国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
目を開ければ飛び込んでくるのはいつもの天井。どこか古くて埃臭くて。煤けた木の匂いが鼻に突く。
汚れた窓ガラスの向こう側には夜明けの空があって。自分のすぐ傍らには、兄と慕ってくれる少女の寝顔があった
「……」
今日もまた一日が始まる。明日を生きる為の路銀稼ぎ――即ちギルドでの依頼である。
「……ヴィル兄?」
「おはよう、フィオナ」
まずは少女の食事を作ろう。後はついでに師匠も。そういえば新しく加わった住人もいる。
朝食の準備、一日の始まりはそこからだ。
夜明けにも関わらず、路地には露店が並び商人達は開店の準備に追われていた。
皇国のそんな何気ない日常。きっとどこにでもある光景。
――無論、今から向かうギルドもそれに漏れず。皇国中から搔き集められた依頼は、紙として掲示板に張り出されており、そこには多種多様な内容がある。
同設された酒場には、夜通し酒を飲んだのか潰れている者や長丁場の依頼から帰って来た者達の姿が見えた。
「今日の依頼はっと……」
ギルドは国が運営している組織であるが故に、確かな働きには相応の金銭を支払ってくれる。
腐る事無くこの国にいられるのは、間違いなく皇国のおかげだろう。
昨日から同居人も一人増えた事だ。どれほどの食費がかかるか分からないが、粗末な食生活を送らせるつもりは元よりない。
「……」
内容に目を通していく。生憎遠出出来ない事を考えれば、魔物か盗賊退治。落とし物探しか、お使いぐらいだ。
ギルドで名を上げる或いは本格的に生計を立てようとする者は、皆長期的な依頼に向かう事が多い。
余程、その世界は厳しいのか。大成した者など、ほとんど聞いた覚えは無いが。
「相変わらず、暇そうなツラァしてんなァヴィルヘルム」
「げっ……」
見えたのは、僕に負けず劣らずの悪人面。夜中に子どもが見れば、夢に出て震えあがる事間違いなしの目つき。
盗賊と言われて納得する顔貌ではあるが、腰に携えた魔剣は鞘込めであっても玲瓏な気配を漂わせる。
「リグレアかよ」
「は、なんだせっかく任務終わりに来てやったのに」
皇国騎士団の最高峰――三騎士と呼ばれる言葉通り三人の騎士達。その一人がこの女である。
父親が三騎士の一人であり、任務中に殉職した父の魔剣を手に只管修練を積み重ねたと言う。そうして、相応の経験と成果を積み重ね史上最年少にて『剣』の座に上り詰めた女騎士。
それを聞いて僕は清廉潔白な女騎士を想像したものだが、その姿はまるで正反対であった。
そして僕に対して口は悪く、フィオナには到底聞かせられない言葉遣いかつ単語が飛び出してきたりする。彼女に真似させる訳にはいかない。教育に悪いとはこの事か。
「来てやったも何も呼ばれた覚えねぇんだけど」
口の悪さならうちの師匠も相応であり、負けるつもりは更々ない。けれど、どこかコイツの調子が移ってしまったのはどこか腹が立つ。
「そりゃそうだろ、テメェがアタシに呼び出されてくるタチかよ」
「そりゃ来ねぇな」
「……相変わらず可愛くねぇクソ男だ」
「歳は近いだろうに背伸びすんなよ」
ギルドの中が少しだけ喧しくなる。
それはそうだ。三騎士と言えば、皇国ではかなりの有名人である。しかも任務が多い最中であるため、会おうと思って気軽に会える存在ではない。
「……で、何のようだよ。付き合うなら一発殴り合ってもいいけど」
「テメェとやれば、殺し合いになるから今はいい。ヴィル――少し面貸せ」
彼女の後を歩き、ギルドの外へ出ていく。
路地を何度か曲がり、野次馬を撒いたのを確認し彼女は口を開いた。
「……ここ周辺で、奇妙な気配を感じた事ねェか。何でもいい、アンタの感じたものだ」
「気配……?」
ここ数日を思い返すが特に大した事は無い。
いつも通り師匠に修行で殴られまくる毎日である。
「……いや、ない。皇都の中でか?」
「ならいい。たまに任務で外に向かうんだが、妙な気配を感じる時があってよ……。かなりヤバいヤツだ」
彼女の表情は真剣そのもの。それに煽ってくる様子など、微塵もない。
……ちょっかいをかけてきそうな連中なら、一つ心当たりはある。
「……帝国か?」
「馬鹿、本当にそうなら戦争再開待ったなしだぞ――って言えねェのがな……。アイツらの動きは全く読めねェ」
僅かな記憶を辿る。かつての幼少期を過ごした日々。
