死兵機械 《栄誉ある兵士》   作:kisuzu

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絶対にどこかおかしいはず。あと空白があるので後で直す(決意)


一匹狼(試)

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15

 

 

 

 

 

 

 

外は夕闇に包まれており、警備隊のサーチライトが周囲を照らしていた。その光は冷たく鋭く、どんな小さな動きも逃さない。基地内部だというのにこの警戒は厳しすぎるかもしれないが、ここは万が一門が突破された際には、第二防衛ライン後退までの前線基地になる。

 

 

なりより、ここは基地の中枢を担う建物、総司令官が居座る建物だ。

 

マルフ―シャは、自動開閉扉を潜り抜けて、小さなバスほどしかない受付広間に入った。

 

そして、手前にある三つのゲート、金属探知機を兼ねたそれに向かって歩き出す。

 

「IDを」

 

一人の兵士が低い声で命じた。声には温かみはなく、ただ任務を遂行するための事務的な響きがあった。

 

マルフーシャは黙って身分証を取り出し、その兵士に差し出した。兵士は無表情のまま身分証を確認し、端末にかざす。端末のスクリーンが青く光り、確認音が低く鳴ると、彼は無言で身分証を返した。その動作には一切の感情が見られなかった。

 

「通ってよし」

 

その言葉とともに、周りにいた兵士たちは道を開けた。彼らの冷たい視線は依然としてマルフ―シャを追い続け、その態度はまるで無機質な機械のようだった。

 

マルフーシャは大理石の廊下を一歩一歩進み、金属探知器を通り抜けた。司令部内には監視カメラが至る所に設置され、基地のすべてを監視している。

 

司令部の中に足を踏み入れると、マルフ―シャはその厳格な規律と冷たい現実に身を置くことを――実感できない、いつもこういう場にいると場違い感を覚える。

 

中尉が近づいてきた。彼の表情は冷たく、目は無表情だった。

 

「問題はないな?」

 

彼は短く尋ねた。会って早々、主語もなしの質問だったが、

 

「問題ありません」

 

とマルフーシャは答えた。彼は一瞬だけ彼女を見つめ、その後無言でうなずいた。

 

「こっちだ」

 

中尉はマルフ―シャを両側を階段に挟まれた大通路、その右奥の狭い一本道の通路に連れ込んだ。

 

しばらく歩くと、昇降機の立ち並ぶ部屋へとたどり着く。

 

木の柱と鉄の鎖で構成された昇降機、その重厚な木製の扉は、時間の経過と共に擦り切れ、取っ手の部分に は使い古された金属の光沢が鈍く光っている。昇降機の内部は狭く、壁には時代を感じさせる装飾的な鋳物の飾りが施されていた。

 

昇降機を動かすための鎖は、太くて錆びついており、その錆の匂いが強烈だ。 手動で操作するための大きなレバーが横に設置されており、それを引き下ろすと、歯車がガチガチと音を立てて動き出す。

 

目の前の重厚な鉄の扉がきしむような音を立てて動き出した。古びた歯車が回転し、金属同士が擦れる音が響く。扉がゆっくりと左右に開かれ、内部の暗がりが徐々に明らかになってゆく。木製の格子が引き裂かれるように開かれ、古い香木の香りが漂ってくる。

 

扉の向こうには、鋭い視線を持つ一人の女性士官が立っていた。彼女の制服はきちんと整えられ、肩に少尉の階級章が輝いている。

 

「ライカ少尉か」

 

ライカはまっすぐに立ち、中尉の存在を確認すると、すぐに昇降機から出て、横にずれて一瞬の躊躇もなく敬礼をした。

 

「中尉殿、お疲れさまです」

 

ライカの声は、静かながらも確かな意思を感じさせる響きであった。

 

その場の空気が一瞬で引き締まる。憲兵特有の堅苦しさだ。流石に軍属でもよほど階級差がない限りここまで敬礼はしない。なんせここは戦場で、あまり形式にっとらわれすぎても疲れるから、上官――特に司令部勤務の者――も、それを受け入れている節がある。

 

最もそういう風に緩んだ規律を守らせるのが憲兵隊の役割なわけだが、マルフ―シャみたいなのからしたら小うるさいだけである。一度、門兵部隊の兵士が武器庫にカビをはやしまくったときは、マルフ―シャが火炎放射器で全部燃やそうとして憲兵に拘束され、減給処分と営倉入りを食らわせられてから、すっかり憲兵のことが嫌いになってしまった。

 

後、なぜか大喜びで火炎放射を手伝った、ヴァレリーが怒こられているところは見たことがない。解せぬ。

 

閑話休題。

 

中尉は一歩前に進み、ライカ少尉に視線を向けた。

 

「ライカ少尉」

 

「はい!なんでしょう?」

 

中尉は一瞬の沈黙の後、冷静な表情で言った。

 

「俺の机を勝手に拭くのはやめろ。」

 

ライカ少尉の表情が一瞬にして固まった。

 

「え…?」

 

「それだけだ」

 

中尉はそれだけ言うと、背を向けた。

 

ライカ少尉は、思わず中尉の背中に向かって声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!それ、そんなに重要なことですか?」

 

中尉は振り返らずに言った。

 

「俺の机には、絶対に触るな。以上だ」

 

ライカ少尉は唖然としつつも、再び敬礼した。

 

「了解しました、中尉殿。でも、ただちょっと埃が気になっただけで…」

 

中尉は小さくため息をつきながら、一言だけ付け加えた。

 

「埃も含めて、俺の領域だ」

 

そして、カードーキーを操作盤にかざすと、格子が二重に伸びて、老朽化した昇降機は下降を始めた。

 

 

 

 

 

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暫し、無言のときが流れたあと、ガコンッ! と音を立てて再び昇降機が停止する。

もう少し丁寧に止まれないのかと思ったが、年季が入っているのだから仕方ない。一度納得すればなんてことはない。そういうものだと受け入れることができた。

 

 

開かれた扉の向こうには、暗い通路が広がっていた。薄明かりが昇降機の内部を照らし出し、細かな埃が舞い上がる。その瞬間、時間が静止したかのように感じられた。余談だがマルフ―シャは暗いところは好きじゃない。狭いのもあんまりだ。

 

 

「何してる?」

 

マルフ―シャが呆けていると、先に進んだ中尉が足音が続かない事を不審に思ったのか、訝し気に後ろを振り返った。

 

「す、すみません」

 

――こればかりは到底納得できない…なんで電気ついてないの?

 

中尉の背中についていくと、招き入れられたのは何の変哲もない執務室だ。

 

閉鎖的な部屋に入ると、ひんやりとした空気が肌に感じられ、湿気が混じった独特の匂いが鼻をつく。蛍光灯の青白い光が部屋全体を照らし出し、その冷たい光はどこか陰鬱な雰囲気を漂わせている。壁には基地の詳細な地図が掲げられ、その周りには情報が書き込まれたメモや写真がピンで留められている。そのボードにはマルフ―シャには何やら理解ができない線と記号であふれている。

 

中央には重厚な木製の机があり、無数の書類や報告書が整然と積まれている。長年の使用による風化が見て取れる机の上には古びたデスクランプがあり、その柔らかな光が積もった書類の山を際立たせている。机の端には通信機器が整然と並べられ、無線機や古いパソコンが置かれている。通信機器からは時折、ノイズ混じりの音が漏れ聞こえてくる。

 

背後には鉄製の書架があり、軍事関連の書籍やファイルがぎっしりと詰まっている。書架の上段には、いくつかのトロフィーや勲章が飾られており、中尉のこれまでの功績を物語っている。その下には個人的な写真が数枚飾られており、わずかに人間味を感じさせるが、それも経歴紹介以上の意味を持っているようには見えない。

 

こんな誰も来ない地下の執務室に、飾るほど自己顕示欲が強いのか。それともないからこんなところに押し込めているのかはマルフ―シャには分からなかった。

 

ちらり、と部屋の一角に目を向ける。小さなコーヒーメーカーとカップが置かれたテーブルがあり、戦時中でも一息つける場所が設けられているのは憲兵隊長の特権か、だが埃をかぶっているところを見るにあまり飲んでいない――いや、コーヒー豆自体が手に入らないからだろう。

 

 

ヴァレリーなら持っていそうなものだが。

 

今はただ失われた日常を象徴するかのように、佇んでいる。

 

マルフーシャは重い扉を開けて中に入ると、すぐに椅子へと腰かけた中尉の厳しい視線を感じた。彼女は徴兵されて以来、この息苦しい日常にうんざりしていたが、それを表に出すことは許されなかった。中尉は机の向こう側に立ち、彼女の到着を待っていた。彼の背後には、基地の重要な戦略ポイントが記された地図が広がっている。

