ヘビはカエルに食べられる。たまに兎に食べられる。 作:Kkmn
塩野市は美しい海岸線と緑豊かな山々に囲まれた地方都市で、観光と漁業が盛んな街だ。
江戸時代からの歴史が残るこの町には、温泉旅館やリゾートホテルが点在している。
だが、市外の人々にとっては黎明期に起きた「クローン事件」の舞台として記憶に深く刻まれ、今も影を落としている。
そんな街の中学校の一つ、塩ノ洲中学校に通う一人の少女が今日も街の中心部を軽い足取りで歩いていた。
「ケロ」
その日、蛙吹梅雨は中学校からいつもは電車で帰る所を、今日は歩いて帰宅の途についていた。
理由は最近甘いものを食べ過ぎているから、定期が期限切れだから─────ではなく。
(やっぱり雨ってステキ。どうしてこんなにも気持ちがアガるのかしら)
他の同級生は雨が降ると露骨にイヤそうな顔をするが、彼女にはその感覚が分からない。
雨が地面や屋根、窓ガラスに当たる音、車の屋根に当たる音、それぞれ異なる音色の雨音のハーモニー。
気温が下がり、いつもより空気がひんやりとする感覚も初夏には気持ちいい。
雨に濡れた草や木から立ち上る、普段より強く感じる自然の香りも、普段より草木を感じれて好きだ。
(五月雨ちゃんがこの間、雨のなか傘をポイして帰って来たのよね。ワタシもやってしまおうかしら)
濡れた路面が街の光を反射し、幻想的な雰囲気を醸し出す。
雨の日は人通りが少なくるのもそれに拍車をかける。雨音が周囲の音を消してくれるので、特にそう感じられる。
(でもこの傘のカンジも好きだわ。傘にあたる雨音も、手に伝わる振動も)
傘を刺したときの独特な視界の変化も雨の日だけ楽しめる不思議な世界だ。
傘をかいくぐり、いくつかの雨粒が顔や手にあたるひんやりとした感触も心地よい。
(ニオイもいいのよね。この土とアスファルトが濡れた時の。たしか名前があるのよね?何だったかしら?)
全身で、五感で雨の町を満喫する梅雨は上機嫌だった。
スン、と鼻を鳴らし、ペトリコールを堪能して─────。
(あら?何かしらこれ…?凄くイイニオイ…?)
その濡れた地面の香りに混じり、何か不思議な匂いが梅雨の鼻腔を刺激する。
パン屋や焼き魚のような美味しそうなニオイでもない、どちらかと言えば香水やシャンプーのような…?
いや、それよりはもっと、どこか"本能に訴える"ような、もっと原始的な欲望を駆り立てるような。
(これ、もしかして誰かの"個性"?…雨だから感じ取れたのかしら)
そういえば聞いたことがある。何でもとってもいいニオイがするヒーローがいて、その"個性"で悪人を眠らせてしまうのだとか。
そんな種類の個性のひとつかしら?
しかし、他のまばらな通行人は匂いに気づくような仕草はない。
水中や雨天時の嗅覚に関しては人一倍ずば抜けている、彼女の個性のおかげで気づくことができたのだろうか。
「ケロ」
興味をそそられた彼女は、珍しく寄り道を決行することにした。今日は金曜日だし、宿題も大したものはない。
久しぶりの楽しい雨の帰路、だたまっすぐ帰るだけでは勿体ないじゃない。
「こっちね…ケロ?この辺りって確か…」
人二人くらいの幅の路地裏をのんびりと歩きながら、彼女は数か月前に見たニュースの記憶を掘り起こしていた。
「あぁ─────やっぱりね。」
何度かの迂回を挟み、路地裏を抜けた先にあったのは────焼け焦げた立派な建物。
規制テープやフェンスが張られ、どうも中には入りがたい雰囲気を醸し出している。
原型を残しているのが不思議なほどにボロボロに焼き果てたそこは、元が何だったのか見た目だけでは到底わからないだろう。
(なんだったかしら。『孤児院に敵が現れた』っていうニュース…ここよね。よく覚えてないけど)
数か月前に母から「学校の近くじゃない?」とテレビを指さされたので覚えている。
確か珍しい『複数の"個性"を持った敵』で、更に映ったその見た目がいかにもな敵だった朧気な記憶がある。
そうだ、その時映っていたのがここだ…でもどうして?
