スレイヤーズ ぶれっしんぐ 作:神坂なつめ
俺達が魔王を倒し、しばらく経ったある日。ここの所顔を出していなかった、ウィズの店に行くことにした。
なんだかアクアが浮かない顔をしている。しかし、いつもの敵愾心とは何か違う気がするんだが。そんな事を、めぐみんにこっそりと話す。
「カズマ、あれですよ。魔王を倒しに行く前にウィズを成仏させようとしたことで、引け目を感じてるのでしょう」
「ああ、なるほど」
まったく、アクアのヤツ。どうこう言いつつ、ウィズとはかなり仲良くなってたからな。
「エリス教徒で聖騎士の私ですら、ウィズを殺す気にはなれないからな。いや、リッチーを殺すというのも変な話だが」
ダクネスが聖騎士らしくないことを言ってるが、気持ちはすごく理解できる。まあこの分なら、今日のところはアクアも大人しくしてることだろう。
そんなことを、思っていた時期もありました。しかし。
「もう一度言ってみなさいよ!」
「ああ、何度でも言ってやろう。汝の愚行のお陰で、[ウィズ魔道具店]は大変儲けさせてもらった。そしてこの男は、私財の殆どを投じるハメとなったわけだ。
見通す悪魔が助言してやろう。汝は水の女神など廃業して、貧乏神へとジョブチェンジした方が……」
「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』ッ!!」
「華麗に脱皮!」
といった感じで、見事にいつもどおりのアクアに戻ってしまったというわけだ。
「すみません、ウィズ」
「アクアには後で、キツく言っておくから」
「いえいえ。お店に入っていらしたときは大変沈んだ顔をされていたので、むしろ元気になられてよかったと思ってますよ」
謝るめぐみんとダクネスに、ウィズはそんな言葉を返した。本当に、どっちが女神かわかりゃしない。
……さて。そろそろアクアを止めないとな。
「おいアクア。そろそろケンカはやめろ。第一、お前の運が悪かったせいで、長いこと借金生活だったのは事実だからな?」
二人(?)の間に立ちそう言うと、アクアがキッとこちらを睨む。
「この、背信者がああああっ!!」
「いや、俺、アクシズ教徒じゃないし」
レジーナ教徒になったことはあるが。
「とにかくだ。魔王討伐の報奨金のお陰で結果プラスになったんだから、この話はここまでだ」
「最後はカズマが煽ってましたが」
めぐみん、
「ところでウィズ、体調とかどうだ? 魔王の部下って、魔王の加護とかいうので能力アップしてたんだろ? 討伐した影響とか気になって顔を出したんだけど」
俺は話を変えつつも、本来の目的についてウィズに訊ねた。めぐみんが、「この男、話を逸らしましたよ」とか言ってるが、そこは敢えて無視しよう。
「まあ、そうだったんですか。ええと、そうですね。確かに魔法の威力が落ちたのは感じてますね。あと、おそらくカズマさんが魔王さんを討たれた時だと思いますが、身体が怠くなる感覚はありました。でも、そのどちらも数日で馴れましたから、今は特に問題ありませんよ」
「そうか。それはよかった」
こんな、心が天使なリッチーにもしもの事があっては、ここアクセルの大損失だ。[ウィズ魔道具店]はサキュバスのお店に次ぐ、男性冒険者の癒やしの場所なのだから。
「そこの最強な最弱職男よ。[ウィズ魔道具店]が男性冒険者の癒やしの場所ということはつまり、我輩も男性冒険者の癒やしということか。いやしかし、いくら我輩ら悪魔族に性別が無いとはいえ、見た目は一応男性体。男性冒険者の癒やしとしては些か問題があるのではないか? ……いやいや待て、世にはその様な性癖の人間もいるのであったな。つまり汝にはその様な性癖が……」
「あるかああああっ!!」
こいつ、人の思考読んであることないこと……!
「俺が言ってるのはウィズのことだ! ウィズの優しい笑顔や性格、美しさと愛らしさを備えたその顔、男性を虜にするその豊満な胸や、メリハリのある体付き! これらを愛でるために、用もないのにやって来る男性冒険者がどれだけ……あ」
気がつけば、自分の腕で抱きしめるようにして身を引くウィズに、ものすっごく冷めた眼差しで俺を見つめる、めぐみん、アクア、ダクネスの三人。いや、ダクネスは少し興奮もしてるみたいだが。
「……ええと」
「カズマ。他にも言いたいことがあるのではないですか?」
にっこりと笑顔を浮かべるめぐみん。こ、怖えっ!! 目をつぶってるから見えないだけで、絶対瞳が紅く輝いてるだろっ!? というか、最近ゆいゆいさんに似てきたぞ!?
