スレイヤーズ ぶれっしんぐ 作:神坂なつめ
それはあたしが二度目の魔王討伐を果たし、数年ぶりの郷里への帰路の途中、 アテッサ・シティへ向かっていたときに起きたこと。街道沿いの小さな村で宿を取り、夜も更けた頃にこっそりとベッドを抜け出した。
言っとくけど、お手洗いに行きたくなったわけではない。もちろん、淑女の嗜みである盗賊いぢめだ。
いやー、最近盗賊の噂を聞かなくて、けっこおストレスが溜まっていたのだが、近くに小規模ながら盗賊のねぐらがあると、宿のおばちゃんが教えてくれたのだ。ほんと、あと数日盗賊に会えなかったら、近くの小さな山がひとつ消えていたことだろう。
てなわけで、やって来ました盗賊のアジト。茂みに隠れて覗き見ると、10人ほどの盗賊たちが宴会をしている。……どうでもいいが、あたしが今まで見てきた限り、宴会してるか寝てるかのどっちかってパターンが多い気がするのは気のせいだろうか。
「なんか寂しいな。……おい、今日捕らえた女を連れて来い。まだガキだが、酌の相手くらいにゃなるだろ」
ほほう、一般人が捕まってるのか。つまり上手く助け出せば、お金をせしめ……もとい、お礼を請求することも可能というわけだ。
そんな事を考えている間に、アジトの奥からひとりの少女が連れ出されてきた。年の頃なら13、4。肩にかかるくらいの黒髪に、赤い瞳が目立つ。ややキツめだが、はっきり言って美少女である。
なるほど。だから生かされて連れて来られたのか。これだけの美少女なら、充分高値で売れるだろう。もちろん違法な取引だが、盗賊がそんな事気にするわきゃない。
「おい、チビッ子。俺に酌をしろ!」
「チビッ子とはなんですか! 私はもうすぐ、15ですよ!」
見た目同様、なかなか気の強い性格のようだ。……って、もうすぐ15だと? いや、あたしも結構小柄だけど、この子もなかなかのものである。
「ああ? 14だか15だか知らねぇが、チビはチビじゃねぇか!」
「ほほう。紅魔族は売られたケンカは買う種族。そのケンカ、買おうじゃないか」
……なんだろう。小柄な美少女で喧嘩っ早いって、まるで自分を見ているみたいな気分になってくるのだが。って、そんな事考えてる場合じゃない!
「
ちゅごうん!
「!」
「どうぁあっ!?」
あたしが放った虚仮威しの魔法で相手を怯ませる。……つもりだったのだが、なんか見事に直撃した。まあ、せいぜい火傷程度のダメージだけど。
「お、お頭!?」
「何モンだ!」
盗賊の手下達が騒ぎ出した。あたしは茂みの中から姿を見せる。
『なぁ、お前はっ!』
盗賊たちがあたしの姿を見て、驚き
「え? 何? 全員あたしのこと知ってんの?」
たまたまあたしの顔を知っている相手だっているかも知れない。しかし、ここにいる盗賊全員が知ってるってのはさすがに考えづらいのだが、果たして……。
「俺達は、壊滅した盗賊団の生き残りが寄り集まって出来た、新興の盗賊団なんだよっ!」
……おや? それってもしかして。
「そして、その全ての盗賊団を潰したのは貴様だっ!
「前のお頭の敵だ、覚悟しろおおお!」
「悪人が何ほざいとるかあああ!
どぐおおおお!
放った光球が爆炎を巻き上げ、盗賊二人を巻き込んだ。
ぎゃいん!
「なっ!?」
背後から振り下ろされた
「……同じ人間相手でも容赦ありませんね」
「悪人に人権はない!」
紅い瞳の少女の呟きに、あたしは自分のモットーで返す。
「くっ、やはり俺達では太刀打ちできないのか?」
「諦めるな! 諦めなければきっと……」
「
『ぐあああ!?』
ふみゅ。諦めないその姿勢は共感できるが、それならもっと真っ当な人生を歩むべきである。……こらそこ。お前が言うなとか、ツッコミ入れるんぢゃない!
