死兵機械 《栄誉ある兵士》   作:kisuzu

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マルフーシャ起床

ーーーーー

 

 

3

 

 

「起きて、お姉ちゃん」

 

「ん…んん゙」

 

視界が揺れている。今日は定休日だったはず…なぜ

 

「外に、こわい人たちが来てて、軍隊のひどって」

 

「え…」

 

軍? なんで? 何かしたっけ…?

パンの小麦粉の割合を水増してること?でもそんなのみんなやってるし…

そこまで考えて一番最悪なパターンが頭をよぎる。

 

――スパイ容疑

 

最近は、あるないか定かではない報奨目当てに適当な通報をする輩も多い。もしかしてその手のやつにあたってしまったのだろうか。混乱する脳を収めつつ、玄関へと向かう。

 

「陸軍だ、ドアを開けてくれ」

 

言われたとおりに内鍵を外し、開くと。

水を得た魚のように、ぞろぞろと屈強な男ちたちが戸口に流れ込んできた。

 

 

「君がマルフーシャだね」

 

問いかけを遮るかたちで発された確認は、ほとんど場を支配するためのもので、同意は求められていないということが、マルフーシャにも分かった。

 

「…」

 

「おめでとう、11月度勤労抽選により、君は軍の特別な部署に配属されることがこの度決定した」

 

「ついては、これが命令および人事書類だ、詳細はその中に、2ヶ月の訓練期間を経て正式配属となる運びだ。さぁ、トラックに乗ってくれたまえ」

 

満足行く説明もなしに、説明といえないものを聞いたあと、訪れたのは理解ではなく、困惑だった。

 

「え、と」

 

「連れて行け」

 

自分より背の高い男に左右を挟まれては、どうすることもできず大人しくする他ない。

 

「お姉ちゃん?」

 

救いを求めるような、か細い声が聞こえた。

 

マルフーシャは無言で義妹の頭をなでた。

 

脇を挟み込むようにして連れられた先、トラックの荷台前には同じようにして、若い女達が連れ立っていた。これじゃあまるで誘拐みたいだと思ったところで、その皮肉が事実とさほど変わりないことに気づき、頬が引き攣る。

 

「乗れ」

 

見慣れた町並みが遠ざかっていくのを、皆が見つめていた。見えなくなってもずっと。

 

ーーーーーー

 

4

 

トラックに揺られたせいか、嫌と言うほどでもないが、どうでもいい夢を見てしまった。寝る前よりもかえって体力を消耗した気さえする。

 

「!」

 

夜の交代時間が近かった。マルフ―シャは軋むベッドから飛び起き、大急ぎで支度を整える。

 

扉を音を立てて開き、門へと走る。しかし、そのまま門まで走り抜けることはできない。それはもちろん、全然、全くもってマルフ―シャが意気地なしの根性なしのゴミで屑で体力なしなしの栄養不足の茄子女ということではない。

 

 

それはもっと切実で、軍事施設であれば必然の理由であった。

 

まず、基地の門を出る際には、マルフ―シャがトラックに乗って通ってきたように検問所が設置されており、ここでの検査は厳格に行われる。検問所は、大体同一の形式で、高く頑丈な屋根付きのゲートで覆われており、その構造は強固な金属フレームと厚い防弾ガラスで構成されているのが常だ。

 

今、マルフ―シャの前に立ちふさがっている“それ”も同じだ。

 

一つ今朝と違う点を挙げるとすると、夜間でも日中同様の視認性を確保するため、天井に設置された明るい蛍光灯が辺りを照らしていることくらいだ。

 

検問所には複数のレーンがあり、それぞれが出入りする車両や歩行者用に分けられている。

マルフ―シャはトラックに乗っていないので歩兵用のレーンへと向かった。

 

 

 

検問所の兵士たちは、全身を迷彩服に包み、重装備を身に着けたまま、検問所での職務に就いている。彼らは検問所の入口に立ち、丁寧に身分証明書をチェックし、必要に応じて車両の中も詳細に検査する。

 

彼らは無線機を用いて他の警備と連携を取りながら、手慣れた動きでマルフ―シャを迎えた。

 

「そこで止まれ。手帳をこちらに寄越せ」

 

その守衛―-マルフーシャに話しかけて男が着込んだ迷彩服は周囲の自然と見事に溶け込んでいたが、身に纏うただならぬ重圧と疲労に満ちた雰囲気が、見るに者に強烈な印象を与える。

 

かくいうマルフーシャも気圧されてしまっていた。

 

「どうぞ」

 

言われるがままに、懐の軍隊手帳を手渡すと。、男はそれを開いて、身分を確認している。

その間に横目で、ほかのレーンを盗み見てみる。

 

左右の歩哨たちの腰には自動小銃が横たわり、その銃口は何かあればすぐ"応じる"用意が整っている。視線は鉄のように硬く、少しでも安全を脅かす可能性があるものには一切の容赦を示さないだろう。

 

次に、目の前の守衛から手帳との齟齬がないかどうか確かめるために、お決まりの質問が飛ぶ。

 

「所属と姓名を答えろ」

 

詰問する男のマルフ―シャへの視線は仲間に向ける類のモノではなかった。

 

