国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
学園に戻ってくると、既に闘技祭の話で盛り上がっている状況だった。
職員室に帰り、復学届を出す。
「やぁ、お帰り。……事情は聞いているよ、大変だったそうだね」
「ええ、まぁ、はい」
ストレア先生は、事情を既に把握しているらしい。さてはシグルーンが話をつけてくれていたのか。
火のついていない煙草を咥えながら、彼女はふぅと息を吐いた。
「皇国でのキミ達の活躍も聞いている。それに伴い、夢幻闘技の課題は免除する事とした。つまりは、闘技祭への参加権が与えられるという事だ」
「……オレとセリカは辞退するぜ」
「はい、あの一件でまだまだ未熟だと思いましたし」
やはり盾の騎士の一件は何か思う所があったのだろう。
父親を亡くした訳だし、しばらく気持ちの整理の時間だって必要な筈だ。
「じゃあ、僕とアイリスで……いいよね?」
「えぇ、異論無しよ」
「分かった、二人は登録しておこう。……他に要件は無いかね? すまないな、色々と立て込んでいるんだ」
「いえ、大丈夫です。こちらこそお時間を取らせてすみません」
職員室を出ると、ジークとセリカは剣術の自主練習に向かうと言って去っていった。……今の僕らがどんな言葉を掛けても慰め程度にしかならないだろう。
それにあの二人は強い。必ず立ち上がれる筈だ。
「よぉ、しばらくぶりだな」
「ディン先輩」
見慣れた先輩の姿――以前よりも強くなっていると、雰囲気だけで分かる。
やはり学園最強を目指す者の名は伊達じゃないのだろう。
「……へぇ、ヴィル。お前、中々じゃねぇか」
「いやいや、先輩こそ」
「――会わせてやろうか、学園最強に?」
「はい?」
「今のお前なら、アイツの前に立てるって事だよ。安心しろ、全責任はこっちが持ってやる」
「……ヴィル」
いきなり来たな、と思う。
けれど、けれどある意味チャンスではある。
あの人が、兄上が、何を考えてるのか知らなくてはならない。
「お願いします」
「おう、任せときな」
ディン先輩の後をついていく。
普段は生徒達の寄らない部屋――生徒会室。
「よぉ、邪魔するぜジュリウス」
ディン先輩の後に続いて部屋に入る。
軽装の姿に、灰色の髪。意志の強さを感じさせる瞳。
――あぁ、記憶よりも大分異なるけれどそれでも覚えはある。追放を示された場で、僕を庇ってくれた数少ない存在。
「……」
「……兄上」
僕の兄、ジュリウス。
かつて僕を庇ってくれた人。優しく、民を導くに相応しい器を持った人物。
「……ディン、お前の行動は相変わらず分からないな」
「その時々で変わるんでな、ほら再会だぜ。部外者は廊下で待ってるとするか」
扉の締まる音。
残ったのは僕とアイリスと兄上だけ。
「兄上……」
「……久方ぶり、だなヴィル。生きていてくれた事嬉しく思う」
「兄上、直結にお尋ねします。帝国は何を考えているのですか。皇国で数々の出来事に会いましたが、その裏には必ず帝国の姿があった。
状況によっては、戦争を仕掛けたと思われかねません。貴方は、それを良しとするのですか」
「……」
「兄上、答えてください」
「……」
「兄上っ!」
「……闘技祭で会える事、楽しみにしている」
「っ……!」
そういって兄上は、ジュリウスは部屋を出ていった。
……今の僕では、あの人の声を聞く事は叶わないのだろうか。
廊下へ出ると、アイリスと目が合った。
「……意外と似てないのね」
「……かもね」
闘技祭まで後数日。学園中は、盛り上がりの気配を見せており特設で用意されているトーナメント会場は、バタバタと準備が進んでいた。
何でも外部から実況まで付けるそうだから、本格的だ。
――で、そんな中僕は何をしているのかと言うと。
「! やるじゃねぇか!」
