天官よもぎは知りたい 作:ミルクセーキ
「はぁ…はぁ…はぁ」
深夜の港を足から血を流しながら、白衣姿の男が走り抜ける。
その手にはアタッシュケースが握られており、もう片方の手には拳銃が握られている。
その後ろをスーツ姿の青年が走って追いかける。
しばらくして、白衣姿の男は海まで追い詰められてしまった。
「くっそ!」
「そこまでです観念してください。」
そこに追い付いてきたスーツ姿の青年。
こちらの手にも拳銃が握られており、その銃口は男の方を向いていた。
「大人しく。そのアタッシュケースをこちらに渡してください。渡したらこちらも引き上げますから」
「断る!これには、私の研究の成果が!」
そう言い拳銃を青年の方に向けようとする。
しかし、その言葉を言い終わる前に、青年はその指にかかっているトリガーを引いた。
銃弾は男の眉間に吸い込まれて、そのまま男が崩れ落ちる。
青年は、その男の死体を一瞥すると、その手にあるアタッシュケースを拾い上げ、耳に付いたインカムで連絡を入れる。
「こちらアンバー、対象物確保。ターゲット死亡。処理班を要請します。」
「了解。お疲れ様アンバー。次のターゲットは把握しているか?」
「えぇ向かいます。」
そう言うと青年…アンバーは港を後にして、近くに止めておいた、乗ってきた車に乗り込む。
そうしてそのまま夜の街に消えていった。
そして、次の日
(流石に寝不足…)
よもぎは秀知院学園の廊下をフラフラとした足取りで歩いていた。
ここ最近、テロ組織の動きが活発になっており、よもぎも連日仕事に駆り出される事になっていた。
そのせいで充分な睡眠が取れずに、よもぎのコンディションは最悪。
今までなら、こんな状態でも活動できていたが、いかんせん学生として活動している影響か、耐えられなくなっていた。
しかし、そんな状態でも生徒会の仕事をこなす為によもぎは生徒会室に向かっていた。
「失礼します…」
「あ、よもぎ君!そうだ、よもぎ君は山と海どっちが良いですか?」
「はい?」
よもぎはいきなりされた質問に困惑する。
なんでも生徒会で、夏休み出かけるなら何処?という話題になったらしく、現在白銀は山、かぐやは海と言う意見で割れてるらしい。
「それでよもぎ君はどっちですか?」
「そうですね…」
よもぎはパソコンの準備をしながら考える。
しかしこの男、現在絶賛寝不足である。
そんなよもぎが、まともな思考もできるはずもなく、思考はぐちゃぐちゃになってしまった。
(山と海…山は遮蔽物が多いからゲリラ的に攻撃を受けるかもしれないし、海は開けすぎてるのと薄着の為、襲われたとしたら対処は困難…うーむ悩ましいですね…)
よもぎは生徒会で出かける想定ではなく、その場所で襲われた時の想定で考えていた。
その結果…
「うーん海ですかね…重装備にはならないと思いますし。(武装的な意味)」
「あー確かに海の方が軽装備ですよねー。(服装的な意味)」
「はい。それに砂の上も得意ですから僕。(戦闘的な意味)」
「へー!よもぎ君って砂の上もできるんですか!(バレーボール的な意味)」
(なんでしょう…この会話、何かが完璧にすれ違ってる気がするんですけど)
この会話を聞いていたかぐやは、何か決定的なズレがあると感じていたが、よもぎがこちら側という話を聞いてかぐやは白銀を攻め始まる。
「ほら会長。天官くんもこう言ってますし、海にしましょうよ。」
「くっ…」
(くそ!よもぎならこっちに味方してくれると思ったんだが…しかし海は駄目だ…俺はカナヅチなんだ!)
カナヅチ!
それは、泳げない人全般を指して使われる呼称であるが、白銀のそれは普通のカナヅチよりも酷い。
そのカナヅチっぷりは、お風呂で溺れた事もあるくらいであった。
そんな泳げない状態を、かぐやに見せるのは、白銀のプライドが許さなかった。
(こういう時は自陣のメリットをあげるよりも、相手のデメリットをあげつらえた方が効果的!)