そしてしばらくの後、盗賊共は一掃された。いやー、めでたしめでたし。
「あ、あの、お姉さん。ありがとうございます。お陰で助かりました」
「いやー、別にいいって。金貨10枚」
あたしのセリフに、少女はびくりとする。
「す、すみませんが、生憎と1エリスすら持ち合わせてません」
ちっ、お礼をせしめるのはムリか。……ん? おや?
「エリス? 何よそれ?」
「何を言ってるのです。お金の単位に決まってるではないですか」
はい?
「あなたこそ何言ってるの。お金って言えば金貨、銀貨、銅貨の3種類でしょ?」
「は?」
なんだ? 全然話が噛み合わないんだけど。
「何かおかしいですね。おかしいと言えば、お姉さんが使ったファイアーボールもおかしかったですね」
「おかしい?」
「はい。お姉さんが使ったものは光球を放ち、それが球状に爆炎をあげるものでした」
うむっ。火炎球の基本である。
「しかし私が知っているのは、火球を放つ魔法です」
「へっ?」
思わず間抜けな声を上げてしまった。いや、まあ、アレンジしようと思えば出来ないこともないだろーけど、わざわざそれをやる意味がない。
「それに、バースト・ロンドやフレア・アローといった魔法は、見たことも聞いたこともありません」
「はあ?別の術をアレンジした
炎の矢なんかは、一般人が丸暗記した呪文を唱えたって発動するような術だ。同時に、誰もが使うには危険な魔法なので、魔道士協会では一般人にこの呪文を教えることはない。まあ、一般人で使ってるのもいたけど、魔道士とて千差万別。ちょいと金を積まれりゃ、軽い気持ちで教えるような奴だっているだろう。
「初級? あれが初級ですか? 少なくとも中級魔法並みの……」
そこまで口にしてから、少女は急に黙り込んだ。そしてしばらく思いふけってから、再び口を開く。
「ところでお姉さん、ここはどこですか?」
「どこって、セイルーン王国の端、ゼフィーリア王国との国境付近よ」
「セイルーン……、ゼフィーリア……」
少女はブツブツと呟きだす。さっきからなんだってんだ。
「ではお姉さん。アクセルとかベルゼルグという地名は聞いたことありませんか?」
「アクセル? ベルゼルグ? いや、初耳だけど……」
地方の小さな町や村だろうか。いやしかし、わざわざ尋ねたという事は、それなりに名の知れた場所であるはずだ。
「……そういう、事ですか」
「そういう事って、どういう事よ」
「ここは、私がいたのとは別の世界だという事です」
ほー、なるほど。別の世界ねー。
「……って、別の世界!? ちょっと、それってどういう事よっ!?」
「どういう事と言われても、私も状況を整理しながらの説明になりますが……」
いや確かに、当事者である彼女の方も混乱しているのだろうけど。
「……まあ、いいわ。あたしもやる事があるし、作業をしながらその話を聞きましょ」
「やる事、ですか?」
キョトンとしながら、少女は言うのだった。
その少女はアクセルという街で、冒険者として仲間と一緒に暮らしていたそうだ。
ある日、仲間と共に知り合いの
ところが、リーダーの男性とプリーストの女性が使う・使わないでケンカを始めたそうだ。魔道具を使いたがる女性に触れさせないよう、男性は手に持って頭の上まで持ち上げていた。しかしうっかりと手を滑らせ、落ちた魔道具が床に当たる寸前、思わず少女がキャッチした。途端、彼女のありったけの魔力が吸い上げられ、魔道具が発動、気がついたら自分ひとり、森の中で身動きが取れない状態で盗賊たちに拉致された。
そしてあーだこーだで今に至る、と。
「最初は世界を渡るなどは大袈裟で、どこか別の場所に転移させられたと思ってましたが……」
「知らない通貨に知らない魔法、そして知らない地名で異世界と判断したって訳ね」
「はい」
むみゅ。どうやらこの子は、なかなかに賢いようだ。しかし。
「でもだからといって、よく異世界だなんて納得出来たわね? 普通だったら、そんな馬鹿げた事あり得ない、とか思うモンじゃない?」
あたしの場合は、アレの存在や異界の魔王の力を借りたことがあるから、あり得なくはない程度には信じられるけど。
「普通なら、そうでしょうね。しかし、私の身近には異世界からやって来た者がいるので、可能性として有り得るとは思えるのです」
「……異世界の人?」
「はい」
なんだろう。現実と英雄譚かなにかが混ざってんじゃないだろうか?
