死兵機械 《栄誉ある兵士》   作:kisuzu

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第5話

 

ーーーーーー

 

 

24

 

 

朝の薄明かりが基地の兵舎を照らし始め、夜の静寂が徐々に活動の音に変わりつつあった。

 

マルフーシャは違う部屋、されど同じ作りの部屋で眠っていた

 

その狭いとも広いとも言えない部屋には、今までと同じ作りの二段ベッドがあり、ベッドの上段に寝ていたベルカが先に起き出した。彼女は寝間着のまま床に降り立ち、軽くストレッチをしながら眠気を振り払っている様子だ。マルフーシャも下段のベッドで目を覚まし、静かに起き上がった。

 

「おはよう、ベルカ。よく眠れた?」

 

マルフーシャはぼんやりとした目でベルカに問いかけた。

 

「おはよう。まあまあね。あなたは?」

 

ベルカはマルフーシャの方を向かず、寝間着を整えながら答えた。調子を尋ね返したが、マルフーシャにはそこに形式的なもの以外の意味はないように思えた。

 

「うん、まあなんとか。今日も忙しくなりそうだ」

「そう」

 

その短いその返答には、何処か投げやりな、答えてようが、答えなかろうがどうでもいいという意思が見て取れた。

 

「先に洗面台どうぞ」

 

マルフーシャは少し疲れた声で言いながら、逃げるように制服に着替え始めた。

 

シャワー室の簡素な木製の棚の上には洗面道具や小物が置かれている。二人は順番に洗面台へ向かい、顔を洗って歯を磨いた。ベルカはコップを使ってうがいをし、そのコップを丁寧に元の位置に戻した。

 

「着替えたけど、いつも通りってわけにはいかないわよね。担当する門も分からないし」

 

その後に続けようとした言葉は「人が減ったから部隊の編制も…」という言葉が続いたのだろう。それを止めて、ベルカが問いかけた。

 

「今日はどんな任務かしら?」

 

マルフーシャの顔を見た。今日初めて目が合ったなとマルフーシャは思考しつつも、口を動かす。

 

「わからないけど、朝礼に行って新しい指揮官が挨拶して、情報の確認が優先だと思う。あと、昨日の空爆の後始末というか報告をしろってライカ監査官が」

 

マルフーシャは顔を拭きながら言って、自分のミスを悟る。

 

「ライカ監査官に会ったの?」

 

ベルカは聞いたにも関わらず、もうそちらを向いてはいなかった。そこまで興味はないようで、助かったとマルフーシャは思う。

 

「ちょっと司令部に用事があって」

 

そこで初めて、ベルカの表情にも変化が訪れたような気がしたが、マルフ―シャにはなぜかは分からない。

 

「そう、興味ないけど」

 

二人は制服に着替え、ブーツの紐をしっかりと締めた。武器と装備を整えながら、マルフーシャは昨日の出来事を思い出していた。心の中にはまだ重い感情が残っていたが、今は前を向いて進むしかないと自分に言い聞かせた。

 

「行こうか、ベルカ」

 

マルフーシャは言い、扉に向かって歩き出す。

 

ベルカも頷き、マルフーシャの後に続いた。兵舎の扉を開けると、冷たい朝の空気が二人を迎え入れた。外にはまだ薄暗い空が広がり、基地内の様子がぼんやりと見える。

 

兵舎の外には同僚たちがちらほらと見え始め、みんなそれぞれの任務に向けて準備をしていた。二人は肩を並べて歩きながら、基地の中心部へと向かった。

しかし、二人の間には昨日の朝よりも距離があった。それは二人の関係を忠実に表していた。嫌われたわけではないだろう。憎まれているわけではないだろう。だが、そして確かに距離があって。言語化できない不確かな齟齬があって、それが今の距離感だった。

 

何というか。つっけんどんな態度を取られないのはなんだか寂しかった。

 

「今日も無事に終わるといいわね」

 

いつかの朝のように、ベルカが小さく呟いた。

 