「海は人が多いし、べたつくだろう?」
「問題ありません。四宮家の保有するプライベートビーチを使いますし、そこなら温水シャワーもありますからべたつきも気になりません。」
「日に焼けるのは嫌だろう?日焼けは乙女の天敵だ」
「最高級の日焼け止めクリームを用意しましょう。」
「鮫がでるかも…」
「フロリダから一流のハンターを呼びましょう。お昼はフカヒレですね」
(くっそ!この金持ちめ!)
白銀は自分自身の用意した、デメリットがことごとく打ち破られることに歯噛みする
(甘いですよ会長…その程度の攻撃こちらは読んでいます!)
一方のかぐや。自分自身の考えた計画のために用意した対応策は数多く、ここぞとばかりに白銀を攻撃する。
「山は夏でなくても行けますし、天候も変わりやすい、それに虫も多いですよ?」
(虫!)
そのかぐやの言葉に白銀は体を硬直させる。
(虫…失念していた!虫だけはダメなんだ!)
虫嫌い!
その虫嫌いっぷりはGを発見した瞬間に立ったまま気絶してしまうほどであった。
(虫…)
一方の夢の世界と反復横跳びをしているよもぎ。彼ははるか昔の事を思い出していた。
「山の毒虫に刺された時、すごい痛かったな…」
「えぇ!よもぎ君刺された事あるんですか!?」
「はい。あの時は三日三晩熱に侵されて…死ぬかと思いましたね。」
(絶対ヤダ!山無理!)
実際によもぎが刺された場所は、山などではなく密林のアマゾンだったのだが、そんなことは知らない白銀にとって山から海に気持ちが変わるとどめの一撃であった。
(泳ぎはどうにかよもぎに教えてもらうか…虫だけは本当に駄目だ…)
「水着買いに行くか…」
(勝った!)
その白銀の声を聞いたかぐやは心の中でガッツポーズをする
「あっそうですね…私も水着買い買えないと…」
そう言う藤原の方を見たかぐやは愕然とする。
かぐやは、自分自身のボディラインには自信があったが、それでも覆せない部分があった、それは…
胸囲の圧倒的戦力差!
かぐやを豆鉄砲だとすると藤原の攻撃力は戦車級!
戦力差は絶望的である。
(もしこれで、藤原さんの胸に会長の視線が行ったら、悩殺どころの話では…)
かぐやは自身の建てた計画にほころびが生じたことを感じた。
更にかぐやは、とんでもない発想をする。
(待ってさっきの天官君の発言にあった違和感ってもしかして…)
「うーん海ですかね…重装備にはならないと思いますし。(ぐへへ…これででっけえ胸を見れるぜ…)」
(ってこと!?)
まったくもって事実無根である。
しかし、そんな事かぐやは考えず、さらに妄想を膨らませる。
(こないだの話からも天官君が女性慣れしているのは確か!やはり…男はケダモノ!尚更海なんて絶対なし!)
かぐやの中でのよもぎはどうなっているのだろうか?
そんなかぐやの中で変態大魔神とされているなんて、知らないよもぎはそろそろ思考の限界が近づいていた。
「海はやめましょう。海はべたつくし、人も多いし、サメもいます。山にしましょう。」
「さっきといってる事違いますよ!?」
「いや海だ!山は雨も降るし虫も出る!海にしよう!」
「こっちも!?」
さっきほどと言っている事が間反対になっている2人を見て、藤原は混乱していた。
そんな藤原に2人は決断を迫る。
「そういうことなら藤原書記に決めて貰う事にしよう!」
「えぇそうしましょう!」
「え、えー?どちらかと言うと山ですね…」
(流石藤原さん!一番の友達よ!後は天官君をどうにかしてこちら側にしないとね…)
(くっそ…でもこちらにはまだ、よもぎがいる…こっからどうにかして藤原書記をこちら側に…)
「あ、でも山は山でも恐山に行きたいです。」
((えっ?))
恐山!
