もしガルパンの舞台が80年前だったら   作:ハンバーグ公デミグラスⅢ世

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ー戦車、乗ります

 

 

ーー1942年、2月ーー

 

曇天のニューヨークに一艘の移民船が到着した。

彼らの多くはヨーロッパからの戦災避難民であり、

寒さに怯えながら大西洋を渡って来ていた。

 

しかし、肩をすくめて暖を取る欧州人たちの中にあって、ただ一人虚ろな目で海を眺めている黄色人がいた。

彼女は茫然自失と言った感で凍えるリバティーアイランドを見つめいて、今にも海に飛び込んでしまいそうな

危うさを孕んでいた。

 

間もなく船が埠頭へと到着する。

彼らはそのまま、警備員の導きに従って入国審査所へと進む。

先ほどの虚ろな彼女も難民の列の中に紛れて、審査所へと進んだ。

 

難民の多くはユダヤ人やフランス人だった。中にはポーランド人も居たが、やはりアジア人は彼女だけだった。

 

「君は・・・日系人だが、ドイツから来たのか?」

入国審査の職員が訝し気に書類を見ながら彼女を問い詰める。

 

「はい・・わ、私はもともと日本人で、ドイツには交換留学で・・・」

彼女は下を向いて、弱々しくそう言った。

それに対して、口ひげを蓄えた職員は厳しい視線を注いだ。

そして後ろの警備員に申し付けると彼女の腕を掴ませてしょっ引かせた。

彼女は何が起こったのか判らず、それに諾諾と従うしかなかった。

 

 

警備員たちは彼女を警官へ突き出した。

ドイツから来た日本人。アメリカと敵対状態にある二か国

に関係があると言えば警戒されないわけがない。

 

「あ、あの・・・なんでしょうか」

彼女は怯えながら細っこく声を出す。

 

背の高い警官は彼女の持っていたバックを力ずくで

奪い取ると、それを地面に叩きつけた。

バックは壊れ、中身が散乱した。

 

「ひゃっ・・・な、何を・・!?」

 

「言え!!貴様は何故アメリカにやって来た!?スパイなのか!?そうなのか!!?」

警官は血走った眼で彼女を詰問した。

 

彼女が答えられないでいると、更に背の大きい警官がやって来て

160cmもないこまい彼女を取り囲んで散々に叫び散らした

彼女は怯えて「ごめんなさい」と連呼するしかなかった。

 

 

 

結局、彼女から怪しいものは見つからなかった。

しかし、彼女をこのまま開放するわけにもいかないらしく

そのまま彼女は数か月抑留されたのち、列車に乗せられ、西部の街へと移送された。

 

ーーー

 

彼女はそれから列車に揺られながら目的地も知らない旅へと進んだ。

乗り合わせていたのは皆日系人やアジア系だった。

 

殆どが家族で、彼女のように若い女性一人というのは少なかった。

しかし、あたりをよく見まわすと小柄で髪を二つに結んだ少女がいた。

その少女は、ニューヨークから運ばれた彼女と同じくらいの年齢のようで

何やら乾燥芋の様なものを口に含んでいた。

 

二人は三度ほど目が合ったが、雑多な列車の中故に互いに話しかけることはしなかった。

しかしそれが四度目となると二つ結びの少女は満を持して歩み寄って声を掛けた。

 

「ねぇ、君いくつ?」

二つ結びの少女は横に腰かけると、やはり芋をかじりながら

そう尋ねた。

 

話しかけられた彼女はおどおどしながら

年齢を答えた。

 

「へー、そうなんだ。じゃあ一個下か」

と少女。

 

それを聞いたもう一方の彼女は

「え、年上なんですか・・?」

とやや失礼な言い方をした。

 

「ありゃー、やっぱり年上にみえないよねー」

 

「すみません」

 

「謝らなくていーよ。あ、そうだ。あたし角谷杏ね。よろしく」

二つ結びの角谷はそう言って握手を求めた。

 

「・・えっと、西住みほです。・・・よろしくお願いします」

それに対して、みほは不器用な笑みを浮かべながら握手を返した。

みほは彼女が信頼できると、少なくとも敵対的な人物ではないと直感して少し安心した。

 

「なんで私たち移送されてるんでしょう?」

みほは角谷に問う。

 

「”大統領令9066号”が出されたからねー。日本人やドイツ人はしょっ引かれちゃうのよ。特に、西部の日系人がね」

みほはその説明に納得した。

 

 

「ねぇ、西住ちゃん。西住ちゃんはどこから来たの?」

角谷は飄々とした態度で質問する。

 

「・・・ニューヨークです」

 

「その前は?」

 

「・・・・ドイツです」

角谷はそれを聞いて、直ぐには返答できなかった。

つまり、それの意味するところが単純ではないと察知したからだ。

彼女は続ける。

 

「ドイツでは・・何をしていた?」

 

「・・・・」

みほはそれに対して口をつむんだ。そして少し顔を背けた。

 

