天官よもぎは知りたい 作:ミルクセーキ
ある日の放課後。
今日は珍しく生徒会の仕事がないよもぎはいつもの中庭のベンチで、静かに目を閉じて何かを考えていた。
その議題とは、早坂のことについてであった。
読者の皆さんは、先日石上と昼休みに話していた時に、たまたま早坂達ギャルグル―プがやってきた事を覚えているだろうか?
その時に、よもぎはそのメンバーのうちの1人、火ノ口からお昼ご飯を持ってくることに対する感謝を伝えるべきだと言われたのである。
火ノ口自身はその場の早坂の気をそらすためという目的と、反応を見たかったというだけだったのだが、よもぎはそれを真面目に受け取り、何かしらのお礼をしなくてはならないと考えていたのである。
(ただお礼を言うだけでもいいんでしょうけど、それはこないだも伝えましたし、それだけというのも失礼ですよね……)
この様によもぎは、お礼を言う以外の事をしようと思って色々考えているが、同年代の異性に感謝を伝える経験が今までにないため、何をしたらいいのかが分からなくなっていた。
また、プレゼント送ることも色々考えたが、アイデアが浮かんでは消えていき、一つに決めることが出来ずにいた。
更に問題はそれだけではない。
(後、最近なんか避けられてもいるんですよね……僕、何かしたんでしょうか……)
そうもう一つの問題は、早坂に避けられていることである。
そこまで露骨に避けられているわけではないが、話しかけても対応がそっけなかったりどこかよそよそしかったりするのである。
このことも原因でよもぎは、より何をしたらいいのか分からなくなってしまったのである。
また、この理由としてよもぎは知る由もないが、こないだのかぐやの「男は皆オオカミ」関連の発言が尾を引いており、早坂は変に気まずくて話しかけられてもよそよそしい態度を取ってしまっているのである。
(いったいどうしたら……?うん?)
何も思いつかず、八方ふさがりになってしまったよもぎであったが、そんなよもぎの耳にどこからかすすり泣くような声が聞こえた。
その声の方に進んでみると校舎の陰になっている誰にも見えないようなところで、地べたに座り込み、女子生徒が俯きながら涙を流していた。
「あの……大丈夫ですか……?」
「うぅ……ばさ君……」
「あの?」
その女子生徒はブツブツとつぶやいていたが、その内容は声が小さすぎて聞き取れない。
しかし、よもぎが今度は強めに声をかけると顔をあげる。
目元はかなりの時間泣いていたのか、真っ赤に腫れており、その特徴的な赤い目には大量の涙を貯めっていた。
そして、その女子生徒はよもぎの顔を見ると一瞬呆然とした後、その顔を歪め、涙腺が決壊した。
「づばさぐんがぁ……!つ”は”さ”く”ん”か”ぁ”……!」
「いや、本当に大丈夫ですか!?」
「迷惑かけたわね……」
「いえ全然……落ち着いたなら良かったです。」
何とか、その女子生徒を慰め、近くのベンチに座らせた。
落ち着いた彼女は自分の事を『四条眞妃』と名乗った。
『四条眞妃』
四宮家に連なる血筋である四条家の令嬢であり、かぐやと並ぶほどの秀才である。
また、その点からかぐやと親戚関係にあるが、四宮家と四条家は敵対関係にあった。
よもぎは、その素性は把握していたが、詳しい人柄までは把握していなかった。
違うクラスであった事もあるが、そもそも下手に探って怪しまれたくもないため、手出しをしないようにしていた。
(早坂さんが言うには、四宮さんと似たところがあるという事でしたが……)
唯一知る情報源が早坂であるが、早坂も深く関わったことがないため、深い情報までは得ることが出来ていなかった。
(これはチャンス……これを機に四条さんから情報を得ましょうか……)
よもぎはこの1年と少し、それから早坂と関わる事によって、長期的に情報を得る有用性をひしひしと感じていた。
その為、よもぎはとりあえず親しくなろうと世間話から始めることにした。
「四条さんですよね?隣のクラスの」
「あら、私の事知っていたの?」
「はい。四条家のお嬢様ともなると有名人ですからね。」
「あら、良い心掛けね。天官よもぎ。」
その眞妃の言葉によもぎは少し驚いた顔をする。
「僕の事、知っていたんですか?」
「えぇもちろん。生徒会所属という肩書きは貴方が思っている以上に箔がつくものよ。それに……」
そこではキッとよもぎの方を睨みつける。
「前回のテスト
「……」
ファーストコミュニケーション失敗!