 

 

「報告を聞こう」

 

「結論から申し上げて、スパイは見つかりませんでした」

 

「まだ…見つからないか?」

 

「はい、申し訳ありません!」

 

マルフーシャは扉を閉めると同時に問い詰められる。その声には緊張と怒りが込められていた。

 

中尉は顔を上げ、マルフーシャを睨む。その鋭い視線を成果もないのに胸を張り、正面から受け止める。

 

「中尉、我々は全力で調査を進めていますが、まだ確固たる証拠が見つかっていないのです。」

 

「そんなはずはない。あれだけの情報漏洩があったのに、まだ犯人が特定できないなんて、無能としか言いようがない!」

 

中尉は一歩前に出て、机に手をついた。

 

マルフ―シャは冷静な表情を崩さず、深呼吸をひとつ。

 

「理解しています。しかし、慎重に進めなければ、さらに大きな被害を招く可能性がある。敵は狡猾なのです」

 

「慎重に? その間にどれだけの仲間が命を落としたか、考えたことはあるのか?」

 

その声は激昂し、目には怒りの光が宿っていた。

今度は机を叩き、声を荒げる。

 

「これ以上の情報漏洩が続けば、戦線維持は不可能になるんだぞ!」

 

「だからこそ――」

 

「言い訳は聞きたくない! 君にはこの基地の安全がかかっているのだ。スパイを見つけ出し、排除することが君の使命だろう?」

 

「はい、中尉。その通りです」

 

マルフーシャは真剣な眼差し――少なくとも中尉にはそう見えている――で答えた。

 

「我々は新たな手がかりを追っています。必ずやスパイを見つけ出し、処理いたします」

 

 

中尉は深い溜息をつき、少し冷静さを取り戻した。

 

「わかった。だが、これ以上の遅れは許されない。君の能力を信じているが、結果を出さなければ意味がない。状況を改善しろ」

 

マルフーシャは深く頭を下げた。

 

「了解しました、中尉。全力を尽くして任務を遂行いたします」

 

中尉はマルフーシャを見つめ、少しだけ柔らかい表情を見せた。

 

「頼んだぞ、マルフーシャ。私たち全員の命が君にかかっていることを忘れるな」

 

――じゃあ自分でやってくれ。別に他人の命など背負いたくもない。

 

マルフーシャは再び敬礼し、部屋を後にした。彼女の心にはプレッシャーが重くのしかかっていたが、その決意はさらに強固なものとなっていた。地下の廊下を歩きながら、考えをまとめる。

 

 

 

――決めた

 

 

 

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17

 

 

 

 

 

 

 

冷たい夜風にさらされながら兵舎へと戻ってきた。

 

兵舎の扉を開けると、薄暗いランプの明かりが揺れる中で、ベルカとフェリセットの姿が目に入った。二人は親密そうに寄り添い、笑顔を交わしていた。

 

「おかえり、マルフーシャ」

 

ベルカが微笑みながら振り向き、その目には優しさが溢れていた。

 

「おかえりなさい、お姉さん」

 

フェリセットも眠たげな表情に幾らかにこやかさを織り交ぜた表情で挨拶しながら、ベルカの膝に頭から寝返りを打った。

 

マルフーシャはその光景に一切の戸惑いを見せず、すぐに笑顔を取り戻した。この2日で見慣れた光景だった。

 

「ただいま。ベルカはもう行ける?」

 

「私は大丈夫。マルフーシャこそ疲れているでしょう?

 

「うん、でも心配ないよ」

 

マルフーシャは荷物を整理しながら、二人の様子を気にかけていた。ベルカの手がフェリセットの髪を優しく撫で、フェリセットは目を閉じてその触れ合いを楽しんでいるようだった。ベルカもベルカで、そのハリのある肌が面白いのか、人差し指で優しく頬を撫でている。

 

「フェリセット、今日は本当に頑張ったわね」

 

ベルカがフェリセットに向かって子供を褒めるように言った。

 

「うん、でもベルカさんがいてくれるから、頑張れる」

 

フェリセットは目を開け、ベルカの顔を見つめながら微笑んだ。その瞳には愛情が溢れていた。

 

その光景を見ながら、心の中で複雑な感情が渦巻いているのを感じる。二人の間に流れる親密な空気が、彼女に一瞬の孤独感を抱かせたのだ。

 

それでも仲間としての絆は感じ取っていた。

 

「二人とも、本当に親子みたい」

 

だから、マルフーシャは軽い冗談を飛ばしたが、それは自分の思考を誘導するためという側面もあった。

 

「何言ってるのよ、マルフーシャまで」

 

ベルカは笑いながらそれに答えた。

 

「でも、お姉さんも、一緒にいて安心するよ」

 

フェリセットも笑っていた。

 

「ありがとう、ベルカ。フェリセットも」

 

マルフーシャもきっと笑っていたはずだ。

 

少しでも体を休めるため、ベッドに腰掛ける。

ベルカはフェリセットを優しく抱き寄せ、優しく諭した。

 

「すぐに戻ってくるから、留守番してて」

 

フェリセットは頷きながらも、ベルカの首から手を離そうとしない。

 

「さあ、フェリセット。どきなさい」

 

ベルカがフェリセットを膝の上から丁寧に退ける。

 

「分かりましたぁ」

 

フェリセットは静かに頷き、ベルカの腕の中で安心した様子である。そのままベッドに乗せ、マルフーシャと共に部屋を出ようと身体の向きを変える。するとフェリセットは玄関に向かうベルカとマルフーシャを見て横になったまま軽く手を振った。

 

「行きましょう」

 

それに軽く応じると、優しい笑み携えて、彼女はそう言った。

 

 

 

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第五医療隊の管理する野戦病院は、いくつものテントが連なり、仮設のバラックで構成されていた。地面は泥や砂利で覆われており、歩くたびにざらざらと音がした。

 

二人は、深く息を吸い込んでから片隅にあるテントの中に足を踏み入れた。消毒薬と血の混ざり合った独特の匂いが鼻をつき、マルフ―シャは無意識に顔をしかめたが、ベルカは全く気にしていないようだった。

 

これも看護師として働いていたころから慣れているのだろうと納得する。テント内は忙しそうに動き回る看護兵や軍医たちであふれ、負傷者たちの呻き声が絶え間なく聞こえてきた。

 

テントの中には、簡素なベッドが並べられ、それぞれのベッドには白いシーツがかけられていた。シーツは血や泥で汚れているものもあり、その上には傷ついた兵士たちが横たわっていた。包帯やギプスで覆われるはもちろん、顔すら見えない隊員もいた。

 

忙しそうに動き回り、傷の手当てや点滴の準備をしているのを邪魔しないようにすり抜けるように進んでいく。

 

病院の中央には、簡易手術室が設けられており、カーテンで仕切られた中で医師たちが手術を行っている。金属のトレイに載せられた手術器具が光を反射し、軍医たちの真剣な顔が浮かび上がっている。機械の音と短い指示の声がテント内に響き、手術の緊迫感が伝わってきた。

 

外には、治療を待つ兵士たちがベンチに座り、順番を待っている。彼らの顔には疲労と不安が漂い、傷を抱えた体を抱きしめるようにして座っていた。

 

病院の周囲には、仮設のストレッチャーが並べられ、負傷者が次々と運び込まれていた。医療スタッフがその場で応急処置を施し、重傷者はすぐに手術室へと運ばれていく。辺りには絶え間ない声と音が交錯し、戦場の空気がここにも漂っていた。

 

マルフ―シャたちは、ベッドの一つに向かって歩き出した。そこには、セルゲイという名札を吊り下げた名前の兵士が横たわっていた。二日前に重傷を負い、今は手当てを受けながら静かに息をしていた。セルゲイの顔には痛みとの戦いからくる疲労が見て取れ、体は包帯で覆われていた。

 

「セルゲイ、聞こえる?」

 

ベルカは優しく声をかけながらベッドの横に膝をついた。

 

セルゲイはゆっくりと目を開け、ぼんやりとした視線でベルカを見つめた。

 

そし手その隣にいるマルフ―シャにも気づいた

 

「...来てくれたのか」

 

「もちろん。貴方を運んだのは私だもの、そこに責任ってものがあるわ」

 

ベルカは微笑みながら答えた。

 

「どう? 少しは楽になった?」

 

「まだ痛むけど...なんとかやってるよ」

 

セルゲイは苦笑を浮かべた。それは強がりも入っていたが、耐えてみせるという決意にも感じ取れた。

 

それを感じ取ったかは定かではないが。ベルカはセルゲイの手をそっと握りしめた。

 

「あなたは本当に強いわ。ここで休んで、早く元気になってね」

 