恐山は下北半島に存在する霊場であり、日本三大霊山の一つに数えられており、現世と来世をつなぐ場所として、青森の観光名所になっている。
「賽の河原に血の池地獄…輪廻を表す風車がいっぱい、八葉蓮華の山並み!」
そんな恐山について藤原は喜々として語る。
「あ、折角だからイタコさんに死者の霊呼んでもらいましょうよ!誰にしますか?キリスト?ブッダ?聖徳太子なんかも良いですよね!」
そんな藤原の様子に、2人は口をはさむことが出来ない。
正しく絶句である。
「ま、まぁそんな藤原書記は置いといてよもぎはどうだ?」
「……」
「よもぎ?」
「!あぁすみません。少しぼーっとしてました。」
よもぎは意識を飛ばしていた為、白銀の言葉に即座に反応が出来なかった。
白銀が、よもぎの作業しているパソコンの画面を除くと、所々いつもはしないようなミスをしていた。
そんなよもぎを見て、他の3人は目を合わせるとよもぎに声をかける。
「よもぎ、今日はもう帰れ。」
「御行…」
「そんなミスをしているのに、作業を続けても却って作業が増えるだけですよ?」
「四宮さん…」
「そうですよー。後は私たちに任せてください!」
「藤原さん…」
その3人の言葉に申し訳なさそうな顔をしながらよもぎは帰り支度を始める。
「それじゃあすみません。後よろしくお願いします。」
「あぁしっかり休めよ!」
よもぎはその声を聞くと、よろよろと扉に向かって歩きそのまま出ていった。
「…夏休みの予定はまた今度決めますか。」
「だな」
本日の勝敗 持ち越し(よもぎが体調不良の為)
因みにここには居ない会計もいるのだが、全然生徒会室に足を運ばない為、3人ともこの時はすっかり存在を忘れていた。
そんな彼の話はまた次の機会に…
それとほぼ同時刻。
早坂は主人の帰りを待つ間、廊下を歩いていた。
本来なら、空いている時間に日々の業務を行うのだが、その日は珍しくその業務もなく、1人で目的もなくぷらぷらと歩いていたのである。
(こんな事なら、今日はかぐや様に許可取って、早く帰って屋敷の事でもすれば良かった…ってあれは…)
そんな事を思っていたら、前からフラフラと誰かが早坂の方に向かって歩いてきていた。
早坂が不審に思い近づくと、それはよもぎであった。
「あ…早坂さんですか…お帰りですか…?」
「いえ、私はかぐや様を待っていて…というより大丈夫ですか?」
早坂がよもぎの顔を覗くと、見るからに体調が悪そうな顔色をしていた。
「えぇ…最近仕事が忙しくて…でも今から帰って寝れば…」
そう言い終わる前に、よもぎは体勢を崩す。
早坂は慌ててよもぎと床の間に入り込み、体を支える。
「いや、本当にダメじゃないですか!」
「いえ…大丈夫ですから…」
そう言いながらもよもぎの目はトロンとしており、焦点が会っていない。
「いや、せめて横になれる場所まで連れて行きます!」
早坂はこのままではいけないと思い、よもぎの体を支えながら横になれる場所に連れて行った。
「すみません何から何まで…」
「いえ、これくらいでしたら全然。」
結局あの後、横になれる場所を探して保健室まで連れて行ったが、空いておらず、いつも昼食を食べているベンチまでやってきた。
早坂はそのベンチによもぎを横にさせると、自分は空いている部分にちょこんと座った。
「それよりこんな場所で大丈夫でしたか?」
「えぇ…外の風が気持ちいいです…」
「それなら良かったです。体調の方はどうですか?」
「えぇ…大丈夫…です…ありが…」
「庶務君?」
「……」
早坂は、急に喋らなくなったよもぎを不思議がって、顔を覗き込む。
するとよもぎは規則的な寝息を立てて、眠ってしまっていた。
(寝ちゃいましたか…お疲れだったみたいですしね…)
そんなことを思いながらも早坂は、よもぎの寝顔を見つめる。
そして数分後…
(これは決してやましい気持ちがあったわけではなく、このままでは庶務君が首を痛めてしまうから…)
よもぎの頭は、早坂の膝の上にのせられていた。
早坂は、内心で必死に自分自身に言い訳をしている。
よもぎは、少し動いたことも気にせず、穏やかな表情で眠りについている。
(気持ちよさそうな寝顔ですね…)
そう思いながら、思わず髪を撫でる。
しかし、それでも起きそうにないよもぎを見て、改めて早坂は顔を覗き込む。
思えば早坂は、よもぎの顔をこんな近くでしっかりと見たのは初めてだった。
(こうして見てみると、綺麗な顔してますよね…)
確かに、よもぎの顔つきというものは、どこにでも居そうな普通の顔である。
しかし、様々なところに変装し、潜入するよもぎにとって、言わば顔は商売道具。
実を言うと彼はその手のケアに関しては、かなり念入りに行っていた。
その為、綺麗さで言うとその質はかなりのものであった。
「いつもご苦労様です…」
そんな彼を撫でながら、早坂はぽつりと呟く。
詳しく何をやっているかは聞いた事がないが、学業の傍らに仕事をこなす大変さというものは早坂も身に染みて分かっていた。
(けど、そんな彼にも私は噓をついている…)
そう心の中で呟く早坂は、暗い顔をしていた。
(もし、隠し事をしていると知ったら貴方はどうしますか?)