よもぎはどうにかしてこの失態を取り返そうとするが言葉が見つからない。
その慌てる様子を見て、眞妃はしばらく睨みつけていたが、すぐにクスリと微笑んだ。
「別にそこまで慌てなくてもいいわよ。思う事はあるけど、次はもっと頑張ればいいだけの話なんだから。」
「そうですか……」
(ここで、眞妃さんの順位を奪った事について知らなかったと言える空気では無いですね……)
よもぎは空気を読める男なのである。
そしてよもぎは、この会話から眞妃が強い女性であると感じた。
普通上流階級の人間は、自分より下の位の人間に負けたとなると、それを認めなかったり、様々な手段で抵抗しようとするのである。
しかし、眞妃はそれを事実と認めた上で、それを越えようとより努力をしようとしていた。
その姿は、彼の知るある女性と同じだった。
(なるほど、早坂さんが四宮さんと似ているというわけですね……)
そんな事を思いながらも、ふとよもぎはある疑問が浮かぶ。
「それで、四条さん。何かあったんですか?」
「それは……何をしていたんだろうね私……」
その質問をした途端に、眞妃は一気に落ち込み顔を暗くしていた。
そこから話を聞くと、これまたよもぎに関係のある話であった。
なんでも、彼女の友人である男子と女子が付き合ってしまったという事らしい。
その男女というのが、生徒会に相談に来た、田沼翼と柏木渚のペアだったのである。
「つまりは、四条さんは田沼くんが好きで、友人である柏木さんとくっついてしまったが為に、傷ついているという事ですか?」
「全然違うわよ!どこをどう聞いたら私が彼の事を好きって事になるのよ!」
「違うんですか?」
「当たり前でしょ!?私は四条家の高貴な人間よ!虎がネズミに恋するとでも思っているの?」
そこまで言って眞妃は顔を若干赤らめる。
「まぁ向こうから告って来たら付き合ってあげなくもないけど。」
(……こういうところも似てるんですね。)
よもぎは、強い既視感を感じながらも眞妃に話しかける。
「そうですか……なら何で泣いてたんですか?」
「それは……その……」
「付き合ってもいいと思ってるという事は、少なからず好意的に思ってるという事では?」
「だから違うって言ってるでしょ!」
「本当に違うんですか?」
「………………違わない。」
「あっ認めるんですね?」
その点に関しては、どうやら彼女とは違ったようである。
よもぎは、頭の中で今回の状況について整理していく。
(あれ、これ僕らが相談に乗ったせいでは?)
整理した結果、よもぎは今回の責任の所在が
(いや、まだ分からない……もしかしたら元々こっちではどうしようもない関係とかかもしれませんし……)
「しょうがないでしょ!好きになっちゃったんだから!」
「それならどうするんですか?柏木さんから奪い取るとか……?」
「そんな野蛮なことしないわよ。学生のままごとみたいな恋愛がいつまでも続くわけないんだし……それに最後に私の隣にいてくれたらそれでいいから……」
「そういうものですか……」
「馬鹿にしてるの?」
「いや、そんなつもりは一切なかったんです。ただ周囲にはいない考え方だったので興味深くて。」
よもぎは、眞妃のその考え方が、今まで周囲にあるものではなかったため、新鮮味を感じた。
とは言え、周囲のサンプルケースが
「そういうものかしらね……」
「えぇ、そういうつもりは全然ないわよ。ただ……」
「ただ?」
「「壁ダァン」とかいう変な技を教えた奴の事は、絶対に許さないわ……」
(!?)
