偽救世主未満が行くブルーアーカイブ 作:N_box
わかっていたことだ。理解していたことだ。
俺ではホシノの意識は変えられず、彼女の中でそうすることは決定事項でありその決意はとうに済んでいたことだ。
笑えよ俺。「原作」通りでハッピーハッピーだろ?決まっていた流れ、取り返しのつく不幸、逆転の目どころか筋道がハッキリしていてここから挽回などいくらでもできる。それこそ「原作」のルートをなぞればいい。
………
ホシノ、お前さ、ほんっとうに、無駄なことしてるよ。
それにさあ、アイツらさあ……
そもそもさ、「大人」が「子供」を食い物にしていいわけねえんだよ。逆でも許されないが特にって意味で。
「他人の不幸は蜜の味」という言葉がある。自業自得、ちょっとした失敗、そういったことは本人にとってはともかく赤の他人は愉快な出来事と捉えることが多い。
だからと言って何の非もないやつが理不尽な不幸にあう様を見たところで俺は喜べない。喜びたいとも思わない。そんな事をする連中を醜悪に感じる。
………はっ、所詮同じ穴の狢か。不幸にあったものから見ればそこに違いなど無い。
俺が今アビドスを救おうとしているのは「先生」がやった事だからだ。この先の展開にホシノが、アビドスが必要だからだ。彼女たちを救おうと思ってきたわけでは断じてない。
そして自分が救うという自己陶酔、彼女たちの外見に対する下心、それらが一切無いなんて全くもって言えやしない。
人間性底辺の奴らは同じく底辺の奴らと潰しあっていればいい。そうすれば世界はほんの少しだけ綺麗になる。
ーーーああ、クズ同士の潰し合いを始めようか。
精神が偏る、
「ん、先生、落ち着いて」
「…はい?砂狼さん?」
この時彼女は「原作」だとどんな反応してたっけ、少なくとも「先生」に対して声をかけるなんてことは、
「鏡見れば分かるけど…すごい顔してる」
……ああ、そうか、そんなに酷い顔をしてたか俺は。彼女ならすぐさまホシノ救出に足を動かしてもおかしくないというのに、そんな相手から指摘されるほどに。
気づけば対策委員会のメンバーは全員俺を見ていた。……自分の感情を優先してフォローされるとかマジで何してんだよ俺は。俺の感情なんてどうでもいいだろ、そんなものより優先すべきことがある。
「ふぅ…すみませーーー」
ドガアァァァァン!!!
深呼吸をして謝罪、を言い終わる前に鳴る轟音。
突如響いた音に「そう言えば契約してすぐに来るんだったな」と、どこか他人事の様にカイザーの襲撃が来た事を俺は知った。
カイザーを追っ払って、便利屋が励ましに来てくれて、「原作」をなぞるように事態は進む。正直今になって思うのだがあの時の精神状態だとカイザー相手にチートを使っていたかもしれない。いや、確実にそうなっただろう。
別に問題は無いと言えば無いのだがチートはそう簡単に振るっていいものでは無い。難易度やリスクの問題ではなく「俺」がそう思うのだ。
このことを忘れてしまえば、きっと俺は俺が嫌悪する存在に堕ちる。俺が俺でいるためにこの縛りは絶対に必要なものだ。
そして、目の前の相手と相対することも絶対に必要なことだ。
「……お待ちしておりました、先生」
黒服、そう呼ばれる存在とのそれを。
「貴方とは一度こうして、顔を合わせてお話ししてみたかったのですよ」
コミュニティ?・黒服
「……貴方のことは知っています」
その言葉から始まった黒服の言葉を
正確にはチートもあって理解しているが無視をするということに変わりは無い。
……とりあえず自己紹介をしてくれないか?そっちは知ってるみたいだけど俺は「シャーレ」の「先生」だ。
「おっと、そういえばそうでしたか?私たちは貴方と同じキヴォトス外部の者……ですが、貴方とはまた違った領域の存在」
「適切な名前がありましたので、今はそれを拝借して使っております。私たちのことは「ゲマトリア」、私のことは「黒服」とお呼びください」
…さてと、黒服の名前を聞き出せばそれでいい。こいつの長ったらしい話なんぞ悠長に付き合ってられるか。
黒服、ホシノが言ってた黒服ってのはお前のことで合ってるか?
「そうですね、ホシノさんにもそう名乗りましたので彼女がその名前で指し示す者に私が含まれていることはあるでしょう」
そいつは良かった。ホシノが音信不通になったから話題に出ていた黒服っていうのを探していたんだ。まだアビドスでやってもらいたいことがあるっていうのに急に行方不明になっちゃってさ。何か知らない?
「…先生、ホシノさんは私と「契約」を結びました。その結果として」
ええ!ホシノが音信不通になったのはお前のせいだったのか!?なんてやつだ!