「第3門兵隊、マルフーシャ伍長です。」

 

「任務コードは?」

 

応えるや否や、矢継ぎ早に次の質問が飛んできた。

 

「3437598」

 

割り当てられている数列を頭に叩き込んだまま唱えると。守衛はろくに頷きもせず、口を開いた。

 

「伍長、遅刻だぞ。“機械門”警備の交代だったな、お前の相方はもう"向こう側”にいる」

 

"相方”という単語にマルフ―シャは疑問に思ったが、面倒を起こしたくなかったので、相手に合わせることにした。

 

「すみません…」

 

走って体力が消耗していたのもあって、形だけの謝罪だったが、相手はそれで納得したようでマルフ―シャに手帳を返した。

 

「よし、通行を許可する。」

 

男は門の方に向かって歩き出そうと、マルフ―シャに背を向けた。少女はその後をついていくようにして少し迷いつつも歩を進める。そうして、門の目前まで付くとその全容がくっきりと見えた。

 

 

――基地の入口を護る超巨大な機械門は、堅牢な門は高さが数十メートルにも達し、厚い鋼鉄で作られた巨大な扉が二枚、中央で合わさる構造になっている。その表面は何層にも重なった金属板で覆われており、それぞれの板は厚く、重厚感がありながらも精巧な歯車と連結されている。これらの金属板は、砲弾や爆風から基地を守るために特別に設計されており、その耐久性は計り知れない。

 

「門を開放!」

 

守衛が叫ぶと、門の数千万の機械装置が完全に同期して動作し、門の重量を支えながら滑らかに開放していく。

数十台の油圧シリンダーと強力な電動モーターがその動作を支える。その音は低く、重い響きを持ち、音だけで周囲に圧倒的な質量と力を感じさせた。

 

「前方警戒!」

 

マルフ―シャに話しかけた男、恐らく小隊長だったのだろう。が叫んだ。それに合わせて守衛隊員たちが膝立ちとなり、外へ向けて銃口を走らせる。門を開けている間の敵襲に対する備えだ。

 

「行け、伍長」

 

マルフ―シャは、ようやくその声で我に返り、自分の手に握りこんだ拳銃を見つめた。周りの隊員が抱えた自動小銃が羨ましい。私じゃなくて、あの人たちが門を守ればいいのにと不満に思うが、ここで立ち止まっているわけにもいかない。

 

周囲では、守衛たちが隅々まで警戒を怠らず、その銃口はあらゆる動きを鋭敏に捉えている。そんな中。小隊長が少女の背中に声を投げかけた。

 

「幸運を祈る」

 

「はい」

 

それに応えて、彼女は外に踏み出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

5

 

背後で門が閉じた。

 

シリンダーの動きで金属が擦れる音や油の流れる音が複雑に絡み合って、マルフーシャは大規模な工場の稼働音を聞いている錯覚に陥る。

 

顔を見上げると、完全にその口を閉ざした門がよく見えた。

 

門両脇には巨大な支柱が立っており、その形状は工業的な合理性を持ちつつも、城壁の塔かと思うほど高い。支柱上部には警備用の監視カメラや照明装置が取り付けられており、基地外のすべてを見渡すことができる。

 

今も監視員は今も多数のモニターを見ながら、その目は不眠不休で周囲を警戒しているのだろう。基地の出入口――もちろん外の戦闘からさっき通った検問所も含めてのあらゆる動きを厳しく監視可能だ。

 

 

少女は自分の眼球が取り入れるままに、目の前に広がる光景を受け入れた。

 

――草原

 

目の前に広がる草原は、かつての平和な姿を失い、戦火の跡が生々しく残っている。草は踏み荒らされ、ところどころに黒く焦げた跡が点在している。風に揺れる草の音も、かつての優雅な調べではなく、痛ましい叫びのように聞こえる。野の花はもう見当たらず、代わりに無数の弾痕が地面に刻まれている。

 

空気は重く、金属臭が鼻をつく。遠くからは時折、爆発音が響き渡り、戦闘の余韻が残っている。自然の偉大さは今や破壊の象徴となり、人間の愚かさを強く感じさせる。全てが一つに繋がっている感覚も失われ、この草原は今や、ただ悲しみと絶望に包まれているだけである。

 

 

そこに先客を見つける。くすぶった金髪。サイドに分けられたツインテール。一瞬、監査官かと身構えるも、よく観察すると将校の制服ではないことに気がつく。

 

少女が振り返った。

 

「あ、あんた」

 

先に見つけたのは、マルフーシャだったが声をかけてくるのは向こうのほうが早かった。

 

「えっと」

 

マルフーシャはというと、監査官の髪のほうが艶があるなぁとか、凛としていたなぁ、とか何気に失礼なことを考えていた。

 

なんとなく、見覚えがあるような気がするのだが、監査官にどことなく似ている気がする…からだろうか?