頼ってくれてもいいが、できることは少ない。それこそこうして手を握るくらいだ。だからベルカはあまり無責任なことは言いたくはなかった。

 

「本当に…君は俺の命の恩人だよ。ベルカ」

 

セルゲイは何か思いいったことがある様子で、小さく言った。

 

「どうしたの急に?」

 

「あぁ、君は俺の天使だって話」

 

「なっ…」、

 

ベルカが照れると、マルフ―シャの心配が上限突破して思はず横から声をかける。(人はそれを割り込みという)

 

「ちゃんと、食べれてる?」

 

「心配してくれてありがとう、マルフーシャ。まぁ働いてないのに食う飯はうまいとも、まずいとも言えないな。殺されそうだ」

 

ハハッツ! と笑うセルゲイに看護兵がどうしたという風にこちらを見るが、セルゲイが笑っているのをみると、呆れたような顔をしてそのまま踵を返していった。

 

 

それにしても、本人は冗談のつもりだろうが、事実そうなりそうだったのだから。助けようとした二人からすれば冗談にならないからやめてほしい。

 

しかもそれも半ば奇跡みたいなものだ。あれ以来、処罰が下ることはなかったが、立場的には罰されても不思議ではなく、なんだか微妙な立ち位置で居心地いいとはとても言えない。

 

「でも、俺たちの部隊はどうなってる?」

 

セルゲイは心配そうに尋ねた。

 

「みんな、なんとか持ちこたえているわ。重傷を負った人もいるけれど、あなたのことも、みんな気にかけているわ」

 

マルフーシャは力強く答えた。実際にどうかは知らない、こっちはこっちで無責任が上限突破している。

 

セルゲイは少し安心したように頷いた。可哀そう。

 

「そうか...俺も早く戻って、みんなと一緒に戦いたい。」

 

「今はゆっくり休んで、回復に専念して。私たちはここで待ってるから」

 

マルフーシャはセルゲイの手を軽く握り返した。

その時、看護師が近づいてきて、マルフーシャに静かに言った。

 

「彼にはもう少し安静が必要です。面会はここまでにしてください」

 

「わかりました」

 

マルフーシャは頷き、セルゲイに向かって微笑んだ。

 

「また来るわね。早く元気になって、私たちにお礼してね」

 

セルゲイも微笑み返し、

 

「分かった、ありがとう。じゃぁ、気をつけて」

 

と静かに言った。

 

 

ベルカはセルゲイの手をそっと離し、立ち上がった。彼の安らかな顔を一瞬見つめた後、彼女はテントの出口に向かって歩き出した。それを追うようにしてマルフ―シャも一歩遅れて外に向かった。

 

「セルゲイ! お前羨ましいぞ! 女の子二人に見舞いされて、手まで握られるだぁ!?」

 

「やめろよアルベルト!」

 

騒がしい喧騒が背後で繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

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19

 

 

 

 

 

 

 

次の日、いつものように朝へ向かう。

 

 

 

マルフーシャとベルカが歩いている道の両側には、様々な施設が広がっていた。冷たい朝の空気の中、基地内では早朝の活動がすでに始まっている。

 

司令部の入り口付近で、警備兵が寒さに耐えながら立哨していた。彼らは厚手のコートを着込み、肩をすくめながらも厳しい表情を崩さない。通行する車両や人を注意深く監視し、時折無線機で連絡を取る姿が見え、金属探知機のゲートは重々しく閉じられている。

 

広場では、数台のトラックが並び、兵士たちが物資の積み込みや点検を行っていた。エンジン音が低く響き、兵士たちの掛け声が交じり合う。トラックの荷台には、木箱や金属製のコンテナが積まれており、それぞれが次の任務のために準備されていた。

 

さらに奥へ進むと、訓練場が広がっていた。新たに徴兵されてきた者が整列し、部隊長の指示に従って規律正しく動いている。もはや、訓練は現地で行うらしい。

 

掛け声や足音が響き渡り、寒さにも負けずに鍛錬を続ける姿が、過去の自分に重なりマルフ―シャは憐れむ気持ちになった。訓練場の片隅では、射撃訓練を行い、銃声が静かに鳴り響く。

 

――毎朝の起床合図、ご苦労様です。

 

そうして歩いていると、遠くからエンジン音が近づいてきた。音は徐々に大きくなり、やがて彼女たちの背後からトラックが姿を現す。

 

一際大型車両で、暗緑色のボディが目を引く。車体には、雪と泥が混ざり合ってこびりついており、幾度も過酷な道を走り抜けたことがうかがえる。前照灯が淡い光を放ち、早朝の薄暗い通りを照らしていた。

 

トラックの運転席には、黒髪の少女がハンドルを握り、真剣な表情で前方を見つめている。助手席にはもう一人の兵士――こちらも黒髪だ――が座っており、彼女は時折地図を確認しながら、同僚と短く言葉を交わしている。

 

トラックが二人に近づくと、運転手がマルフ―シャたちに気づき、軽く手を挙げた。ベルカも同じように手を振り返す。その瞬間、トラックのエンジンがさらに唸りを上げ、加速して前方へと走り去っていった。後輪が巻き上げた雪が、冷たい風に乗って舞い上がり、二人の顔に細かい粒が当たる。

 

トラックの後ろには、大型のキャンバスがかけられており、その中には兵士や物資が詰まっているのだろう。

 

――だけど、あんなに大きな荷物初めて見たな。どこに向かってるんだろう?

 

走り去る車両の後ろ姿を見送りながら、マルフーシャとベルカは再び歩き出す。その足取りは確かで、

 

倉庫の前では、補給部隊が忙しそうに動き回っていた。物資の受け渡しや在庫の確認が行われ、迅速かつ正確に作業を進めている。

 

寒さが厳しい中でも、基地内の活動は滞りなく進行していた。二人はその一部として、自らの役割を果たすべく、足取りを速めて朝礼へと向かう。

 

 

 

 

 

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20

 

 

 

 

 

灰色の空の下、兵士たちは整然と並び、指揮官の到着を待っていた。冷たい風が兵舎の間を吹き抜け、彼らの頬を赤く染めた。毎朝の光景と変わらない、規則正しい儀式のような朝礼だが、今日は違っていて。

 

「おはよう、皆」

 

彼女の声が冷たい空気を切り裂いた。

 

「昨夜の襲撃は激しかったが、皆の勇気と努力で何とか乗り切ることができた。本当にお疲れ様だった」

 

いつもの朝礼。大抵指揮官が激励の言葉を飛ばすにとどまるのだが、今日は少し毛色が違った。

 

そうして指揮官が前で話し終えたときだ。

 

兵士達は一斉に敬礼し、指揮官の言葉に耳を傾ける。普段ならばここで解散の言葉が続くはずだが、今日はその続きがあった。

 

「さて、今日は特別な知らせがある。特殊兵装の使用許可が下りた」

 

指揮官の言葉に、兵士たちは一瞬ざわめいた。特殊兵装の使用許可が下りることは、これまでに例がないほどの異例の事態を示していた。

 

 

「なぜ今になって許可を出したのかは分からんが、出し惜しみはもうしないらしい」

 

指揮官の声には若干の苛立ちが含まれていたが、それでも希望の光が感じられた。

 

「特殊兵装の使用許可を得た者は、速やかに武器庫へ向かうように」

 

兵士たちの頭の中には無数の疑問が浮かんでいた。だがそれを無視して、やはりいつものように皆、敬礼するのだった。

 

 

 

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21

 

 

 

 

 

というわけで、マルフ―シャは早速、地下にある武器庫へと足を運んでいた。

 

なぜ許可が下りたのかについて詳細な説明すらなかったが、使えるというならありがたい。

 

上の言に従い、地下の武器庫へと向かっていた。

夜の冷え込みがいよいよ厳しくなってきた廊下を歩む。もし特殊兵装が手に入れば、戦闘の一助となるだろう。

 

鉄扉を押し開けると、薄暗い灯火に浮かび上がるのは、煙草をくゆらせながら書類の山を整理するヴァレリー曹長の姿であった。彼の周囲には、数多の武器と装備が所狭しと並び、薄暗いランプの明かりが、ヴァレリーの顔に深い影を落とし、彼の疲れた表情を際立たせていた。

 

マルフーシャは一瞬躊躇したが、意を決して声をかけた。

 

「ヴァレリー曹長、特殊兵装を受け取りに参りました」

 

ヴァレリーはちらりと彼女を見上げ、深く息を吸い込み、煙を吐き出した。

 

「特殊兵装か…」

 

彼の声には、疲労と諦めが交じっていた。

 

「あれなんだが、第一部隊が全部持っていってな…在庫がない」

 