「…届け出を確認されてないのですか?ホシノさんはすでにアビドスの生徒ではありませんよ?」
お前が何言ってんだよ。小鳥遊ホシノは今でもアビドス生徒会のメンバーだ。
「…なるほど。その根拠は?「小鳥遊ホシノはアビドスを退去する意思を示した」これは事実でありその証拠である届け出はそちらに存在しているはずです」
その前に契約書見せてくれないか?なんか知らんけど結んだんだろ?俺対策委員会の顧問だからさ、生徒が勝手に結んだ契約は確認しなきゃいけないんだ。
「…どうぞ」
ここで秒で出せるとかまじかよこいつ……
出された契約書をチートを駆使して一瞬で把握して一瞬で返す。意味があるかはわからないが……「演出」としてこうするのは大事だ。俺はそう考えている。
うんうん、ダメだね。話にならない。ホシノが個人で扱える規模を超えている。こんな「穴」がある状態で契約を遂行するなんてこれはそちらのミスじゃないか?
「「穴」……ホシノの所属ですか」
ああ、小鳥遊ホシノはアビドスを辞める意思がありそのための届け出もこちらには存在する。
それだけだ。俺が「許可」していない。「顧問」であるこの俺が。ホシノが辞めることに同意した記憶も物証も意思も存在しないんだよ。
「…なるほど……なるほどなるほど……そういうことですか」
ただの「原作」の流れだ。わかりきっていた、そして黒服には絶対にわからなかった「穴」である。
「「生徒」、そして「先生」……考えていたよりも厄介な概念ですね」
それでもう一回聞くけど…ホシノが今いる場所について何か知ってないか?
「知っています。知っていますが……それを答える前にいくつか私の疑問に答えて戴きたい」
いいぜ。あまり長くしてもらうのは困るがな。
「ではまず一つ目として、何故こんな事を?貴方とアビドスの関係性はたまたま合っただかの他人のはずです。ここまでアビドスに関わる必要が?」
何故か、ね。それは俺が「ブルーアーカイブ」という「物語」を知っていてそれがそうだったからーーーなんて、そんな事を言うわけにはいかない。だから返す答えとしては、
俺が俺でいるために。アビドスの生徒だから、彼女達が特別だからという理由でこんなことをしたわけじゃない。
そんなものになる。ああ、わかっていた。わかっていたことだがこれは、
「では二つ目として、貴方は私たちと敵対するつもりですか?」
それが必要なら。そうならないなら俺だって嬉しいな。
「ふむ…では三つ目として、私は「大人」とは、上に立つ者とは、望む通りに社会を改造し、法則を決め、規則を決め、力の無い存在を力によって支配する者。そのように定義しています。貴方はこれについてどう考えますか?」
そんな風に考えるのも自由じゃない?ってのは求められてるものとは違うよな。
そうだな……社会の改造、ルールの決定、そういったことをするのが上の存在というのには同意する。
ただお前がいうそれは自分が、自分だけが有利になるように好き勝手にする者のことだろ?
嫌いだね。そんなやつは。
「そうですか。ですが貴方個人の好悪はともかくそれが真理では?他人の不幸よりも自らの幸福を追求し、己の理想を実現しようと努力する」
「そうやって全ての者は生きている。それがこの世界というものでしょう?」
黒服が言っていることは、正しい。生きるというのは大変に苦労する事だ。ただ漫然と過ごすだけでも労力はかかり、赤の他人が不幸にあったところで大半は興味すら示さない。だからこそ俺も……
……なあ黒服、お前他人がどうなろうとどうでもいいタイプだろ。
「…いいえ?私は私に関わる全ての存在がどのように変化しているのか常に気にしています」
そこではぐらかす時点で答えは出ているものだろうに……俺はそういうタイプだ。
「…ほう」
ああやっぱりさ、やっぱり俺は「先生」じゃーーー「主人公」じゃねえよ。
自分さえよければそれでいい。俺が気持ちよければそれでいい。他人が不幸になろうがしったことじゃない。
そうだ。俺はそういう人間だ。どうしたって「先生」の精神性など俺は持ち得ない。俺が抱え込めるのは俺だけだ。だがーー
「では何故?何故貴方はここでこんな事をしている?」
黒服が一度訊ねたことをもう一度問うてくる。だから、同じ答えをもう一度返す。
さっきも言っただろ?俺が俺でいるために、そうしてる。これ以上あいつらが不幸になってもらっちゃ「俺」が困るんだよ。
俺の心が、「嫌だ」と言う。何に対してか?俺が俺自身が醜いと思う存在になることが嫌だ。
自己のためだけ、特に金のためだけに他人を陥れるやつは醜い。意味もなかったり、ゴミみたいな理由で暴力を振るうやつは醜い。何の罪もない相手が不幸になっているのは辛い。
心からそう思う。
だから、それを俺がなんとかできるというならば、できてしまうというならば、そうすることに俺自身が納得できてしまうのならば、俺は俺がいいと思った方向に物事を捻じ曲げる。
俺が振りかざす論理は根本的には黒服と何ら変わらない。自分のために他人を踏み躙る。生徒のためだのなんだの、その綺麗事を囀る気はハナから俺には無い。徹頭徹尾俺は俺のために行動する。それが俺のやるべき事だ。俺が「嫌」なのだ。それだけなのだ。
少しの沈黙。次いで出たのはため息。
「はぁ……どうやら少なくともこの場では交渉は成立しないようですね」
ああ、ホシノのことは悪いけどさ、諦めてくれよ。
ヘラヘラと笑いながら「大人のカード」を見えるように取り出す。
脅し…にはならないか。まあ強硬手段の抑制にはなるだろう。
「では先生、最後の問いになります。これは先程までのものとは違い得られた貴方の情報で疑問に思った事なのですがーー」
「貴方はこのキヴォトスの支配者になり得たはずです。この学園都市における莫大な権力と権限。そしてこの学園都市に存在する神秘。その全てが、一時的にとはいえあなたの手の上にありました」
「しかし貴方はそれを手放した。理解できません。そこにどんな通りがあってそんな事を?真理、秘技、権力、お金、力、その全てを捨て去るような選択を、何故!?」
この問いに、「原作」の「先生」はどう思ったのか。確か語られてはいなかったはずだ。だが、まあ、
それが最後ねぇ、ーーそんなもん、欲しいものがあるからに決まってるだろ?
