国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
アイリスと共にギルドでの依頼を終わらせる。
それにしても、やけに魔物の討伐依頼が目立つな最近。
「……」
「ヴィル、どこか行くの?」
「うん、ちょっとね。孤児院の人と縁が出来たから」
「孤児院……? そういえば出来たって話聞いたわね。……私も、顔出してみていい?」
「うん、彼らも喜ぶと思う」
アイリスを連れて、孤児院へ向かう。
道は何となく覚えているし、あの建物は以前から目立っていた。
孤児院として開かれていた事は初耳だけど。
「あー! ヴィルだ!」
「ヴィル兄ー!」
「隣のねえちゃん、だれー?」
「きれー!」
孤児院に入るや否や庭で遊んでいた子ども達が駆け寄ってくる。
その声が聞こえたのか、サーシャさんが教会から顔を覗かせた。
「来てくれたんですね……! この子達、もうヴィルさんの事が大好きになったみたいで」
晴れやかな声。
明るい人だなぁ、と考える。もしサーシャさんがフィオナと出会っていたら――。
そんな在り得ない未来を思ってしまう。
「……いえ、こちらこそ。貴方達のおかげで立ち直れました」
僕とサーシャさんが話す傍らで、アイリスが子ども達に手を引かれていく。
「あ、ちょっと、力つよっ……! こら、勝手に乗らないの!」
「うわ、なにこれカッケー!」
「危ないから触っちゃダメよ……! ちょっと、貴方達元気過ぎない!?」
僕以上にもみくちゃにされるアイリスを見て思わず笑ってしまう。
気が付けば、自然とその輪の中に僕自身も入っていた。
――ヴィルが前向きになれたのは良い事だと、私は思う。
抜け殻のような彼は正直、見ているのもつらかった。何ならあのまま、憎しみの道に走ってしまいそうな危なげなさも感じていた。
私には、何も出来なかった。相棒だって勝手に思っていた癖に。立ち直らせる事が出来ずにいた。
師匠であり憧れでもあったユリウスを、家族も同然であったフィオナを、戦友でもあったリグレアを。心の支えであったであろう人達を、ほとんど失っているのだ。
どんな言葉を掛けたらいいのか分からなくて。何をしたら貴方の背中を押してあげられるのか彷徨ったまま。
でもそんな私の悩みは、突如現れた一人の少女が瞬く間に解決してしまった。
「ねぇ、ヴィル」
「ん?」
「サーシャさんの事……好きなの?」
「うえっ」
その反応で分かってしまう。
好きになったのは私が先だけれど。でも、それでも彼のきっかけになれなかったから。
「応援するわよ、いつでも気になったら聞いてきなさいな」
「……ありがとう」
それでも自分の気持ちに蓋をして。彼の事を支え続けよう。
元々呪いで早死にする筈だったのだ。残りの人生を誰かに費やす事に躊躇いは無い。ましてや彼の為になるのなら。
“それに……嫉妬は見苦しいじゃない”
せめてフィオナが信じた理想の自分でいよう。彼の剣となろう。
救ってくれた彼女の為に、そう決めたから。
「ヴィルヘルムさん、今いいですか」
「ん?」
またいつものようにギルドの酒場で依頼を受けようとしたところ、職員に声を掛けられた。
珍しい、今まで声かけられた事は無かったのに。
「ヴィルヘルムさんとアイリスさんを指名の依頼が入ってまして……」
「誰から?」
「それが皇王様から直々なんです」
「あの人から……」
渡された封筒を、人目の着かないところで開ける。
「……こいつは」
とある商人の護衛と言う名目での調査。
――どこかきな臭さを感じる一件だと、本能が叫んでいた。
「貴方が騎士団と共に護衛して下さる方々ですね。お待ちしておりました」
「よろしくお願いします」
例の護衛する商人――少なくとも僕は皇国で見かけた事は無い人物だった。
アイリスはフードを被り、顔を隠している。……何でも、この男を知っていると言うからだ。かつて暗部にいた頃に要注意対象とするよう命令を受けていたと言う。
「近頃は物騒でしてなぁ。何でも魔物が多くて……。騎士団とギルドの皆さまには頭が上がりません」
「力の限り、尽くします。行きましょう」