「フハハハハハ! 汝らの様々な悪感情、大変美味である!」
『黙れ、この悪魔!』
ウィズを除く俺達全員の言葉が綺麗に被るのだった。
「さて、最弱職の男よ」
「まだ何かあるのかよ!?」
俺は突っ慳貪な態度でバニルに言い返す。
「そう邪険な態度を取るでない。これは我輩からのアドバイスだ」
「アドバイス?」
「うむ。汝ら、もう間もなくとんでもない災厄にまみえるであろう。主にそこの女神モドキが原因でな」
またアクアが食ってかかるんじゃないかと振り向いたが、どうやら店内の商品を物色するのに夢中で気づかなかったみたいだ。
「災厄とは一体、何が起こるというのですか?」
話を聞いていたんだろうめぐみんが訊ねると、バニルは額に指先を当てながら首を横に振り答える。
「残念ながら、それはわからぬ。それこそ、そこの発光女が無駄に力を取り戻したせいで、これだけ距離をとろうとも、我輩の見通す力が効きにくくなっておるのだ。もっとも、たとえ見通せていようとも、そこまで教えてやる義理もないのだがな」
「思わせぶりかよ!」
「いやいや、先程の上質な悪感情のお礼である。とはいえさすがに我輩の沽券に関わるので、もうひとつアドバイスをやろうではないか。
思わせぶりな約束をしておきながら何も出来ない、頭のおかしなヘタレ娘よ」
「なな、何を言ってるのです!?」
何だ。てっきり、魔性のめぐみん発揮して焦らし攻撃を仕掛けてるのかと思ってたけど、コイツもヘタレてたのか。
「汝が携えるそれこそが、今回起きるであろう難局を解決する鍵となるであろう」
携える? 衣装を除けば携えてるものなんて、いつもの杖くらいしか思いつかないんだが。
「めぐみん。何か特別なものでも持ち歩いてるのか?」
「……おそらく、これのことでしょう」
そう言って取り出したのは、少し大きめの巾着袋。中からジャラッという音がしたから、何か硬い物が複数入っているんだろう。
「中身は何だ?」
「カズマから貰ったマナタイトの一部です。私は爆裂魔法しか使えませんから、もしもの時に魔力の枯渇を防ぐため、常に持ち歩いてるのですよ」
「そういう事か。……というか、出来たらそういう事態は起きて欲しくないんだが」
心の底からの言葉が漏れる。
「生憎だが、汝らはこれから災厄が起こる身。その願いは叶わぬであろう」
……そうでしたね。
「何か気をつけることとかは無いんですか?」
「そうだな。更に聞きたいのであればまずコレを」
めぐみんが質問すると、親指と人差し指で輪っかを作り、そんな返答をするバニル。結局金かよ、とか思ったんだが。
「……と言いたいところだが、先程も言ったとおり、見通す力が不安定で詳しくは見通せぬ。故に、これ以上のアドバイスは不可能であるな」
結局、思わせぶりじゃねえか。いや、原因の一端はアクアなんだが。そもそも、災厄の原因自体がアクアだって話だし、いっその事《バインド》で拘束しといた方がいいんじゃないか?
だが。
「あら。これは何かしら」
どうやら既に手遅れの様だ、と俺の勘がそう告げていた。
「ああ、アクア様! それに手を触れないでください!」
「ちょっと何よ。リッチーのくせに、女神であるこの私に意見する気?」
砂の入ってない砂時計、といった見た目の魔道具を不用意に触ろうとするアクアにウィズが注意すると、例によって敵愾心を剥き出しにして言い返した。さっきまでのしおらしさが嘘のようだ。
「まあ待てアクア。今までだって特に注意されていなかったんだ、きっと何か理由でもあるのだろう」
仲裁に入ったダクネスはそう言うと、その視線をウィズに向ける。
「ああ、はい。その魔道具は、魔力を込め発動すると、使用者とその範囲の者を異世界へと転送し、再度の使用で戻ってこられるという物なんです」
異世界転移アイテムって訳か。向こうでの記憶は残ってないけど、日本に行ける魔道具もあった訳だし、本物である可能性は確かにあるな。
「それで、何で私が触ったらダメなのよ?」
「実はその魔道具、高い魔力を有する者が触ると問答無用で一気に魔力を吸い上げて、勝手に発動してしまうんです」
「いつもどおりの欠陥品じゃねえか!」
「ウィズらしいと言えばらしいが」
俺とダクネスのツッコミに、ですがとウィズが反論する。
「普通の魔法使いや僧侶の方、それ以外でも魔力の弱い方なら、意識して魔力を込めなければ吸収しませんよ。あくまで魔力量の多い方、例えば、それこそアクア様とか紅魔族の方々の様な、特殊な場合での注意事項なんです」
なるほど。……おや?