良い思い出などほとんどないが、今思えば最低限度の生活は送れていた。
帝国――僕の生まれた国。追放されてから話などほとんど聞かないが、彼らは、兄上は壮健なのだろうか。
「だが、それだとどうにも腑に落ちないってのがウチの結論だ。あんなヤバい力量持ったヤツがうじゃうじゃいたらとっくに攻め込まれてる」
「……分かった、お前が言うなら余程厄介な手合いなんだな。警戒はしておくよ」
フィオナの事もある。
彼女がただの流れ子ではないのは、とっくに気づいている。最悪、それに帝国が関与している事だってあり得る。
もしその時、僕は――
「……」
「おい、ヴィル?」
「……考え事だよ。それで、ここまで連れ出しておいて忠告の一つで終わらせる訳でも無いだろ」
「そりゃそうだろ。ウチの情報班が山賊の巣穴を突き止めた。そこが皇都に近い分、速攻をかけたいが部隊動かしてトンズラこかれる訳にもいかねェ。そこでテメェの手を借りたい」
「……オーケー、近いなら全然やれる」
リグレアとの協働は嫌いじゃない。
名のある騎士だけあって彼女の実力は、背中を預けるに申し分ない程だ。
「へぇ、お楽しみの話? だったら混ぜさせてほしいわね」
「――は? 誰だテメェ」
ひょいと顔を出すアイリス。それに珍しくキレ気味なアグリア。
そういえば二人の関係って……あ、終わった――。
「……ふぅん、つまりなんだ。ヴィル、テメェは女連れてしけこんでたって事か」
「あら、三騎士殿は妄想豊かです事」
事情を説明するも、何故かバチバチと火花を散らしあう二人。
これは多分アレだ。どっちも互いの正体に気付いている。
「よりにもよって帝国側とか馬鹿なのかよテメェ。ウチで何かあったら外交問題待ったなしだぞ」
「組織の一端、名前すら憶えられているか怪しい女よ? 向こうはシラ切って終わりだと思うけど?」
「はっ、よく言うぜ」
皇国と帝国の関係は、悪化の一言に尽きる。数年前に皇王が帝国へ侵攻し、大規模な戦となった。大平原での戦いは、教科書に載るレベルである。
その暴挙を見かねた現皇王アルヴァスが反乱を起こし、先代を打ち倒して自ら王位を簒奪。帝国と停戦条約を結び、今に至ると言う訳だ。
そして戦争で誰よりも武勇を立てた男、騎士団団長シグルーン。
そのシグルーンの人気はすこぶる高い。僕も直接会った事はあるが鉄のような人だった。そしてギルドのお偉いさん曰く、民のほとんどがあの人無くしてこの国は無いと言う程。
喧嘩を吹っ掛けられながらも停戦に対し理解を示し合意した帝王も、その時までは人気であった。
それはさておき――
「さっさと行こう。昼の売り時に間に合わなくなる」
「……随分な理由ね」
「こいつはそーゆーヤツだよ」
リグレアは見定める。
眼前で盗賊達に猛威を振るう、嵐の如き二人を見る。
「――邪魔だッ!!」
一人目を側頭部への回し蹴りで気絶させ、そこから宙で体ごと捻る回転蹴り。瞬く間に四人が地に伏せる。
リグレアにとって悪友であるこの少年の実力は本物だ。何度か遠回しにスカウトをかけているが彼が首を縦に振る気配は一向に見えぬまま。
残念でもあり、どこか安心する。この少年とは無意識に悪態を吐けるような関係のままでいる方が気楽だからだ。
「させないわよ?」
そして着地の隙間を埋めるようにアイリスが魔術を放つ。
ヴィルの背後にいた二人の下腿部を氷の刃が貫き、地面に縫い留める。さらにそこから指に挟むようにして、小さな氷針を魔術によって一時形成。
投擲されたそれらは、盗賊にあたると小規模な爆発を起こして対象を沈黙させていく。
“この女、魔術もこなせるのかよ……”
剣術はまだ見てないが、体幹にブレがない事から余程の使い手であると予想はしていた。だが魔術の腕も相当なものである。
騎士団に入ればたちまちエースになれるだろうし、その見た目も相まってかなりの人気者となるのは間違いない。
――だがどうにも。自身と変わらない齢でそれ程の力があるのは不自然としか思えない。
“まァ、どうでもいいか”
帝国関係者なのは間違いない。必要となれば殺すだけであり、皇国にとっての利となるのならば放っておくだけだ。
「っし……終わったぞ」
見れば、ヴィルがここの頭の顔面に膝蹴りを叩き込んで気絶させており周辺に敵の気配はないままだった。
見たところ、全員に負傷は無し。騎士団を動員すれば怪我人とて出ていてもおかしくはなかった筈。
彼の技量は元から疑っていなかったが、隣の女まで実力者であるのは嬉しい誤算だった。