騎士団と共に馬車を守るようにして歩く。護衛先は、商人の自宅まで。
何でも、ここ数日売れ行きが良く邸宅まで建てられたと言う。
しかし突然現れ、経緯が分からない以上警戒してほしいと言うのがシグルーンからの依頼。加えて可能であれば、素性を探って欲しいとも。
まだ魔物の気配はない。少し、探ってみようか。
「何でも、羽振りがいいみたいで。僕のような若輩者には商学がないものですから」
「おやおや、貴方こそお名前はかねがね伺っておりますぞヴィルヘルム殿。あの街の何でも屋的な存在。ギルドでの評判も良く、確実な仕事なら貴方を指名した方がいいとまで」
「それはそれは、僕は自分に出来る事をやったまでですよ」
……マズいな、思っていたより話を逸らされる。
どうやって切り込みを入れようか。それも気づかれない程度に……。
「商売のイロハはどこで学ばれたのですか」
「イロハなどとんでもない。ほとんど独学です。それで今ほど恵まれているのはきっと、運が良いだけでしょう」
「そうなんですね。運ですか……」
何かを隠しているのは違いない。
でもダメだ、これ以上踏み込むのはさすがに怪しまれる。
……今の僕ではこの辺りが限界だろう。
「! 魔物だ、来るぞ!」
「総員、守備配置! 探索者殿、動きは任せます!」
「分かった!」
今はともかく、目の前の魔物を撃退する事に専念しよう。
「――終わり!」
魔物の顎を打ち付けると、逃げるように去っていった。
周辺に魔物の影は無し。気配もない事を確認すると騎士達は剣を納める。
僕も戦闘態勢を解くと、馬車に避難していた商人が顔を覗かせた。
「いやぁ、皆様お強いですなぁ! 頼もしい限りです! ヴィルヘルム殿、もし良ければ専属の護衛になりませぬか? 勿論弾みますぞ」
「……その、申し出は有難いのですが、自分は根無し草の方が性に合っているので」
「何と勿体ない。……噂は当てにならぬものですな」
「……噂?」
「あ、いえ、こちらの話です」
フードを被ったアイリスと目線を合わせる。
この商人は間違いなく僕の素性を知っている。
「いやはや、私の誘いは世迷い事と思ってくだされ。お詫びに一つ、聞きたい事を答えましょう」
……上手いな、一つに限定させてきてこれ以上深堀りさせないつもりだ。
だったら、やはり気になるのは一つ。
「……貴方はどこから来られたのですか。皇国では見かけない顔だったので、少し気になって」
「……さて、どこから答えたものでしょうかなぁ」
うーむと唸るような仕草を見せる。
間違いなく黒だ。こいつは何かを隠している。決定的な何かを隠したがっている。
でもこの場では探れない。それをしてしまうと、取り返しのつかない事になる。
「私、元々帝国貴族だった者で……。力及ばず権力闘争に敗れましてな」
「そうだったんですね」
「しかし神は私を見捨てなかったようで。祖国を裏切るような様にはなりますが、皇国でふと商才を見つけましてな。こうして再び返り咲いた訳です」
「……ではいずれ、帝国に戻る事を視野に?」
「……さてさて、どうでしょうなぁ。皇国での暮らしも案外良いモノですから、ここに腰を据えるのも悪くないと思って来ております。ヴィルヘルム殿もそう思っておられるでしょう」
――挑発されているな、と感じる。
けれど生憎乗ってやるつもりは無い。師匠からの教えだ。挑発だと思ったら乗るな。それで相手はお前を警戒せざるを得なくなると。
「まあ、暮らしやすいですからね。僕も好きな街ですし」
「ほっほっほっ、それは良かった」
やがて見えてくる邸宅。
成程、豪邸だと見ただけで分かる。警備もいるし、外は厳重だ。
もし強盗が入ったとしても、即座に掴まるか殺されるだろう。
「さて、皆様ここまでで結構です。騎士団とギルドの方々、ご苦労様でした。無事に辿り着けた事、ただただ感謝しかありませぬ」
自宅から一人男が出てくる。
黒衣に身を纏った銀髪の男――この男、強い。
「私の、専属の護衛でしてなぁ。この者がおる限り、家は安泰と言う物です」
こうして商人と別れる。
帰り道――案の定、やはり尾行がつけられていた。撒く事無く、寧ろ予定通り皇都へ戻る。騎士団と何か共有される、とでも考えたのだろうか。
