国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
「まさか一学年六十人ねぇ……」
多いのか少ないのかは分からない。ただ先輩にあたる学園の人数はそれよりも少ない。途中で挫折したか、或いは――。
戦士になると言うのはそういう事だ。一人の英雄の足元に千人の亡骸が転がるように。一つの夢の周りに、絶望は亡骸のように打ち捨てられる。
石造りの階段を上がって、教室に足を踏み入れる。今の自分とは無縁な香りが鼻に突いた。
人混みをかき分けて、そそくさと自分の席に座る。座学なんてのは、随分と懐かしい。
道具一式は無料で支給されるらしい。無論、希望している生徒のみにそうだけど。
「あら、近いわね。すぐ話せそう」
「知ってる人がいるのは、割と助かるよ」
後ろにはアイリスがいた。どうやら彼女はその席らしく、昔から一緒にいる人物がすぐ傍にいると言うのは心底安心する。
周囲には華美な服に身を包んだ貴族達と、平民達。大きく分けてしまえばその二つだ。騎士か魔術師か、或いは我流か。
ちなみに今の僕とアイリスは言うまでも無く、平民側である。
彼女と談笑しようか、と思った時突然風景が変わった。
先ほどまでいた筈の教室が、広い平野になっている。――学園の建物がすぐ傍に見えるから、校庭だろう。
そして眼前には――たった一人の男がいた。六十人を前にして、強気な笑みを浮かべている。
「慌ててどうするよ、こいつは時限式の単なる空間転移だ。まぁ、魔術に行きたいヤツは触れるかもしれんが、俺には専門外だ。理屈はてんで知らん。コイツは無理言っての特例だしな。
でだ、新米共。まずは入学おめでとさん」
飄々とした雰囲気の中に、仄かな闘志を隠している。丸刈りの頭とその長身は、ただそこに在るだけで圧迫感を醸し出す。事実、腰が引けている者も何人かいた。
恐らく戦闘スタイルは僕と同じ、徒手空拳だろう。得物は何も持っていない。――いや、その右腕は鋼鉄としか言いようがない。装備とかではなく、腕その物が鉄なのだ。
「――いやちげぇな、仮入学か」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私達は学園の正当な審査、試験を通って認められた筈です! これは聞いてません!」
一人の少女が名乗り出る。腰に二振りの剣を構えた少女。腰まで届く赤い髪を一本に束ねている。
「同じく。それともこれが、学園ゼラニウムの流儀なのかしら?」
アイリスもまた前に出る。あぁ、そういえば負けず嫌いな性格だったなぁ彼女。
二人の言葉に、男は小さく笑った。
「いいや、学園でも何でもねぇ。こいつはただの矜持だよ。
正当な審査? 正当な試験? 流儀? ――んなモンに意味はねぇよ。力が全てだ。
っと、遅くなったな。俺はディン・ヴェルフ。生徒会所属。まぁこの学園で、一番強い存在に近い所にいるって事だ」
ディン・ヴェルフと彼は名乗った。
生徒会――この学園にいる生徒たちの中で、三人しか名乗る事が認められない肩書。この学園ゼラニウムにおいて、最強に近い存在。
僕らはその一人に用があるのだが、今は不在らしい。
「すまん、前置きが長すぎたな。まぁ、早い話戦え。戦って、意地でも食らいついてやるって証明しろ」
男はそういった。作法も流儀も全て置き去りにして。
「自分に見合った実力なんかで満足か? ただ淡々とした日常だけでいいのか? そうして手にしたもんで、テメェらは何を目指す。俺が見たいのは、ただ一つだけだ。
何人でかかってきてもいいぜ。何なら決闘でも構わねぇ。不意打ちでもいい? 武器なら、ほらそこに転がってる。刃引きはしてあるから死にやしねぇよ」
何人かが一斉に飛び掛かる。人数差で有利を取るつもりだろう。
だが、無意味だ。囲んでいる訳でも無いし、誰かが抑えている訳でもない。――何より、本当の強者の前では、数などあってないようなもの。簡単に覆される。
「ハッ、根性はよし。気に入った」
無造作に繰り出された裏拳。虫でも払うかのような一撃は、最前線にいたクラスメイト達を吹き飛ばす。
そこからねじ伏せるかのような動きの数々。ほんの数秒。たったその時間で、数人が瞬く間に全滅した。
「気合が足りねぇ、根性が足りねぇ。何より殺意がねぇ。んな覚悟で戦場なんぞに立つんじゃねぇぞ。
――つっても、今のお前らにそんな能書き垂れたところでしゃねぇか」
その雰囲気に誰もが押されている。鋭利な牙を研ぐ獣のような眼光、それは戦いを知らぬ者にとっては何もかもを削ぎ落とされるような感覚だろう。
行くべきかどうかに少しだけ迷う。その時、頭の奥から懐かしい声がした。
『――迷ってるならやるべきだよ、ヴィル兄。そのまま何もしないのが一番苦しいよ』