「……ちょっと貴方、その腕」
「ん、あァ気にすんな。鍛錬の跡だ」
ふと腕に滲む薄い打撲痕。騎士団での稽古での受けた物だ。リグレアとて最年少で三騎士となったが、最強ではない。
騎士団には、ましてはこの皇国には自分より強い人間がそこら中にいる。
「ちょっと見せて。放っておくのが一番駄目よ」
「は? ちょっと待て何でいきなり」
アイリスが来るや否やその打撲跡に魔術を行使する。彼女の掌に灯る薄い緑色の光。――見れば打撲跡は既に消えていた。
「……いい腕だな」
「貴方の受け方が上手だったのよ。本来なら痛みを弱めるぐらいしか効き目がない筈だから」
「そうかよ。……おい」
「何かしら」
「……魔術、大したもんじゃねェか。うちの団員にも見習わせたいぐらいだ」
腰に差した刀を抜く事は無かったが、姿勢に揺らぎは無く。魔術の援護に関しても口のはさみ所が無かった。
妬ましさはある。だがそれ以上の敬意を持つべきだと感じていた。
無論、ヴィルにも。
時間と苦難を積み上げて、偽る事無く自身と向き合って得た実力を疑うなど余りにも礼に欠けた。
“……アタシが言える事じゃねェんだろうけどさ”
数少ない魔剣の所有者。
父の力を宿したと言っても過言ではない魔剣は、娘である自分にも適合した。この頃は振り回される事も無くなりつつあり、ようやく落ち着き始めたといった所。
最初は散々だった。
突然の父の死、魔剣を得た事による周囲からの嫉妬、力に振り回される未熟さ――あの時の自分と言えば本当に必死で余裕すらなかった。
そんな最中に出会った少年。無茶苦茶な体術を持ち、自身の八つ当たりを容易く捌いた存在。
勿論、言うまでも無く嫉妬した。滑稽と言えるほどまでの醜態を晒した。
『アンタも! どうせ、アタシの事馬鹿にしてんだろ!? 七光りだの恵まれただけだの……!
そんなのっ、アタシが一番よく分かってんだよ!』
その時は本気でコイツを殺そうとした。修行だの何だのの名目で皇都の辺りをうろついているのは知っていたから、そこを襲撃した。プライドなんて何もない。
そうして雨が降る中、この剣は一度も届く事無くコイツの前に敗れ去った。
『親がどうのこうの知らねぇよ、自分自身の問題だろ』
自分が殺されかけたと言うのにも関わらず。コイツはさも面倒くさそうにそう言って。何事も無かったかのように去っていった。
それから時折任務先で会い、共闘して不思議な関係になっていた。
「――隊長、本隊到着しました!」
「おう、ここらへんでぶっ倒れてるやつ全員縛り上げろ! 全員だ、今日はラドナの面倒な口聞かなくてすむ」
「ラドナ? ……ああ、審問官か」
「今回の情報はアイツが発端だ。これで失敗でもしたら、面倒な事になってたぜ」
二人に謝礼の金が入った袋を渡す。放り投げようとも考えたか、今回手まで借りておいて、さすがにその渡し方はプライドが許さなかった。
「じゃあ僕とアイリスはもう帰っていいな」
「ああ、助かった」
帰っていく二人の後ろ姿を見送りながら、これからの事を思い浮かべる。
ああ、面倒な事になりそうだと。
「ねぇ」
「うん?」
両手に野菜や肉が詰め込まれた袋を抱えながら、帰路に着く。
そんな最中でふとアイリスが口を開いた。
「貴方、思ってたより人付き合い良いのね」
「想像以上で良かったよ。この街には助けられたから」
「助けられた?」
「皇国に流れ着いて師匠に拾われて。この街には、救われた。
商人の婆さん、ギルドの職員、口は悪くても根は真面目なギルドでの仕事仲間、生真面目な騎士団――そういったのに、助けられたんだ」
「そう……。貴方、帝国での日々は最悪だったのね」
「ああ、何もかもが怖かった」
全てが恐ろしかったのだ。それに怯えて逃げているのが過去の自分だった。
そんな自分に向き合ってくれて無理やり引っ張り上げてくれたのが師匠で。そんな日々を支えてくれたのは今の人々だった。
「……ごめんなさい、私貴方を誤解してたみたい。王子だからってボンボンを想像してた」
「仕方ないさ。第二王子なんて身分を聞いたら誰だって不自由ない生活を思い浮かべる。……でも暗殺じゃなくて接触を図れ、なんてのは分からないな」
「私も。おかげで肩の荷がおろせて楽だけど」
「そいつは良かった」
「それに……私もこの街の雰囲気は嫌いじゃないわ」
そういってアイリスは小さく微笑んだ。
――視線の先ではフィオナが、ドアを開けて待ってくれていた。