 

「同じトラックに乗ってたじゃない!助けてやったでしょ」

 

そんな事を考えていたのが悪かったのか、それとも失礼さがその表情ににじみ出ていたか、どちらかだったのだろう。少女は肩を揺らして怒りだした。

 

「あ、はい」

 

スン…そうとしか形容できない変わり身の速さ。これこそが即席訓練校(廃墟)で身につけた技術の一つ、〖まず納得、全てに納得〗だ。

 

「なんか、反応薄いわね…」

 

あまり効果はない。

面倒くさい。そう思ったマルフーシャだったが、それを表情に出す愚は犯さない。

 

「今面倒臭いとか思わなかった?」

 

それを表情に出す愚は犯さない。

 

「無視しないでくれる?」

 

不服そうな顔をして抗議の声をあげるベルカ。

もちろんマルフーシャは聞き流した。

 

「マルフーシャです」

 

マルフーシャは自己紹介をした。なぜなら自己紹介は大事だからだ。

 

「無視すんな…はぁ…サブマシンガン兵のベルカよ」

 

礼儀正しいというかなんというか、名乗られた以上は名乗り返す主義なのだろうか。こんなやつにも礼節とは涙を禁じ得ない。

 

「それと、武装はPQ28」

 

ベルカはスリングで肩に吊られた手に持ったサブマシンガンを持ち上げ、強調する。

 

「あなた、武器は?」

 

ベルカは一見、丸腰に見えるマルフーシャを見て、怪訝そうに問いかける。

 

「あ、私はこれです」

 

そう言ってマルフーシャが差し出したのは、もちろん小さな銃――我らが国民拳銃だった。

 

「はぁ!? ふざけてんの!? これ国民拳銃じゃない」

 

国民皆兵制であるカゾルミアでは、成人以上の男女には国民拳銃が教習後、授与される。ちなみに教習はほぼ強制で受けるのだが、有料である。

 

通称、成人税という全国民から嫌われている政策の一つだが、まともに武装の支給もされない徴兵の衛兵であるマルフーシャにとっては昔取った杵柄というか、こと射撃に関しては過去に最高評価を叩き出したこともあるくらいだ。これがないと新生活早々詰みであった。

 

 

「いや。これしかなくて…」

 

「武器庫は? 監査官には何も言われなかったわけ?」

 

「特には…」

 

「信じられない…どうするのよこれ」

 

「在庫がないから現地で受け取れって言われて、そのまま」

 

「在庫が…そう、やっぱり後方の物資も不足気味なの…道理で最近やたらとアイツが額を上げてくるわけね…」

 

「? アイツ?」

 

「いや、なんでもないわ」

 

ちなみに物資不足は深刻化の一途を辿り、最近にいたっては、正式採用自動小銃は二人一組にして一丁支給されるという意味不明な事態を迎えつつある。

 

そのうち三人に一つの小銃になる、家族小銃計画でも出るかもしれない。マジで。

がんばれマルフ―シャ、マガジンと本体とストックを切り離して戦う日は近いぞ。

 

ーーーーーーー

 

6

 

 

「そろそろ…か」

 

マルフーシャは腕時計を見てつぶやいた。これはスネジンカの祖父が使ってたものだという。時計にあまり興味がないスネジンカは、マルフーシャの仕事ぶり――non stop work for 72 hour――を見て、8時までには返ってくることを義務付け、これをプレゼントした。

 

妹に門限を定められるという、あまりない事態だが、以来マルフーシャは時計を肌身放さずつけている。

 

「油断しちゃダメよ、警備交代までまだ5分あるわ」

 

咎めるようにベルカが言った。しかしそれは言葉だけの注意だった。なぜなら彼女もまた自身の腕時計の長針を眺めながらの発言だったからだ。

 

未明、未だ星空がくっきりと見えるころ、少女たちは気を緩ませていた。

 

――その時

 

突然、夜の帳を裂くような銃声が響き渡り、ベルカとマルフーシャは即座に戦闘態勢に入った。反射的に身を低くし、銃を構える。地面を這うようにして前進し、周囲を警戒しながら敵の位置を確認する。

 

「左、撃て!」

 

マルフーシャの短い声が野原に響く。ベルカと協調して動き、二人は敵の銃撃を交わしながら、身軽であることを利用し、圧倒的な速さでそれぞれ手近にあった岩陰に反撃の位置を取る。大した距離を動いた訳では無いにも関わらず、マルフーシャの呼吸は荒く、心臓の鼓動が耳鳴りのように感じられるが、焦点は明確だ。

 

敵の影が暗闇に紛れて見え隠れする。照門と照星が重なった瞬間、マルフーシャは狙いをピタリと引きつけ、トリガーを引く。一発、また一発と精確な射撃が続く。

拳銃から放たれる貫通力の低い弾丸が夜を切り裂き、機兵の駆動系を確実に仕留める。

 

そして爆散、戦場は煙と土煙で覆われ、視界はますます悪化していく。

 

ダララララ!!

