国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
ギルド――皇国における民間管理組織の一つ。騎士団に頼むような事では無いが、人手が欲しい時や急ぎではない時の仕事が集まっている。
支払われる金額は決して高くは無いが、それでも一日を生きていくには充分過ぎた。
何より酒場がすぐ近くに有るから、雰囲気としては喧しい方に分類されるだろう。けれどその喧しさが嫌いじゃなかった。
「で、今日も同伴で?」
「そうに決まってるでしょ。寝食与えて貰ってるんだから仕事ぐらいやるわよ」
出会って数日、幾分か慣れたおかげかアイリスと言う少女もある程度理解出来てきた。
彼女、暗部の下っ端と名乗っていたがどう見てもそんなレベルじゃない。或いは暗部のレベルがそこまで高いのか。
それはさておき、彼女が来てくれてから依頼が終わる余裕が出来たのは良い事だ。一日一件ぐらいだったのが、二件は確実にこなせるようになった。ちなみに師匠は一切働いて無い。けれどあの人が動くとなったら余程の事じゃないと無理だろう。
「今日の仕事はっと……」
「魔物討伐ばっかりね。皇国、こんなに多いの?」
「僕が来た時からこんな感じだけど」
「そう……。それで治安がいいのは、余程騎士団の腕がいいのね」
「まあ現団長が歴代最強って言われてるぐらいだからね」
「そうなの?」
騎士団団長シグルーン――長い黒髪を後ろで一纏めにした精悍な男。多忙故にあまり皇都で見かける事は無いが、僕も一度だけ見た事がある。
一目見ただけで彼我の実力差が分かってしまう。それほどまでに圧倒的な存在感を放つ人物。加えて民を思いやる一面も持ち、休みの日は市井に紛れて物見遊山をしているとの噂まである。
あの人がいる限り、皇国は安泰だろう。
「まあ、帝国にもそういった連中はいるだろうけれど。あんまり話したくないや」
「……えぇ、そうね。私も好きじゃないから助かるわ」
依頼書を一枚、手に取る。
魔物の討伐――アイリスもいるだろうし、日が昇りきるまでには戻れるだろう。
――依頼の達成は滞る事無く進んだ。既に帰り道に着いている。目標の魔物は手こずる事無く対応出来た。
やはりアイリスの腕は助かる。彼女の魔術の腕は補助も火力もこなせるから、いるだけで大助かりだ。おまけに治療まで出来るのだから文句のつけようが無い。
けれど、まだ腰に差してある得物を抜いた所を見た事が無い。
武器をお守り代わりになんてわけ無いだろうからきっと何か理由はあるのだろう。
それを詮索するつもりは無い。誰にだって隠しておきたい秘密の一つや二つはある物だろう。きっと師匠だってそうだ。
僕はあの人の事を何も知らない。間違いなく自分から人助けなんて好んでやるタイプじゃない。
師匠にしろ彼女にしろ、聞いたってきっと理由は教えてくれないだろう。そんな柔な人物じゃないと言うのはこれまでの付き合いで分かっている。
お互いにまだ踏み込まない所を分かっている。これだけで十分だ。
「ヴィル、貴方結構チンピラ紛いの戦い方するのね」
「ん、まあ師匠仕込みだし。あの人説明とかほとんどしてくれないから、独学に近いよ」
「それはそれで、貴方に合ってるんじゃない?」
まあ確かに、口癖とか師匠の影響受けてるなぁって思う所はある。
戦闘中とか口悪くなるしな、僕。
でもここまで自分を戦えるようにしてくれたのはあの人だ。
「アイリスだって魔術、凄いじゃないか。あのひねくれ者のリグレアが認めるなんて相当だって」
「ええ、だって姉さんから教わったんだもの。普通の結果で済ませようなんてならないわよ」
「姉さん? 家族関係だって暗部に関係してるかもなのに話していいの?」
僕の言葉にアイリスは肩をすくめた。
しょうがない、と言わんばかりに。
「学園に入学してるわ、知らない? ゼラニウムって」
「生憎、世間や情勢は学ぶ機会が無かったんだ。……ああ、何か前に学園卒業したってヤツと協働したなぁ。腕が良いからいくつか学ばせてもらったっけ」
「そう。一応、私が所属する帝国。貴方達の生きてるここ、皇国。そして聖王による完全統治が行われている聖国。その三ヶ国から人が集まって、戦う術を学ぶ士官学校――学園ゼラニウム。
明日を生きるのに必死な私達には今すぐ必要のない知識だけど、頭の片隅に置いておくともしかしたら、役に立つかもしれないわ」
……学園、人が集まる場所。フィオナもそこに行けば、より立派な少女になれるだろうか。いや、今でも十分すぎる程に成長してくれてるんだけど。
「それ……僕でも入学しようと思ったら行けるの?」