決まりが悪そうに、そう告白した。

 

マルフーシャはその言葉に肩を落とし、失望を隠せなかった。第一部隊がすでに全てを持ち去ったという事実は、予想外の出来事であった。心の中で湧き上がる焦燥感を抑えきれないまま、彼女は次の言葉を探した。

 

「第一部隊が? それは…そうですか…」

 

声は力なく響いた。まぁもう無いというのなら納得するしかないだろう。

 

ヴァレリーはマルフーシャの表情を見て一瞬考え込んだ後、口の端を釣り上げ、再び口を開いた。

 

「だが、偶然にもここに熱戦レーザーが――」

 

「――結構です」

 

マルフ―シャは断った。即決だった。

 

「そうか」

 

食い気味の否定を受けて、つまらなそうなヴァレリーは言葉少なく再び煙草に火をつけた。その動作はゆっくりとしていたが、落ち着きがないようにも見えた。

 

一瞬の沈黙が流れた。マルフーシャは意を決して口を開いた。

 

「最近攻撃が激しくて、手が足りないんです。何か良い武器がありませんでしょうか?」

 

声には切実さが滲んでいた。増え続ける機械兵を前に、通常の銃弾だけでは限界があることを彼女は痛感していたのだ。

 

それを聞いてヴァレリーは少し驚いたような顔をしたが、すぐに平静を取り戻した。

 

「装備って…お前たち自身が特殊兵装みたいなものだろう」

 

彼は床に落ちていた書類を拾い上げ、パタパタと汚れを払った。その動作にはどこか諦めのようなものが感じられた。

 

「そうは言っても二人だけでは限界があります」

 

マルフーシャは真剣な表情で訴えた。

 

ヴァレリーは再び煙を吐き出しながら、視線を遠くに向けた。

 

「いや、お前たちの部隊が今のところ門への被害を出していないのを聞いている。他の部隊は多少、門に損害があって整備班が大慌てだが、お前たちの評価は上がっているぞ」

 

「そうなんですか?」

 

マルフーシャは驚きの声を上げた。自分たちの働きがそんなに評価されているとは知らなかった。彼女の心に少しの安堵が広がったが、それでも現状の厳しさは変わらなかった。

 

「でも、それも限界があります」

 

彼女は食い下がった。

 

ヴァレリーは深く息を吸い込み、煙草の灰を落としながら言った。

 

「なら、盾はどうだ? 展開式で、三段階に収縮する。最大で三十メートルになる。これなら門の上の方も被弾を防げるし、航空機械兵相手にも牽制になる」

 

マルフーシャはその提案を聞いて唸って考え込んだ。脳裏に思い描いた武器ではないが、強力であることには変わりない。しかし、彼女の心はまだ満たされていなかった。

 

「もう手っ取り早く空爆でも頼んだらどうだ」

 

ヴァレリーは軽く冗談を飛ばすように言ったが、その目は真剣であった。

 

「巻き込まれちゃいますよ」

 

マルフーシャは苦笑しながら答えた。しかし、その言葉の裏には不安と焦燥が隠されていた。そうするしかないのかもなという考えが浮かんでくるのが怖かった。

 

「それくらい頑張って避けろ。お前らにはそれくらいの性能があるはずだ」

 

ヴァレリーは再び煙を吐き出しながら言った。その言葉には冷徹な現実が込められていた。

 

「それは正しい使い方じゃない気がします…」

 

マルフーシャはため息をつきながら答えた。脳内に空から落ちてくる炸薬の詰まった箱を避ける自分の姿を思い浮かべる。

 

あっ死んだ。ユメフ―シャが死んだところでその想像を打ち払っう。

 

ちょうどそのタイミングで、ヴァレリーは少し眉をひそめ、

 

「そんなことを言ったら、そもそもお前たちが体内に埋め込んでいる“電熱線”だって本来は人に埋め込むものじゃない。戦車の動力だ」

 

ヴァレリーは冷静な声で続けた。

 

「そんなものを無理やり人に埋め込んでも、安定性は皆無だ」

 

「でも、あれは薬の服用で症状を緩和できるはずで――」

 

「――お前もまさかそれを信じているわけじゃあるまい」

 

ヴァレリーの目は冷たく光り、マルフーシャを見つめていた。その視線は真実を見抜くような鋭さがあった。

 

マルフーシャは黙り込んだ。彼の言葉の裏にある真実が、内心を揺さぶっていた。

 

ヴァレリーは一瞬視線を外し、再び口を開いた。

 

「青と赤の錠剤は一種の精神薬で、トラウマを抱えないようにその日戦闘を経験した兵士に服用させる。あと悪夢を見ることなくぐっすりと眠るのにも役立つ」

 

「月に一度飲む緑の錠剤は?」

 

マルフーシャは淡々と答えたが、その言葉には疑念が含まれていた。

 

ヴァレリーは短く笑い、

 

 

「あれは処分用ナノマシンだ。」

 

 

「処分用? それは…」

 

マルフーシャは驚きの表情を浮かべた。

 

ヴァレリーは淡々と続けた。

 

「脳内に一ヶ月はとどまるようになっている。その期間は任意のタイミングで殺作用を開始できる」

 

 

「それ、教えてもいい情報ですか?」

 

マルフーシャは声を潜めた。その声には恐怖と驚きが混じっていた。

 

ヴァレリーは黙って熱戦レーザーを指さした。その無言の指示が意味することを、マルフーシャはすぐに理解した。

 

彼女は深い、とても深いため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

22

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明すると、現在基地に駐在している戦力は元々基地所属だった者達と、増援として派遣された衛兵大隊の2つに分類できる。

 

衛兵大隊は、第1第2第3第4第5部隊に分けられ、それぞれが役割分担をしている。

 

第2部隊は補給と整備を専門とする。その重要性や、物資の流れをコントロールするため、その施設や設備は中央司令部に隣接する格納区画に位置している。

 

マルフーシャは薬に付いての疑問を解消するため、そこの保管庫にいるであろう人物を訪ねに来ていた。

 

なにぶん巨大なので三角形の建物の中を無暗に歩き回ってもっ見つけられないので、適当に歩いてから、通路をすれ違った上等兵に探し人について尋ねる。

 

「ストレルカ少尉はどこにいるか知ってる?」

 

「少尉なら、化学物質保管室で備品の整理をやってるはずです」

 

上等兵に礼を言ってから。地図を見る。現在地からの距離は遠くない…と思ったが、階が違うようで、地下の方だった。

 

マルフ―シャは角にある。薄暗く、穴のように広い階段を下りていき…

そうして、教えてもらった部屋にまで到着した。

 

緑色の光が発光する、広々とした空間だった。空気には化学薬品のかすかな匂いと、古い紙のカビ臭が混ざり合っていた。床から天井までびっしりと並ぶ金属製の棚には、ガラス容器やプラスチックのタブ、金属の缶などがぎっしり詰まっていた。それぞれの棚にはラベルがきちんと貼られていたが、内容物は雑然と溢れ出しており、ストレルカの仕事のやり方が垣間見える。

 

マルフ―シャは部屋に入ってすぐ、目的の人物を見つけていた。

 

「ストレルカ?」

 

ストレルカは小柄な体をテーブルにかがめ、熱心に読書に没頭していた。彼女の制服は少し大きめで、ほこりまみれになっており、長時間この隠れた環境で過ごしてきた証拠だった。大きな眼鏡の奥の目は、開かれた本のページを素早く追い、外の世界には全く気づいていないようだった。

 

 

「マルフーシャ、どうしたの?」

 

「ああ、ストレル――」

 

回り込むと。棚に隠れて見えていなかった部分が露となった。

 

部屋の中央には大きな白いテーブルがあり、その表面は本の山でほとんど見えなくなっていた。本は分厚い革装の書物から細身の現代のペーパーバックまで様々で、その背表紙には菌類学や生化学兵器に関するタイトルが刻まれていた。一部の本は整然と積まれ、高さを保ちながら倒れることなく立っていたが、他の本は斜めに傾き、不安定な山を作っていたり、すでに崩れ落ちて無秩序な山を形成していた。

 

本の間には手書きのメモやスケッチが散らばっており、さらに混乱を加えていた。天井から吊るされた一つの薄暗い電球が温かい黄色の光を放ち、誰かが動くたびに長い影が部屋中に踊った。壁の一つには古びた木製のはしごが立てかけられており、使い込まれた段が滑らかになっている。

 

 

「すごい量の本だけど、全部読んだの?」

 

「分からない…」

 

ストレルカは、ぼんやりとした様子で答えた。それは、答えるのが面倒とかそういうのではなく、本当に分からないんだろうなと思わせた。

 