「ごめん、ごめん、深入りしちゃったね。お互い詮索は良くないもんねー」

と角谷。しかし彼女は本心ではそう思っていない。

角谷は笑顔の裏に、やはり思惑を隠していた。

 

「でも、私の口は固いからさー。信頼できる人物は持って置いて損じゃないんじゃないかなーって」

と角谷は笑う。

 

みほはその言葉に決して絆されたわけではないが、

おぼろげながら喉を震わせ過去を語りだした。

 

「わたしは、戦車道っていう競技の大家に生まれて・・・・

西住流っていうんですけど」

 

「ニシズミリュー?」

 

「はい・・・そういう流派があるんです。でも、戦争が始まっちゃって・・・ドイツに技術指導で・・・・」

そこいらでみほは声をつまらせた。

 

角谷はそこまで聞くと、「そうか、それは大変だったね」と

さっきまでの空とぼけた様子とは打って変わって真面目な様子でみほを慰めた。

そして干し芋もあげた。

 

ーーー

 

間もなく列車が止まり、彼女たちは降りるように促された。

ニューヨークからだいぶ来たが、どうやらここは収容所らしい。

 

みほはその様相を見て、過去がフラッシュバックして気分が悪くなった。

しかし、嘔吐するわけにもいかないので何とか抑えて下車した。

 

「じゃーね、西住ちゃん」

と角谷。

どうやら彼女とはここでお別れらしい。

 

「・・ありがとうございました。おかげで、少し気分が軽くなった気がします」

とみほ。

 

だが角谷はそれに対して

「・・・たぶん、西住ちゃんとはまた会う事になるかな。だから、またね」

と意味深な事を言った。

 

みほはその言葉の意味を図りかねたが、

意図を尋ねる前に人ごみに遮られてしまった。

 

ーーー

収容所は主に西海岸に住む日系人を集めていた。

これは、合衆国に対して宣戦を布告した大日本帝国のスパイを摘発・予防するためらしい。

 

しかし、日系人はれっきとした合衆国国民でもあったので

全員を処刑や逮捕などはせず、強制収容所に住まわせることになったらしい。

住居は粗末で、家とも呼べないようなものが多く、収容された日系人たちは不安に思っていた。

 

みほは自分が今一体どこの州のどこの収容所に居るのか知らなかった。

しかしそれでもかつての経験を思い出せば、いくらかましだと開放的な気分になった。

 

そうこうしているうちに、4,5日ほど経った。

強制収容所では主にみほは農作業を行った。

良家の出なので、彼女は自信がなかったが

故郷熊本でサツマイモなどの栽培については見知っていて

案外にもすんなり馴染んでしまった。

 

桑や鋤を振るうのは細腕の彼女にとって慣れない作業であったが、

やはり戦車のキューポラに立つよりはよっぽど気分の良い作業であった。

 

また収容所では友人もできた。

居住区は人数が多かったため相部屋だったのだが

幸いにも同年代の女子と同じになることができた。

 

初日のまだ右も左も分からない状況なのなか、彼女たちは

「ヘイ、彼女!」

と優しく話しかけてくれた。

それは内向的なみほにとっては得難い出会いであった。

 

「あたし武部沙織!」

 

「五十鈴華です」

 

二人はなかなか愛嬌のある少女で、

同年代という事もあり、みほとは会話が弾んだ。

 

「ねー知ってる!?ここの隣の収容棟のさーサイトウさんって人!すっごいイケメンなんだってー!!」

と沙織が言う。

みほはこの強制収容所にあってこんな前向きな娘がいるのか、

と驚いたが沈み気味であった自分の心を明るくしてくれる彼女の話題はありがたかった。

 

また、五十鈴さんはどうやら華道をアメリカに紹介した大家の出らしく

おっとりとしたお嬢様気質であった。

彼女はよく

「みほさん、このお花はですね・・」

と華道や所作について教えてくれた。

 

みほも一応良家の出なのだが、そう言った文化的な知識には疎かったので

新しい世界だった。

彼女はどこか肝が据わっていて、なにより大食いであった事には面食らったが

やはりこの収容所で暮らしていく手本を見せられた気がした。

 

 

 

 

 

ーー

しかし、そんな日々は一週間と続かなかった。

 

みほはこの日、朝の集合前に看守に呼び出された。

まだ朝焼け前の足元もおぼつかない時間であったが、

僅か数分で身支度を終わらせて収容所の看守を驚かせた。

 

やがて彼女は収容所を出て、何やら大きな格納庫のようなところへと連れられてきた。

そこは電気がついていなくて、真っ暗だったが奥ゆきはかなりあることが分かった。

 

「やぁ、西住ちゃん。ひさしぶり」

と奥から声がした。姿は見えないが、この声には聞き覚えがある。角谷杏だ。

 

みほはそのまま倉庫の中へと歩を進める。

その瞬間に、ばっと明かりがついた。彼女はまぶしさに目を覆った。

 

「知ってるよ、西住ちゃんのこと。話してくれた以上にね」

みほはまだ光に慣れないうちに、会長はまた不穏な事を言った。

みほはその言葉に疑問符を浮かべながら恐る恐る目を開け、ライトに照らされる倉庫の奥を眺めた。

 

そこには戦車があった。

 

みほはそれを見て絶句した。

何故戦車が?何故私の前に?