 

ベルカのサブマシンガンが火を吹いた。

 

「今よ!」

 

ベルカの声に呼応して、マルフーシャは岩陰を乗り越え、敵陣に向かって全速力で駆け抜ける。敵の弾丸が耳元を掠めるが、止まることなく前進を続ける。

 

突然、前方から迫る大きな爆発音。マルフーシャは地面に身を投げ出し、爆風をかわす。土と煙が舞い上がり、一時的に視界が遮られる。自身の指先が見えるさ見えないかの視界不良の中、しかし彼女は直ぐに立ち上がり、すぐ上を通過した空中機兵の豆ひとつ分の穴を通し、搭載していた砲弾に垂直角度で着弾、そのまま破裂四散した。

 

 

そして、再び敵への猛攻を開始する。動きは止まらず、戦場を駆け巡りながら、敵の流れが完全に途絶えるまで、マルフーシャとベルカは次々と敵を制圧していった。

 

 

それを監視カメラで見ていた警備小隊長は後にこう語る。「取り敢えず自分の幸運はアイツらには祈らなくていいや」と――

 

ーーーーー

 

7

 

 

襲撃を受けた後、門の中に戻り。それぞれの兵舎に向かっていた。通路は広く。二人が横並びになっても十分スペースが余っている。

 

負傷した人間が何人も通ったのか、わずかに消毒液の香りがした。なんとなくだが、マルフーシャはこの匂いが嫌いではない。なんというか安心するのだ。カゾルミアでは、5等国民以上は医療手当が国から出るため、まぁいいかと働きすぎて熱を出すことも珍しくなかったマルフーシャは、よく病院に行った。

 

医者にはまたかと言われたし、スネジンカにはよく心配させてしまったが、せっかく保険が効くのだから、使ったほうが得だ。

 

働き方としてもそっちのほうが効率がいいのと、本人には言っていないが、妹の学費のためという面もあった。

 

思わぬところで懐かしい思い出に浸ってしまい、ボケっとしているマルフーシャにベルカが横から声をかける。

 

「貴方もこの兵舎なの?」

 

「そうだよ、ベルカも一緒だったんだ」

 

マルフーシャは思い出の波にさらわれず、驚いた様子もなく返答する。

 

「ならこれからも頻繁に顔を合わせるね」

 

そういって歩くこと数分。部屋にたどり着いた。二人とも。

 

「「……」」

 

 

「えっ、同じ部屋なの?」

 

ベルカは驚いたような声を上げた。しかしよく考えてみると当たり前で、どうやら門の警備バディは固定なのだろう。だから部屋も一緒というわけだ

 

「そう…みたいだね」

 

なるほど“相方”とは確かにそうらしい。そんなことを考えながらマルフ―シャは同意を返すのだった。

 

ーーーーーーー

 

同室だと判明して数十分後、二人は部屋で各々のやりたいことをして過ごしていた。といってもマルフーシャは妹に――義妹だが、生まれたときから一緒である。

 

妹に電話を掛けるか掛けまいかでうだうだと悩み、結局今日はしないことにした。その後は壁を見ながら手元を一切見ずに拳銃の高速整備をしつづけている。すごい。

 

ベルカに至っては、洗濯物を畳み続けており、手早く畳んでは丁寧にアイロン掛けをこなしている。

 

というかそれはマルフーシャのパンツでは?

 

「…」

 

マルフーシャが指摘するか、怖いから黙っているか迷っているとベルカの方から話を振られた。

 

「そういえば、今日中にヴァレリーのとこに行きなさいよ。そうしないと明日までそれで戦う羽目になるわよ。大量の敵が来たらどう捌くつもり?」

 

ベルカは若干の呆れと疲れを感じさせる音色で訪ねた。無論素手で戦うという返答を求めているわけではない。

 

「ヴァレリー?」

 

「武器庫の装備曹長よ、古参だからって一人であそこの管理任せられてるの、あいつ」

 

「へぇ…」

 

冷蔵庫から取り出した、人生で始めた見た色の飲み物を飲みつつ、マルフーシャは相槌を打った。

 

 

 

その後ベルカからもらったアドバイスは主に三つ。一つ、堂々とすること、二つ、相手の皮肉には動じないこと。三つ、賄賂はさりげなく渡すこと。

 

「え、賄賂?」

 

「そうよ。アイツ最近調子に乗ってるから多く取られるかも」

 

「国の備品だよね? なんでそんなことができるの?」

 

「あいつここで働いて長いから、うまくやるのがやたらと上手いみたい」

 

あまり答えになっていないが、要するにベルカもよくわからないんだなと納得することにした。

 

この時、そうなんだとしかマルフ―シャは思っていなかった。すぐにその恐ろしさを体験することになるとも知らずに…

 

ーーーーーーーーー

 

8

 

 

 

内部に入ると、重い扉の軋む音が響いた。床には油と土の混じった跡が所々に付着し、所々に軍のブーツの泥跡が残されている。空気は鉛のように重く、金属の匂いと湿ったコンクリートの臭いが混ざり合い、息をするたびにその生々しさが鼻腔を刺激する。

 

「すみません」

 

棚が樹林のように乱立して視界の悪い中、人の気配を求めて声を上げたが返事はない。

 

足元に広がる薄汚れた床。油の染みが散乱し、踏むたびに靴底についた砂利が擦れる音がするそれを歩く。

 

 

近くの棚は乱雑に並んでおり、そこに置かれた銃器や装備品もまた、手入れが不十分で埃まみれだ。薄汚い裸電球が吊り下げられ、暗い照明が薄ぼんやりと輪郭を写す。

 

――誰もいないのかな?

