天官よもぎは知りたい 作:ミルクセーキ
「あ、ちょうど良いところにいまシタ。」
放課後、生徒会室に向かっていたよもぎは突然後ろからそのように呼びかけられた。
「校長でしたか。どうも。」
よもぎがその呼びかけに振り返ると、そこには1人の老人が立っていた。
その老人の正体はこの学校の校長『アドルフ・ペスカローロ』
特徴として、片言で話す事と、校内をよく歩き回って生徒と関わっている事が挙げられ、よもぎの潜入ミッションの依頼主でもある。
よもぎは周囲に人がいない事を確認して、話し始める。
「なんの用ですか?依頼の事なら報告書を挙げていますが?」
「イヤイヤ、そうじゃなくてチョット頼みたい事がありまシテ。」
「頼みたい事ですか?」
そう言うと校長は、よもぎの前に一冊の雑誌を差し出した。
その雑誌のタイトルは「ティーンの恋バイブル 特集彼との♡♡♡」となっており、いかにもな女性向け雑誌であった。
途端によもぎの顔が真顔になる。
「これが?」
「いやぁ校内で読んでいる人がいたカラ、没収したんデスケド、教育上良くない本なので生徒会で処分してくれまセン?」
「自分でやったらどうですか?」
「私は他にやる事がありまシテ……」
「……遊んだりして忙しいとかそう言うわけじゃ無いですよね?」
「エ、エェもちろん!」
そう答える校長であったが、実際この後ポケモンGOを行おうとしている為、よもぎの指摘は間違っていない。
最もよもぎは、校長がポケモンGOにハマっている事は百も承知で釘を刺しているわけだが。
「相変わらず当たりが強いデスネ……」
「すみません。どうも雰囲気が知り合いに似てまして。」
よもぎは頭に浮かんだ
「とりあえず分かりました。後はこちらで処理しときますから、校長はお仕事の方へ。」
「オウ!ありがとうございマス!それじゃあ後は頼みマシタ。」
校長はそう言い残し、スタスタと廊下を歩いて行く。
よもぎは溜め息を吐き、その背中に声をかける。
「僕の記憶が正しかったら校長室は反対の方向だと思いますけど?」
「……そうでシタ。私としたことがうっかりうっかり」
少なくとも今日はポケモンGOが出来ないことが確定した校長なのであった。
「それでそれが件の雑誌か」
ところ変わって生徒会室
校長から託された雑誌を携えて、よもぎは生徒会室に来ていた。
白銀はその話を聞き、校長の行動に呆れながらも了承した。
「校長の私物とかじゃ無いだろうな?」
「流石にそれは無いかと…」
「教育上良くない本ってどんな内容なんでしょうか?」
藤原は、その雑誌を持ち上げて中を覗く。
家の方針で、その手の雑誌を読むことのできない藤原にとって、その内容は未知の領域だった。
新鮮な内容に手が止まらず、どんどんと読み進めていく。
しかし、あるページで藤原の手はピタリと止まり、顔が真っ赤になっていく。
「乱れています!この国は乱れています〜!」
(なんだ?藤原書記のあの慌てよう…まさかヘアヌードでもあったのか!?)
そこは白銀も健全な男子高校生。
藤原のその露光な反応からそこまで関心はなかった雑誌に対する興味が、ムクリと持ち上がった。
藤原が思わず投げてしまった雑誌を拾うと、かぐやはそのページの内容を読み上げる。
「初体験いつだったかアンケート……高校生までにが34%ですか……」
「そ、そんな訳ありません!みんな嘘ついてるんです!」
初体験!
それは、高校生の思春期真っ盛りな彼らにとっては、刺激の強い内容!
更に、男女のいるこの空間において、この話題は非常にデリケート!
気になる異性が、その手の話題が苦手だと一気に距離が出来、得意だと一気に距離を縮める事が出来るかもしれないまさに諸刃の剣の様な話題!
そんな初体験という話題だが、経験済みの数値はこの雑誌によると34%!
34%という数値は、つまりは3分の1強!
