国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
あの後、学園は大混乱だった。謎の襲撃は数ヵ所で同時に起きていたようであり、一人はディン先輩が命を賭して阻止。もう一人はストレア先生率いる教師陣が撃退、最後の一人は事務作業員として潜入していた皇国所属の槍の騎士が単独で撃退したと言う。
負傷者多数、死者は一名――。彼の墓は学園の墓地に設置され、献花は絶えなかった。
今回の事態を重く見た学園は、外部による襲撃であると判断。加えて僕とアイリスは襲撃してきたのが帝国所属猟犬部隊の元首領である事を、学園に報告。
――急遽、帝国と皇国に加えて聖国の三ヶ国会談が学園で行われる事となった。
何故か、僕らも会談に同席するように、と学園長直々に通達されたのである。それを知ったストレア先生も目を丸くしていた。
何でも、襲撃を仕掛けて来た本人を知っているという事。そして皇国で僕に仕掛けられてきた暗躍の数々には必ず帝国の影があったという事。
それらを踏まえた結果だと言う。
そしてその日はあっという間に訪れた。
「……」
「……」
会談の席――円形の広いテーブルと豪華な椅子。国家同士の重要な話し合いを行うにはもってこいと言わんばかりの場所。
そこに僕とアイリスは座っていた。学園長シルファと共に。
「……嫌だわ、私の父って帝国の枢機卿だから絶対来るのよね……。会いたくないわ」
「僕もだよ、あのクソ親父の顔を拝むってだけでぞくぞくする」
「ははは、二人とも緊張しなくて構いませんよ。いてもらうだけで大丈夫です、大人の話し合いですから、大人に任せておけば良いのです。それに貴方は生徒会の権限を持っている。――重ねて言いますが、大丈夫ですよ。私がいます」
こそこそ話していたつもりが、しっかり聞かれていたらしい。
やっぱりこの学園長、何か雰囲気が只者ではない気がする。
「シルファ様、聖王様が来られました!」
「通しなさい」
警備兵にそう告げる。
そうして部屋に入って来たのは、豪華絢爛な衣装に身を纏った青年。白い顔にはいくつかの赤い模様が入っていて、それはただの飾りでは無いと雰囲気で分かる。
「久しいな、シルファよ!」
「えぇ、貴方こそ壮健そうで安心しましたよ、聖王殿。お互い、長生きはしてみるものですね」
「うむ、それでそこにいる少年が……」
「えぇ、件の、彼です」
「ほほう!」
聖王はいきなり僕の瞳を覗き込んできた。
声も大きいし初対面とは思えない程の距離の近さに引いてしまいそうになるが、じっとこちらを見つめる瞳に、動く事が出来ない。
「あの……僕の顔に、何か?」
「いや、よく似ていると思ってな! ……そうか、そなたが彼女をな。これも運命か」
似ている……? そんな事を言われたのは初めてだ。
……帝国に来ていた事があったのだろうか。
「そなた、卒業後は聖国へ来るつもりはないか? 良い席を用意しよう」
「うえっ、えっと、それはその……」
「――それは困るな、聖王殿。彼らは皇国の民だ。話ならオレを通してからにして貰おう」
聞き覚えのある声。シグルーンが姿を現した。
その強大さは、王の器に相応しいと感じる。
「うむむ……そうかぁ。先手を打たれているのだから仕方あるまいなぁ」
悔しそうな顔をする聖王。
何と言うか、王様にしてはやたらフランクと言うか近しい距離だと感じる。
僕とそんな関係があったのだろうか。
「帝王様、並びに枢機卿猊下、ヴェイン様到着されました!」
「通しなさい」
部屋に入ってくる面々に、僕もアイリスも顔を顰めた。
僕に関しては会いたくない顔が二人、アイリスは一人と言った様子だろう。
「……」
「……」
会話は無い。
今この場で、話す必要は無い。
クソ親父の見た目は――帝王の外見は変わっていない。兄上と似た髪色に、何を考えているのか読めない瞳。仮面をつけているかのような空虚な表情。
「では……揃ったようですね。緊急での招集に応じてくださったことにまずは感謝を。
――単刀直入に申し上げましょう。帝王エルブラッド殿。此度の強襲に関して、貴方の暗部の一人であると、この二人から申し出がありました。過去に一度交戦している事から、間違いは無いと。
……何か申し開きはありますか」
エルブラッド――エルブラッド・ファーグライド。それが親父の名前。
「無い。今回の一件に関しては、個人の感情から来るもの。私が何かを命じた記憶はない」
「ほほう、ならば余は。聖国は――魔人なるものの襲撃で、ある存在を奪われている。そちらで魔剣に関しての研究がおこなわれていると聞いた。加えて、魔人の人造作成とやらもな。
――言の葉には気をつけて答えよ。魔人・魔剣の研究の副産物を、余達に押し付けたな?」
「……それに関してはオレからも問いたい。そちらの暗部の襲撃により、我等は三騎士の内一人を。加えてもう一人を失っている」
ヴェインが口を開いた。鉄の男――この男は謀略にも長けている。
「他国の事情などそこまで存じ上げませぬ。ですが、こちらも一枚岩ではないのです。私が命じたのは、皇国へ亡命した第二王子――我が主ことヴィルヘルム様の監視のみ。後は他勢力の暴走でしょう。
魔剣・魔人に関しては枢機卿猊下が答えられると宜しいかと」