そう話す眞妃の顔は怒りに歪んでいた。
よもぎはその気迫に驚きながらも恐る恐る尋ねる。
「……「壁ダァン」ですか?」
「そうよ!あそこまでいい感じで距離を詰めてたのに……!あれがなければ、少なくとも付き合うなんてことなかったのに……!それにあれ以来彼、どことなく渚に対するボディタッチ増えてるし……!」
聞いてみれば出るわ出るわ、不満の声が次々と。
更に田沼は白銀のアドバイス以外にもご丁寧に、よもぎがしたアドバイスの内容も実践していたらしくその点に関しても眞妃はキレていた。
(これはどうにかバレないようにした方が……ばれたら四条家に潰されかねないですし……)
その眞妃の様子から、もし自分達がそそのかした立ち位置にいることがばれてしまってはどうなるか分からない。
そう考えたよもぎは、どうにかこの話題を切り上げるために行動しようとする。
「奥手な彼にあんな手段吹き込んだ奴……絶対に許さない……皮を剥いでなめしてやる。」
「あー四条さん……」
「本当に許さない……」
(…………)
その様子を見てよもぎは、別の話題を振ることが出来なかった。
眞妃の顔は確かに怒っているが、その奥には深い哀しみが見て取れた。
「四条さん……」
「あ、ごめんなさいね。こんな話聞かせちゃって。誰かに話したことないからつい……」
「いえ、そうではなく……」
「?」
よもぎは、そこで眞妃に対して、田沼の恋愛相談に乗っていた事、そこでボディタッチを有効な手段として教えた事を伝えた。
相手との関係を築く時に出来るだけフェアに行おうとするよもぎにとって、怒り心頭ならまだしも深く悲しんでいる状態の眞妃に噓をついてまで、関係を築こうとは思えなかった。
とは言え、流石に「壁ダァン」の真相を伝えるだけの勇気はなかった。
(ここで御行の事を伝えたら、それこそ御行が消されかねないですし……)
そんな事をよもぎが考えているとは露知らず、眞妃はその説明を静かに聞いていた。
そして、すべて話した後眞妃は口を開く。
「つまり、翼くんに余計な事を吹き込んだのは貴方という事ね……?」
「そうなります……」
よもぎは、怒鳴られるのを覚悟しながら眞妃の言葉を待った。
「……それで?私は別に何もしないわよ」
しかし、そんな眞妃の口から発せられた言葉はよもぎの想定とは大きく違うものだった。
そのことによもぎは、驚きを隠せなかった。
「何よ?鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して。私が何かするとでも思ってたの?」
「それは……まぁ。皮を剥ぐとまで言ってましたし……」
そうよもぎが伝えると眞妃は、よもぎの顔をしっかりと見つめる。
「まぁ?色々言ってやりたい気持ちはあるし、完全に許したわけではないけど……ここで貴方に何かを言って彼が私の物になるわけないし、それにこれくらいであきらめるつもりはないわよ。」
そういう眞妃の顔は、自信に満ちた強い女性の顔だった。
「強いんですね……」
「え?」
その顔を見てよもぎは思わずぽつりと呟く。
「いえ、テストの順位を認めるところもですし、好きな相手が自分とは違う相手になびいてしまったところでも、貴女はどちらも人のせいにしないで、自分で努力を重ねようとしている。それは、人として強くないとできない選択ですよ。僕はそういう人を尊敬します。」
「天官……」
そう言うよもぎに対して、眞妃は驚いた顔を向ける。
「天官、貴方誰にでもそんな風に褒めてるの?」
「えぇはい。できる限り人は褒めるようにしてますけどそれが……?」
「そうなの……いや悪い事ではないんだけど……」
そういう眞妃自身、褒められるのには慣れているため、あまり動揺しなかったが、効く人間にとってはとても効く内容であると感じた。
まぁ実際に効いている人間がいるため、この眞妃の考えは概ね間違っていないと言える。
そんな褒められた眞妃は、少々胸を張ってよもぎの方を見る。
「まぁ良く分かってると褒めてあげるわ、天官。貴方見る目があるわよ。」
「ありがとうございます。」
そう返すよもぎは、どうやら最悪の事にはならなかったと安堵した。
「まぁそれはそれとして」
「?」
「向こうの相談にも乗ったんだから、こっちの相談にも乗りなさい。」
そういう眞妃は逃げたら容赦しないという顔をしていた。
その顔はやはりどこかかぐやに似ていたのであった。