経験済みの人間が、この4人の中に、1人ないしは2人いてもおかしくない数値である。
「こ……こういうのは、こういう本を読んでいる人に聞いているから高いだけですよねー」
「これはサンプルセレクションバイアスというやつだな…実際にはもっと少ないだろう」
「ですよね~!」
「そうですか?私は適切な値だと思いますけど。むしろ少ないほうじゃ……?」
((!?))
その時、藤原と白銀に電流走る!
一番なさそうなかぐやが、まさかの経験済みという現実に二人は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
(そ、そうだ!よもぎ、よもぎはどうだ!?)
まさかの情報に倒れそうになった白銀は、藁にも縋る思いで、よもぎの方を見る。
ここで、よもぎがこちら側であれば、最悪3対1の形となり、かぐやに対しても強くできることができる。
藤原も同じ考えに至ったのか、よもぎに近づいていく。
「よ、よもぎ君は、この結果どう思いますか?」
「アンケートの結果ですか?まぁ妥当だと思いますよ?僕も経験済みですし」
((!?))
現実は非情である。
というのもよもぎに関しては、彼の正体を知っていれば、容易に想像がつくものである。
彼の本職はエージェント。
彼等が相対する悪党の中には、色事が好きな人物も少なくない。
そういう相手からエージェントとして情報を抜き出す際に、そういう手段、つまりはハニートラップを仕掛ける事が必要になる。
また、その様な相手を始末するような場面においても、ハニートラップは有効的である。
そんなよもぎは、どちらの
田沼との恋愛相談時にも垣間見えていたが、よもぎは、秀知院学園の真の百戦錬磨といっても過言ではないだろう。
(相手が、裸だと何かと油断もしてくれますしね……情報取りやすいし、始末しやすいし……)
とはいえこんな発想になってしまう、彼にとっての性行為というものは、一般の高校生と比べるとかなり特殊なものである。
しかし、そんな事を知る由もない白銀は思考を巡らせる。
(そうだった……よもぎは俺より先にいるかもしれない男だった……だが、今回ので確信した!こと女性関係に関して、よもぎは確実に俺の先を進んでいる!)
ここまでの発言から白銀に恋愛経験が無いのは明白であるが、これは決して白銀がモテないというわけでは無い。
どちらかと言うと白銀はモテるが、そのモテる相手というものがイロモノすぎる為、今まで交際経験は無し!
しかし、自分自身がモテるという自信だけが積み重なってしまい、白銀は経験無しのくせに色々と拗らせてしまった「モンスター童貞」になってしまったのである!
そんなモンスター童貞白銀にとって、よもぎは自分の先を行く先導者の様な存在に思えてしまったのである。
そして、思考はこの間の昼に見た光景にまで飛んでいく。
(と、なるとあの金髪の女子生徒との関係はどういう存在なのだろうか…よもぎは恋愛経験無いと言っていたし……ま、まさか!)
そこで、白銀の思考は一つの結論に辿り着く。
(ワ、ワンナイト!)
ワンナイト!
それは、高校生の彼からすると踏み込んだ事のない未知の領域の話!
普通の経験も無い白銀からすると、一夜限りの関係というものは非常に爛れた関係であると感じる。
いや、全て白銀の勘違いなのだが。
そんな勘違いを加速させた白銀は、よもぎに向かってシリアスな顔を作り、話しかける。
「よもぎ……いや、よもぎ師匠……!」
「はい?」
一方で、藤原も藤原で顔を真っ赤にしてあわあわとしている。
冷静な顔のかぐや、真っ赤な顔の藤原、真剣な顔の白銀、困惑顔のよもぎ。
生徒会室は実にカオスであった。
しばらくして、白銀も藤原も一旦落ち着いたのか、それぞれの席につく。
そこで藤原は思い切ってかぐやに質問をした。
「もしかしてですけど……かぐやさんもそういう経験が?」
「えぇ。だいぶ昔に。」
「へー青森の市外局番って017なんだー、いがーい」
かぐやとよもぎの衝撃情報により、白銀は遂に壊れてしまった様である。
藤原も気まずそうにソワソワしている。
かぐやはその様子を見て、周囲の反応から「焦り」を感じた。
「焦り」というものは、周りに比べて遅れているというものに起因するもの。