「入学試験とそれぞれの王から推薦の二つ。推薦があれば試験はパスよ、無条件で入れるわ。続くかどうかは知らないけどね」
「確かに。結局は続くかどうかだし」
坂を上りきると皇都が見えてくる。
丁度、日が昇り切った頃合い。フィオナは予め作っておいた昼食を食べている頃だろう。
「またあの子の事考えてるでしょう。大切なのね」
「顔に出てた?」
「ものすごく。あの子の事を考えてる時は戦いの気配が消えてるもの、貴方」
「まあ、面倒見るって決めたのは自分だから。自分で決めた事は自分でやり切りたいんだ。フィオナが、彼女が一人の人間として生きていけるようになるまで守り抜くって」
「……そう。まあ、その何。私は暗部の命令次第だけど、それまでは一緒にいてあげるわよ」
「そっか、ありがとう」
「……別に、礼を言われる程の事じゃないわ」
その日夕食は、師匠を含めて四人で食事を囲んだ。
帝国にいた時は真反対の、ただただ幸せな時間。こんな時間が、永遠に続けばいいのになぁ。
「……」
夜――残念ながら今日は眠れそうにない、と思いながら私は起き上がる。
寝床は、布を下に敷き上から毛布をかぶせただけの簡単なモノ。でもこれでも私には気遣ってくれているようで。
ヴィルヘルムを見るとフィオナと共に眠っていた。戦闘の時は荒々しかった表情も今では年相応な少年のよう。そして彼の師匠である男は起きていた。
起きて外で月を眺めている。
「……小娘、お前あのクソの指揮か」
「あのクソが、今私の上司を差しているのであれば正解ね」
巌のような壮年の男。相変わらず勝てる気配が見えない。刀に手を伸ばした瞬間に、頭部を潰される未来が見えてしまう。
「……って事はお目付け役に選んだって事か。アイツは無駄な事を嫌う。始末だったらとっくの昔に片付いてる」
「貴方、知ってるの」
「知ってるも何も一度顔面ぶん殴ってるからな」
「えっ」
帝国では、一切傷ついた事のないと言われる鉄の男を殴った?
そんなまさか、と考えたが目の前の人物が冗談を言えるような性格では無い事を思い出す。
「お前、呪いを刻まれてるな」
「貴方、一体何が見えて……」
咄嗟に頸の裏に手を当ててしまう。
私自身の事まで見透かされている。こんなの実力がかけ離れているとか言うレベルではない。既に生きてる経験が違いすぎる。
「それも刀を抜けば発動する。本人に尋常ならざる技量を与える代わりに、命を蝕む」
「……ええ、違いないわ。私は姉さんと違った。何も才が無かったもの。だから、これを刻まれた」
フードで隠している首の裏から背中まで伸びている刻印――呪い。代償を支払う代わりに絶大な効果を与える魔術の一種。
その言葉通り、刀を抜く事が発動の引き金である。
「どいつもこいつも馬鹿みてぇに過去の遺産使い潰しやがって。ったく、加減ってモンを知りやがれ」
彼――ユリウスは私と一切目線を合わせない。とっくにこの男の興味は私には無いのだ。最初からずっと、ヴィルヘルムにしか。そしてヴィルヘルムも同じように。
師弟の絆に、私が入り込む隙間は無い。だからヴィルヘルムも私を異性として見ていないだろう。ちょっとは、ほんの少しぐらい意識してくれてもいいのではないだろうか。
こう見えても、顔やスタイルには自信があったのに少しへこんでしまう。
「……小娘、お前から見てあの馬鹿はどう見える」
「危なっかしい所もあるけど腕っぷしも立つし、人付き合いも悪くない。今のところはそれぐらいしか見えないわ」
商人のおば様にギルドの受付嬢、皇国騎士団リグレア――誰からもいい評価は貰えている。
人間の短所なんて、近づいてみてしばらく経ってからやっと気づく事だろうに。
でも彼に短所らしい所は……あった。時々、口が悪い所とか。後は……フィオナの心配をし過ぎてちょっと気持ち悪いと感じる所とか。でもフィオナはかわいらしいから少し分かってしまう。
「……そんなもんか」
「そんなもんよ」
それっきり彼は喋らなくなった。相変わらず何を考えているのか読めない。
ここまで愛想のない人間は見た事無い。
まるで長い間ずっと、人から離れて世界から隔絶されてたかのように。
――踵を返して、改めて床に着く。
私は帝国暗部所属アイリス。姉の才に及ばず、呪いの烙印と共に生きている不要物。思い返せばロクな任務も無かったし、過酷な訓練ばかり。
帝国にいた頃なんて、とある御伽噺だけが心の拠り所だった。
そんな私が今初めて感じている平穏の時間。
この時間に私は、どう向き合えばいいのだろう。一体、何を返せるのだろう。
「あの兵器はとうとう動かなかった。皇国で自爆させる作戦は失敗だ」
「仕方ない、こちらで起爆させるとしよう。生憎、私は見れないがショーの始まりと行こうじゃないか」