国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
フィオナは消滅した。
それは膨大な魔力を消費してのモノ。僕とアイリスを蝕んでいた毒を完全に消し去った。
生きてて欲しいと言う願い――それが形となったのだろう。
気を失っているアイリスをそっと抱き抱えて、木陰に寝かせる。
雨は未だに止む事は無い。彼女が風邪にならないよう、上着を絞ってから、そっとその体に重ねた。
「……」
僕の両腕に巻き付けられた黒衣の布。指の先から肩の付け根まで強く巻き付けられたソレは、未だに外した事が無い。
いつからつけているのか分からなかったが、今まで外そうと言う気も起きなかった。
「……」
息を整えて思考を落ち着ける。
余りに色々あり過ぎて整理が出来なかったから、考え直す。
事の始まり――全ては、騎士団にフィオナの捕縛が命じられた。それも皇王から。
「――行くしかねぇだろ」
アイリスの頬をそっと撫でる。
師匠もフィオナもリグレアもいなくなった。
そんな自分に残されたたった一人の希望。
「今までありがとう……元気で」
ここまでなって黙ってままなんかいられるか。
さぁ、殴り込みに行こう。
皇都に足を踏み入れると、早速騎士団が取り囲んできた。
全員、剣を抜いており戦闘態勢を整えている。
「ヴィルヘルム殿、どうかご容赦願いたい。貴方にはリグレア様殺害の容疑がかけられています。御同行願えますか」
「――そこ、どけよ。僕は、王サマに用があるんだ。その後だったらいくらでも付き合ってやる」
「ならば、問答無用。捕らえろ!」
斬りかかって来た兵士を殴り飛ばした。
走り出す。皇国の王城まで、そう遠くはない。
――体が、かつてない程に調子がいい。
「あそこだ、追え!」
いつになく足に力が入る。壁を走り、或いは騎士を踏み台にして先へ先へ。
誰一人として、追いつけない。
辿り着いた王城――頑丈に閉じられた鋼鉄の門。
そいつに全力の一撃を叩き込む。扉がへこんだ。腕が強く痺れているが、そんなものは全部無視する。
さらにもう一発。渾身の力で殴りつけると、人一人は余裕で通れるほどの穴が開いた。
「止まれ!」
「誰が止まるかってんだ!」
「ええ、その通りよね!」
僕の背後から斬りかかって来た騎士の剣を、受け止める者。
アイリスが、刀を抜いて立っている。毒と呪いに苦しめられていた面影は何処にもない。
「ここは私に任せて! 貴方は向かいなさい!」
「……頼んだ!」
彼女の言葉を背に進む。
王城の奥――皇王が座する王の間。
玉座に座る男が一人。
「――招かれざる客が一人、か」
「テメェが王サマで間違いねぇな」
「相違ない。皇王アルヴァス。次はこちらの質問だ。――例の少女はどこだ」
「いないよ、もう。どこにも」
あぁ、そうだとも。もうどこにもフィオナはいない。
「テメェらの計画のせいでなァッ!」
怒りと共に殴りかかり――既に抜かれていた剣の腹で止められる。
押し返される。コイツも、並みの戦士ではないと悟った。
「ならば、お前の体に聞くとしよう!」
「やれるもんならやってみやがれ、クソッタレ!!」
「っ! 次!」
交えた剣を弾き飛ばす。これで飛ばした剣は二十を超える。
これだけ刃を振るっていると言うのに呪いの反動が一切来ない。寧ろ、かつてない程に調子がいい。
――フィオナだと気づく。彼女の願いが、祈りがこの身に押し付けられた呪いを消して去ってくれたのだ。
だからそれに報いる。彼女の願いに。彼を守るために。
「まだまだ、へばっていられるかっての……!」
次々と迫る騎士団の剣を弾き飛ばす事で、相手を無力化していた。
目的は彼を守る為であって、人を殺すためでは無いのだ。
「次! 来るなら来なさい! 受けて立つわよ、この野郎!」
今はただ怒りが沸き立っている。
あの子を、あの少女を守れなかった事。加えて、自身が気づけなかったせいで友でもあった騎士を死なせてしまった事。
その全てに代わって、彼を守ろうと決めたのだ。
「――騎士団、全員下がれ。お前達の適う相手ではない。加えてリグレアの体からは毒物が検出された。……彼らは毒を使わん」
「アンタ、は」