その「焦り」を煽れば、交際に対して積極的にさせることが可能であると考えたかぐやは早速行動を開始する。
「2人とも愛の無い家庭で育ったんですね……そう思いませんか?天官くん?」
「愛のないですか……まぁ愛を伝える手段としては一般的ですかね?」
「えぇ、そうですよ。あんなに優しい気持ちになれる行為そうそう無いというのに。」
「まぁ確かに安心させる手段として使いますよね」
そんな風に話す経験者組から少し離れたところで未経験者組は固まって話をする。
「ちょっと会長!2人の会話なんか生々しくないですか!?」
「わっかんねーよ!なんかヤッた事ある奴しか分からん物とかあるんじゃねーの!?」
「ヤッたとか言わないでくださいよ!」
「じゃあどう言うんだよ!?」
そう騒ぐ2人の顔はまだ初夏だというのに、真夏に外で走り回ったかの様に熱くなっていた。
その二人とは、対照的に経験者組は至って冷静である。
まるで、同じ部屋の中で違う季節が流れているようだった。
その中で藤原はぽつりと呟く。
「でも、私全然知りませんでしたね……かぐやさんがそんな経験があるなんて……」
「藤原書記……」
そう言う藤原の顔はどこか寂しそうであった。
白銀自身もそれについては思っていた。
よもぎがその様な経験があるということ……確かにプライベートでデリケートな話題ではあるが、それを伝えられなかったという事に関しては、少々寂しさを感じる。
しかし、この寂しさに関しては、中等部から知り合いである藤原とかぐやの関係性だと、より強く感じることであろうと感じた。
白銀は、藤原の眼を見ながら言葉を紡ぐ。
「これから色々知っていけばいいさ。すぐ切れるような関係性じゃないだろ2人は?」
「そうですね!これから知っていけばいいんですもんね!」
そう言うと藤原は気合を入れるように、握りこぶしを作った。
未経験組がそんないい雰囲気になっているなか、四宮は白銀に向かって話しかける。
「でも意外でしたね、会長には妹がいますし、妹とガンガンやっているのだと思っていました。」
「……」
一瞬の静寂……そして、
「いやいやいや!しねーよ!馬鹿じゃねぇの!?!?!?」
「かぐやさん!?何言ってるんですか!?」
正に阿鼻叫喚。
生徒会室は再びカオスの渦に飲み込まれたのであった。
「ちょっと待て藤原書記!もしかしたら俺達には通じなくて、経験者に伝わる隠語か何かなのかもしれん!」
「そ、そうですね!そうなると大事なのは……」
同じ結論に至った2人は、すぐさまよもぎの方に注目する。
「?……??」
「あ、ダメです!意味わからなくてフリーズしています!」
「とりあえず、よもぎこっち側に来い!」
こうして事態は2対2から3対1にシフトしていった。
臨戦態勢を取る3人を見ながら、かぐやは不思議そうな顔をする。
「別に変なことじゃないでしょう?家族なんですし。私もこないだ生まれたばかりの甥っ子としましたよビデオで録られながら」
「狂気!」
そのかぐやのとんでもエピソードに、ドン引きする3人
「駄目ですね……人との接触を過度に恐れる。これも現代社会の闇でしょうか?」
「いや、どちらかと言えば貴族社会の闇だろ!」
「た、確かに上流階級だと特殊な趣味というのも流行ってるって聞きますけどまさかこんな……?」
「ほら、基本的に人と距離を置かないよもぎもドン引いてるよ!俺初めて見た、よもぎのこんな顔!」
よもぎは、混乱しながらもどこか冷静に思考をまとめる。
(四宮家の教育はどうなっているのでしょうか……?今度それとなく早坂さんに聞いてみますか……いやそれにしてもえぇ……?)
いや、やっぱり混乱しているようだった。
そして、そんな中でかぐやの発言は続く。
「?おかしな人達ですね。藤原さんだって
「してんの!?」
「してませんよ!巻き込まないでください!」
「天官くんも色んな人と挨拶がわりにしたりするでしょう?」
「よ、よもぎ……流石に高校生だし、秀知院学園生徒会メンバーなんだから節度ある行動を……」
「してるわけないでしょう!?なんでしょう……頭が痛くなってきました……ん?挨拶?」
白銀はここまでのやり取りを振り返りながら、考え込む。
(四宮家の教育方針は異常だと思っていたがまさかここまでだったとは……そんなのを常識と思っているなんて世間知らずにも程が……ん?世間知らず?)