「先輩こそっ!」
ディン先輩とのトレーニングに勤しんでいた。
兄上との一件の後、どうにも彼はこちらに肩入れしてくれるそうで、特別に稽古をつけてくれると言うのだ。
戦闘刻印――所謂義肢を付けた者との戦闘経験は、僕は少ない。渡りに船とはまさにこの事だった。
「あんまりはしゃいで、大怪我しないでよ」
アイリスは座り込んで、僕らのトレーニングを眺めている。
これはクラスメイトから聞いた話だが、彼女の姉――アリシアさんも闘技祭に出ると言う。それも僕の兄上、ジュリウスの相方として。
だがアイリス曰く「今の私なら勝てるわ。刀も使えるし」との事だ。
「そこっ!」
急所を狙った一撃を防ぐ。その反動で、腕が痺れた。
けれど動きを止める事無く反撃の蹴りをディン先輩に叩き込む。
「っ、効くなぁ!」
何でもディン先輩、兄上やアリシアさんとは折り合いが悪く、大体アリシアさんと口喧嘩になるらしい。
けれど弁舌もある程度立つディン先輩が有利なのだとか。
そんな二人を面白い人間であると括りに入れていた所、血縁である僕らが入学してきたのだ。それを面白く思わない訳が無い。
なんだかんだで入学前から、結構目をつけていたようで。
「――よし、ここまでだな。これ以上は殺し合いになる」
「ですね」
体を休める。アイリスが近づいて、僕の体に治癒術をかけてくれた。
蓄積していた疲労が、取れていく感じがする。
「……大丈夫? 痛むところは無い?」
「無いよ、ありがとう。助かる」
「本当? それならいいんだけど……。貴方っていつも無茶するから、心配なのよ」
「隠し事はしないって」
アイリスの治癒術はどんどん腕を上げていると言う。ストレア先生のお墨付きだ。
現に今、治療を受けている僕自身それを感じている。
「いいね、俺にはねぇのかい」
「先輩は、戦闘刻印のおかげで必要ないでしょうに……」
「はっ、バレてたか」
ディン先輩の右腕は義肢――通称戦闘刻印に付け替えられている。
何でも三ヶ国を放浪している時、聖国で自ら志願したと言う。
――丁度研究者だった頃のストレア先生とも面識があるそうだ。
「何せ、当時の俺は隻腕だったからな」
「そうなんですか」
「あぁ、何にもなかった。……弱かったからな」
ディン先輩の村は幼い頃にとある謎の人物の襲撃で、一夜で消滅したと言う。
右腕が無いのはその影響だと。
「こいつは肉体じゃねぇかもしれねぇが、それでも痛みはあるのさ。……あの時の痛みがな、今でも疼く時はある」
――喪失は肉体にも、心にもあり得る事。
僕もアイリスも皇国で失っている。ジークとセリカだって。
それらとどう向き合うべきなのか、未だに分かってはいない。ただ、立ち止まってはならないと、約束したのだ。
「……辛気臭ェ話しちまったなぁ。飯でも食いに行くか、奢ってやるよ」
放課後、またいつものように戦闘訓練に精を出すか、或いは厨房でも手伝うかを思案していた所、珍しい人物に声を掛けられた。
「やぁ、ヴィルヘルム。準備は滞りなく進んでいるかな」
「ストレア先生」
学園の教師の中でも随一の人気を誇る女性、ストレア先生。――ここ最近は闘技祭の準備で教師達も忙しい筈だ。
「仕事は大丈夫なんですか」
「一段落したよ、おかげさまでね。……今年はいつも以上に注文が入ったせいで、準備が遅れてしまった」
「やっぱり教師も大変なんですね……」
「何、教え子が真っ直ぐ育ってくれる事に比べれば楽だとも。無茶を言う貴族は、理事長が対応してくれるからね。面倒ごとは上に投げるに限るよ。
……それにしてもアイリス嬢がいないのは珍しいね。キミ達はいつも一緒にいる印象だったが」
「今日は治療術を試してくるとの事で、別々ですね。僕は魔術さっぱりなんで」
「そうか……。なら都合がいいな、食事相手に付き合ってくれないか?」