「ちゃんと片づけた方がいいよ。また誰か転んで大惨事になる」

 

前にライカが踏んで、憤慨していたのをマルフ―シャ知っていた。

 

そのまま、いきなり本題に入る気になれず、朝から気になっていたことを聞くことにした。真実を知るにはあと少し勇気が足りなかったようだ。。

 

「そういえば今日の朝、随分大きなトラックを運転してたよね? あれは一体なんなの?」

 

まずは、そこから切り出した。用意していた話題を振っている間に、心の整理をつけようという算段だった。しかしその目論見は予想外の方向で外れる。

 

「あっ、ああ…“あれ”は…なんでもない」

 

 

明らかに、なんでもあるといった様子で、ストレルカは回答を拒否した。答えない時点で何かあるといっているようなものだったが、嘘をつかないのは彼女なりの信念なのか、それとも嘘という発想が出てこなかったのか。どちらにせよ、聞き出せるかもしれない。

 

「食料にしても弾薬にしても、量がおかしいよね。あんなに物資が残ってるとは思えないし」

 

加えて。中身が空ということもあり得ない。それにしてはトラックの走りがのろますぎた。基地内の言うことを加味しても遅すぎだ。荷台が空であの速度しか出ないなら、トラクター以下といっていい。誰が決定担当でも、到底軍用車両として採用されないだろう。

 

しかし…

 

「マルフーシャ、“あれ”はなんでもないの」

 

今度、ストレルカは、やや目線を細め、強調するように言った。その口調には力強さが表れ、いつもより張りつめた態度で、はっきりとした意思を瞳に感じる。流石にここまで言われて、探りを入れられるほどマルフーシャは図太くはない。

 

わざわざ、違和感を感じる言い方をすることからも、これ以上聞くなという意味なのも明確だった。

 

だけど、それは警告というよりは、何かを恐れている。そんな気がした。

 

回答を濁されたことで、大したことではないと処理していたマルフーシャの思考に、疑問が広がっていく。 

 

“あれ”? まさか。中身は単一の何かだったのか。てっきり大量の物資か弾薬、それこそ最新兵器でも運び込んだのだと思っていた。

 

だが、よく考えるとそれも妙だストレルカの乗ったトラックは北部の厳重警戒区域から、つまり第一部隊の方向から来た。

 

そして再度確認するが、トラックの速度から考えて満杯といっていいほど積み荷は積んでいて然るべきだ。

 

だが、普通に考えのであれば、荷物は第一部隊に下ろした後のはずだ。なぜ、積み荷がのこったまま帰るんだろうか? あるいは何かを第一部隊から受け取ったのか…

 

「…分かった」

 

たっぷり間を取ってから、それらの疑問を飲み込んで返事をした。その間に色々な感情が迸った気もしたが、今のマルフ―シャにはよくわからなかった。これも感情適応薬とやらの影響なのか、最近自分がどんどん薄情になっていっている気がする。もしかして状況にすぐ慣れるのは適性の問題ではなくて、全て薬の‐―

 

マルフ―シャは気を取り直して、本来の目的を果たすべく口を開いた。

 

「教えてほしいことがあって、この薬なんだけど――」

 

薬をストレルカに見せると、眉を引くつかせて、すぐにマルフーシャを奥の部屋に連れ込んだ。

 

「それ飲んでないのね…外の憲兵に見つかったら何言われるか分からないわよ」

 

息をついてから、額に汗を浮かべて忠告した。

 

彼女本人は誰かに言うつもりがないということを示唆していて、それだからマルフーシャはストレルカを頼りに来たのだ。

 

「ごめん」

 

その謝罪は、頼り甲斐のあるストレルカの声に対する安堵が滲んていて、真面目に謝っていると思われなかったかもしれない。

 

「その薬なら、確かにここの倉庫に保管されてるけど」

 

「薬の成分についてなんだけど…」

 

質問の内容を察したように、ぶっきらぼうな様子で彼女は答えを提示した。

 

「そんな都合がいいものあるわけ無いでしょ」

 

「じゃあ、中身は…?」

 

「さぁ? 私も知らない…ただ…嘘ついてまで飲ませるものなんて…碌なものじゃないのは確かよ」

 

「中央で生物兵器の開発をしていたころ、それより遥かに効率的で持続性のある兵器を開発されたって話は聞いたわ。ただ…その後すぐに左遷されてここへ来たから、詳しいことはわからない」

 

「そうなんだ…」

 

ヴァレリーはなぜ、そんなことを知っているのかという疑問が浮かんだが、些細なことだ。ネズミのように聞き耳でも立てていたのだろう。案外ヴァレリーがスパイなのかもしれない。一度思いつくとそれが正解な気がしてきた。

 

脳内の髭おやじがいつものヤラシイ笑みを浮かべるところまで想像してから、そうだとしてもどうしようもないということに気づいた。あの狸に勝つ想像がどうやってもできない…

 

 

「あんまり、役に立てなかったわね」

 

妄想の中で、独り相撲をしていると、それを用が済んだと判断したストレルカが部屋から出て、広い保管室に移ろうとドアノブを回す。

 

「じゃぁ、私は保管された薬のチェックと記載漏れを確認する作業があるから」

 

ストレルカはそう言って棚に向き直り、紙とペンで作業を始めてしまった。

 

その背中を数秒見つめてから。部屋から出るためにドアノブを回すと。

 

「そうだ、ビオンが貴女に会いたがってたわ。なんか、頼まれてたことをやり終えたみたいなことを言っていたけど 」

 

「分かった」

 

「あんまり私の相方をいじめないでよ?」

 

「わかったよ」

 

それだけ言って二人の会話は途切れ、マルフ―シャは部屋から立ち去った。

 

廊下を歩く。軍靴がコツコツと音を立てる。そうしていると嫌な想像が浮かんだ。大型トラック、あの荷台にすっぽりと収まりそうな物体。それほどの巨体にマルフ―シャは覚えがあった。

 

 

 

――そんな巨大なもの

 

 

 

あり得ない。という気持ちがあった。だけど、どうしても脳裏に焼き付く赤い閃光と不気味な駆動音が頭から離れなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

23

 

 

 

 

 

建物を出るとすっかり暗くなった空が顔を出した。早いとこ宿舎に戻ろう。マルフ―シャがそう思った時。どこからともなく表れたように見える人影があった。

 

目の前に影が素早く迫り――

 

――思いっきりこけた。

 

「ま、マッ、マルフ―シャ伍長!」

 

声を震わせながら、マルフ―シャに転んだ謎の物体。地面から声をかけた影は立ち上がって、また転んだ。この子はビオン。ストレルカと同じ第二補給部隊の兵士だが、前線勤務経験もある…はずだが、9等国民という身分の低さからか、常に緊張して、卑屈周りに恐怖しているため。些細なミスを犯しやすい。

 

マルフーシャは優しく微笑み、ビオンの方に歩み寄った。

 

「大丈夫、ビオン。落ち着いて」

 

彼女は手を差し伸べて、ビオンを助け起こした。

 

ビオンは顔を真っ赤にして、慌てて立ち上がった。

 

「す、すみません、伍長。私、本当にドジで…。」

 

マルフーシャはそのまま手をしっかりと握り締め、

 

「大丈夫よ、ビオン。誰だってミスはするもの。それより、何か問題があったの?」

 

と優しく尋ねた。

 

ビオンは目を泳がせながら、小さな声で答えた。

 

「いえ、特に問題は…ただ、巡回の報告をしに来ました」

 

「—-うん、お願い」

 

「はし。巡回任務中、見張っていましたが誰も通信小隊の秘匿無線を使ってはいません」

 

「そう…」

 

仮に本当にスパイがいるのならばその連絡手段は限られる。今回の頼み事も、働きを報告するためのいわば報告する材料作りだった。それだけに過ぎない。

 

他部隊であるビオンが願いを聞いてくれたのはありがたかった。恐らくこれがスパイ探しだと彼女は知らない――というか聞いてもこない――が、何となく察しているだろう。

 

もともとスパイの存在に懐疑的なマルフ―シャは特にこの結果に落胆などしていない。しかしビオンには違うように見えたらしい。今回の件も、より自分の考えが補強されただけだ。仲間を信じたいとかそういう話ではなく。単純に、スパイにしてもやり方があまりよろしくない。政府へと軍上層部への失態を誤魔化すために総司令官が作りだした幻影だと考えるのが妥当といったところか。

 

「す、すみません! すみません!」

 

ほとんど習慣として何度も繰り返し謝るビオンそれはもはや哀れである。

 

「とんでもありません! 私の方こそ大した情報じゃなくて申し訳ありません!」

 

マルフーシャは苦笑しながら頷き、

 

「大丈夫、ビオン。報告はしっかりと受け取から。今夜は冷えるから、しっかり防寒対策をしてね。」

 

と声をかけた。

 

ビオンは深く頷き、敬礼をしてから。

 

「やっぱり、伍長は優しい人ですね」

 

と、珍しくも笑顔を浮かべた。

 

その時、遠くから銃声のような音をマルフ―シャの耳がとらえたような気がして、思わず表情が引き締まった。夜の闇が静かに揺れ動く不穏な感覚が頭を支配する。

 

「伍長…?」

 

ビオンが不安そうに急に押し黙ったマルフ―シャに呼びかける。

 

「えっと、気にしないで。ちょっと気なったことがあって…」

 

不安にさせたことを素早く悟ったマルフ―シャは思考を止めてすぐに返答を返した。

 

「わわ、すみません!何かしてしまったでしょうか!?」

 

頭を何度も深く下げるビオン。それを見て、マルフ―シャは大層に謝るビオンを慰めようとする。

 

「いや、そういうことじゃ――」

 

 

 

 

 

――ウウウーーーッ!!!!!