 

ドアから真っ直ぐの位置にある、目の前の鉄格子のついたカウンターにも人影はない。

 

奥へ奥へと歩いていく、すると光が洩れ出た部屋を見つけた。近づいていくと、カチャカチャという物音が聞こえてきた。ドアは半開き、というかほぼ全開になっていた。

 

そのおかげで、部屋の中身は容易に眺めることができた。

 

木製の机はすでに色褪せ、上に積まれた書類は黄ばんでいる。壁の掲示板には色あせた指示書や通達がピンで留められており、その一部は床に落ちて踏み潰されていた。

 

そこに、恐らく目的の人物がいた。

 

なにやら机の上で小難しい部品と格闘を繰り広げている。

 

マルフーシャは奥の人影へと話しかけるため、一歩踏み込む。

 

するとすぐに硝煙とはまた種類を異にする煙の香りが整備油と混じって鼻を突いた。

眉をしかめそうになるのを抑えつつ自身の来訪を管理者らしき男に伝えようとマルフ―シャは声を上げる。

 

「あの…」

 

しかしそれは、蚊の鳴くような呼びかけだった。恐らく男は聞こえていないのだろう。部品と格闘を続け、あ、壊した。

 

男はイラついた様子でしゃがみ込んだ。

 

タバコを吸うのだろう、室内にはたばこの煙が常に漂い、すべてに薄汚れた灰色の膜を纏わせている。机の上には、不要になった古い武器部品が積み上げられ、壁に開いた小さな穴からはネズミがちらりとこちらを伺っている。

 

「あ、かわいい…」

 

マルフ―シャは小さい動物は大体好きである、衛生上の観点を考えて触ったりはしないが。

 

「ああ?」

 

その声を拾ったのだろう男が、柄の悪そうな声を上げて振り返った。

 

「あっ、いやその…」

 

口に出すつもりはなかったので、初対面の、しかも曹長相手だったこともあって冷や汗をかく。

 

「武器の申請をしにきたのですが」

 

「ああー…こっちだ」

 

中年の男は、名残惜しそうに先程までの試合相手を眺めてから外に出てきた。そしてそのままマルフーシャが来た道を戻っていく。

 

「はい」

 

マルフーシャもそれについていく。男は角にある一室、最初の鉄格子のある受付の部屋に入っていった。

 

なんだかそのまま入るのは躊躇われて、最初と同じようにして、マルフーシャはドアから覗き込んでに部屋を見た。

 

奥には、雑然とした事務机があり、比較的新しい書類や汚れたマグカップが放置されている。古びた机の上には壁には規則や指示が雑多に貼られているが、その多くは破れたり、古びたりして判読できる部分のほうが少ない。机の隅に、ボロボロで、座面の布が破れ、泡が見えている古い椅子が置かれ、その隣には使い古されたファンヒーターが見える。

 

 

 

薄い枠のついた木板の掲示板があるにもかかわらず、規則や走り書きのメモが壁に直接貼り付けられていることから家主の適当な性格がうかがえるというものだ。

 

 

机に置いてある三角柱の鉄板にはヴァレリーと彫られてあることからヴァレリー装備曹長で間違いないようだ。

 

男、ヴァレリーはその傍にある古い椅子にどっかりと腰かけ、開けっ放しの引き出しから、新しい書類を引っ張り出してから机の上に置いて、マルフ―シャを見た。

 

「この書類に所属と姓名を」

 

つまらなそうな声色で囁やきながらも、身の丈に合わぬ高い万年筆を差し出して、ヴァレリーは薄く唇を歪める。

 

――まるで、獲物を狩る狩人のように

 

ーーーーーーーーーーー

 

9

 

 

 

「あんまりだ…」

 

マルフ―シャは嘆いた。

 

初日の給料がまるまるスッカラカンとなったことと引き換えに、型落ち小銃を手に入れた。順調ではない滑り出しを、財布丸ごと切り出したマルフ―シャは宿舎に戻り、ヴァレリーについてベルカに愚痴っていた。

 

「そうよね」

 

うんうんと頷きながら、親身に話を聞いてくれるベルカ。なんて優しいんだ。さっきはごめんとマルフーシャは思った。

 

改めて、彼女らが今いる部屋の内装を、もう少し詳細に言うとするならば、

 

壁は年季を感じさせるほど汚れており、部屋の隅には冷蔵庫がぽつんと置かれている。その表面には無数の傷が刻まれ、何年もの間、無造作に使用され続けた痕跡が残っている。その傷をつけた者たちの記録は軍とその傷以外どこにも残らなかったのだろう。

 

部屋の中央には、ひときわ目立つ古いスピーカーがあり、それに隣接する形で陳腐化したテレビが鎮座している。画面はほとんど色が褪せ、映像はずっとぼやけている。

 

二段ベッドが部屋の一角を占めており、マルフ―シャはそこに腰かけているのだが、ベッドはギシギシと音を立て、正直言って骨組みはいつ崩れ落ちてもおかしくないほど朽ちている。

 