聞き覚えのある声。かつて共に戦った仲間の声は忘れない。――シグルーンの声だ。
騎士達を掻き分けるようにして、彼が姿を現す。
「っ! アンタも敵って訳……!?」
「……ならばこれをオレの答えとしよう」
鞘に納められた剣を、シグルーンはそれごと地面に置いた。
意図が分からない。他の騎士達も顔を見合わせている。
「此度の少女の捕縛命令、それをオレは疑問に思っている。少なくともオレの知るアイツであれば、何の理由もなくそんな指示は出さない」
「……アンタも、ヴィルと同じ用事って事?」
「そうだ、加えて今回こちらに帝国暗部の介入が疑われる事態もある。――これ以上、この国を混乱させたくはない。
剣は置いていく。通してはくれぬか」
「……アンタの技量なら、今の私でも簡単に斬れるでしょうに」
「お前とて、この国に生きる民の一人だ。無論、あの少年とて同じ事」
「…………分かったわ、貴方の心を信じる。リグレアならきっと、同じ事をしたでしょうし」
「感謝する」
奥へ向かう背中を見送る。
剣の気配は全くと言っていい程無い。
寧ろ、騎士達全員が次のシグルーンの行動を待っているかのようにすら感じられる。
「……頼んだわよ、ヴィル」
皇王アルヴァスの剣、確かに重く早い。
――既に幾つかの手傷は負ったが、それは相手も同様だ。
「しゃあらぁっ!」
「ぐぅっ!」
剣を弾き飛ばす。
顔面へ数発。さらに腹部へ数発の殴打。
トドメの一発と言わんばかりに、力を込める。
「ぶっ飛びやがれェッ!!!」
顎先から脳天へ、貫くかのような拳を打ち込んだ。
皇王が倒れ伏す音が、間に響く。
――感情のまま、加えて身体の調子が絶好調であるのならば、為せぬ事は無い。
「……見事な体術だな、アルヴァスとてオレと並ぶ程の腕なのだが」
「シグルーン!?」
思わぬ声に振り返る。
その手に剣は無い。アイリスは敗れたと言う訳では無さそうだった。
いや、彼の性格だ。きっと理屈で通してきたのだろう。
「アルヴァス、少女の捕縛命令を何故出した。危険性は無いと伝えていた筈だが」
「……それでも、それでも帝国の介入がある以上……危険は残っている。……ならばそれを、消しておくのが……民がためと考えたまで。
そして力が手に入ると聞いたまで……」
「唆されたか」
力――いつかシグルーンの言っていた、国を破滅させる程の力。
アルヴァス相手に苦戦をしなかったのは、多分その力があったからなのだろう。
フィオナの祈り――瀕死寸前の二人を完全蘇生させるほどの魔力。
「二度と……帝国には負けぬ……。だから、俺は……力を……」
「……だが結果はこのザマだ。我らは民草を犠牲にし、重要な騎士を一人失い、加えては国を混乱させている。最早、お前一人では収束させれまい。
――オレが後を継ごう」
「……ならば、俺を、斬れ。俺の首を以て、この事態を……」
「元よりそのつもりだ」
アルヴァスの手から零れ落ちた剣をシグルーンが拾い上げた。
「ヴィルヘルム、お前から聞き残した事は無いか」
その言葉に何を聞くべきなのか僅かに逡巡して。
最後に、何が切っ掛けなのかを知るべきだと考えた。
「今回の件、帝国はどこまで介入してる。暗部の奴らと直接、戦闘を交えてる。加えて待ち伏せまで受けた。
アンタらの誰かが内通してないと無理だろ」
「……審問官だ……ヤツは、帝国と関わっていた……。既に、始末は、つけてある……」
「そうかよ。ならもう、聞く事はねぇ」
帝国――フィオナを利用して、皇国を滅ぼそうとしてきた。
元々先の大戦から敵対していた関係ではあるが、それだけじゃない筈だ。
恐らく、二分に分かれている。
アイリスを送り込んできたヤツと、暗部の猟犬部隊を送り込んできたヤツ。それぞれは対立している。
「後は全て、俺が幕を引こう。……お前には手間をかけた」
「……もう、いいさ」
王城を後にする。
師匠も、フィオナもリグレアも帰ってこない。
皆いなくなってしまった。
「ヴィル……」
「アイリス、帰ろう」
その後、アルヴァスは自刃したとされ、新たにシグルーンが王として、即位した。人々は皆、彼が王となった事に喜んでいる。
そんな人々の熱狂とは裏腹に、僕は大切なものを無くした。
――何もかもを失って、一体どこへ帰ればいいのだろうか。