「私に振られましてもなぁ。国として兵力を持つのは当然の事でしょう? その過程で生まれた処理をこちらが逃してしまったのは、大変申し訳ないと言う他ありません」
枢機卿――アイリスの父親は、淡々とそう告げた。
この男も、何を考えているのかが読めない。
「私達学園としては、生徒に死者が出ると言う最悪の形を迎えています。……貴方がたの発言には、中身が無い。それでは弁明には至りません」
「と、言われましても。私達も驚いているのですよ。暗部があそこまで暴走していたとはねぇ、ヴェイン殿」
「……全くですな、枢機卿猊下。手綱はより慎重に握らなくてはなりません。
――弁明を求められたところで、我々が出せるのは知りうる事実のみ」
「……ふざけた事を」
シグルーンの表情こそ変わりないが、その中身には怒りが渦巻いている。
そうだ、あの一件でシグルーンとて部下を、同胞を失っているのだ。
「ではこちらかも問いましょう、シグルーン王陛下。貴方こそ、こちらの第二王子を匿っていたようではありませんか。
こちらとしては王位継承権の候補に上がっていたと言うのに、突然失踪してしまい……。それが何故、皇国にいたのでしょうか」
「……テメェ」
枢機卿の言葉に拳を握りしめる。候補? 追放しやがったのに、今更何てことを言いやがる。
怒りに震えた拳は、そっと他の手が添えられる事で落ち着いた。
「……ヴィル、落ち着いて」
「……ありがとう」
アイリスの言葉に、冷静さを取り戻す。
そうだ、彼女とて今すぐ斬りかかりたい怒りを持っているだろうに抑えているのだ。
ここは、シグルーン王に任せよう。
「……我らが先に介入していたとでも言いたげだな」
「事実は事実でしょう。第一、先の戦争を仕掛けてきたのも皇国ではありませんか。王が変わったとはいえ、信用に欠ける事は間違いありますまい」
「成程、つまりはこちらから言わせるつもりのようだな」
「うむ、余も同じ結論になった。――エルブラッド殿、其方戦争を望むつもりだな?」
その言葉に、帝王は淡々と、当たり前のように告げた。
「然り」
その一言が、何もかもを定めてしまった。
「よかろう、その宣戦布告受け取った。我が民を害した以上、ただではおれん」
「――結論は出たようですね。……学園は規定に乗っ取り、皇国及び聖国へ支援させて頂きます」
――そうして話し合いは、三ヶ国会談は終わりを告げた。終末の喇叭を鳴らして。
……でもいくら帝国と言えど、聖国と皇国。加えて学園を敵に回して勝てると思っているのだろうか……?
会談は終わった。聖王は帰路の馬車に乗りながら、今日出会った少年の瞳を思い出す。
「うむ、悪くない」
あの瞳の中には、彼女の面影があった。強い意志があった。
かつての会話が甦る。
『余に手伝える事は無いか。そなたには何度も助けて貰った。このままでは余の気が収まらん』
『あら、ありがとう聖王様。でも大丈夫です。人はもう自分で歩いて行けます。……この先に待ち受ける戦いもきっと大丈夫』
『……だが』
『なら、一つだけお願いがあります。もし会ったら、その成長を見届けてくれないかしら。
大丈夫だとは思っているけれど、それでもそこだけは不安なの。……私達の我儘で、振り回してしまう事になるから』
『あい、分かった。その願い、確かに叶えよう』
「……本当によく似ていたなぁ」
ぼんやりと、そう呟いた。
戦争は決定打となっていたが、聖王の脳内にはそんな事はどうでも良かった。――全てはこの後の、来たるべき時の為に備えるのだから。
会談の後、部屋へ向かおうとして――見覚えのある男と出会った。
「……ヴェイン」
「久しいですな、我が主」
「よく言うぜ……」
あの会談でシグルーンと聖王からの威圧を受けて尚、眉一つ動かさず。顔色一つ変えなかった男。
黒い髪に、黒い鎧――底が見えない色はまるでこいつの内心を表しているかのようで。
ヴェインは当たり前のように跪いた。
「ご健在で何よりです。ずっと御身を案じておりました」
「……あぁ、追放の原因がお前じゃなかったらもっと元気だっただろうよ」
そうだ。
聖剣拝礼の儀――それで僕が剣を握った時、それは兄上の時と異なる光を示した。
周りが騒然とする中で、ヴェインがいの一番に告げたのだ。
『今の光は明らかに今までとは異なるもの。さては災いの前兆に違いありますまい!』
その言葉で、周りは僕が呪われた子だと迫害を始め。挙句の果てに追放処分。それを見かねたセフィリアが咄嗟に船などを準備して逃がしてくれたのだ。
「それは失礼を。ですが、事実は事実。貴方様は本来、あの場にあの国にいるべきではなかったのです。」
「……」
静かにヴェインを睨みつける。この男は何を考えているのかが読めない。セフィリアが前、来ていた時忠告をしてくれていた。
僕とこの男の視界を遮るようにし、アイリスが立つ。刀の柄に手を当てて、いつでも抜けるように。
「貴方が、過去に私の上司であった事など今は関係ありません。斬れと言われれば、今すぐに貴方を斬ります」
「……ヤツの娘か。どうやら心強いお仲間が出来たようで、何よりです。……ですが、まさか。主に剣を向ける従者などいる筈もない」
全く意に介さないかのようにヤツは身を翻した。
「では、おさらばです我が主。帝国の地で、貴方様が我が主君と対面される事をお待ちしております」
この日、世界は時計の針をまた一歩進めた。
破滅へ至る戦争の幕開けであると。