二人はともに青いプレートを膝に抱え、プラスチックのスプーンで“食事”を拾い上げ、口に運ぶ。

 

“食事”は壁に埋め込まれた供給機械から出てくる。この機械は毎食ごとに定量日替わり(日替わりではない)の食料を提供し、その内容は単調で味気ないものばかり。しかし、兵士たちはそれをありがたく食べるしかなく…

 

――何も考えなければ、おいしいかも

 

頭空っぽにしていれぼ食い終わる。というのがカゾルミア陸軍の共通見解であった。マルフーシャは1日目にして早くもその結論にたどり着いた。全くもって無駄な軍人適性の高い女である。

 

一応、機械にはいくつかのボタンがあり、それぞれが異なる種類の食事を示しているのだが、選択肢の多くは形式的なもので、実際に出てくる食べ物には大差がない。クソが。

 

食事は一日一回で、定時に機械がひとりずつの分量を精密に計算して出す。出される食べ物は、ひどいときは緑色がかった粥のようなもので、熱量と栄養を計算され尽くした結果の産物である。勘弁してくれとマルフ―シャは思う。

 

本日、プレートに乗るのは緑色ではないものの、灰色で産業廃棄物もかくやの何かであった。

 

もはや、食物というよりはむしろ機能的な燃料と言った方が適切かもしれない。

 

それはほとんど温かみがなく、半個体のような見た目で舌触りも期待を裏切らない。味も塩味が強く、他には特に何の味もせず、代わりとばかりに栄養を効率良く摂取するための化学処理…抽出と精製と加工を繰り返したサプリメントが含まれている。中身はビタミンとミネラル…のはずだが飲んだ瞬間やたらスッキリするし。疲れも取れる。

 

ビタミンってすごいな!

 

そんな飯でも今や飢餓で飢え死にする地方人のことを思えば、貴重なたんぱく源だ。あまり長時間舌の上に滞在させたくない“食事”をかっこみながら、愚痴を吐き終えると、マルフ―シャはなんとなく話し始めた。

 

「私、妹がいるんだ」

 

ぽつりと呟くような、ともすれば独り言かと思うそれは、しかし同居人の耳にはしっかりと届いたようだった。

 

「そうなの、私もよ」

 

ベルカは特別強い関心を示すわけでもなく、軽く返答を返した。

 

「そうだったんだ、納得」

 

「納得?」

 

「なんかお姉ちゃんっぽいし」

 

「なによそれ…」

 

声のトーンが落ちたのをマルフーシャは感じた。起こっているというよりかは、少し悲しみを含んだ音色に聞こえた。

 

「?…どうかした?」

 

「別に、昔同じことを言われたことがあってそれを思い出しただけよ」

 

「ごめん、嫌なこと思い出させちゃった?」

 

「別に…」

 

そうして何も言わず、じっとマルフ―シャが無言で彼女を見つめていると、その視線に、あるいは沈黙に耐えかねたのか、ベルカはゆっくり絞り出すように声を出した。

 

「ただのつまらない話よ」

 

そうして彼女は語り始めた

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

べルカの生まれは、なんてことない田舎の町で、中央政府の5年前の政策が最近になって追いつき、街の半分だけが近代化したという、カゾルミアの典型的な工場都市ほど工場まみれというわけでもないが、完全に田舎と言うには煤に塗れすぎた、少し変わった町。

 

古びた鉄の錆とともに、冷たい石造りの壁が立ち並ぶ街並みを持つ特別指定工業地帯だった。その都市の心臓部には、全てを見下ろす巨大な監視塔が建てられており、その下で市民たちは息を潜めて生活していた。

 

 

唯一の遊び場だった広場は…広場に限らず全ては常に軍隊によって監視され、市民たちは恐怖と共に頭を下げ静かな足取りで歩みを進めていく。

 

 

そこにはきっと1等国民の豪華な屋敷が林立しているのだとタバコ屋のおじいさんが言っていた。

 

 

そこは家々からは、宴の音楽や笑い声が漏れ聞こえる素晴らしい場所なんだと。

 

その一方で、下級国民ーー特に9等国民は工場や鉱山で骨身を削るような労働に明け暮れている。彼らの表情からは、長い時間と共に蓄積された疲労と絶望が窺える。

市民の生活は国家によって全てが決定され、個人の自由や権利はほとんど認められていない。一等国民は国家の高官や重要な科学者であり、豪華な住居と特権を享受している。対照的に、9国民はほぼ奴隷と同等に扱われ、過酷な労働と貧しい生活条件に苦しむ。

 

俺達8等国民も他人事じゃないねと。続けざまに自分たちの境遇を卑下し。

 

 

監視の目は厳しく、市民の一挙手一投足を見逃さない。公園の一角で老人たちが寂しげに過去を語り合う姿も、恋人たちが愛し合うその瞬間も、監視の網の外にはない。

 

コレはおかしい!