最近早坂はずっとそのことを考えていた。
自分自身がずっと周囲についている噓、それが露見したときどうなってしまうのだろう。
最近までその反応について考えていたのは自分自身の主人についてだけだった。
しかし、よもぎと関わるたびに、その恐怖は増大していく。
(人は演じていなければ愛されることはない…ありのままの自分が愛されることなんてない…)
そう心の中でつぶやいた早坂は寝ているよもぎに顔を近づける。
(貴方はうそつきの私を軽蔑しますか?それとも突き放す?)
(私は貴方に嫌われるのが…怖い…)
「ん?」
よもぎは、目を覚ますと頭の下にある感触に違和感を覚える。
(僕は生徒会室から出て、途中で早坂さんに会ってそれで…)
「あ、起きましたか?」
そんな風に寝起きの頭を働かしていると、頭の上から声がかかる。
目線をあげると、寝起きで霞んだ目に早坂の顔が映る。
よもぎは上体を起こし、ベンチに腰掛け早坂の方を見る。
「すみません。寝るどころか膝を枕にしてしまうなんて…」
「いえ、お疲れだったみたいですから。」
よもぎは頭を下げるが、早坂は気にしないでほしいという感じに体の前で手を振る。
(人前で寝るだなんて、余程疲れがたまっていたんでしょうか…スケジュール調整しないと…)
よもぎは、エージェントとして何が起きてもいいように基本、人がいる前では寝ないことを心掛けている。
その為、今回のように早坂がいるのに寝てしまい、あまつさえ膝枕をされてしまう等、よもぎにとってはたるんでいるとしか考えられなかった。
(最近、学校生活でカンが鈍っているのかな?これは、要特訓ですね…)
そう思いながら、よもぎは頭の中で訓練メニュ―を組み上げながら、立ち上がる。
「それじゃあ僕は帰ります。本当にありがとうございました、この埋め合わせは必ず。」
「あ、すみませんちょっと…」
そう言って早坂はよもぎを引き留める。
「もし…もしも私が庶務君に対して噓をついてたらどうしますか?」
「嘘ですか?そうですね…」
そう呟き、よもぎは顎を手で押さえる。
「理由を聞きますかね?」
「…それから?」
「いえそれだけです。」
「はい?それだけですか?」
早坂はよもぎのその回答に驚きが隠せないのか目を丸くしている。
「えぇ。ここまで半年以上見てきた中で早坂さんは、真面目で正義感のある人だと僕は思います。」
これでも人を見る目はかなりあるんですよ?とよもぎは続ける。
「そんな早坂さんなら、無意味な噓はつかないと思うんです。噓をついたんだとしたらそこには、重大な意味や、どうしようもない事情があると思うんです。」
ですから僕は理由を聞くだけです。とよもぎは締めくくった。
その言葉を聞いた早坂は、固まって動けなかった。
そして、その会話の後2人は分かれたのだが、早坂がその場から動けるようになったのは、そこからおよそ10分後の事だった。
こうーヤンデレにもならない、湿気の多すぎない激重感情って良いですよね(異論は認める)
次話 天官よもぎはデジタル化させたい