 

夜の闇が基地を包み込む中、二人の会話と会話の間に突然の警報が鳴り響いた。

 

 

 

バゴンッ!

 

機械門が爆発で吹き飛ばされ、基地内は一瞬にして混乱に包まれた。煙と火花が空を染め、重厚な鉄製の門が破壊される音が耳をつんざく。

 

「敵襲だ!全員、戦闘配置につけ!」

 

誰かの怒号が響き渡ったが、その声は混乱の中でかき消されるようだった。

 

マルフーシャとビオンは急いで武器を手に取り、外に飛び出した。外は地獄絵図のようだった。敵の機械兵が次々と侵入し、無秩序に発砲しながら基地内を蹂躙していた。兵士たちの悲鳴と爆発音が混じり合い、周囲は完全なパニックに陥っていた。

 

「ビオン、こっちだ!」

 

マルフーシャが叫び、彼女の手を引いて遮蔽物の後ろに身を隠した。しかし、すぐにその遮蔽物も爆発で吹き飛ばされ、二人は地面に投げ出された。

 

「どうすれば!? このままでは全滅してしまいます!」

 

ビオンは血走った目でマルフーシャに訴えた。

 

「まずは迎撃部隊と合流しないと!」

 

対処法を頭に思い出しながら、喋る。

 

マルフーシャは必死に立ち上がり、周囲を見渡したが、敵の機械兵が圧倒的な数で押し寄せてきていた。

 

基地の防御システムは一瞬で無力化され、敵の機械兵はまるで無人の野を行くように進んでいた。銃弾が飛び交い、次々と兵士たちが倒れていく。燃え上がる建物、倒れた仲間、混乱と絶望が基地全体を覆い尽くしていく。

 

「マルフ―シャ!」

 

聞き覚えのある声で名前を叫ばれマルフ―シャは声の聞こえた方向を見る。

 

その時、遠くから足音が聞こえてきた。マルフーシャが音の方向に目を向けると、薄暗い中を全速力で走ってくるベルカの姿が見えた。ベルカの表情には焦りが浮かんでおり、酷く動揺していることは一目瞭然だった。

 

「ベルカ、こっちだ!」

 

マルフーシャは手を振り、ベルカが自分の方に向かってくるように誘導した。

 

ベルカは息を切らしながら、マルフーシャのもとに駆け寄った。

 

「マルフーシャ、緊急の指示が出た! 戦闘指揮所で合流するようにとのことよ!」

 

「了解。でも、今は少し様子を見よう。敵の動きを把握しないと、無駄に動いてしまう」

 

マルフーシャは周囲を警戒しながら言った。

 

「わかった。でも、早くしないと迎撃部隊が孤立しちゃうわよ?」

 

ベルカは焦燥の色を隠せずに言った。

 

「大丈夫、すぐに動く」

 

マルフーシャは深呼吸をし、冷静さを取り戻すように努めた。

 

「行くよ、ベルカ。準備はいい?」

 

ベルカは頷き、マルフーシャと共に再び戦闘の中へと足を踏み出した。彼女たちは遮蔽物を利用しながら、迎撃部隊が待つ位置へと向かって慎重に進んでいった。

 

基地内の混乱は依然として続いており、銃声や爆発音が絶え間なく響いていた。マルフーシャとベルカは、破壊された建物や倒れた仲間たちの間を縫うように進んでいった。その中で、彼女たちはお互いに支え合いながら、一歩ずつ確実に前進していった。

 

やがて、迎撃部隊の陣地が見えてきた。部隊は必死に敵の猛攻に耐えながら、基地の防衛線を維持していた。マルフーシャとベルカは、その一角に到達し、即席の防衛陣地の下まで走り寄る。

 

物陰に背をピッタリと貼り付け、三人は機械兵に応戦し始めた。

 

キィィィイイン!

 

異音が響き渡り、それが突如として激しい轟音へと変わる。高速で飛行する機械兵が現れ、マルフーシャとその部隊の上空を一瞬で駆け抜けた。

 

機械兵と対峙する。小さいながらも重装甲と高い機動性を兼ね備えた金属の体が低く唸り、センサーが妙な稼働音を鳴らす。

 

高く飛ぶために門を超える可能性が高く。その小さい面積と高速移動ゆえに弾を命中させることも難しい。

周りの兵士と狙いを定めて連携射撃を行う。

 

「リロード!」

 

声は冷たい夜空に響き渡り、意味があるのかないのか定かではない報告があちこちから上がる。「倒した!」「弾切れだ!」「最後の弾倉だ!」

 

「航空機械兵! 弾幕を張りながら動きを読んで反撃しないと!」

 

ベルカに伝えると、崩れた建物の、瓦礫や覆いを利用しながら位置を調整した。

 

撃ち漏らしが出そうになる。ただ弾幕を張るだけではだめか…!

 

意識を切り替え、正確な狙いで一発一発、狙い打っていく。正確な射撃だ。

 

カチッ…乾いた音とともに弾切れを知らせる。

 

「ああっもう!」

 

隙かさず物陰に戻り、体をまさぐるが予備の弾倉はない。

 

「これを使え!」

 

警備隊の男だっと。弾の詰まったマガジンを手渡してくる。それを薬室にした叩き込み、礼をお落とした瞬間—-

 

「グワッ!?」

 

男は胸を撃ち抜かれて、倒れ伏す。それをみてすぐに交戦を再開した。

 

「ハハハハハ‼ 死んじゃえ!!!」

 

狂ったように笑いながら撃ちまくるビオン。近くに弾丸が飛んできても、身を潜ませないものだから、正直いつ流れ弾が当たって死んでもおかしくはなかった。

 

「おい! 無駄弾を撃つな!」

 

「すみません!」

 

指揮官がその様子を見て、ビオンの混乱を制した。ビオンには上官の命令が刷り込まれているのか、すぐに射撃を中断する。指揮官はそれを見届け、だがすぐにそんなことには構っていられないといった様子で、無線機に向かって叫ぶ。

 

「HQ、こちらヴィーヒリ。緊急援軍を要請する。基地が襲撃されている。繰り返す、緊急援軍を要請する!」

 

指揮官は無線機を手に取り、必死にHQに連絡を取ったが、応答が途切れ途切れで届かない。

 

「ダメだ! クソ! 無線も完全に妨害されている!」

 

無力感に苛まれ、無線機を投げ捨てる。

 

その間にも、敵の機械兵は次々と攻撃を仕掛けてきた。爆発音が轟き、火の手が上がる。基地内の建物が次々と破壊され、兵士たちの叫び声が夜の闇に響いた。

 

マルフーシャの潜む場所にも、自爆ドローンが突っ込んでくる。

 

 

ドンッ!

