国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
成程、猟犬部隊首領と言うのも伊達じゃないらしい。
今まで戦った誰よりも強敵だ。きっと、アイリスと二人がかりで挑んでも、隙を見つけられるかどうか。
既に全身血塗れだ。斬撃は何度か受けているが芯は外しているし、致命傷は回避している。
最早服は、衣としての意味を為していなかった。
“だけど……!”
振るわれる剣戟を、拳を合わせるようにして相殺する。僅かでもズレれば、その刃は致命傷となるだろう。
その全てを合わせ切る。
「やるな、だがその程度だ」
剣が再度振るわれる。心臓を狙った斬撃。
背後へ飛び退くように、跳躍する。
「っぅ……!」
回避した先に矢が打ち込まれる。体を捩じるようにして回避。
脇腹を貫通された。血が溢れる。
まだだ、この程度大したことない。致命的な毒に侵されながらそれでも尚、戦ったリグレアと比べてみろ。
「倒れないか、死にぞこない」
「がぁっ……!」
蹴り飛ばされて、床を転がる。
けれど戦意は途絶えない。
諦めるものか、立ち上がり続ける。
すぐに受け身を取る。
「くそ、がぁっ……!」
打ち放たれる矢が、体を貫く。
流れ落ちる血で足を滑らせそうだ。
意識が明転する。まるで昼夜が交互に訪れているかのよう。
「……些か計算違いか。まさかここまでとはな。お前の事、覚えておこう」
矢が、放たれる。それは当たれば致命傷に違いない一発だった。
暗くなる意識の中で、ふと聞き覚えのある声がする。
“死なないよ、だって私が守るから”
その言葉に、拳を強く握りしめた。
燻っていたモノが燃え盛るように、激しい火を灯す。
「――あ」
今の声を、忘れる筈が無い。
フィオナだ。
己の胸の内から、そう聞こえた。
“さぁ、やっつけようヴィル兄。私が力を貸すよ”
あぁ、ありがとう。
行こう。
「何!?」
全身の傷が瞬く間に再生していく。
致命傷となり得た筈の一矢は、容易く払いのけられた。
いつになく調子がいい。全身に力がみなぎっている。今ならきっとシグルーン王とて互角所か、勝ちの目すら狙えそうなほどに。
「第二ラウンドだ、この野郎……!」
踏み込みはいつになく早く、ヤツが反応する前に懐に潜り込めた。
胸倉を掴み、顔面に頭突きを叩き込む。
そのまま体の中心線となる所へ、渾身の力で数発の連撃。
「そらよぉっ!」
殴打の衝撃で体が浮き上がる。その隙を逃す理由は無い。
側頭部へ、回し蹴りを叩き込む。
ヤツはその全てを受けて吹き飛ぶ。両手から得物が弾き飛んだ。
――けれど、それでもヤツは倒れない。頭部から血を流し続けながらも、こちらを睨みつける。
上等だ、このぐらいで倒れて貰っちゃ困る。まだこんな事で収まりが付く訳が無い。
「不出来に、負けるなど許されぬッ……!」
「知らねぇよ、テメェの事情なんざなァッ!」
拳が交差する。野郎、体術も行けるのか。
なら、その上を行くまでだ。
繰り出される連撃は、その全てが殺人術だ。確実に人を殺す、確実に対象を沈黙させるために編み出されたモノ。
その悉くを凌ぐ。
心の中の怒りが、渇望が、強く、強く叫んでいる。
「負けられねぇんだよぉッ!」
「ぐぁっ……!」
無意識に繰り出した一撃がヤツの胴を捉えた。
重く、手応えのある一撃。
その口から鮮血があふれ出る。
「どうしたよ、猟犬部隊ってのもその程度かァ!」
顔面へ数発叩き込んで、最後に力任せのアッパー。
それをもろに受けて、ヤツは吹き飛んでいく。
行く先はドア。その衝撃を受け止められる筈もなく、扉ごと吹き飛んだ。
足を踏み入れると、例の商人は机に頭を伏せるようにして隠れていた。
「ひ、ひぃっ……! あ、あの時の小僧! 何をしに来た」
