国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
兄上の剣と僕の拳が激突する。拮抗――否、こちらが優勢。
故にその剣は迷っているのだと、本能が理解した。ならば、次は言葉で叫ぶまで。
「兄上は本当に、このままでいいと思っているのかよ!」
「っ!」
鍔迫り合いのまま、その瞳を睨みつける。
兄上は僅かな間僕から目を逸らして、そして再び目を合わせた。
「それでも、それでも私はこの国の民を守る! あの時、そう誓ったのだ!」
「犠牲を良しとして成り立つ治世が、いい訳が無いだろうが! この戦争を引き起こす理由なんて、兄上の何処にもない筈だ!」
剣を弾く。
膝蹴りを、その腹部に叩き込んだ。
勢いに吹き飛ばされるように、兄上は壁面へ激突する。
「目ェ覚ませよ、兄上ェ!」
全力で振りぬいた拳は、寸前で回避される。
打ち込んだ拳は、壁を大きく抉っていた。
「っ! ヴィル……!」
「あの時僕を守ってくれた貴方は少なくとも! 無益な戦いに手を貸す人じゃなかっただろうが!」
「!」
その剣は鈍い。けれど剣そのものを弾き飛ばすには至らない。
まるで凝り固まっているように。
「しゃ、らぁッ!」
剣をなぞるように防いで。
――鳩尾へ、拳を叩き込んだ。
「ぐぅっ……! ヴィル、私、は。俺は……!」
兄上が膝を着いた。
致命傷こそ全て外されている。それもそうだ。兄上だ、手を抜ける訳が無い。全部打ち所が悪ければ死ぬ――そのつもりで拳を振るったが全部見抜かれて回避されていた。
それでもこちらが優勢だったのは、一重に兄上が迷っていたからだ。
「もう良い、ジュリウス。お前にはまだ足りなかったのだ」
「父上……!」
「儂が見せてくれよう。王の形と言う物をな」
帝王が玉座から立ち上がる。
その手には、ジークが使うような大きさの大剣。彼でも両手で無ければ振るえない重さのソレを、ヤツは片手で軽々と持ち上げていた。
けれどそれに怯む事は無い。僕の心が揺らぐ事は無い。
「――行くぞ、クソ親父! 一度テメェの面を、全力でぶん殴ってやりたかったんだよォッ!」
「来い、呪いの子よ。儂が全て消してくれるッ!」
「くっ……アイリス……!」
「こっちだってのうのうと生きてた訳じゃないっての!」
私は姉さんと、剣戟を繰り広げていた。間合いを開けば矢を打たれる。故に距離を詰め続ける。
剣術なら、私に利がある筈だ。
重なる刃、その剣を地面に寝かすように倒す。
「っ!」
姉さんの首があった所を、刀の峰が通り過ぎていく。
やはり分かっていたが、一筋縄では行かない。
「何故、何故だ……! 何故そこまでヴィルヘルムと言う人物に執着する!?」
「相棒だからに決まってるでしょう!」
あぁ、そうだ。
私は彼の剣。彼の刃。立ち塞がるモノは全て斬り捨てるつもりだ。
――本来死んでいた筈の未来を、彼が拾った少女に救われて、今こうして生きている。
この未来を、時間を。全て彼に捧げる事に、何の躊躇いも無い。
いや、躊躇いではない。私自身が、そうしたいのだ。
“貴方だって、そうだったんでしょうリグレア……!”