 

 

怒号が脳を揺らし、視界を土煙が覆う。

 

 

「こっちだ!」

 

劣悪な視界の中、ベルカの声が聞こえた。ビオンがマルフーシャの肩を持ちながら、後ろを指差して何かしらを叫んでいる。

 

「―――!」

 

無事な建物の影に隠れながら進んだ。次第に迎撃部隊に合流する戦力は増え、共に防衛線を築いたが、敵の猛攻は止むことを知らなかった。

 

「このままでは持ちこたえられない! 後退するぞ!」

 

指揮官が叫びながら、銃弾を敵に浴びせていた。

 

それは、かなり危険度の高い選択だった。下がるにも火力支援がいる状況だ。敵の攻撃の激しさから言って、全力で走らなければ撃たれるだろう。つまり逃げるときは背中を見せることになる、その際援護を受けるため部隊を分けても制圧射撃には到底火力が足りない。

 

「増援が来るまで、なんとしても耐えるしかありません!」

 

マルフーシャは応戦しながら指揮官に叫び返したが、その声も戦闘の喧騒にかき消されていた。

 

一瞬も気を緩めることなく、次々と押し寄せる敵の機械兵を迎え撃ったが、状況は一方的だった。銃弾が飛び交い、火花が散る中、仲間たちが次々と倒れていく。絶望的な戦況に、マルフーシャとベルカ、ビオンも次第に力を失い始めていた。

 

 

「もう持たない、撤退するしかない!」

 

ベルカが絶叫するように言った。

 

「でも、どこに!?」

 

ビオンは聞き返したが、既に答えは明白だった。

 

その時、遠くから援軍の到着を知らせる音が聞こえてきた。ヘリコプターの音と共に、増援部隊が基地に降り立った。

 

「増援が来た!! やったぁ!」

 

ビオンの声が響き渡り、残った兵士たちは一斉に攻撃を強めた。

 

旋回するヘリの両側にぶら下がった多連装ロケット砲が圧倒的な質量の塊を地上に吐き出した。

 

一見、適当に発射しただけに見えるそれは、内蔵された熱源探知によって空中で軌道修正し、真っ直ぐに機械兵へと向かって直撃した。

 

 

バァッン!

 

 

熱風がマルフーシャの髪を叩き上げる。

 

これなら…という希望を持ったところで、それを許さないというように唐突に"それ"は姿を表した。

 

 

 

ゴゴゴ…!

 

 

 

門から這い出るようにして、眼前に現れた敵は、かつて見たことのないほどの巨体を誇っていた。その圧倒的な体躯は、機械兵すらも小さく見える。鋼鉄の装甲は血光りし、砦のような威圧感を放っている。その周囲には鉄板が衛星のように旋回し、放たれた銃弾は次々と無力化された。

 

「なんだよ…あれ…」

 

その巨体が門の前でゆっくりと前後に動きながら、近くにいた兵たちを蹂躙する。

 

「助'け'て…!」

 

兵士たちの弾丸が、回転楯に軌道を逸らされ、逆に予想外の被害を被ることになった。

 

「ぐ'わぁ'…!」

 

さらに、大量のミサイルをばら撒く。その一斉射撃は、範囲こそ狭いものの、回避に失敗すれば甚大な損害をもたらす。

 

飛来を見極めるのは至難の業だったが、マルフーシャは着弾地点を見極めて、被弾を回避しつつ、混乱した戦場に冷静な指示を下す。

 

「攻撃を叩き込め! ミサイルには注意を怠るな!」

 

その言葉に従って兵士数名が鉄板の隙間を狙う弾幕を張るが効果は薄く、ミサイルの猛攻を避けることすら困難を極めた。

 

 

「クッ…!」

 

その時、巨大な敵機が動き出し、その胸部に搭載されたミサイルランチャーが不気味な稼働音を響かせる。敵機のセンサーがヘリコプターを捉え、冷酷な精度で標的をロックオン。その動作には一切の淀みがなく、その間も地上への攻撃の手は休まらない。自動化され火器管制システムのなせる技だ。

 

ヘリのパイロットは敵機の動きを察知し、回避行動を試みる。しかし、その動きは重く、間に合わない。ミサイルが発射される音が轟き、一瞬の静寂が訪れたかと思うと、空気を裂くようにミサイルがヘリコプターに向かって飛翔する。

 

『敵ミサイル接近! 回避不能!』

 

コックピット内の警告音と共に、パイロットの冷静な声が響く。だが、その冷静さも虚しく、ミサイルは一直線にヘリの胴体に突き刺さった。次の瞬間、爆発音が轟き、機体は火の玉と化した。

 

ヘリコプターの胴体は激しく揺れ、機内の兵士たちは一瞬のうちに衝撃に包まれた。攻撃を受けたヘリは炎を上げながらも、何とか味方への巻き添えを回避しようと、旋回しながら高度を下げる。

 

しかし、火炎が機体全体に広がり、燃料タンクが引火してさらに大きな爆発を引き起こすと、回転翼がもげ落ち、破片が四方に飛び散る。機体は制御を失い、炎を噴きながら急速に落下していく。

 

その方向には指揮官もいた。

 

「ヘリが墜落する!」

 

マルフーシャは叫んだが、指揮官まで100mはある。戦場においてその距離は致命的だった。

 

制御不能となったヘリが炎をまといながらスピンし、重力に従って恐ろしい勢いで地面に向かって追突せんと加速する。指揮官はそれに気が付いたが、一瞬のうちで、動く間もなかった。

 

「伏 せ ろ!」

 

マルフーシャは叫びながら手を振ったが、指揮官との距離があまりにも遠く、声が届かない。

 

地面に衝突するまでの短い間に、ヘリは完全に破壊された。大地轟音と共に激突した瞬間、さらなる大爆発が起こる。

 

衝撃波が周囲に広がり。炎と破片が飛び散った。指揮官は爆風に吹き飛ばされ、周囲に火の手が上がる。

 

無線は途絶え、乗員の叫び声も、もはや届かない。

 

マルフーシャは爆発の直前にその場に身を伏せていた、耳鳴りがする中で必死に周囲を窺う。

 

戦場は混沌とし、爆音と銃声が絶え間なく響く。敵の数は圧倒的で、戦線も徐々に崩れ始める。ベルカ、とビオンは必死に戦うも、敵の猛攻に押されつつあった。

 

「もう無理だ!敵が多すぎる!」

 

一人の兵士が叫びながら、耐えきれなくなったように、第二の“機械門”へと向かって走る。その言葉は、周りの兵士にも伝染し、それは残された希望が完全に打ち砕かれたことを意味していた。

 

その時、敵の増援として現れたのは、上級機械兵だった。出現はまるで悪夢のように突然であり、しかしその火力は夢のように優しくはなかった。その姿は恐怖そのもので、機械兵の巨大な金属製の体は、暗闇の中でも不気味な光を放っている。重々しい足音が地面を揺らし、その動きは遅くとも確実で、逃げる兵士たちを一層絶望させた。

 

「上級機械兵が来たぞ!」

 

誰かが叫び、兵士たちの間にさらなる恐怖が広がった。機械兵の眼には赤い光が灯り、その光が周囲を照らし出した。最新鋭のミサイルが槍のように飛び出る、腕には強力な回転式重火器が装備されていた。

 

火器からは猛烈な銃撃が放たれ、逃げる兵士たちを次々と薙ぎ倒していく。

 

「退け! 早く退け!」

 

誰かが叫ぶが、その声は戦場の喧騒の中でほとんどかき消されていた。兵士たちは必死に逃げようとするが、機械兵の猛攻から逃れることはほとんど不可能だった。彼らの絶望の叫び声が空気を切り裂き、戦場は地獄と化していた。

 

マルフーシャとベルカもその光景を目の当たりにし、絶望の中で必死に逃げ道を探した。彼女たちの目には、友軍が次々と倒れていく姿が映り、そのたびに恐怖が煽られ、足を急かす。決して立ち止まるわけにはいかない。

 

「ベルカ、急いで! 門へ逃げないと!」

 

マルフーシャは叫びながら、全力で走り出した。ベルカも彼女の後に続き、二人は機械兵のミニガンの掃射を避けながら進む。

 

もはや戦場は混乱の極みに達していた。敵から撃ち込まれる砲弾の轟音と銃声が交錯し、煙と火の海が視界を遮る。マルフーシャは必死に敵の弾幕をかいくぐり、倒れ伏した屍たちの中を駆け抜ける。

 

炎と黒煙が立ち昇るヘリの残骸を見て、あるアイデアが思い浮かんだ。この戦局を放置すれば、どのみち次の“機械門”も破壊されるだろう。

 

 

――なら…!