「そうだね。でも、きっと大丈夫」

 

マルフーシャは微笑んで答えた。なにが「でも」なのかとか、なぜ微笑んだかのかはどうでもよかった。

少し、気持ちが楽になった。ベルカとの距離は少しだけ、近づいている気がした。

 

遠目からみる二人の距離感は、相方というにはまだ少し遠い。だけど、まだ関係が終わったわけではないのだと、そう思えた。

 

 

 

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25

 

 

その日はどこの部隊も重い空気で、基地の活気といえるものが消え去っていた。数を減らした第三門兵隊もまた、襲撃の後の暗い雰囲気に包まれていた。爆撃の音がまだ耳に残り、煙の匂いが鼻をつく。彼らは疲れ切っていたが、次の指示を待つために整列していた。そのとき、突然明るい声が響き渡った。

 

「やっほー☆ アリビナちゃんだよー☆」

 

台に向かて飛び乗ると同時に響いた声に、全員が一瞬にして凍りついた。新しい指揮官が来るとは聞いていたが、こんなに軽快な登場をするとは誰も思っていなかった。誰も無視しているわけではない。ただ、どう反応すべきか全く分からなかったのだ。

 

「みんな、今日からよろしく☆」

 

無言、圧倒的無言がそこにあった。

誰も無視しているわけではない。

 

困惑が広がり、その場の誰もが正しい反応を見つけられなかった。全員が一様に口をつぐみ、無言を貫いていた。敬礼すべきなのか、それとも「はい!」と元気に答えるべきなのか。誰も答えを知らなかった。

 

アリビナはその様子に気づいているのか、いないのか、楽しそうに笑っていた。

 

「みんな暗いね! 私みたいに笑顔の方が良いよ!」

 

彼女の赤色の髪が、戦場の灰色と対照的に輝いていた。その明朗快活な様子は、ここには全く似つかわしくないように見える。マルフーシャは彼女の意図を読みきれなかった。その顔を凝視してみたが、何がわかるということもない。

 

「分かるよ! なんで私はこんなにかわいいのか…だよね!」

 

「えっと、違いますけど」

 

「うんうん、どうしてこんなに私が可愛いのに戦争はなくならないんだろう…」

 

聞いて? 

 

「ところで、みんな元気ないね!」

 

だめだこりゃ。

 

アリビナは続けた。

 

「じゃあ、まずは自己紹介から始めようか。私の名前はアリビナ、好きなものはザリガニ。嫌いなもはシイタケ! 趣味はお菓子作りとダンス。みんな、自己紹介して!」

 

兵士たちは戸惑いながらも、一人一人自己紹介を始めた。アリビナは一人一人に明るく声をかけ、全員を笑顔にしようと努めていた。

 

「あなた、名前は?」

 

アリビナはマルフーシャに話しかけた。

 

「マルフーシャです…」

 

マルフーシャは困惑しながら答えた。

 

「フーシャちゃん、よろしくね!」

 

アリビナはニッコリと笑いかけた。

 

その瞬間、マルフーシャは少しだけ笑顔を返した。アリビナの奇妙な登場は、一瞬の混乱を引き起こしたが、その明るさとエネルギーは確かに皆の心に小さな光を灯した

 

 

 

 

 

「あっ、これあげる」

 

「ありがとうございます?」

 

ザリガニを手に入れた。

 

 

 

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26

 

 

 

 

朝礼が終わると、マルフーシャとベルカは武器弾薬の補給のためヴァレリーのいる武器庫へ向かうために共に動き始めた。ーーなぜだが知らないが生きているだろうという共通見解があったので、二人でヴァレリーから毟り取ってやるという算段を企てつつ、ビオンの生存を確かめようと指揮所へと向かう道すがら、重要な会合が待っていることを思い出した。監査官のライカに会う時間が迫っていたのだ。

 

ライカは基地の憲兵隊の中でもほかの憲兵の監督指揮する憲兵隊長――あの中尉のことだ――の補佐だ。副隊長とは違うので混同するとヤヤコシイので、マルフーシャはなんか偉い人位に考えている。

