国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
――遠い剣の、夢を見た。
同じような光景。もう何度見せられた事か。
灰色の霧に包まれた城の最奥。そこに広がる白い花々の中で、二人の男が斬り合っていた。
一合、二合、三合と続く剣戟は、時折僅かな静寂を挟みながら幾千幾万と刻まれている。その表情は死を覚悟した兵ではなく、闘争を楽しむ獣のように。まるで殴り合っているかのようにも見える。
影を残す無数の煌き、掻き鳴らされる剣戟、時折混じる刹那の雄叫び――。己が磨き上げた剣の技を惜しむことなく、ただ一心に。
――これは一体誰かの記憶か。それとも夢か。
或いは自身の悔恨が見せた幻に過ぎないのか。
美しい剣筋だった。見惚れる煌きだった。無造作に繰り出される縦横無尽の太刀筋は、その全てが比類なき極地にあると思い知らされる一閃。幾千の兵が究めようとして、僅か一人でも至れるかどうか。
即ち如何に剣を極めようとも、決して容易くは追いつけぬ領域であった。
――あぁ、そうだとも。綺麗だから憧れて、届かないから捨てられた。
好きだから、想っているから。それがいつか届くなんて甘い幻想を抱いていた。
互いの剣先が激突し、静止して。また僅かな時間をおいて剣戟が打ち鳴らされる。
これはいつまで続いて、いつになったら終わるのかなんて分からない。
ただ剣の持ち主達との、実力の彼我を思い知られ続けるだけだ。そんなものをまざまざと見せつけられる。
――僕に、結局何が出来るのだろう。
剣を振るうに相応しい力があったのなら、取りこぼす事も無かったのだろうか。
目を逸らしてうずくまっても、その剣戟は響き続ける。そうやって、自分への無力さを呪い続けて、やり過ごすしか出来ない。
学園ゼラニウム――。学園なんて名前ではあるが、要するに強い戦士を育てる場所である。
ここから巣立った者達の多くは、各地で名声を轟かせたり、その腕を見込まれて軍の重役に取り立てられるなど、華やかな噂は絶えない。その実態はごく一部の者の栄光が大袈裟に伝えられてるだけだろう。そして芽吹かなかった者は、ただ時間の底に埋もれていくのみだ。
校庭に植えられた桜の木に背中を預けながら、大きく欠伸をした。
全身真っ黒な服装に、肩から指先にかけて黒い布を巻き付けている珍妙な格好など僕一人しかいないだろう。まあ袖口まで隠してはいるけれど、結局珍しい事に変わりない。
浮いているのは理解しているが、それでも必要な事なのだから。
「――にしても、貴族サマが目立つなぁ……」
この学び舎の門を潜る為には、いくつかの試練が必要だ。ただ、裏口入学も難しくはないらしい。見れば見る程、貴族達の服装が所々に目につく。戦うには余りにも不釣り合いなほどに煌びやかな衣装ばかり。
確かにここを出て名声をさらに手にすることが出来れば、その地位をさらに高みへ伸ばす事だって出来るだろう。上手くいけば他の所と強い繋がりを築くことだって出来る。それなら利用しない手はないかもしれない。
それを羨ましく思うし、同時にそうであったらと強く願う。彼らはきっとこれからの自分の未来を想像して、今より素晴らしい理想を目指すのだろう。その道中にある苦悩と挫折を、無理やり縮めて片隅に追いやって。
過去の僕もそうだったから。だから、彼らを笑うつもりも哀れむつもりも無い。寧ろ入口に立った者が、絶望から目を背け未来に希望を持つのは当然の事だ。
「ここにいた、探したわよヴィル。受け付けは済ませてきたわ」
僕の傍に立ったのは一人の少女。
陶器のような程良く白い肌と、宝石のように透き通った蒼い瞳。
そして青を基調とした、気品のある長衣。背中まで届く金色の長い髪。腰には湾曲した剣―確か刀と呼んでいた―を帯びている。
アイリス――以前、僕が住んでいた皇国で出会った少女。
皇国には色々と事情がある。僕はそれに縋るように、ここへ来た。
「制服とか無くて助かったよ。堅苦しいのはどうにも」
「そうね、礼式とかなら大丈夫。時期になれるわ。時間が解決してくれる事もあるから」
首の骨を鳴らしながら、立ち上がる。入学式――とは言っても、ものの数分で終わる呆気ないものだ。
彼女と共に人混みをかき分けて会場に入り、自由な席に座る。自身を誇る為、或いは学園長の印象に強く残りたい者は皆、前へ出る。それは悉く、名のある貴族ばかりだ。
一騒ぎに巻き込まれたくないから、ちょっと後ろ目の席に座る。隣にアイリスが腰を掛けた。
「……そういえば、武器の持ち込みとか大丈夫なのか」
「制圧出来るって事でしょ。さすがにそんな馬鹿げた事しないとは思うけど。
だって彼らにとっていい活躍の場だもの。でも……そうね、確かに何かあるとは思うわ」
あぁ、確かに。もしここで暴動が起きて、それを鎮圧したとすれば確かに注目の的にはなるだろう。と言うより槍とかは床に置いてくれと思う。
――それから入学式は滞りなく進んでいく。
きっと退屈なもので終わるだろうと言うその時間は、たった一人が壇上に上がるだけで一変した。
「――シルファ」
誰かがそう呟いた。
腰まで届く程の白く長い髪。慈母のように穏やかな笑みを崩さず、されどその瞳には全てを見通すような深さすら感じる。精悍な男性の姿。どこか、僕の師匠に似た感覚を覚える。
彼の見た目は何十年経過しても全く変化しておらず。――曰く、彼は誓約の力を得ているのではないかと言う。
ゼラニウム学園長シルファ。ゼラニウムと言う学園を立ち上げてから、その長を務め続ける者。求める人々を導き、強き者へと育て上げてきた。
彼は入学してきた者全員を見つめる。その希望溢れる心を尊ぶように。その未来が絶望に閉ざされない事を願うように。
――その瞳が僕を見た途端、僅かな間止まったように見えた。
“……そんな訳、ある筈も無いか”
祖国を追放されて皇国に流れ着いて。たまたま拾われただけの存在が僕だ。夢を追う資格すら無く、記憶すらも失って、傍にいた大事な人達を守る力も無くて。
あの場所から、逃げるように、逃れるように。ただここに来ただけ。
約束に縋るように生きていくしか、ないのだから。
「初めまして、でしょうか。まずは皆さん、入学おめでとうございます。長々と話しても退屈でしょうから、私の伝えたい事だけを。
ようこそ、ゼラニウムへ。この学園は、私が古い友人との約束の為に開いたものです」
その言葉が、思考を遮る。現実へ引き戻すように。
どうにも、こういった話をただ聞き続けると言うのはむず痒い。いつか忘れてしまうかもしれないのに。
「より強き者達を。いずれ来るべき日のために。心無くして、刃を握る事は出来ない。心無くして、刃を振るう事は出来ない。一人で駆け上がれる高みには限界があります。
友と共に、己の力を磨き上げてください」
“一人、か”
――まぁ、少なくとも。もう一度何かを見つける事ぐらいはできそうだ。
あぁ、そうだ。止まれない。止まる事は、自分自身が許さない。
あの日の誓いを、忘れてたまるものか。