「それじゃあ、ウィズやバニルはどうやってそのアイテムを扱ってんだ? 二人の魔力量だって確実に多いだろ?」
「私は、魔力遮断の効果が付いた特殊な手袋をはめてますよ」
電気工事に使う絶縁体みたいなもんか。
「我輩は、その魔道具には触れてはおらん。このヘッポコ店主、事もあろうに手袋を、悪魔払いの札を貼った箱にしまっておるのだ」
「だってバニルさん、手袋を渡したら絶対に魔道具を処分してしまうじゃないですか」
「当たり前だ!!」
何か話が逸れてきたな。ダクネスもその空気を感じたんだろう、コホンと軽く咳払いをして口を開いた。
「ところで、基準となる魔力量はどう判断するのだ?」
確かに、その基準がわからないと安心して触れないな。
「ああ、ええと、めぐみんさんならご存知だと思いますが、魔力量を量る魔道具があります。それで目安がわかりますし、冒険者の方なら冒険者カードで魔力値が……ってアクア様!?」
叫ぶようにアクアの名を呼ぶウィズ。確認するまでもなく、何をしようとしているのか気づいた俺は素早く駆け寄って、
「ちょっとカズマ、何してるのよ」
「『何してるのよ』じゃねえ! どうせ興味本位で使ってみようとか思ったんだろ!?」
俺の反論に一瞬言葉を飲み込むアクア。だが、向こうもすぐに反論してきた。
「別にいいじゃない。カズマだって異世界に興味あるでしょう?」
「無いと言えば嘘になるが、それよりも安全重視だ!」
「カズマは運が非常にいいんだから大丈夫よ!」
「お前は最低値だろうが!!」
「ねえ、お願い! 使わせてよお!」
「ダメだ! そもそもウィズが扱う商品は信用できん!」
ウィズが「ひどい」とか言ってるが、そこはひとまず置いておく。
「因みにだが、その魔道具、出現する場所は完全なランダム。運が悪ければ確実に死ぬな」
「な、死……!?」
このタイミングでとんでもない欠陥を告げるバニル。だから、俺が悪いわけじゃない。思わず手から、その魔道具が滑り落ちたとしても。
……って、どう考えても高額商品! いくら裕福とは言っても、こんな欠陥商品の弁償なんて真っ平御免だ!
そんな俺の想いが通じたのか、めぐみんが横っ跳びで見事にダイビングキャッチして、魔道具の破損を阻止した。ナイスキャッチだ、めぐみん! ……って!?
「めぐみん! お前が触れたら……!」
「はう!?」
言ってる傍からめぐみんは、爆裂直後の様にぐったりとする。それに呼応するかのように、魔道具の砂時計の容器部分の様なところに魔力の光が充満して、魔道具を中心とした直径数メートル程の光の柱が立ち上がった。その光の柱、少なくとも中から外には出られないようだ。俺達はその光の中に閉じ込められた状態だった。これがバニルの言ってた災厄か!
まずい!めぐみんの手から魔道具が!こんなの、転移先で見つけるのは至難の業だぞ!? ええい!
「『スティール』ッ!」
俺は窃盗スキルで魔道具を回収する。
「ウィズよ。あの箱を投げ入れるのだ」
「え? ……あ! ええと、カズマさん! これをっ!」
声をかけられた俺は、光の柱の外側からウィズが投げ入れた箱を、落としそうになりながらも片手でキャッチした。蓋の上面には何かのお札。そうか、魔力遮断の手袋!
それを確認した直後、一瞬意識が途絶えた。
気がつくと俺は、どこかの森の中にひとり、佇んでいた。周囲にみんなの姿はない。転移位置は、みんなバラバラだったようだ。物語なんかでそんなパターンがたまにあるから、念のために魔道具を回収したけど、どうやらその予想は的中していたらしい。嬉しくはないが。
「……とにかく、みんなを捜さないとな」
そう独り言を呟いて俺は、森の中をあてども無く彷徨うのだった。
この話は【この素晴らしい世界に祝福を!】最終巻のアフターという設定です。