 

道行く軍人たちにそう叫ぶと、腹を蹴られ、骨が折れた。相手は子供だというの容赦がない。

 

8等国民であるために。病院に行くこともできないベルカを救ったのは通りすがりの女性だった。

 

彼女は看護師だった。

 

ベルカに優しく手当を施し、優しく現実を諭した。

思ったことを表に出さないように気をつけなさい。

 

”そんなの無理だよ"とベルカが言うと、

 

"なら、ひとまず思っていることと反対のことを言うことから始めてみたらどう?"と言われた。

 

その時の憧れと、少しでも、人の助けになりたい気持ちで、ベルカは看護師になった。地元にも病院はあったが、ベルカの性格が災いして誰もベルカを雇ってくれるところがなくなったとき、都市に出稼ぎに行こうと思った。土地代が高く、郊外のさらに隅にあるような場所に小さな小さな家に移り住んだ。

 

 

 

それは家と言うには少し小さすぎたかもしれない、脆すぎたかもしれない。雨が降れば雨宿りはするし、酷いときは天井だって崩れた。それでもベルカにとっては家だった。

 

ーーそこに家族がいたから。

 

当時からすでに貧困は加速しており、軍人以外の仕送りは中抜きされる恐れがあった。

 

だから弟も一緒に連れてきたのだ。

 

二人で住むことになった地方都市、ベルスタルは、灰色の空の下に広がる重厚な鋼鉄の都市である。都市の中心部には、巨大な溶鉄の炉が常に煙を吐き出しており、空は常に灰色の霞で覆われている。その周囲には無数の工場が林立し、機械の音とともに、24時間働く労働者たちの姿が見える。

 

都市の建築は、機能主義に基づいた設計で、どの建物も厚い鉄板で覆われ、窓は小さく、堅牢な印象を与える。通りに面した店舗の看板には、薄暗い電灯がぼんやりと光を放ち、昼夜を問わず人々が行き交う。

 

 

 

 

そんな息苦しい街から少し離れた郊外にある、時代に乗り遅れた木造建築物の寄り合った天幕のような薄さの家。そこにベルカの”家族"はいた。弟1人、それが世界のすべてであった。既に旅立った両親曰く血は繋がっていないらしかったが、この鉄と火に追いやられた境遇でそんなことに繊細に悩む暇もなく、姉弟は一緒にいた。

 

その日、ベルカは風邪をこじらせた弟のために、上司に頭を下げ、裏ルートで手に入っ解熱薬と風邪薬を、寝ずに働いてかき集めた金を払って譲ってもらい。薬瓶を持って帰るところだった。

 

「やっとね…」

 

疲れた、強い疲労感がベルカを支配していた。その証として瞼の隈をこすりながもそれも今日までだと思えば気にならない。それどころか辛さに勝る達成感を感じてすらいた。

 

帰り道には人の気配はなく、この世界に一人になったような孤独を感じた。早く帰って驚かせたい、安心させたい、安心したい。そんな思いを隠しながら、気を引き締めて、薬を奪われないように内ポケットに入れて固定し、周囲に細心の注意を払って歩く。

 

煙が、50メートル先の曲り角から流れ出ていた。まさか毒ガスか?と目鼻を安物のトレンチコートを纏った腕で覆い、目を凝らす。すると、なにやらオレンジ色の影が蠢くのが見て取れた。

 

嫌な予感がした。ベルカは内ポケットを抑えつつも、姿勢もめちゃくちゃなまま走り出す。周囲に気を配る余裕はもうなかった。

 

加速する視界は、風を切って、熱を持った黒霧へと突き進んでいく。涙ぐむ瞳は、黒煙と混じりあってすさまじく傷んだ。角を曲がっても減速を感じさせない速度で疾走し続け――

 

 

――そうしてたどり着いて

 

火の粉がちらちらと呑気に舞っていた。目の前の光景に思わず立ち尽くしてしまう。無力感からではない。

 

――綺麗だと思った。

 

思ってしまった。その可笑しさ不気味さに、自分に恐怖していた。目前に広がるは火の海、波打つそこに踏み込むこともできた。だが不思議とそうしようとは思わない。焦りは…ない。

 

何か解放感にも似たものを、抱いていた。

 

しかし見つけてしまう。黒く、浅く早く上下する何かを。それはとても痛そうに乾いて出ない涙が流れるのを必死に襲えようとしている。そんな風な焼死体ーーになる寸前の弟だった。

 

なぜわかったのかといえば特別なことは何もなく。その両足がなかったからだ。

 

その焼けてなお呼吸する様は、ひどく苦し気で、

--終わらせなければと思った。

 

絶対に、自分の僅かに躊躇や、いい加減な倫理でこれ以上の苦しみを味合わせたくない。後悔も、讒言も後でいくらでもする。だから今はこの子を安らかにして、これ以上苦しい声を上げてほしくない。

 

ベルカは国民拳銃を取り出し、絶対に外すことがないように狙いを定めた。頭蓋骨は堅く。至近距離では弾丸を弾きいて跳弾し、即死にならない可能性があった。銃口を眉間に定め両手で狙い、引き金をひいた。

 

パンッ!