「お相手させていただきますよ」
以前、ストレア先生と食事をしたことはあったが二人きりで食事をする、と言うのは初めてだ。
しかも今回は、教師権限が使える個室での食事だと言うのだから珍しい。
生徒達がたむろしている食堂では無く、テーブルと机、ある程度の調度品が置かれた部屋だ。椅子も座面がちょっと豪華になっている。
「……最近はディンのやつにしごかれているようだが、どうだ。成果は出ているかね」
「はい。あの人、思っていたより教え方上手いですよね。結構誤解されそうですけど」
「あぁ、柄にもなく律儀なヤツでな。見てくれこそ荒くれ者だが内面はそうでもない。ヤツが生徒会になる、と話になった時に反対する人間は一人もいなかった」
「実際、クラスメイトも何人かディン先輩に師事している人いますし」
白兵戦は戦闘の基本だ。そういった意味でもディン先輩に教えを乞う人は結構多い。
あの人、あぁ見えて戦闘刻印まで使ってくるから結構多彩な戦いをしてくるんだよなぁ。
「……それで、多分話はそこじゃないですよね。ストレア先生」
「……分かるか」
「いつもと調子が違うので」
普段のストレア先生はもっと余裕があるが、今は何と言うかどこか迷っているように感じられる。
そんな一面を生徒に見せるなんて滅多にない事だ。
「……キミは、皇国にいた時金髪の少女に出会った事はあるかい」
「……はい」
フィオナの事だろう。
恐らく彼女の身の上に関する事だ。
「実はね、聖国にいた頃、彼女の面倒を見ていたのは私なんだ」
「……はい?」
「面倒と言ってもそんな大したことじゃない。ホムンクルスとしての調整さ。彼女をベースにホムンクルス達は作成される。
だから彼女の面倒を見るのはとても大切な事だったのさ」
「……それが、襲撃を受けた、と」
「あぁ、その時私は不在でね。急いで駆け付けたが全てもぬけの殻だった。攫われた事を知った時、最悪の事態を考えたものだよ」
記憶を巡らす。出会ったばかりの彼女は、本当に何も知らない無垢なままだった。
ストレア先生は、彼女に純粋でいて欲しかったのだろうか。
「後日、私は皇国で彼女が保護されている事を聖王様から聞き、すぐに向かった。無事かどうかはともかく、事態の結末を知りたかったのさ。
……皇国で私が見た彼女は、最早別人だった。それは、本当に一人の人間だった。喜び、怒り、悲しみ、楽しみ――その全てを学んでいた」
「……」
「彼女と、傍らにいる少年を見て私は思ったのさ。彼なら、任せられるとね」
「……すみません。それでも僕は彼女を」
「いや、彼女は生きているよ。キミの中で」
「……えっ」
なら死にかけた時に聞こえた声は、幻聴では無く。
本当に、彼女の声だったのか。
「瞳を見てすぐに気付いた。あの子はキミの中で生きている。――彼女はキミに生きていて欲しいと願ったんだ。
……何も知らない無垢な生命体が、誰かが生きて欲しいと言う願いに辿り着いた。
私はその事を嬉しく思う。けれどもしキミが守れなかった、と誤解しているのならそれをしっかり解いておきたくてね」
「そんな事が……」
「だからキミ達を気にかけているのさ私は。彼女を救って貰った恩は、はっきり言って一時では返しきれない程に大きい。
もし彼女が大量殺戮兵器として使われていたと考えただけで、身の毛がよだつし抱えきれない程の後悔をしていただろうな私は」
「……いえ、礼を言うのはこちらの方です。ありがとうございます」
胸に手を当てる。
――温かい気持ちが流れ込んでくる。
あぁ、やっぱり彼女は共に生きてくれているんだ。
「……では、長話に付き合わせてすまなかったねヴィルヘルム。他に聞いておきたい事は無いかい」
「……いえ、真相を聞けただけでも」
「そうか。……ありがとう、ヴィルヘルム。フィオナ――あぁ、全く良い名前じゃあないか」