「それ」を手に入れるのにあんなもんは邪魔だった。それだけの話だよ。
自分には価値がある。そう思えなくなったのはいつからだったろうか。
言葉としてそう思っていたわけじゃ無い。ただ、昔は生きていることを純粋に認めていることができていた。
何の理由もなく、自分は世界に存在しても良いのだと思うことができていた。
なのに、いつのまにかあの日の輝きは失われて、死ぬ理由がないから、そこまで頑張る理由もないからと無意味と感じながら生きてきた。
だから、心からこう思うんだ。彼女たちはーー「生徒」たちは、輝いていて欲しいと。息をしている、死んでいないだけの「生きる」という言葉とは違った「生」を生きてくれと。
言葉を借りるなら「
それが「子供」の特権だろう。いつかそれが色褪せてしまうとしても、それを過ごした事実は変わることはない。
こんな偽救世主未満がその礎になれるならどこに問題があるというのか。俺個人の命などそれこそ原作でモブとされていた生徒の命より低い。
輝いている。この世界は輝きに満ちている。楽園そのものだ。
故に、支配者の座など不必要なものでしか無い。そこに座るものがいたとしてそれは俺じゃないし、生半可な相手を認めるつもりもない。
「………理解できません。理解できません。なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?」
黒服は問う。本当に理解ができていない。やつの中で「自分」とは言葉どおりの意味で自分だけだろう。
だが俺はそうじゃない。俺にとって「自分」とは「自分の感情」だ。それが通ってさえいればいい。
「貴方は何を求めているのですか先生?あの瞬間の貴方には手に入っていないものなど無かったでしょう。いや、仮にあったとしても手に入れることはできたはずだ。だというのに全てを手放して何を求めるというのですか?」
…お前には理解できないものさ。
お前はそれを捨てた側の存在だ。いや、そもそも最初から持っていたかも怪しい。それに対して価値を見出したりなどしないだろう。
今起こっていることは、価値観の対立、正義の対立と言い換えてもいい。俺と黒服、お互いに妥協はできるが一線を越えることはそうそうに認められることではない。そんなこと。
ま、俺の方は「先生」がこうしたというだけのゴミの様なものなんだがな。
「………どうやら私が考えていたよりも私たちの間には違いがあるようだ、先生。……いや、だが……」
質問は終わりだな?とっとと知っている事を言えよ。
わかっていたことではあるがこいつは「話せる」相手ではある。そして同時に、だが、といった相手でもある。
「…………ホシノは、アビドス砂漠のPMC基地の中央にある実験室にいます。「ミメシス」で観測した神秘の裏側、つまり恐怖。それを、生きている生徒に適応できるかーーそんな実験を始めるつもりでした」
ありがと、じゃあもう行くわ。
軽く手を挙げ背を向ける。場所が確定した以上ここにいる意味はもうない。
「先生、貴方ならばこの程度のこと、私から聞かなくとも充分だったのでは?」
その背にかけられた言葉に少し足を止める。
「貴方がここに来た本当の理由はホシノの情報を得るためではなく私…いえ、私たち「ゲマトリア」への警告でしょうか」
…聞かせるというよりは個人的な推測、それを整理するために口に出しているように感じた。
止めた足を動かす。
「…先生、ゲマトリアは貴方のことをずっと見ていますよ。これは私の個人的な意見ですが……微力ながら幸運を祈ります」
そんな言葉を受けながら俺はアビドスに帰った。