「言っておきますが、本当のことですよ。私がいた世界では、魔王によって人が、国が、蹂躙されてました。それを何とかしようと、神が異世界の若者に特典を与えて送り込んでいたのですよ。そのひとりが、私のパーティーのリーダーです」
「それって、その人が騙ってるってわけじゃないの?」
口八丁で相手を言いくるめる、詐欺師紛いの人間なぞ掃いて捨てるほどいる。たとえそれが異世界だろうと変わりはしないはずだ。
「普通ならそう思うところですが、信じるに足る根拠があります」
「根拠?」
「はい。その人……カズマは、我々が読めない古代文字を読み、想像もつかないような道具を作り、その世界の常識が欠けていて……。何より、とんでもない特典を持っています」
先ほど言ってた、神が与える特典というやつか。あたしは無言のまま、その先を促すように視線を向ける。
「カズマの特典は、水の女神アクアです」
「は? 女神?」
「ええ、そうです。ここに飛ばされる切っ掛けとなった女性プリースト、それがアクアです。
もちろん最初は、女神を自称するイタい人だと思ってましたよ? ですが、なんの魔法も使わずに汚水や飲み物を真水に変えたり、ひとりに対して一度だけしか許されない蘇生魔法で、カズマを何度も蘇らせたりしていくうちに、本物の女神であると確信するに至ったのです」
蘇生などという、こちらでは到底ムリなことを、ひとり1回とはいえ出来てしまうその世界に、内心で畏怖していることは置いといて、それを何度も行えるというのは、かなりメチャな人のようだ。いや、女神か。
「りょーかい。異世界人とか女神に関しては、あたしには判断できないから保留するけど。異世界から来たっていうのは一応信じましょう」
「一応、ですか」
「じゃあ逆に聞くけど、あなたが今の話を他の誰かから聞いたとしたら、それを素直に信じられる?」
そう問いかけると少しだけ考え込み。
「確かに、素直には信じられませんね。まあ、紅魔族的には燃えるシチュエーションですが」
……なんだろう。一瞬だけ、どこぞの正義オタクと被った気がするのだけど。
「……それにしてもお姉さん。私の話を聞きながら、よくそんな事が出来ますね」
「ん?そんな事って?」
「いえ、その……。よく、盗賊が貯め込んだお宝を物色できるな……と」
なんだ。そんな事か。
「だってこのまま放置したら、全部国に没収されちゃうのよ? かといって元の持ち主なんて、わかるはずもないじゃない。それなら、盗賊退治の手間賃とあたしの魔術研究のために有効活用した方が、世の経済も潤うってものでしょ?」
「……なんだか、カズマの理論武装みたいですね」
少女は呆れた眼差しを向け、溜息を吐いた。
「あのねぇ、そんなこと言ってるけどあなただって、さっきまで色々と物色してたじゃないの」
「人聞きの悪い事、言わないでください。私は取り上げられた私物を回収していただけですよ」
いや、当然ホントはわかってるのだ。さっきまでとは違い、黒いマントにウィッチハット、右手には先端に大きな魔法石をはめ込んだスタッフという、いかにも魔道士といった姿に変わっている。
そしてもうひとつ。とても大切そうに袋を握りしめている。
「ねえ、その袋は?」
「これは、……この中にはマナタイト結晶という、魔力の肩代わりをしてくれる使い捨てのアイテムが入っています。以前カズマが、私にプレゼントしてくれたものです。まあ、持ってきたのはほんの一部ですが」
魔力の肩代わり!? 使い捨てとはいえ、結構なお宝じゃないの!