「あ? んなのテメェがよく分かってんだろ。その面をぶん殴りに来たんだよ」
「警備! 警備はいないのか! 何をやっている! 早くここから」
「――うるせぇよ」
「ひぃっ!」
殺意で、ヤツを黙らせる。
まずは猟犬部隊の首領を。その後、テメェだ。
地獄に送ってやる。三途の川を見せてやる。そして――
「――そこまでだ」
聞き覚えのある声と気配に足を止める。
視線を向けると騎士団を連れたシグルーンの姿が在った。
「強盗の情報を聞き、容疑者がいると聞いて尋ねてきた。両者ともに動くな」
「そ、その小僧です! その小僧が、強盗ですぞ!」
「……何かを勘違いしているようだが、我らが聞いてきたのは孤児院に関してだ。貴様に容疑がかけられている。加えて、そこで倒れている男は帝国暗部の所属。
――話はじっくり聞かせてもらおう」
騎士達が入ってきて、商人と倒れている男を拘束する。
頭が急速に冷えていく。荒ぶっていた心が落ち着きを取り戻していく。
……恐らく、アイリスが騎士団に通報を掛けてくれたのだろう。
「ヴィルヘルム、娘が目を覚ましたそうだ。……ここは我らに任せて、行くがいい」
「……ありがとうございます」
ボロボロの体で、皇都に着く。街を行く人々は通りかかる僕の服装に目を丸くして道を開けていく。
そりゃそうだ、全身ズタズタで血に濡れている人物などそうお目に掛かれるモノでは無い。
けれど今は急がなくてはならない。
騎士団が運営する診療所――そこに彼女はいる。今はアイリスが懸命に容態を診てくれている最中だそうだ。
辿り着くと、騎士団の一人に案内を受ける。
「こちらです、ヴィルヘルム殿」
「……ありがとう、世話になった」
「いえ、こちらこそ。リグレア殿の仇を叩きのめしてくれたと聞きました。感謝しています」
そういって騎士は去っていく。
部屋に入ると、暗い光が目に入る。ベッドに寝かせられているサーシャと治療の魔術を酷使しているであろうアイリス。
「サーシャ……」
声に、アイリスが振り向いた。その額には尋常じゃない汗が滴り落ちている。
立ち上がろうとしてふらつくその姿を支えた。ここまで手を尽くしてくれた以上、彼女には感謝しかない。
「ありがとう、ヴィル。……その、手は尽くしたんだけど……」
「大丈夫。……こちらこそありがとう、アイリス」
彼女は僅かに目を伏せて、部屋を出ていく。
中には、僕と彼女の二人だけ。沈黙だけが辺りを包み込んでいる。
床に膝を着けて、彼女の手を握りしめた。
淡い呼吸。その息は、今にも止まりそうで……。
「ヴィル……さん」
「サーシャ……」
仇は取って来た、なんて言わなかった。
今僕が言いたいのは、そんな事じゃない。一時の感情に身を任せてしまった末の結果なんかじゃない。
今言うべきは、本当に言葉にするべき事は。
「キミも……行くんだね」
「そう、みたいです。……あの子達を、ほうってはおけません、から」
「そっか……」
――喪失ばかりだ、僕の人生は。
リグレア、師匠、フィオナ。そして孤児院の子ども達と、今目の前にいる彼女。
皆、いなくなっていく。
「……無くしてばかりじゃ、ないですよ」
「サーシャ……?」
彼女は微笑んだ。その容態はただ生きているだけで苦しい筈なのに。
さも当然のように。いつもの見て来たように。彼女は笑った。
「ありがとう、私と出会ってくれて。私の人生で、貴方とあった時間が、一番充実していました。モノクロだけの景色だったのを、貴方が色づけてくれた」
「……」
「貴方は優しい人だから、自分が貰ってばかりだと考えているかもしれない、と思って」
彼女の両手が、僕の掌を包む。
優しい瞳が、そっとこちらを見て。
