国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
――血相を変えて飛び込んできたリグレアが来たのは早朝だった。
「今すぐアタシについて来い。事情は行きながらで説明する!」
フィオナを抱えながら、リグレアの後を追う。
「皇王様が、フィオナの捕縛を命じた。ラドナの野郎から話が漏れやがったんだ」
「はぁ!? 今度は王様かよ……!」
街中を駆けながら、リグレアを追い続ける。
騎士団に合わないのは、彼女の直感か或いはそう采配をしているからか。
「ここだ。ここから地下水路を通れる。今はこの街から逃げろ」
「……何で、お前はここまで」
「父上ならそうする。子どもを道具になんかしねェ。自分の道理は自分で通す。そいつがアタシの、騎士としての矜持だからだ」
「……ありがとよ」
マンホールの蓋を全力で外す。
そこに意識を集中させていたせいか、外部への反応が遅れた。
肉を貫くような音がする。
「――は?」
リグレアの体を、短刀が貫いていた。
「!!! おい!」
「っっ、気にすんな! テメェは全力で逃げろ! ここはアタシが食い止める!」
囲まれている。赤いフードに身を隠した連中。
その誰もが高い技量を携えていると一目で分かっている。
「こいつら、暗部の猟犬部隊……! 私も加勢する!」
アイリスが抜刀する。
――情けねぇ、ここで女を置いて自分だけ逃げるなんて言うのが無様で悔しくなる。
「行け、ヴィル! 振り返るんじゃねェ!」
その言葉に、フィオナをより強く抱きしめて思いっきり飛び降りた。
着地の衝撃に足が痺れる。けれど生憎それに気を取られている暇はない。すぐ真上から剣戟の音が響く。
暗い地下水路を走る。どこに繋がっているのか、どうすれば出られるのか。そんな事全く分からない。
だがそれでも走る。走り続ける。
「――!!!!」
途端、思わず足を止めてしまった。
重圧がかかる。立っているだけでやっとと言わんばかりのプレッシャーが、体を締め付けてくる。
「ほう、お前が生き残りだな」
「誰だ、お前……」
妙な髪の色と異彩な服を着る飄々とした男。けれど纏う雰囲気その物が只者ではない。否、人間ではない。
――勝てない。ただ一目でそう気づいてしまった。
けれどフィオナだけは何としてでも。
「――魔人だ。かつての大戦の生き残り。今ではもう生まれない残党。要するに死にぞこないだ。そいつの名前は……オニキスだったか」
「師匠……!?」
いつの間にいたのか、背後には師匠がいて。そのまま僕とヤツの視線を遮るようにして立つ。
「死にぞこないは貴様の方だろう、ユリウス。情に絆された裏切り者め。何故お前だけが……!」
「そいつはオレじゃねぇ、アイツの方だ。……おい、ヴィルヘルム。こいつはオレが相手する。走って逃げろ」
その言葉の意味を、理解してしまう。
空白が僅かな間、脳裏を支配して。咄嗟に言葉が溢れる。
「師匠……! 帰ってきますよね!? また会えますよね!?」
武骨な手が、そっと僕の頭に置かれる。いつもの師匠なら絶対しない行動。それが何を意味するのか、分かってしまって。
視線は相手から外さないまま。
「走り続けろ、ヴィルヘルム。その先でいつかまた会える。旅路は長いだろうが、今は走れ。お前なら出来る。
――止まるんじゃねぇ、行け」
踵を返して走る。
ただ弱い自分が悔しくて、師匠との別れだと悟ってしまって。
目から流れる涙は止まる事を知らず。それでも足を止めなかった。
暗部の猟犬部隊――対人戦闘を専門とした、暗殺特殊部隊。裏切り者や要人暗殺に使用される帝国組織の一つ。
最後の一人を斬り捨てて、アイリスは刀を納めた。
呪いの反動がすぐに迫って、今度は全身が苦痛に疼く。けれど、まだ動く理由は残っている。
口から零れる鮮血を拭う事もせず、倒れた少女の元へ向かう。
「っ……! リグレア、しっかり……! 今、治療するから……!」
「……っぁ」