頭の中でぐるぐるといろいろな思惑が回りだして、脳を揺らした。

 

角谷はそれを見て言う。

「あたしらさ、戦わなければならないんだってさ。この戦車に乗って。でもさ、経験者がいなけりゃできないよね。そんなところにやって来たのが、西住ちゃんだった」

 

みほは身震いした。戦車という鋼鉄の殺人機械が恐ろしく大きく見えた。

耳に残る砲塔の回転音。頭を揺らす無限軌道。神経をすり減らす至近弾の音。

それら封印していた記憶が一気にフラッシュバックした。

 

みほは怯えながら角谷に言う。

「な、なんで戦車に乗らなきゃいけないんですか・・?」

 

「それは西住ちゃんが戦車道をしていたから」

 

「それが嫌で逃げ出してきたのに・・・」

 

「・・・・」

角谷はそれに押し黙った。

返す言葉が無いのか、あるいは意図的に黙っているのか。

 

しばらくするとそれを見かねた将校が話し始めた。

「君たち日系移民は未だに国内で差別にさらされている。加えて、合衆国への忠誠心を疑問視する声も根強い」

 

「で、でもみんな合衆国の正式な手続きで市民権を得た人たちなんじゃ・・・」

 

「そうだな。だが、君はどうだニシズミ。君は日本人であるだけでなく、敵対国であるドイツにも渡っていたと言う。あまつさえ、向こうで君は新兵に対して戦車教育を施していたとか」

 

みほは押し黙った。そしてどくんどくんと心臓が鳴るのを感じた。

何故ならそれらが事実だから。

 

士官は続ける。

「お前は、ドイツの装甲士官だったんだろう?調べは着いている。なんで嘘なんかついた?」

 

「そっそれは・・・」

 

「話は、カドタニから聞かせてもらったよ。まぁなんだ。もし、合衆国に滞在することを望むなら

戦車に乗るほかはないぞという話だ」士官は頭を掻いてそう言った。

 

みほは逸る息を抑えながらまず周りを見渡した。

ちらりと後ろに視線を向けるとそこには、スプリングフィールドM1903を携えた憲兵が

こちらを睨んでいた。

つまりこれは選択の余地などない、という事だ。

 

しかしみほの心はすでに決まっていた。

 

二度と戦車なんか乗るもんか。

みほは鉄と血にまみれた記憶を辿って、それが繰り返されることを恐れたのだ。

だったら、もう私がこの場で殺される方が良いのかもしれない。とまで彼女は考えた。

 

「わ、私はもう、戦車には二度と乗りません・・・乗りたくありません・・!」

みほは誰にも聞こえないような小声で言った。

幸いにもそれは周りの誰にも聞こえなかったようである。

ただ一人、角谷を除いては。

 

彼女はみほの近くまで歩み寄ると、あたりを憚る様に耳打ちした。

「西住ちゃんさぁ、ここで承諾してくれないと困るんだよねー」

 

「・・・角谷さん、私の過去についてあの人たちに伝えましたね」

 

「端的に言うとさ、この強制収容所の人たちがどうなるかは私たちに掛かってんだよ。

西住ちゃんもドイツの人間なら、強制収容所の人間がどうなるかぐらい知っているよね?」

 

みほはその文言にただ閉口した。

この人は、私が自分の命に興味がないと見抜くと今度は周りの人間を盾にする気なんだ、と。

 

みほはそれまでの怯えた表情から打って変わって

角谷に向けて鋭い視線を向けた。

「・・・・あなたは卑怯者です」

 

「・・・いいね、その表情だよ。西住ちゃん」

角谷はそれに対してやはり飄々とした態度で答えた。

 

みほはそう言われては、もはや選択肢などなかった。

後ろの憲兵の銃口が、私ではなく収容所の人間に向いているというのなら。

出来たばかりの友人たちを失うというのなら。

 

つくづく、気味の悪いお人だ。

 

角谷が彼女から離れる。

 

みほはしばらく沈黙した。夜明け前の基地に、一点だけ輝く倉庫の光が彼女を照らす。

憲兵はぞの背中をじっと見つめている。

 

そして彼女は、ひと段落開けていよいよ覚悟の決まった顔で言った。

「戦車、乗ります」

 

その発言に、角谷はにんまりと笑って将校に目配せした。

 

戦車はどうやら、私を離してくれないらしい。

戦車道の家の呪縛からは逃れられないのだろう。

みほはもはや平穏な人生を諦めた。

 

ーーー

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