これは誰の言葉だったか。……いや、大丈夫。ちゃんと覚えてる。
その顔もその言葉もその日々も、決して欠ける事無く。
「――なら、ここは一つお手合わせ願えますか先輩。同じ格闘の者として」
「……へぇ」
拳を打ち鳴らし、前に出る。
分析はアイリスに任せる。彼女なら、どういった癖があるのかを見抜いてくれるはずだ。
前に出る。出て、出て続けて、後ろには下がらない。
「おい、お前さん名前は」
「ヴィルヘルム。ヴィルで、いいですよ」
「ヴィル……そうかい、へぇお前さんが……。アイツとは似ても似つかねぇが、まぁいい。
でだ、そいつは決闘と受け取っていいな」
「勿論。出なきゃ、いの一番に殴り込んでます」
「ハッ、上等」
――弾けるように地を蹴る。白兵戦の基本は、間合い。相手を自分の間合いに引きずり込みつつ、如何に相手の間合いから逃れるか。
牽制程度に左で一発。されどその一撃に手は緩めない。瞬間、初めてディンが大きく体勢を動かした。体を捻り反撃――だが予想通り。途中で腕を引き、その一撃を払う。
すぐに距離を取って、離脱。これで彼の技量は見てとれた。反応が早すぎる。
紛れも無い本物だ。決して自惚れではない。あの反撃の動作は、幾度となく戦いを乗り越えたからこそ成せたモノ。
「……へぇ、中々筋がイイ。悪くないな。格闘戦の何たるかをよく分かってんじゃねぇか。
あれ止めてたら、もう一発やる気だったな?」
「それはどうも。途中まで本気で当てるつもりだったんですけどね」
小さく息を吐く。眼前の男は紛れも無い強敵だ。決して容易く倒せる相手ではないが故に、意識を切り替える。
――見られている。この四肢から繰り出される動作の僅かなブレさえも、見逃さないと。フェイントも不意打ちも、この先何一つ通用しないだろう。
ならば正面から受けて立つだけの事。
「――!」
駆ける三歩、瞬く間に距離を詰める。狙うは顎先。誰であろうと脳を揺さぶられれば平気な筈が無い。
されど、その一撃は途中で交錯した腕に阻まれた。
「見えてんだよッ!」
「!」
すぐさま体ごと払いのけて、防御の姿勢。守るは右側頭部。骨の髄まで響く程凄まじい衝撃が二度、走った。地面に足をつけて踏ん張っていなければ吹き飛ばれている。
その次に繰り出される三発目――視認する時間は無いが故に、直感だけで予測する。先ほど衝撃が走った向きとは反対側に半身を引く。
神速の拳が、頬を掠めた。それは僅かな空隙。瞬時の攻防で生まれた空白。
――その刹那を、逃さない。
「獲った……!」
顎下をかち上げる一撃に、確かな手応えを感じる。
常人であれば、昏倒に至るレベル。歴戦の兵士であっても、脳震盪を起こし一時的に動けなくなる程だ。
「おっつ……! 今のはキいたぜェ……!! あぁ、テメェは本物だ! 間違いねェ!」
「!」
腹部に強い衝撃と浮遊感。蹴り飛ばされたと、瞬時に判断し受け身を取って体勢を整える。
もう眼前には、攻撃態勢に入ったディンの姿。その右腕にまるで彫刻のような線が走り、妖しく輝いた。
「ヴィルっ!」
「戦闘刻印起動、稼働開始――さぁ、やろうぜ!! 本物の戦いってヤツをよォ!」
アイリスが抜刀。援護に駆けるも、ディンの攻撃の方がまず早い。――その拳が届く距離の合間を一筋の矢が貫いた。
見ると矢を構えた金髪の女性が一人。彼女もまた強敵だと気配で悟る。
「――そこまでだ、ディン。それ以上は生徒会の沽券に関わる。
一撃を受けた以上、そこで実力を認めろ」
「……ハッ、そいつは確かにそうだ。わりぃな、久々にヤれそうなのが来たんで思わずノっちまった」
口調から察するに、彼と同じ立場の人間だろうか。
矢筒に手を伸ばしている所を見ると、未だに警戒をしているらしい。でも今の矢は間違いなく魔術だ。アイリスも同じモノを使うし、何ならやりあった事もあるから感覚で分かる。
「つーワケだ。こいつは恒例行事みたいなもんでな。オレの気分でやらせて貰ってる。
後は任せたぜクイーン。オレは戻って寝る」
そういって、場を引っ掻き回した男は何事も無かったかのように去っていった。
好き放題されるのも中々に癪だ。……出来ればもう一発、入れておきたかったなぁ。
「すまないな、同胞が面倒をかけた。
教室に戻れば、キミ達の担任が待っているだろう。各自戻りたまえ。階段ならあそこだ」
アイリスが治癒の魔術を使用して回る。僕も立てなさそうな生徒には肩を貸したりして、彼らを教室まで誘導した。
……思っていたより容赦なかったなディン先輩。
「やぁ、お帰り、何だ見てたけど今年は全然だったな。生徒会も随分丸くなったもんじゃないか」
教室に戻ると、そこにいたのは一人の女性だった。灰色の髪を首下まで揃えた、スーツ姿の人物。