今なら分かる。きっとあの少女だってそうだった。
でも、彼の周りには誰もかもいなくなってしまった。そんな時に残ったのは私一人。
「負けられないのよっ!」
「ぐぅっ、ジュリウス……!」
きっとこの感情は、姉さんだって持っている。姉さんの感情は、ジュリウスと言う人物に向いている事に。
でも、だからこそ猶更行かせる訳にはいかない。
私の隣を通す訳にはいかない。
今、ヴィルは自分の父親と対峙している。剣の風圧がここまで伝わってくる。
彼の兄は膝を着いたまま、顔を顰めて何かを考えていた。
「アイリス……っ!」
成程、帝王の実力も伊達じゃない。
斬撃の全てを回避する。どれか一つでも当たれば致命傷は免れない。
剣を振るった時の風圧で頬が切れる。体が吹き飛ばされそうになる。
それがどうした。
「貴様……っ」
「当たってやるかよ、そんなもん!」
体を転がるように、剣を回避。
そのまま拳を打ち込もうとして――死角から衝撃が走った。
魔術を打ち込まれたのだ。枢機卿から。
生まれた空白。その一瞬、僅か一瞬をヤツは逃さなかった。
「消え失せろ、災いの子よ!」
剣が振るわれる。アリシアさんを弾き、こちらに向かおうとするがアイリスは間に合わない。
帝王の刃は、確実に僕の命を仕留めていた一刀。
それを庇うように合間に割り込む影。
「――させんッ!」
「!」
見覚えのある背中が、そこにあった。
兄上が、剣の腹でその一撃を防いでいた。
「兄上……!?」
「あぁ、長い夢を見ていたようだ……。お前が、覚まさせてくれたんだ、ヴィル。
そうだとも、民の犠牲の上に成り立つ政が、善き筈が無い……!」
咄嗟に体が動く。
親父の腹を蹴り飛ばして、大きく距離が開いた。
兄上と肩を並べる。
「……共に行くぞ、ヴィル。父上だからと言って手を抜くなよ」
「兄上こそ……!」
先ほどまで戦っていたから、その動きは見てとれる。
迫りくる斬撃の嵐。兄上と共にそれを全て捌き切る。
先ほどよりも、その剣は迷いなく冴えている。
枢機卿から魔術が放たれるが、それを見切る余裕すらあった。
「ジュリウス、お前までもが惑わされるとは……!」
「いいえ、違います父上! 私は私の行く末を、己で定めたのです! ――俺は、貴方の跡を継ぎ、戦争を止めるっ」
「戯言をぬかすなぁっ!」
兄上の剣が、親父の剣と激突し鍔迫り合う。
その隙にもう一発打ち込もうとして――。
「――もう良い、貴方は用済みだ」
「何?」
突如として、親父が膝を着いた。その脇腹に魔術で構成された鏃が打ち込まれている。
見ると枢機卿が、その手から魔力の残滓を漂わせていた。
「父さん、何を……!」
「用済みだ、帝王も、お前達も」
「用済みだと……!」
枢機卿を睨む。
ヤツは虚空へ手を伸ばした。
「本来なら戦争が起きてからの方が良かったが……ジュリウス陛下が目覚められてしまってはしかたあるまい。少し早いが、覚醒の儀と行こう。呼ぶためのカードは全て揃った。剣戟の音を以て、救世の剣が降り立つのだ!」
突如、天井を黒い渦が覆う。辺りへ悍ましいと感じる何かが立ち込め始めた。
全身を寒気が襲う。まるで蛇に睨まれた蛙のように、体が硬直する。
「さぁ、来たれ英雄の魔剣よ!! その剣を以て、世界に新たな平穏を招きたまえ!!!」
地上が、激しく揺れる。
立っていられず、思わず膝を着く。
「アイツ、は」
玉座の近く――先ほどまで無かった男が一人立っている。マントとフードを被っているため、素顔は見えないが、それでも段違いの強敵だと分かる。
アイツは、ヤバい。
「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 貴様が、貴様が呼ばれる筈が……!」
「喧しい。弱者が口を開く前に死ね」
枢機卿へ、剣が振るわれた。
一振り目――見えなかった。
二振り目――見えた。そこに割り込むようにして、刃を防ぐ。
「……ほう」
「っぅ……!」
一刀が重い。受け止めただけで、体ごと持っていかれたのかと思う程に。
事実僕の足元の地面は割れている。
だけど、それでも。それでも、また。
「コイツを裁くのはテメェじゃねぇ……! 娘の剣だ!」
振り払われる。
――太刀筋が見えない。けれどどこから来るのかだけは何故か分かる。
感覚が、体が、この剣を知っている。
けれどそれでも、打ち込む隙が無い。攻勢へ転じた瞬間、斬り捨てられる未来しか見えない。
「お前は、我が剣を知っているな?」
「っ……!」
「だが、そこまでだ。この刃が敗れた者はただ一人。お前ではない」
フードが剣の放つ風で払われる。
「――」
思考が停止する。
そこにいた男は。僕に剣を振るっていた人物は。
――夢に幾度となく出て来た男と瓜二つだったからだ。
「ヴィルっ、避けてっ!!!!」
「……あ」
体が、切り裂かれたような感触。
刃が心臓まで到達して、そのまま引き裂いた。
記憶が、数々の思いを巡らせていく。皇国での日々、学園での日々。
「……ぼく、は」
そのまま仰向けに倒れ込む。何もかもの景色が色褪せる。
最期に見えたのは、こちらに駆け寄ってくる一人の少女。
「あい、りす」
――そのまま、僕の意識は途切れた。