 

厳格な監査を行うことで知られていた。彼女の鋭い視線は、基地内の全てを見逃さず、常に規律を守らせるために存在していた。マルフーシャとベルカは緊張しつつも、

 

基地の廊下を進むと、彼女たちは重い鉄製の扉の前に立ち止まった。扉の上には「監査室」のプレートが掲げられている。マルフーシャが深呼吸をし、扉をノックした。

 

「どうぞ」

 

内部からライカの冷めた声が響いた。

 

マルフーシャは扉を開け、ベルカと共に室内に入った。監査室は冷たい雰囲気に包まれており、窓からの薄明かりが机の上を照らしていた。ライカは机に座り、書類を整理していた。その目は厳しく、全てを見透かすような鋭さを持っていた。

 

「マルフーシャ、ベルカ、おはようございます」

 

ライカは顔を上げ、二人を見つめた。

 

「空爆の後処理について報告をお願いします」

 

「おはようございます、ライカ監査官」

 

マルフーシャは敬礼し、ベルカもそれに倣った。

 

「昨日の空爆は成功しましたが、まだ敵の機械兵がこちらに向かっているとの報告があります。現在、迎撃部隊が対応中です」

 

ライカは簡単に状況を共有し、引き出しから取り出した二つの階級章を机の上に置く。

 

「それから、両軍曹。戦時昇進おめでとう」

 

「「ありがとうございます」」

 

返事を聞くとライカは黙って頷き、書類に目を落とした。

 

門の警備は通常第三門兵隊と警備小隊の仕事だ。門兵隊が外門にでて迎撃する役割を担っているが、バディは二人二組で昼と夜のシフトをこなす。通常、一方が伍長であれば、もう一方は軍曹といった組み合わせが常だ。今回から、マルフ―シャたちは軍曹組というわけである。―-もっとも、伍長組が補充されるかは怪しいところだ。

 

「具体的な被害状況と、今後の対応についての計画は?」

 

マルフーシャが一歩前に出て説明した。

 

「被害状況については、”機械門"の設備に軽微な損傷がありますが、防衛には影響ありません。今後の対応として、索敵による、接近する前の航空機械兵の特定と排除を優先し、そのための戦力は即席ですが、門上部に機銃を設置する方針で迎撃に全力を尽くします」

 

ライカは報告を静かに聞き、再び顔を上げた。

 

「分かりました。ベルカ軍曹は退出しなさい。マルフーシャは残って」

 

「「はい、監査官」」

 

マルフーシャとベルカは同時に答えた。

そしてベルカが机の上から階級章を受け取ると、そのまま反転し、扉の方へ向かう。

 

「失礼します」

 

そう言って、ベルカが部屋を出ると、ライカは厳しい表情を少し緩め、冷静な口調で続けた。

 

「我々憲兵隊には、最優先事項があります。軍の規律を維持すること。そのためにも、まずはスパイを見つけださないと。できればこのような事態になる前にどうにかしたかったのだけれど、もうどうにもなりません。こうなれば。一刻も早くスパイを引きづりだして、報いを受けさせなければなりません。そして奴らをこの基地から“消す”伍長、貴方にはその役割を期待しているの」

 

つまり、こうだ。今まで憲兵隊は秘密裏にスパイを発見、できれば偽の情報を掴ませたいと思っていた。ところが、ここに来て防衛基地として大失態、機械門が突破されてしまう。失態を憲兵に詰められるのは避けたい総司令官は全ての責任はスパイにあり、それを捕まえられない憲兵が無能という主張に綺麗変えた。そのため事態を重く見た憲兵隊はこのことを誰にも知られないためには、スパイを全て“消す”しかないと踏んでいる。生きてとらえるよりも。何とか始末する方に頭を使うような作業だ。難易度がより上がった気さえする。

 

「何か“問題”があれば、すぐに報告してください」

 

ライカが強調した“問題”という言葉を聞いて一つ思い出した。セルゲイは今どこだろう?