 

 

墜落したヘリの煙と火が視界を遮る。マルフーシャは敵の弾幕をかいくぐり、必死にその奥へと前進した。瓦礫と血に染まった地面を踏みしめながら、彼女の目はただ一人を探し求めていた。声を張り上げ、爆風で吹き飛ばされた瓦礫の山を乗り越えた。その先に、少女は血に染まった制服を纏いながら倒れていた。血まみれの手で胸を押さえながら、彼女はマルフーシャを見上げた。

 

「指揮官! ご無事ですか!」

 

叫び声が戦場の喧騒にかき消され、ようやくその姿を見つけた。指揮官は地面に倒れ、ボロボロに煤んだ制服の中で最後の息をつなぎ止めていた。息も絶え絶えだったが、まだ意識は保っている。

 

瓦礫から滑り降りて、指揮官のもとへ辿り着く。彼女は傍に無線機を携え、上に覆いかぶさるようにして地面に倒れていた。

 

「ゴホッ…! 伍長…!」

 

その華奢な体は明らかに限界を迎えていた。皮膚は冷たく、目の焦点は定まっていない。

 

それでもマルフーシャの腕を強く掴み、力を振り絞って言葉を続けた。

 

「空爆だぁ…!」

 

そのうめきは、文字通り自身の命を削るかのように絞り出された。血が口元から溢れ、咳き込みながらも、職務を放棄することなく、指示を出そうとしていた。その声は弱々しくも、内に秘めた決意は明確。その目にはまだ消えぬ執念が宿っている。

 

マルフーシャは傷を見てすぐ、もう助からないと悟ったが、冷静さを保とうと努めた。

 

手は震え、力が抜けていくのが感じられた。それでも、その指先にはまだ微かに職務に殉じようとする意志が残っていた。握りしめた無線機に向かって何事かを喋ろうとするも、上手くいかないようで、少女の口から流れる血が無線機を汚す。

 

その目は次第に閉じられ、息が途絶えていく。しかし、それでもなお、なんとか彼女は最後までその使命を全うしようとする。

 

「空爆を…要請しろ…。全てを…終わらせるんだ…。」

 

喋る度に、口から流れる血が地面に滴り落ち、戦場の灼けた地面を染める。

 

その目は次第に閉じられてゆき、息が完全に止まろうとしていた。マルフーシャの腕を掴む手が次第に緩くなり、冷たくなってゆく。

 

 

――何がこの人をこうさせるんだろう

 

 

「コードを教えてください…!」

 

マルフーシャは指揮官の手をそっと取り、掌に握りこまれた無線機を奪った。その遺志を果たすために――というよりは自分が必要だと判断したから、緊急空爆を要請するのに必要なコードを聞き出す。

 

「19554385…」

 

言葉と共に、指揮官の手は震え、力が抜けていく。託し終え、安心したようでもあった。

 

冷静に緊急空爆を要請する手順を開始した。周波数を合わせ、通信を開始、送信ボタンを押し込む。

 

「こちらヴォルク、緊急空爆を要請する。繰り返す、緊急空爆を要請する!」

 

その声は最低限の冷静さを保ちながらも、ひどく震えていた。

 

「正気!? マルフーシャ! まだみんな戦ってるのよ!?」

 

 

ベルカの驚愕した声が耳に届いたが、どうでもいい。今空爆を要請しなければどのみち基地はもう立て直せなくなる。

 

『了解、ヴォルク。こちらアリバトル一号。座標を送れ』

 

無線の向こうから、冷静な指示が返ってきた。

 

「アリバトル、こちらヴォルク。座標はグリッド ブラヴォー-エコー-ピャーチ-デヴィアーチ、南西区画、目標は敵集団。友軍は基地門付近。直ちに支援を要請する。」

 

マルフーシャは速やかに座標を伝えた。声は、かすかに震えていたが、手順に間違いはない。自分でも驚くほどうまくやれたと思う。

 

『了解、ヴォルク。空爆開始まで5分。友軍は速やかに退避せよ』

 

アリバトル一号からの返答があった。

 

「了解、アリバトル一号。ヴォルク、退避を開始する」

 

マルフーシャは無線を切り、ベルカに向かって叫んだ。

 

「急いーー」

 

「急げぇ!空爆が来る!」

 

戦場によく通る声で、指揮官が怒鳴った。本の一瞬、戦場から動きが消える。

 

次に訪れたのは、まるで波のように急激に後退する人の塊だ。

 

 

ーー余計なことを…

 

 

指揮官の顔を見ると、既にその命は尽きていた。最後の力を振り絞り、仲間たちに退避を命じたのだ。マルフーシャは舌打ちしたい衝動に駆られたが、今は一秒たりとも無駄にできなかった。彼女はベルカの体を抱えながら、必死に後退する兵士たちの後を追った。

 

「行くよ!」

 

ベルカの手を掴んで、駆け出した。

 

背後では、逃げ遅れた兵士たちが次々と倒れていく。その悲鳴と叫び声が耳に残り、絶望感が胸に重くのしかかった。基地の"機械門"が見えるが、その距離が果てしなく遠く感じられる。息が切れ、足が重くなる中、全力で走り続けた。

 

「もう少し! ベルカ頑張って!」

 

マルフーシャは自分を奮い立たせるように叫んだ。ベルカも必死に頷き、後に続く。

 

敵の銃声が途切れることなく続き、皮肉にもその音がマルフーシャの生存本能を高める。道中、必死に戦っている者、そして建物の瓦礫に胴体を挟まれ動けない者の姿が目に入る。

 

「マルフーシャ、あそこにまだ仲間がいる!」

 

ベルカが叫び、後方に取り残された味方と、それを助け出そうと尽力する仲間を指差した。彼らは敵に包囲され、孤立無援の状態で必死に抵抗している。

 

「ベルカ、もう時間がない! 空爆が来るんだ!」

 

マルフーシャは叫び返し、走りながらも懇願するようにベルカを見つめる。

 

ベルカは一瞬ためらったが、マルフーシャの表情を見て決意を固めた。

 

「わかった、行きましょう!」

 

二人は再び全力で門に向かって走り出した。

 

――もう少し…

 

 

 

 

――間に合え…!

 

ついに、二人は門に辿り着いた。重い鉄の扉がゆっくりと開かれ、彼女たちは最後の力を振り絞ってその中に飛び込んだ。背後では、轟音が響き渡り、戦場の喧騒がますます激しくなっていった。

 

「待ってくれ!」

 

「頼む、閉めないでくれ!」

 

懇願の声を引き裂くように、門が閉じる音が響き渡る。その時、彼女たちの背後で空が赤く染まり始めた。

 

『アリバトル一号、空爆開始!』

 

無線からアリバトルの声が聞こえて、それが合図だった。

 

空爆の轟音が響き、爆発の閃光が視界を白く染める。背後で戦っていた仲間たちの叫び声が耳に残り、彼女たちの心に重くのしかかった。門の内側で息を整えながら、マルフーシャとベルカは互いに目を合わせた。

 

罪の音が響き渡る中、マルフーシャとベルカは互いに目を合わせた。その目には絶望と疲労が浮かんでいたが、同時に生き延びたというわずかな喜びも感じられた。基地の中で息を整えながら、自分が生きていることを心臓の音で、ようやく自覚した。

 

地面についた両手を、引き剥がし立ち上がろうとするが、腰が抜けそうになり、うまく立つのに苦労した。

 

マルフーシャが立ち上がると、同じようにして既に立っていたベルカが口を開く。

 

「どうして...こんなことに...」

 

ベルカの声は震えていた。

 

「生き残るためには仕方なかった...」

 

マルフーシャの口は、苦渋の決断だったと、そう言う。

 

内心では、かすれた声が、その言葉が自分自身を慰めるためのものでしかないことを痛感していた。

 

きっと明日になれば忘れるだろう。あぁ、やってしまったな。その程度の後悔だ。

 

「仲間を見捨てるなんて...」

 

ベルカは涙をこらえきれず、マルフーシャを睨みつけた。

 

「ベルカ、あの状況では他に選択肢はなかったんだ」

 

そんな風に感情を露わにできるベルカが羨ましくて、口の端を結んで、辛そうな顔を作ってみせる。

 

なんだか悲しい気持ちになってきた。そうだ自分はこんなに悲しみ、苦しんでいるじゃないか。

 

正しい判断をしたはずだ。

 

果たしてベルカにマルフーシャの声には自責の念が滲んでいたように聞こえただろうか、彼女もまた信じた道を選んだのだと納得してくれるだろうか。

 

「でも、それが正しいことだとは思えないのよ...」

 

その期待は呆気なく裏切られた。

 

ベルカは振り返らず、そのまま立ち去った。そして一度も振り返ることもなかった。

 

 

彼女の背中が消えていくのを見つめながら、マルフーシャは一人その場に立ち尽くした。基地の冷たい空気が彼女の肌を刺し、心の中には複雑な感情が渦巻いていた。




男だしすぎなので指揮官は女の子になりました。もちろんオリキャラです。


名前 エカテリーナ・イワノヴァ
階級 大尉
学歴・職歴 - 294 カテョーナク女子学院高等部 卒業 
295 家事手伝い?
296 カゾルミア陸軍 入隊
298 突撃歩兵小隊 指揮官昇進
趣味 読書、チェス
好き 戦術ゲーム、猫
嫌い 無駄な会議、寒さ
性格 冷静沈着、リーダーシップに優れる
身長 165cm


【挿絵表示】

溶鉄のマルフーシャを知っていますか?

  • 原作を知ってる
  • プレイしたことがある
  • 知らない
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