 

――ごめんなさい

 

口に出たかどうかは定かではない。ただ強い疲労感だけがベルカに残った。

 

どれだけそこにいただろう、しばらくそこに立ち尽くしていた。不意にベルカの方に水が雨が降り始めた。

 

多分数十分ほどの出来事だった。それが、たったそれだけの時間でベルカのすべてを変えてしまった。

 

――誰かが火炎瓶を投げ込んだんだろうな。

 

豪雨が降り注いでも消えない炎を前にそう思った。火炎瓶にゲルを混ぜれば即席ナパームが容易に作成できる。誰かが意図的に家を燃やした証拠だった。

 

復讐しようとは思わなかった。誰がやったかわからないし、八等国民が死んだところで、それをまともに捜査する憲兵もいない。それに、例えどんな事情があろうと下級国民の意見が認められるわけもない。

 

やるだけ無駄だということがすっと頭に、心に入ってきて、受け入れるのは簡単だった。まるで雨が全てを洗い流し、飲み込んでしまったように。ベルカの心はフラットだった。

 

それが許せなくて、死ぬつもりで軍に志願した。だが、“弟”ができたから、生きようと――稼ごうとした。弟に食べさせたゆくためには一番年上のベルカがなんとか、かんとかしないといけないのだ。ただの志願兵ではなく将校になろう士官学校肉為に、推薦書を偽装して名前を偽った。

 

そうするしかなかった。一兵卒、運良く下士官になれたとしても前線は免れない。

 

 

 

 

 

ベルカはそこに志願して入った。

 

ベルスタルの軍事学校は、都市の北端に位置し、その周囲は高い壁で囲まれている。校舎は黒と灰色の大理石で造られ、その威圧感は一目で政府施設であることを物語っている。校内では学生たちが戦術理論や機械操作を学び、訓練場では次々と試作される新型機械兵器のテストが行われている。

 

あれらが、自分たちの税金から作り出され、実戦投入もされないこともよくあると思うと怒りを通り越して、気持ち悪くさえあった。

 

簡単なことではなかった。ただ看護師としての経験が命令に従うことと、命令する側の気持ちはよくわかったので中央の高官の子息たちよりかはうまくやっており成績は二位だった。専門科目では衛生兵科目を取ることで将校課程はすべてクリア、このままいずれ少尉となって管理職として金を稼ぐ。

 

とにかくその思いだけでやっていた。

 

ーーそれがいけなかったのだろう

 

箔をつけようと士官学校に入ってきた、周りからも疎まれていた2等国民

必死になって視野が狭くなっていた。そいつを模擬戦で叩きのめしてしまった。

 

そして除籍処分になった。

特に説明するべきことはない。なぜならベルカ自身特になんの説明もなく翌日には除籍が決定していたのだ。

 

他人に説明する訳など持つはずがない。それはもちろん"弟"にも。

 

そんな時、寮を出るため荷物整理をしていると、ベッドの隙間から新設部署の募集をみつけたのだ。

 

ベルカは黙って、その紙を握りしめた。

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9

 

 

「許せないの」

 

「そうなんだ」

 

マルフ―シャは、何というべきか迷う口に水を流し込んだ。そうしないと何か余計なことを口走りそうだった。その前にまずい薬で口に蓋をする。

 

機械からは食事と一緒に青と赤の錠剤も提供される。錠剤は、一日に必要なビタミンとミネラルを凝縮したもので、薬品的な味が強く、口に入れるとほろ苦さが広がる。青の錠剤はエネルギーを促進する成分を、赤の錠剤は免疫力を高める成分をそれぞれ含んでおり、兵士たちはこれを毎食後に摂取することが義務付けられている。

 

当然だが、供給機からは水も提供される。食事の際にも、僅かながら塩味が感じられるのはたぶん気のせいじゃない。だが、取り敢えず当分の間は気のせいだと信じることにする。水は一日の喉の渇きを癒すには十分だが、味わい深さはなく、あとなんか苦い。

 

 

 

食事を終えると二人は寝る用意に入った。といってもまだ眠るわけではない。あくまで各々やりたいことをわずかな時間でやる。就寝10分前。

 

ベルカは今日の下着、制服などを脱いで共用洗濯機にぶち込み、歯を磨きながら明日の用意をしている。一方マルフ―シャは今日手に入れたアサルトライフルーー失ったものも大きいが、を降ろし、その銃身を拭くためにクロスーー綿布を取り出した。訓練校ーーといってもほとんど廃墟だったが、同期がくれた思い出の品だった。マルフーシャはその布で銃身を丁寧に拭き、同時に過去の記憶と向き合う。

 

ライフルを抱え、その重さを感じながら、少しずつ銃を構えるポーズを取る。彼女の動きは慎重かつ確実で、それぞれの動作が長い時間をかけて磨かれた技術の証だった。彼女はライフルのスコープを覗き、壁に掛けられた的を見つめる。その瞬間、彼女の目と銃口は完璧に一直線上に並んだ。

 

「ねぇ…赤と青の薬ー――」

 

ベルカが何か言ったような気もしたが、マルフーシャの集中力はそれを完全に遮断していた。彼女は銃のトリガーに指をかけ、呼吸を整えた。そして、心の中で数えながら、空に向けてドライファイアを行う。

 

うん、いい感じだ、とマルフ―シャはここに来て初めて笑みを浮かべた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

溶鉄のマルフーシャを知っていますか?

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