国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
発端はいつもと変わらない日常の筈だった。
朝起きて、食事を作ってギルドの仕事を探す。そんな一日の筈だった。
「おい、ヴィル」
「リグレア、どうかしたのか」
「いいから、こっちに来い」
街を歩く最中呼び止められ、路地に足を踏み入れる。
人気のいない場所――そこで足は止まった。
「……よし、誰もいねェな」
「何かあったのか」
「お前には伝えておく。……商人の婆さんが殺された。家族全員、家の中で皆殺しにされてた」
「……は?」
思考が空白になる。
脳が現実を拒否するような感覚に陥った。
いつもお世話になっている商人の婆さんが――殺された。
「発見者は騎士団に報告後……婆さんと同じように二時間後に殺されてた。この件は騎士団が既に介入してる。現場も封鎖済みだ。
……ただ、アンタはほら懇意にしてただろ」
「……ああ、いい人だったよ。いつもフィオナの分をおまけしてくれる、気のいい人だった」
沸々と怒りが湧いてくる。
こっちでも探りを入れてみるか、或いは騎士団に協力するか。
「落ち着け、馬鹿な事考えるなよ。アタシが言いに来たのは、テメェが暴走しないためだ」
「……」
「テメェ、ブチギレたら考え無しに突っ込む癖があるからな。……犯人が分かったら、とっ捕まえて相応の処罰は与える」
「……あぁ、頼む。僕に出来る事があったら伝えてくれ。協力はする」
リグレアと別れて、一旦帰路に着く。
頭の中を整理したい。一先ずは落ち着きたい。
フィオナに……どう言おうか。
「――」
気が付けば、ドアがもう目の前にあった。
開ければ今日も変わらない彼女がいる。
「お帰り、ヴィル兄」
「……ただいま」
「騎士団のお姉さんから聞いた……よ」
「っ! リグレアの野郎……」
既に僕の考えは読まれていたらしい。
と言うか足早すぎるだろ。僕と別れてからどれだけの速度で走ったんだアイツ。
「……何か、胸が空っぽ」
「……そうだね。僕も、親しい誰かが死んだのは初めてだ」
帝国で、唯一気にかけてくれていた女性を思い出す。彼女は今頃、どうしているのだろうか。
「悲しいね、優しい人だったのに」
「ああ、いつも気にかけてくれたいい人だった」
空っぽなままの一日が過ぎた翌日。
今度は、僕の担当であった受付嬢が殺された。いつまでも出勤しない事を珍しいと思った職員が家を訪ねた所、中で殺されていたと。
この一件は、僕かフィオナを狙いの来たのだと悟った。
「――状況は以上になります」
「何も掴めぬままか」
リグレアは今、皇都で起きている連続殺人についての状況を騎士団団長シグルーンへ報告していた。
――商人とギルドの関係者が殺害された事に、世間は恐怖感を募らせている。騎士団としては即刻犯人を突き止め、処断にかけなければならなかった。
元々険しかったシグルーンの表情は、さらに硬くなっている。民間人が二人、何者かの手によって殺害されたと言う事実は、彼にとって許しがたい暴挙だった。
加えてリグレアと同格の騎士である人物は今、遠征で出払っている。動ける人数は少ない。
「接点は、あの小僧だけか」
「はい。被害者二名と付き合いがある中で狙うとすれば、でしょうか」
「……分からんな、小僧とて弱者ではあるまい。直接狙えばよいモノを」
「――弱らせているのだよ」
声が紛れる。
皇都における唯一の審問官。長きに渡り、善悪を天秤に掛けてきたモノ。
「ラドナ様……!」
「ああ、礼は不要だリグレア殿。今この場において、礼式は然程重要じゃないだろう」
「ラドナか、何をしに来た。まだ審判の時では無いが」
「いやいや、何しろネズミが入り込んだ話を聞いたのでね。キミ達への忠告だよ、帝国が動き出したようだ」
「……猶更、手を分けねばならんとはな」
ラドナの言葉――帝国からの工作員が動き出していると。
リグレアの脳裏に一人の少女が過ぎるがすぐに否定する。であれば、彼やその師が気づくはずだ。
「リグレア、お前は引き続き捜査を続行しろ。工作員の方は俺の方で対処を進めておく」
「はっ」
「上手く行く事を願っているよ、騎士団諸君」
「……だから、僕が知ってるのはここまでだ」
「ふむ」
僕は内心の苛立ちを隠す事に精一杯だった。
目の前の騎士とて、上からの命令だから動いている。故に彼は何も間違えていない。
だがそれはそれ。ただでさえ、民間人―それも僕が懇意にしていた関係者―が殺されているのだから、フィオナの事が心配で仕方ない。