火のついていない煙草を咥えており、先ほどまでの戦いを観戦していたのか窓に背中を預けている。
「あぁ、いや。キミ達の話じゃないさ、あの馬鹿の方だよ。あの行事も恒例でね。何人かは腰を抜かすんだが、まぁ今年はイキがいいのがいたらしい。
やるじゃないか、中々に良い物を見させてもらった」
彼女は煙草をしまうと、興味深そうに僕を見つめた。
その瞳は、一瞬だけ懐かしむような、古い鏡を見せつけられたような――哀愁を帯びていたように見える。
「お前、その魔力は――……あぁ、そうか。そうだったんだな」
「?」
「いや、何でも無い。こちらの話さ。名前は」
「ヴィルヘルムです。一応、ヴィルって呼ばれてます」
「――そうか。まぁ、中々やるじゃないか。あの戦闘馬鹿に目をつけられた以上、退屈はしないだろうよ」
「……いや、もっと酷い人知ってるんで」
具体的に言うと僕の師匠とか。あの人、馬鹿強い癖にサディストとか本当に最悪の組み合わせだから困る。
そんな過去の記憶を思い出しながら席に着く。武器は専用のロッカーにしまわれているから、気を無理に張る必要も無い。
「――さて、挨拶が遅れたな。私はストレア。今日から形式上はお前達の担任を務める事になる。専門分野は魔術全般。格闘もそれなりだが本職には到底かなわん」
ふと彼女の指先が仄かな青い光を灯す。その光に息を吹きかけると、光はまるで煙のように動き出して、何かを描き始める。
「さて、入学おめでとう。早速だが、試験内容を提示したいと思う」
「し、試験?」
「夢幻闘技の事は知っているな? 知らないなら知ってる者に聞け。説明が面倒臭い。
期限は三ヶ月以内だ。同条件での最高到達記録は三十階層。到達者は――ジュリウス・ファーグライド。アヴァルシア帝国第一王位継承者だ。その記録に匹敵するか或いは塗り替えたら――戦士の箔には十分すぎるだろうよ。
先着順に、三ヶ月後開催される闘技祭への参加を認めるものとする」
ジュリウス・ファーグライド。
かつての僕の憧れ。幼き頃に抱いた夢のカタチ。いつかその隣に並ぶ事が夢だった。だから何もかもを信じていた。
今は私用のため帝国に戻っており、不在となっている。だがまぁ会わなかったのは幸いだった。今顔を会わせたところで、僕には何一つ誇れるモノが無い。本来なら会って探るのも用事の一つだけれど、今は……個人的に会いたくない。
何も守れなかった僕に、貴方と並ぶ資格はあるのですか。――兄上。
生徒会の一室で、ディンは大きく欠伸をした。既に体の疲労は消え失せていて、彼は気晴らしに夢幻闘技に潜ろうかと考え始めていた。あそこなら好きなだけ暴れられるし、進めば進む程、自身の鍛錬や評価につながる。
にしても先ほどの一撃は久々に効いたと考えた。あそこまで強烈なのを入れられたのはいつ以来だろうか。
ふと扉が開いた音に目線を配ると、からかい甲斐のある人間が来たと言わんばかりに彼は笑んだ。
「どうだったよアリシア。久方ぶりの妹との再会は?」
「……黙れ、私の前で容易く口にするな。次に聞けば、斬る」
眼前に刃を突きつけられて尚、ディンはその態度を崩さない。
理由は言うまでも無く単純な事で、彼としては別にここで殺し合いになった所で構わないからだ。
そうして彼女が刃を振るうのであれば、所詮そこで止まりと言う事であるしその程度に殺されたのならば、彼が弱いだけの話に過ぎない。
「その様子じゃ、口も利かなかったらしいな。おいおい……アイツといいお前といい不器用過ぎるだろ」
「……家族だからな、後ろめたい事もある。反面、お前は面白そうだな」
彼女の皮肉を彼は鼻で笑った。
野次馬特有の声音だった。
「そりゃ、面白れェに決まってんだろうが。
帝国を追放された王の息子が、皇国にいたんだぜ? しかも見たかよ、あの似てない顔。そして王族らしからぬチンピラのような目つきにステゴロ。――何があったかなんざ想像つくだろ」
「フン……部外者は気楽でいいな」
「おうよ、そりゃ今は気を抜く時でな。そうすりゃ、見えてくるモンもある。何でそうなったか、どうしてそうなった。そしてそこから何をするべきかも」
窓から訓練場を見下ろす。そこには学生達が鍛錬に励んでいた。見える表情は各々で今回の事を軽く考える者もいれば、危機感を以て足掻こうとしている者もいる。
その光景が、ただ好きだった。以前見た時は同じ人物でも、今は全く表情が違う者がいたりするのだから。
「本当にやらなきゃいけねぇ時が来た時は――全て賭けるさ。一切合切、何もかもよ」
そういって、ディンは部屋を出ていった。
残された室内で、アリシアは小さく言葉にする。
「よく言う。……私とて、まだ健在でいる事に驚きを隠せないんだ。……アイリス、何故まだ生きてられるんだ……?」