そして、よもぎは逃げられないことを悟り、その相談に乗ることにした。
「僕は恋愛経験が無いので、あまり相談には乗れないと思いますが、それでも良かったら。」
「話聞いてくれるだけでいいわよ」
そうしてしばらくその相談は続いた。
基本的には、眞妃の話をよもぎが聞くだけの時間であったが、時たまよもぎがその話にアドバイスを行うシーンがあった。
そして、相談が終わるころには、話し始めてからかなりの時間が経っていた。
「ふー中々話したわね……人に話すだけでこんなに心が軽くなるものなのね……」
「お役に立てたのなら良かったです。」
「えぇ本当に感謝するわ。それにしても……」
「どうしました?」
眞妃は、不思議そうにしてるよもぎを訝しげに見る。
「貴方本当に恋愛経験ないのよね?」
「はい。ありませんよ?」
(それにしては、途中途中のアドバイスが妙に恋愛経験がありそうな感じだったのよね……)
眞妃は、今回の相談の合間合間にあった適切なアドバイスからよもぎに恋愛経験があるのではないかと疑ってた。
しかし、本人がないと言っているし、深く聞くことでもないと眞妃は思考を切り替えた。
「それにしても私だけ話を聞いてもらうというのもあれよね……天官何か相談事は無いの?今なら特別にこの私が聞いてあげないこともないけど。」
「相談ですか……」
そう呟いたよもぎは、この出逢いの前まで考えていた、最近の自分の悩みについて思い出した。
「あぁそれなら1つ相談に乗ってもらっても良いですか?」
「えぇ話してみなさい?話すだけでも楽になったりするから……」
眞妃は先程の自身の経験からそう伝える。
そして、今度はよもぎの相談が始まった。
「実は、異性の知人に感謝を伝える方法に迷ってて……」
「感謝?」
「はい。その人は最近昼食を持ってきてくれるのですけど、ちゃんとそのお礼をしてあげられてなくて……」
(昼食を持ってきてくれる異性?)
眞妃はよもぎの放ったこの一言が気になった。
「……天官」
「はい?」
「一応聞いておくけど、恋愛経験は無いのよね?」
「ありませんけど……?」
そういうよもぎは、眞妃がどうしてその質問をするのかが理解できていなかった。
「……話の腰を折って申し訳なかったわ。それで続きは?」
「は、はい。えーっと前に出かけたときに趣味は分かりましたけど、あまりプレゼント向きではなかったですし、好きなキャラクターのグッズはその時あげてしまったので、同じものという訳には……」
(一緒に出掛けたってそれデートしてるじゃないの!?)
「……天官」
「はい?」
「もう一度聞いておくけど、本当に恋愛経験は無いのよね?」
「ありませんけど……?」
眞妃は流石にこれまでの言動とこの話から、恋愛経験の有無を疑ったが、本人には自覚がない様子だった。
しかし、これ以上自覚がないのに伝えても、ややこしくなると感じた眞妃は、そこでその思考を切り上げ、相談の内容に切り込んでいった。
「つまり、感謝を伝えたいけど何をしたらいいのか分からないって話よね。」
「そうなりますね。」
「そんなの簡単よ。」
眞妃はそう言い切ると、よもぎの方を向く。
「あのね、相手を考えてしてあげたものは、どんなものでも嬉しいものなのよ。」
(天官の相手が私の考えているような人だったらの話だけども……)
眞妃はそんな事を考えながら、よもぎにそう伝えた。
「相手を考えて……」
「そう。だから、相手を思ったプレゼントとかあげてみるといいんじゃない?」
そう言うと眞妃は時計を確認する。
「もうこんな時間なのね。私は行かなくちゃならないから失礼するわ。あ、そうだ……」
「どうかしましたか?」
「連絡先交換しない……?」
そう言う眞妃の顔は少しそわそわとしていた。
眞妃は今まで、異性と連絡先交換をすることが少なかったのである。
「えぇ良いですよ」
よもぎがそう伝えると眞妃の顔はパーッと明るくなる。
そして、連絡先交換を行った後、眞妃は、カバンを持ち立ち上がった。
「今日は相談乗ってくれてありがとう。それじゃあまたね。」
その感謝を伝えると、眞妃はその場を去っていった。
その場にはよもぎだけが残される。
「相手を思ったプレゼントですか……」
よもぎは、その眞妃の言葉をつぶやくと、そのまま帰路についた。
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