば、背負うのは一人だけが合理的だと拒絶していただろう。でも、圧し掛かる罪の大きさに心身共に疲弊していた今の私には、二人の言葉は救いの様に感じられた。
―――私は一人ではない。"先生"や他の娘達にも指摘されていたけど、合理、理論を追及するあまり私は人間一人の限界をすっかり忘れてしまっていた。
―――五日前の会見はその反省の一環でもある。『ミレニアム』内では"自分の研究の邪魔にならないなら構わない"という反応が大半で、私が横領し、資産運用で増やした『エリドゥ』維持、"無名の司祭"対策用の隠し資産の未使用分を、全部活動向けに追加予算として還元すると表明した時の方が明らかに反応が大きかった程だ。
そして、『トリニティ』や『ゲヘナ』、『百鬼夜行』等の他校からは"今後の事態推移を注視する"といった形式的なコメント程度の表明しか無かったものの―――"連邦生徒会"だけはこうして私に直接の出頭を求める程に会見に強く食い付いた。連邦構成校の自治独立性が強く、権威は最低限あるものの実務、政治面では構成校からはあまり頼りにされておらず、前"連邦生徒会長"による『SRT』開校、そして『シャーレ』設立まで強力な介入組織が無かったあの"連邦生徒会"が、だ。
「――到着しました。まずは"調月会長お一人で"、と指示を受けております」
―――七神"首席行政官"の言葉が耳に入り、思考を止めて現実に戻る。ビルに入り、エレベーターでかなり上階まで登っていた自覚はある。そして、彼女の隣にある扉のネームプレートには―――
――『連邦生徒会長執務室』――
「...調月会長も困惑されていますね。何せ、我々も未だ困惑していますから。――あの会見を見て真っ先に反応したのが"連邦生徒会長"でした。私と"首席行政官"もあの会見に関連して事情把握と協議を予定しておりますが――"まずは調月会長と一対一で話したい"、と。...あのような眼差しを浮かべたのは初めて見ました」
―――まさかの人物が私と話したいと知って驚くと共に、私自身の出頭を求めた理由を察した。不知火"防衛室長"も眉を少し八の字に曲げ、出頭要請の裏事情を明かす。
「――分かったわ。相手が誰であれ、『エリドゥ』で起きた事態、その背景を知りたいというなら、知り得ることを話しましょう。その為に出頭したのだから」
「――ありがとうございます、調月会長。...七神です。......はい、調月"セミナー会長"が到着されました。......分かりました。――確認と入室許可が取れました。"連邦生徒会長"がお待ちです」
「――ありがとう」
七神"首席行政官"がドアの傍のインターホンに触れ、小声で誰かとやり取りを交わし、私に向き直って入室許可を伝え、数歩離れてドアへの道を空ける。彼女に礼を告げ、ドアに向かって歩き出す―――
~"連邦生徒会長"執務室~
―――ウィィン...
―――私の背後でドアが閉まる音を聞きながら、真っ直ぐ歩き出す。一個人の執務室としては縦にも横にも広すぎる空間。キヴォトスの空を一望できる壁一面の窓。私が歩く先、執務机の向こう―――
「――この度は要請に応えていただき感謝しますわ、調月会長。本格的な協議の前に、こうして貴女と一対一での会談をセッティングしたのは、あの会見で気になる内容が多くあったからですの――」
―――"連邦生徒会"制式の白い制帽の下、少しパーマが掛かった長い金髪とロングコートが揺れ、窓から景色を見ていたらしい、現"連邦生徒会長"『八雲紫』が振り向いて紫色の瞳を私に向ける。その眼差しはまるで―――
「――報道にて公表された"無名の司祭"なる存在、その産物について、詳しく教えていただけます?」
―――その存在を許さないと言わんばかりの鋭いものだった。
~"ゲーム開発部"部室~
side-???
「......」
―――私以外に誰も居ない部室で『TSC』のSEとBGM、コントローラーのボタンの押下音だけが響く。普段は隅のロッカーに籠っている彼女の気配も、今は感じられない。
―――『廃墟』で目覚めたあの時。私には記憶も目的も無かった。モモイは困惑しながらも私を"ゲーム開発部"に迎え入れると宣言し、私は提案されるがままに『アリス』という名前を受け入れ、『ミレニアム』までついて行き、あっという間に一年生『天童アリス』として編入された事になった。
「...何故、周りは『TSC』をクソゲー呼ばわりするのでしょうか。このカオスな展開は、何が起きるか分からない現実を彷彿とさせるのに...」
―――記憶も目的も思い出せず、何をすべきかも思い付けない私に、モモイ達がプレイさせてくれた『TSC』は、私の思考回路に凄まじい刺激を―――エラーを吐き続ける程の刺激と経験を与えてくれた。
幾ら予測しても予想外に推移する展開。理論的に考えて明らかに異質な要素。
そして―――己の正義を貫く勇者の在り方。
勇者―――『TSC』のプレイを切っ掛けにしてその存在に興味を抱き、勇者、それに類する存在が登場するゲームを次々プレイし、勇者への理解を深めた。―――勇者を目指したいと強く願う様になるのに時間は掛からなかった。
―――そんな私の願いを、モモイ達は満場一致で肯定してくれた。"エンジニア部"や"教授"、チビメイド先輩。他の部活動の面々も私の夢を肯定し、応援してくれた。
「――ついにラスボス戦です。...主人公の勇者に突き付けられた、前世は魔王であり、今の魔王を倒せば自身が魔王を継ぐ運命。でも――勇者はそれを否定し、勇者としての使命を突き通すと宣言しました」
―――勇者を目指す最中、望まずして秘めていた本来の機能を発現させてしまい、モモイ達を傷付けてしまった時。リオ会長が私を世界を滅ぼす魔王と呼び、私は秘めている力の危うさを自覚してしまい、勇者にはなれないのだと諦めかけた。
―――でも、モモイ達は『エリドゥ』に突入してまで私は勇者になってもいいと言ってくれた。力の使い方は自分自身で決めるべき―――"先生"の言葉も私の願いを改めて決める切っ掛けになった。
「――これで真エンド到達です。...うーん、殆どタイムは変わりませんね。流石にやり込み過ぎて時短要素は掘り尽くしてしまいましたか...次は――」
―――『TSC』真エンドのエンドロールが流れ始め、コントローラーを起きながら呟く―――
―――ガチャ...
「おはよーアリス!」
「おはよう、アリスちゃん」
「お、おはよう...」
「おはようさん、アリス」
―――部室のドアが開き、掛け替えの無い大切な四人のパーティーメンバーの挨拶が聞こえる。私は立ち上がって振り向く―――
「――はい!おはようございます!アリスは今日も絶好調です!今日のクエストも頑張ってクリアしましょう――モモイ、ミドリ、ユズ、マリサ!」
―――私は。アリスは『天童アリス』。『ミレニアムサイエンススクール』一年生であり、"ゲーム開発部"の部員。
―――そして、勇者を目指す者です!!
―――The hero goes forth again today...―――