アイリスが傍にいてくれるから、大丈夫は大丈夫だろう。――もし彼女との関係が浅かったら、不安になっていたがある程度彼女の事は理解出来ている。
少なくとも、裏切るような雰囲気は無かった筈だ。帝国にいた頃、悪意の真っ只中にいたせいかそういうのは、何となく分かる。
「確かに貴方の行動的に、証明出来ませんね……」
「上から、僕を調査しろって命令があったのか」
「不本意ながら黙秘とさせていただきます」
内心、生真面目なヤツだと呟く。
騎士が手にした書類は、一連の事件に関しての記載がびっしり詰められていた。騎士団とて決して、手を抜いているわけではない。
リグレアのように、内心ではこの国に忠を誓い民を愛する者達が集っている。
「ヴィルヘルム殿、迎えの書を出すのでそれまではお待ちいただけますか」
「ああ、構わない」
騎士団員が指笛を吹くと、どこからか鳥が寄ってきて肩に乗る。その足元に文を括りつけると、鳥はどこかへ飛び去って行った。
何でも騎士団で飼育されている品種で、極めて頭が良く知能は僕らと変わらないレベルだそうだ。
迎えは恐らくアイリスとフィオナだろう。師匠は間違っても来ない。
騎士団の屯所――その調書を受ける場で時間を潰すのも案外退屈だなぁ、とぼんやり考える。
「知ってたけど、やっぱり騎士団も忙しいんだな」
「ええ、シグルーン団長も現在多忙を極めておりますからね」
「……そんな事、部外者の前で話して大丈夫なのか」
「リグレア殿が信頼している貴方であれば問題ないと判断しています」
「もしかして、アイツ結構評判良い感じ?」
「私個人としては上に立つには不足無しかと」
目の前にいる男の団員は僕から見ても、そこそこ腕の立つ人物に見える。
そんな人物からリグレアが信頼を得ていると言うのは意外だった。
「ユリウス殿がいなければ貴方を騎士団に勧誘すると話していましたよ」
「師匠がいない僕は僕じゃないんでね。どっちにしろ叶わなかっただろうさ」
間違いない、とそれだけは言える。あの人に出会っていなかったら今の僕は無い。
多分、帝国のどこかで野垂れ死んでいただろう。呪いの子と呼ばれ、資格が無かった僕に、居場所なんて無かった。
「ヴィル兄……!」
「フィオナ!」
飛び込んでくるフィオナを抱きしめる。視線を上げるとアイリスの姿があった。ここまでずっと共にいてくれたのだろう。
「ではこれにて。貴方の無罪は我が剣に誓いましょう」
「いやこちらこそ、最後まで丁寧な対応で助かったよ」
フィオナの手を引き、屯所を後にする。
「ほう、アレが兵器か……。何の価値も分からん小僧の手に渡っていたとはな」
翌日、僕の取り調べをしていた騎士は死体で発見された。
「――テメェがここまで来るなんて珍しい事もあるじゃねぇか。久しぶりだな」
「……ユリウス殿か、魔人と言う連中は皆衰えを知らないようだ」
「何言ってやがる、ガタが来てんのはテメェもだろうが。元々人間の分際で禁術なんて酷使しやがって」
「……貴方にはいつも面倒をかける」
「ヴィルヘルムの事なら、問題ねぇ。元々そういう約束だったらしいしよ、アイツは。あの女からはそう聞いてる」
「護衛につけさせた人選は役に立っているようで何よりだ。出来るならもう少し人を割きたかったが、あれ以上動かすと怪しまれる」
「って事は帝国も動き出すか。……戦争だな、魔王様のお目覚めってワケだ」
「恐らくは。既に精神の侵蝕は始まっている。既に魔人が何人かこちら側にも潜り込んでいるのは確認済だ。かつての大戦の生き残りが、再び目覚めだしている」
「……そうかい」
「貴方は、死ぬつもりなのか」
「何言ってやがる。俺は元々アイツに斬られて死ぬ或いは処刑される筈だった。アイツとあの女に、どっちの我儘に付き合わされてこうなっちまった。寧ろ生きてるのがずっと不思議だった」
「……」
「だが、まぁこの数年は悪くない余生だった。弟子……なんて軽い関係で呼ぶつもりは更々ねぇが、楽しかったしよ」
「そうか、やはり貴方に託して正解だった。……すまない、長くなったな。私にしては珍しく口が過ぎたようだ」
「テメェは無理ばっかしてるからだろうが。お互い長生きしすぎだ、年を重ねると口が軽くなっていけねぇ。お互いやる事は残ってるのによ」
「……最後に貴方から冗談を聞けるとは思わなかった。では、これでさらばだユリウス殿。全ては、我が主と我が主君のために」
「おう、じゃあな鉄の男。これでテメェとはさよならだ」