「優しい人。どうか貴方は、憎んだり恨んだりしないで。貴方は、貴方の意思を貫いて。大丈夫、貴方は前に進める人。例え、どれだけ時間がかかったって、必ず立ち上がってくれる、人」
彼女の言葉に、かつての言葉を思い出す。
――感情に全てを任せるな、常に自分自身であれ。
あぁ、そうだ。師匠もそう言っていった。あの人も、感情で動いた事なんてほとんど無かった。
「……なれる、のかな」
「大丈夫、私がお呪いをかけます、から」
重ねた手が、そっと握られる。
冷たいけれど温かい何かが、体の中を巡る。
「私の祈りが、貴方の背中を押しますように」
「分かった、止まらないよ……っ」
約束する。今この場で、絶対に忘れる事は無いと誓う。
「あの子達の祈りが、貴方の手を引いてくれますように」
「歩き続けるっ……。いつかキミ達と会えた時、また笑えるようにっ」
キミ達の、貴方達から受け取った何もかもを決して無にはしない。
無かった事になんて絶対させない。
「貴方がいつか、明るい未来に、たどり着けますように」
「……!」
ああ、分かっているよ。
大丈夫、立ち上がれるよ僕は。
だから今は、今だけは――。
「サーシャ……っ」
これで最後にするから。
感情のままにしてほしい。
その夜、溢れる感情は止まる事を知らなかった。
後日、王城に僕とアイリスは呼び出されていた。
それもシグルーン直々に。
「すまないな、手間を取らせた。……落ち着いたか」
「はい、別れは済ませてきました」
教会は空き地となった。そこに彼女は弔われている。
きっと誰も訪れる事の無い静かな場所。
あそこなら安らかに、穏やかに眠れるだろう。
「……即決に話をする。猟犬部隊首領は道中にて謎の組織による襲撃を受け、逃走を許してしまった。商人はその場で殺害されたそうだ」
「はっ?」
「こちらも精鋭の護衛をつけていた。被害は無い。襲撃も既に想定済だ。現場である程度口は割らせている。
――人体を魔物へ変貌させる薬。それが今、帝国で研究されているそうだ」
「……魔物に? 何で……」
「恐らく副作用よ。…魔剣を作り出す方法を密かに探っているの。主な目的はそっちだと思うわ」
アイリスの言葉にシグルーンは反応を示した。
「初見だな」
「だって、私が受けた呪いだってその一環だもの。帝国はあらゆる手を尽くして、魔剣を再現しようとしている。
まさか今度は薬に変えてくるなんて、思わなかったけど」
「そうか、魔剣の再現か。……やはり帝国は、仕掛けてくる思惑のようだな」
しばらく思考した後、シグルーン王は目線を僕らに向けた。
「……仕方あるまい、常人の考えでは無かろう事を考えたところで時間の無駄だ。
――ヴィルヘルム、アイリス。お前達には一つ依頼を出したい」
シグルーンの瞳は迷う事なくこちらを見つめる。
「学園の事は知っているな。学園ゼラニウム――三ヶ国から人々が集う場所だ」
「私は……名前ぐらいは」
「僕は生憎、そこまで」
「そうか。まあ仔細を考える必要は無い。入学試験の必要も無かろう。王の推薦であれば、そのまま直に入れる筈だ」
学園ゼラニウム――三ヶ国が集う場所。
つまり、シグルーンがいいたい事は。
「学園に入学し、そこから帝国の動向を探れ。――今の学園の序列は、第一王子だと聞く。
次期王権継承者であるならば、ある程度の事情も知っているだろう」
「兄上と、話を……」
「推薦なら、オレが準備しよう。枠はまだ空いている。
敵対しろ、とまでは言わん。オレとて民を危険に晒したくはない。だがここまで帝国に好き勝手されて黙っているつもりもない」
――僕の答えは既に決まっている。
アイリスと目線を合わせた。彼女も小さく頷く。
「その話、受けます」
あぁ、会いに行こう。
兄上に、あの人に。そして国で何が起きているのかを知らないと。
これが僕の過去。決して忘れるまいと誓った古い記憶。