そうして白銀は1つの結論にたどり着いた。
同じくして隣で考え込んでいたよもぎも顔を上げる。
「御行……もしかして……」
「あぁよもぎも気づいたか……」
そして白銀はかぐやにある質問をする。
「四宮。一応聞いておくが、初体験がなにか理解しているか?」
「馬鹿にしないでください。淑女としてそれくらいの知識はあります。キッスの事でしょう?」
その発言を聞いたよもぎと白銀は思わず顔を手で覆い、空を仰いだ。
四宮かぐやは生粋のお嬢様という紹介を前に行ったが、性に関しても同義!
彼女にとっての性知識はキス止まりで、それ以上は都市伝説の類であると捉えている。
そんな超がつくほどの箱入り娘である彼女が、初体験の知識などあるはずがない。
「会長、よもぎ君。ここは私から……」
藤原は、手を挙げよもぎと白銀を静止させると、かぐやに近づいて行った。
そして、約16分後全ての説明を終えた藤原はかぐやから離れる。
藤原の説明を聞いたかぐやは目に涙を貯め、顔を真っ赤にする。
「だ、だってそういうのは、結婚してからって法律で!」
(あー心臓止まるかと思ったー!!!)
白銀は今回の件が四宮の勘違いで起こっていたことに対して、安堵する。
しかしかぐやはそれどころでは無かった。
(ちょっと待って……という事は天官くんは!?)
先程までの勘違いかぐやだったら、よもぎの事はなんら不思議ではなかった。
しかし、その勘違いが解けた今、よもぎの意味合いは大きく変わる。
かぐやはよもぎをキッと睨みつける。
「こ、このケダモノ!秀知院学園生徒会メンバーとして恥を知りなさい恥を!」
「なんでしょう?凄く納得がいかないのですが……」
またもや形勢逆転!
3対1の1の方になってしまったよもぎは、今後この手の話題には気をつける事を心に誓った。
本日の勝敗
かぐやとよもぎの負け(圧倒的な性知識不足と最終的な人数差の為)
そしてその夜
早坂は急遽かぐやに呼び出されて、かぐやの部屋までやってきた。
「来たわね早坂……」
その呼び出したかぐやの顔はいつになく真剣だった。
早坂はその顔に生徒会に入る前までの冷酷なかぐやの顔を幻視した。
早坂はどうせいつものくだらない仕事であろうと思っていた気持ちを切り替える。
「なんの御用でしょうかかぐや様。」
「貴方に聞きたいことがあるの早坂。」
そう言われた早坂は心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
彼女が主人であるかぐやにもずっとつき続けている嘘。
もしかして、それがバレてしまったのでは?
そう考えると早坂は体からサッと血の気が退くのを感じる。
「貴方……」
その先は聞きたく無いと感じても、いきなり耳を塞ぐわけにもいかない。
それよりも早坂は、身体が固まってしまって動かなかった。
まるで、早坂の周りが全て氷になったかの様に、冷たく動けない。
そんな早坂に、かぐやはその言葉の続きを投げかけた。
「天官くんに襲われたりしてないわよね!?」
「は?」
早坂は突然すぎて何を言われたのか理解できなかった。
そんな彼女にかぐやは今日生徒会室であった出来事について解説する。
全て聞き終えた早坂はため息をつきながら、話し始める。
「それで庶務君に何かされてないか心配で私に尋ねてきたと。」
「四宮家の近侍として淫な関係を持っていないか、主人として確認するだけよ!」
「そうですか、それなら大丈夫ですよ。彼に何もされて無いですし。それにそんな事する人じゃありませんよ彼は。」
「そんなの分からないじゃない!男は皆オオカミなのよ!」
「はいはい。そうですねーオオカミですねー」
そのように騒ぐかぐやを大人しくさせてから、早坂は部屋を出る。
そうして自室に戻った早坂は先程のかぐやの言葉を思い出す。
(男は皆オオカミなのよ!)
「明日からどんな顔して会えば良いんですか……」
次話 天官よもぎは感謝したい