騎士団本部へ向かうのは避けた方が良さそうだ。
「……アイリス」
「ええ、あの男帝国貴族の一人と言ってたのは間違いないわ。権力争いに敗れた云々は知らないけど。
そして何より不味いのが専属って言ってたあの男。――帝国暗部、猟犬部隊首領よ」
「何?」
それは、あの時リグレアを襲った部隊の名前――。
やはりあの商人、ただの男じゃない。間違いなく帝国と繋がっている。
「アイリス、猟犬部隊って何なんだ」
「汚れ仕事専門。要人暗殺、密売、他国へのスパイ――そういうのを一手に担う暗部最強の一派。その頭と言ったら、どれだけの強さか分かる?」
「……何で、そんなやつが護衛に」
思考を深めるも、答えは無い。
とりあえずギルドに報告書を提出しに行こう。
「アイリス、ギルドへは僕が行くよ。帰りに孤児院も寄りたいし」
「……そう、分かったわ。気を付けてね」
出ていく彼を見送る。
ああ、そうだ。やっぱり彼はあの人が――サーシャと言う少女の事が。
「……私は支え続ける。それだけよ」
あの子を守れなかった責任を、共に背負い続ける。
そして何より。何より彼が幸せならそれでいい。
ギルドへ報告書を提出する。
無論、シグルーンからの依頼という事はギルド側も把握しているから、依頼の完了報告書と言う名目だ。
道中、尾行の気配は無かったからこれ以上の追及は無いだろう。
帰り道に孤児院へ寄る。
「……」
いや、何緊張してるんだ僕。普通に顔を出すだけじゃないか。
戦いよりも気持ちがどこか張り詰めている事を自覚する。
「あ、ヴィルさん」
「サーシャ……そのごめん夜遅くに。たまたま通りかかったものだから」
「大丈夫です、今はあの子達も寝ていますからおもてなし出来ないのが残念ですけど」
「いや、そういうのは大丈夫」
強い人だと思う。
僕もフィオナと共に過ごした経験があるから分かるけど、子どもの世話と言うのは意外と大変なのだ。
好奇心旺盛で腕白な子ども達の面倒を一人で見る。そんな彼女だからこそ尊敬する。
「それにしても、何でサーシャは孤児院を開こうって思ったの?」
「……私がやりたい事、だからでしょうか」
「やりたい事?」
「はい、驕っているかもしれませんけれど誰かを助けたい、誰かの導きになりたい。そう思っていました」
彼女がよく語っていた言葉を思い出す。
“私の祈りが貴方の背中を押しますように、か”
「教会でも受け入れはあっただろうに、何で」
「……優しさは他人に伝わりにくい感情ですから。あの子達がまだ育つうちに、他人からの優しさを知る事を分かって欲しいんです。
それを、人任せにしたくないと思って」
「優しさ……」
「はい、それは一番誤解されやすいんです。私だって孤児院を開く時、偽善だの子どもを下にして自分を上に見ようしてるだの好き勝手言われました」
「酷い話だな、それ」
「仕方ないです、誰だって自分が大切でしょうし」
あぁ、敵わないなと思う。
もしフィオナが彼女と会えていればと。きっとより強く、逞しく育っただろうに。
どこかで、胸の奥が傷んだような気がした。
「そうだ、ヴィルさんに伝えないと。あの子達、親になってくれる人が見つかったんです」
「そっか、孤児院だって経営だもんね」
「ええ、恥ずかしながら……。ヴィルさんのおかげでとても助かってます」
「気にしないでいいよ、それこそ僕がやりたくてやってるんだし」
「いいえ、お礼はしっかり言わないと。本当にありがとうございます」
あの子達の引き取り手が見つかったなら、それは良かった。
会えなくなるのは寂しいけどそれでも幸せならそれが良い。
「サーシャはこれからも、孤児院を?」
「はい、きっとここを必要とする子はまだまだいる筈です。ですから、私は此処で待ち続けようと思います」
「そっか、なら協力するよ。僕もこの街の住人の一人だし。あの子達の出立はいつ?」
「明後日です。あの子達ったらそわそわして、今日は寝付くのに時間がかかってしまったんですよ」
そんな他愛もない会話。幸せだったと思える一時。
――幸福は、必ず終わりを迎えてしまう。
だから、そんな今を覚えておこう。