最初の短刀が致命傷だった。それでも立ち続け、敵を斬り伏せた技量と忍耐力はまさしく騎士その物。
アイリスが最後の一人を斬り捨てた時、彼女もまた同じように崩れ落ちたのだ。
「もう……いい。それより……アイツ、を追え」
「これっ、毒……っ!?」
治療が追い付かない。効果を発揮しない。
最初の短刀に毒が塗られていたのだと、察する。既に彼女の全身に回っている筈だ。喋るのもやっと。
「アタシはもう、いけない、から。アイツを、たすけて、やってくれねェか」
「分かった……っ! 約束するっ!」
「ありがとよ。アンタ……アイツの相棒にしちゃ、悪くねェ、女だった」
そうして、リグレアの鼓動は止まった。
もう彼女が動き出す事は無い。
開いたままの瞼を、そっと閉じる。
「待ってて、ヴィル……!」
水路へ飛び降りる。
同時に、凄まじい衝撃音が響いた。その余波に吹き飛ばされそうになる。
「っっ!」
その方向へ向かってはダメだと本能が警鐘を鳴らす。
向かえば死ぬ、自分は何も出来ない。
水路が行き止まりで無い事を願って、アイリスは苦痛の中走り続ける。
「――らぁっ!」
どうやら、全て相手に筒抜けだったらしい。
出口に着くと同時に、待ち伏せされていて。すぐさま奇襲された。
降りしきる雨の中、拳を振るう。
「邪魔だ!」
曇天のいら立ちをぶつけるように一人を殴り倒す。もう一人を無理やりな姿勢の前蹴りで蹴り飛ばす。
フィオナを守る事で精一杯だった。
残っているのは後、六人程だろうか。
「――ヴィルっ!」
刃同士がぶつかり合う音。
彼女が、アイリスが間に合ってくれた。これならまだ戦える。
全身、傷塗れになりながらただただ戦い続ける。
「――引き揚げるぞ、皇国に露呈する」
男の声、リーダー格であろう存在がそう告げると、相手は瞬く間にどこかへ消え去っていた。
「ヴィル兄……! 傷が!」
「ああ、だいじょう……こふっ」
殴られたような衝撃と、何かが口の中から噴き出してくる。
苦い味が口の中に広がった。
立っていられず、地面に膝を着いてしまう。
「ヴィルっ! クソッ、アイツらも刃に毒を……!」
アイリスが駆け付けようとして、彼女も同じように倒れる。
彼女の剣の腕があろうとも、傷負わずと言う訳では無かったらしい。
「ヴィル兄……何で、何で私をそんなに守ってくれるの」
地面に転がったまま、こちらを見つめてくる幼い視線に答える。
「そんなの……家族、だからに、決まってるだろ……!」
独りだったのを見ていられなくて。
一人きりにしたくないと思って。
どうか彼女に生きてて欲しいと。自分と同じように、未来を夢見て欲しいと思ったのだ。
「家族……うん、そうだよね。良かった」
「フィオナ……?」
僕の言葉に、微笑んだ。
ふと、彼女の体が光り出す。その足元から巨大な魔法陣が広がっていく。
「……全部、知ってたよ。私はこの国を消すための兵器だったって事。そのためだけに攫われて、あそこに放置されてたのも」
「フィオナ……!」
「ずっと分からなかった。自分の力の使い道が。国一つを滅ぼしてしまう力がいつ爆発するのか分からなかったから」
「フィオナ……! フィオナ……っ!」
苦痛の中で、彼女の名前を何度も呼ぶ。
やめろ、やめてくれ。
「私、やっと見つけたよ。こんな私でも見つけられた希望の星。兵器でしかなかった自分の願い事。
ヴィル兄、アイリス……二人とも私の家族だから」
「フィオナ……!!」
まるで別れ際のような笑顔で、彼女は小さく笑った。
「大切な家族だから、私が守るよ。――ばいばい、ヴィル兄」
――光が溢れる。
彼女の体が小さな粒子となって解れていく。まるで砂となって風に吹かれ崩れていくように。
眩い閃光が視界を遮る。それでも、それでもまだ。動く体を、手を強く伸ばして。
「フィオナァァァァァ!!!!」
その手は、何も掴めなかった。
光が止んだ後――残されたのは、僕と気を失ったままのアイリス。そして残酷に降り続ける雨だった。