「お姉さん、目が恐いですよ? ……はあ、仕方がありませんね。お姉さんは私を助けてくれた恩人です。マナタイト結晶をひとつ差し上げますよ」
「えっ、ホント? いやー、なんだかせがんだみたいで悪いわねー」
「目はしっかりせがんでましたよ」
呆れながらも彼女はひとつ、袋の中から小さな結晶を取り出して、あたしの掌の上に乗せた。
……な!? これ、物凄い量の魔力を感じるんだけど!? はっきり言ってこれひとつで、獣王牙操弾や暴爆呪を発動できるんじゃ……。
「ちょっと! あんたのところって、こんなモンがゴロゴロしてるの!?」
「さすがにゴロゴロはしてませんよ。それに、これほどの純度の物になると更に数は限られますし、当然それだけ値も上がります。はっきり言って、高レベルの魔法使いがこれよりも純度の低い物を1個か2個、予備に持つのが精一杯の代物ですね」
「そ、そう……」
それでもこんなアイテムがあるだけで、充分凄いし羨ましい。
「ええ、そうです。私にとって、とても大事な物なのです。私が放つ、人類最強の攻撃魔法を肩代わりできるほど高純度のマナタイト。そんな希少な物を、カズマは私にプレゼントしてくれた。しかも相当の数を。だからこれは、私にとって大事な宝物なのです」
おや。もしかしてこの子、そのカズマって人のこと……。
「……いけませんね。少しナイーブになってました。そんな事よりも、帰る手段を見つけないと」
「帰る手段ね。それで、その手段に心当たりはあるの? この世界に飛ばされるきっかけになった魔道具、っていうのは見当たらないみたいだけど」
あたしが尋ねると少女はまたもや考え込み言った。
「私が飛ばされるとき、魔道具からは光が放たれ、その範囲内にはパーティーのメンバーがいました。そして魔道具ですが、私の手からこぼれ落ち、それをカズマがスティールで回収したところまでは確認出来てます」
「ふむ、まず質問。スティールっていうのは?」
「冒険者の職業のひとつ、盗賊が扱うスキルですよ。対象からランダムに、何でもひとつ奪い取ることが出来ます。カズマは基本職の冒険者ですが、職業による補正が付かないこと、それと覚えるのにスキルポイントが余分にかかるという欠点がありますが、全ての職業のスキルを覚えることが出来るのですよ」
スキルポイントやらなんちゃらはよーわからんが、要するに万能職という事だろう。
まあ、それはともかく。
「つまり、その説明から察すると、あなたの冒険者仲間もおそらくこっちへ来てて、そのひとりが
「そういう事です。なので私はこれから、カズマ達を捜しに行きます」
そう言うと少女は立ち上がり、アジトの出口に向かって歩き出す。
「……捜すのはいいけど、今って真夜中よ?」
「!」
少女がびくりと肩を震わす。
「それに向こうのお金どころか、こっちのお金も持ってないんでしょ?」
「う……」
どうやら気が急いて、勢いで出て行こうとしたようだ。
「……もう、しょうがないわねぇ。それじゃあ、あたしも一緒に捜したげるわよ」
「えっ、いいのですか?」
「まあ、乗りかかった船ってヤツね。それにこのマナタイト結晶、金貨10枚程度じゃ納まんないアイテムだから、その差額分よ」
そう言って、あたしはウインクひとつ。
「あ、ありがとうございます、お姉さん!」
「リナよ。さっき盗賊のひとりも言ってたけど、あたしの名前はリナ=インバース。剣士にして天才魔道士よ」
「ほう、天才魔道士ですか。ではこちらも名乗らなくてはなりませんね」
そう言うと少女は、マントをばさりとひるがえす。
「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法使いにして、爆裂魔法を操る者!」
「……めぐみんって何? 愛称?」
「両親が付けた我が名に、文句があるなら聞こうじゃないか!」
どーやら本名らしい。
「うん、めぐみん。これからしばらくの間、よろしくね!」
「おいこら」
「さあ、お宝もめぼしい物は粗方回収したし、めぐみんのお仲間捜しは明日からにして、今日のところは宿に戻るとしますか」
「話を逸らそうとするとは、いい度胸ですね!」
「もちろん、めぐみんの宿代くらいは出したげるわよ?」
「……まあ、今日のところは見逃してあげましょう」
うみゅ。聞き分けのいい子だ。
こうしてあたしに、いつもの如くの珍道中が始まるのだった。
この話は原作【スレイヤーズ】の15巻から16巻の間という設定です。