「……ケ、ロ?」
彼女の丸みを帯びた顔がぴくりと震える。
追ってきた芳しいニオイに混じり、不気味な匂いが漂ってきたのだから。
「血?」
もしここまでやってきたのが彼女ではなかったら、到底気づくことはなかったであろう微かなニオイ。
さびた鉄のような鋭さと、有機物の混じった土のような香りは、間違いなく血のソレだ。
(…誰かケガしてる。それも軽い傷じゃないわ。)
肩にかけていたカバンを斜めがけにかけなおし、脚に神経を集中させ跳躍する。
それだけで数多に設置された高いフェンスを飛び越え、彼女はなんなく建物の入り口…だったであろう箇所に辿り着く。
「…酷いわね」
ただ燃えただけではない。敵とヒーローの戦いによって生じたであろうガレキがあちらこちらに散らばっている。
こんな中を悠長に走っていてはこの血のニオイの主は失血死してしまう…。
そう判断した彼女は「バレたら怒られるかも」という遠慮を取っ払うことにした。
「ケロッ…と、あら。そこ崩れるのね…よっ、はっ、ケロっ。」
個性の無断使用もなんのその、こんなところ誰もみてないからいいのよ。ケロケロ。
そう言わんばかりに駆け、跳ね、跳び、地面を蹴り、壁を這い、血のニオイの元へと近付いていく。
(血の跡がある…それにこのニオイ、ケガしてる人と同じ人だわ。…近くで嗅いだら危ないかも…!!)
脳が揺さぶられ、理性が揺らぎかける程の芳醇で蠱惑的なあの匂い。
街中で感じたあのニオイが濃くなってきてることを感じ取り、彼女はハンカチで口と鼻を覆う。
途中、医務室…?らしき部屋に投げ捨てられていた赤十字マークの焦げた箱を"舌"で掠め取り、一心不乱にニオイの主を探し続ける。
「ごめんなさい!誰かいるかしr─────」
床を蹴り壁を蹴り、廊下に並ぶ幾つか目の部屋に彼"女"はいた。
突然現れたこちらに驚いてしまったのだろうか。目が合ったその黄色い瞳は見開かれていた。
(─────綺麗)
彼女に最初に抱いた感想はそれだった。
半焼した椅子にしなだれた姿も相まり、まるで絵画から出来てたような整った顔だち。琥珀の双眸は毛ぶるように彩られ、凛とした美しさを引き出している。
小さくも艶やかで、蠱惑的な唇。
同年代の女の子だと思うが、自分とは比にもならないほど…鱗?に覆われた身体のスタイルも抜群だ。
…見た所その姿形はヘビの要素が散りばめられていて…蛇の"個性"かしら?羽生子ちゃんと同じ…ね…?
(……?!待って?この子、どこにケガ─────ちがう、全身ケガしかしてないわ!)
濃緑色の肌だから気づくのが遅れてしまった。よく見れば全身に切り傷や打撲跡がある…というかそれしかない!
それに庇っている左腕から流れてる血は床にまで溜まってる…!!
「……シャ、ァッ……!!!」
「─────大丈夫!ケガしてる人がいると思って来ただけよ。
そうはっきりと告げても、目の前の"蛇の個性"の少女の瞳から警戒の色は消えない。
それどころかその傷だらけの腕を窓にかけ、まるで逃げ出そうとする素振りを見せている。
「───────ダメよ。せめて止血だけさせて」
その動作を見た瞬間、蛙吹梅雨は一切躊躇うことなく"個性"の脚力を使いその少女に覆い被さった。
「…シャァッ…!!?」
むわり、と彼女の胸元から漂う街中で嗅いだ不思議なニオイ、そして─────血のニオイが漂う。
そして些細なことだが、その掴んだ腕の余りの非力さ、そして細さに彼女はギョッとした。
「いいわね?大丈夫よ、あなたのことは誰にも言わないわ。」
「シャ……」
「 い い わ ね ?」
「………」
蛇の少女の黒に輝く琥珀の瞳を見据えると、彼女は否定も肯定もせず…黙ってうなだれた。
それを梅雨は肯定と解釈すると、さっき拝借した赤十字マークの箱から清潔なガーゼを取り出し、強く押し当てて止血を試みる。
「………しゃ…」
「ケロ。出血は落ち着いてくれたかしら。なら次は傷口をあらって…あら、水道は止まってるのね」
止血の傍ら、舌で蛇口を捻る姿は落ち着き払っているように見えるが、梅雨の内心は穏やかではない。
というよりどちらかといえばパニックよりなのだが、それを見せれば目の前の少女の不安に繋がる。
どこかで聞いた、習った、見たことを思い出しながら口にして、自分に必死に言い聞かせてるのだ。
「ケ、ロ。結構汚れてるわね。このまま巻いたら絶対にダメだわ。」
血が止まってわかったが、泥や埃で思った以上に汚れていた…しかし水道はない。
この雨で流す?人目につくかもしれないし傷口に入るとまた出血してしまうかも─────そうだわ。
─────ぴちゃ、れ、ろ…ぴちゃ、ちゃぴっ…。
「……!?!…しゃっ……!!!??」
「ん…えろっ……んむ……だめ、動かないで」