思い出してハッとする。あれも問題といえば問題だ。

「ありがとうございます、ライカ監査官」

 

マルフーシャは深く頭を下げた。

 

「では、任務に戻りなさい。私はここで引き続き書類作業を行います」

 

ライカは再び書類に目を落とした。

 

「ああ…それと。ビオンという子がゴミ処理場のところで寝てるって報告が入ってるの、怖いしなんか危ないやつだから何とかしれくれって。でも、こんなことでいちいち憲兵を派遣したくないから、あなたがなんとかしてちょうだい。あなたの妹分でしょ、頼んだわよマルフ―シャ」

 

外に出ると、ベルカは待っていた。てっきりもう行ってしまったかと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。

 

しかし、ムスッとした表情は相変わらずで、会話もそっけない。

 

マルフーシャとベルカは監査室を後にし、廊下を進みながら互いに目を合わせた。

 

「ライカ監査官と何を話したの?」

 

ベルカが小さく呟いた。マルフ―シャは急に息が詰まった魚のような表情になってしまう。ベルカはマルフ―シャがスパイ探しのために活動しているだなんて当然知らない。なんならスパイがいると上が判断していることすら知らないはずだ。仮に、仮にだが、自分がスパイ探しのために活動していることを知られれば周りの仲間からはかなりの反感を買うだろう。仲間を疑うなんて…というのが軍だ。

 

「ビオンが生きてるってきいたよ。生ゴミ処理場のところで寝てるって」

 

マルフ―シャは言ってからまた、自身のミスに気付いた。そんな話なら、ベルカを退出させる意味がない。どう考えてもなにか別の、ベルカにきかせられない話をしたとバレる。

 

「もちろん、言わなくてもいいわ。あの人は“いい人”だし。妙なこともしないと思う。ただ気になったの」

 

今度は、ベルカも気づいただろう。いや、実朝の時も気づいていたのだろうか? 分からない。

言わなくていいというのは優しさからくる言葉だろうか、それととも

 

「…そうだね」

 

どちらにしても、別の部分、そこが当てつけのように聞こえてしまった自分を咎めるべく、マルフーシャは相槌を打つにとどめた。

 

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27

 

いつもと違う宿舎に帰る。といっても外観も間取りも全く一緒だ。それでも違う場所なのだと感じるのは。曲がりなりにもあそこが“家”だったからだろう。

 

汚れの具合や、冷蔵庫の傷の数。錆の模様がここは違う場所だと告げてくる。

 

私物も消え、棚にあった写真も燃えてしまったのだろうな。そこで初めて、マルフーシャは空爆を後悔した。

 

味方の悲鳴でも、ベルカの非難でもなく、写真一枚のために初めて後悔するとは、中々自分勝手だと自嘲する。

 

「まぁ、いいけど」

 

そういうものだ。どうせ適応薬とやらのせいだ。全部そういうことにしてしまおう。もう面倒だった。スパイも軍人も飽きたんだよ。

 

自棄になりかけたところで、やろうとしていたことを思い出す。

 

――そうだ、セルゲイを探さないと

 

別に探さなくてもよかったが、今は何も考えなくていい理由が欲しかった。

 

靴紐を結んで、扉を開けて、外に出たところで

ふと、昨日の空爆で死んだかもなと思い至る。

 

軽症とはいえ負傷していたし、あの混乱では救助が行われていたかも怪しい。

 

仮に動けたとしても。武器もなしにあそこを生き残るのは不可能だ。さらに最悪な状況に、バターの如く上塗りされた空爆でさらに生存率は下がる。

 

襲撃のせいで、野戦病院が増設され、ただでさえ人手不足の第五医療隊はてんやわんやだ。そこから、たった一人の一兵卒を探すなど、運が悪ければ途方もなく時間がかかるかもしれない。

 

だとしたら、これからしようとしていることは無駄骨になるかもしれないと思いながら、それでも雪を踏みしめた。

 

 

溶鉄のマルフーシャを知っていますか?

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