まさに逆転の発想─────水がないなら唾液があるじゃない、と梅雨はその長く肉厚な舌をチロチロと傷口に這わせた。
そういえばお母さんに言われたことあるわ。私の唾液は人より皮膚を守る成分が多いとか…。
だったら多分大丈夫よね?五月雨ちゃんがケガした時もこうしてあげることあるし。
「ひひゃっっ…♡しゃぅっ……///」
「ごめんなさい。痛むかもしれないけどガマンして」
びくっとわななく彼女を落ち着かせるように撫でながら、傷口の汚れを舌で舐めとり続ける。
じゃりじゃりする汚れをぺっと吐き出し、何度も綺麗になるまで丁寧に…。
「し、しゃぁぁぁ~~……///ひゃしっ、しゅるぅ……♡♡」
「…よし、もう大丈夫よ」
目じりに涙を浮かべ、頬を真っ赤に染め身をよじって逃げようとする彼女をやんわりと抑えつける。
あらかた汚れが落ちたのを見計らい、顔を離し袖で口をぬぐう。
べっとりと血が付着しているのが見て取れたがどうでもいい。
「ごめんなさい。でもよく頑張ったわね。」
「……///ふ、しゅぅ……///」
どうやら赤面して息を荒げるほど辛かったらしい。悪いことをしてしまった。
そう思い彼女の綺麗な長髪をよしよしと撫でるが、彼女の頬は赤くなるばかりで静まらない。
合わせた目も焦ったように逸らされるし…ケロ。
「ケロ、包帯を巻くからもう少しだけガマンして─────え?」
「…しゃ?──────────!?!?」
医療箱の中で状態がマシな包帯を彼女の傷口に巻こうとした瞬間の出来事だった。
驚嘆に吊られた蛇の少女もその視線の先で───────
呆気にとられ立ち尽くす二つの視線の前で、その傷口はまるで時間を巻き戻すかのように消えていく。
そして…ものの数秒で傷口はふさがってしまった。最初から存在しなかったように。
「………」
「………」
傷はふさがったが今度は口がふさがらない二人は、呆然と視線を交わした。
お互いに"これはあなたの個性?"と言う疑問をこれでもかと乗せて。
「ケ、ロ。多分、わたしの"個性"じゃないと思うのだけど…?いや、でももしかしたら?うーん?」
「………しゃ…?」
梅雨も蛇の少女も、首を傾げうんうんと思考にふけるが答えは見つからない。
「…?塞がったのはそこだけなのね。ちょっと待ってて、他の傷も手当しなきゃだから、もう一箱持ってくるわ。…それとも」
「…??」
その柔らかな表情が、少し意地の悪い笑みに染まる。
「……全身舐めたら治るかしら?」
「っっ──────────///?!?!」
「ケロケロ、冗談よ」
ぶんぶん!!と冗談みたいに顔を真っ赤に染めて首を振る姿はまるで子供のようだと梅雨はほほ笑んだ。
そのまま急ぎ、さっきの医療箱を拾った部屋へと駆け出した。
(可愛い子だわ。それにとっても良い子。…何かワケありなんでしょうけど)
散乱し、荒れ果てた部屋を見渡しながら梅雨はそうひとりごちた。
実際に彼女が傷口を舐めて治療している間、少女は悶えながらも、梅雨を心配するような…不安そうな目をし続けていたのだ。
…あの目はとても演技でできるものではない。
(そういえば鱗で気にならなかったけど、裸だったわよね?不良…?家出?それともDV?いや、どこかで見たことがある気も…ケロ、やめましょう。詮索なんて可哀そうだわ)
─────ブブブ。
「ケロ」
不意に、振動した胸ポケットのスマホが通知を伝えてくる。
「お母さんからおつかいのメールかしら?」と思い画面をさっと確認してみたが…どうやらこの間入れたニュースアプリの通知のようだ。
どうも大きなニュースがあった時に通知する設定をONにしていたらしい。
正直芸能人の不倫などの割とどうでもいいニュースも通知してくるので、OFFにしようとしてたのをすっかり忘れていた。
(後でオフに─────ん?)
何故か、本当に何故かわからないのだが、その通知されたニュースの内容がひどく気になった。
『敵による連続児童誘拐事件。今度は〇▼市で発生。ヒーローが対応中─────時刻:たった今』
「ケロ…?これ、最近よくニュースで見る複数"個性"があるっていう…」
その見出しをタップしてみる。この町から数百キロは離れてる県で、またその敵が誘拐事件を起こしたらしい。
そしてその敵の"過去に撮られた写真"も掲載されている─────"蛇の異形の女"の姿が。
蛇の、女。複数の、個性。たった今?数百キロ離れてる場所?
「─────ケ、ロ…?」
『蛇の個性のような見た目』。彼女が発していた『個性のようなニオイ』。『何かの個性で消えた傷』。
奇妙な符号の合致と、スマホに突き出された情報に、梅雨はしばらくの間立ち尽くすことしか出来なかった。
どういう展開がいい?
-
スーパー梅雨ちゃん無双
-
主人公ちゃんがひたすらえっちぃ目に
-
スーパーミルコさん無双
-
ひたすら百合百合