国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
ここはどこだろう。
暗闇の中にいた。何もかもが真っ黒で、まるで黒い霧に覆われたよう。
立っているような感覚が無い。全身が冷え切っている。まるで燃え尽きてしまった後の灰のように。
「……寒いな」
どこへ行けばいいのだろう。
道が分からない。何をしたらいいのか、どこへ向かえばいいのか。
『こっちだよ、ヴィル兄』
聞き覚えのある声。
温かい誰かに、手を引かれたような気がした。
『こっちですよ、ヴィルさん』
聞き覚えのある声。
懐かしい誰かに、背中を押されたような気がした。
『こっちだ、こっち。テメェ、ボケっとしてるんじゃねェ』
聞き覚えのある声。
親しい誰かに、笑われたような気がした。
足が自然と動き出す。暗闇の中を、ただ歩いていく。
――知っている声に囲まれながら、闇の中を。
「ここ、は」
そうして辿り着いたのは、見覚えのある場所。
埃を被った毛布と古臭い暖炉。まるで世界から忘れ去られたかのような景色。
僕は、ここを知っている。この光景は確か――。
「おっと、手が滑った」
「ぶべらっ!」
何か強い衝撃が走って、床に叩きつけられる。
「悪いな、ボケ面があったもんで手が出ちまった」
その声、痛み、感触――記憶が蘇ってくる。
今僕を殴り倒したその人物は。
「し、師匠……!?」
「おう、思い出したみてぇだな。これで忘れたら、思い出すまでぶん殴る所だった」
「お、思い出しました! 思い出しましたから!」
この物言いと不遜な態度――間違いなく師匠だ。
「……少しは成長したようじゃねぇか。前のお前なら今ので気絶してたって言うのによ」
「あの……僕は、確か」
斬られた筈だ。
あれは確実に死に至る一撃だった。自分でも終わったと思ったし、こっちに迫るアイリスの表情は思い出しくも無い程。
「ここがどこか気にする必要はねぇ。三途の川とでも思っとけ。――俺は死んでいるし、お前は一度死んだ。
ただお前だけは違う。お前は死ぬ事が引き金だ」
「……引き金?」
「アイツはお前にそうやって、剣を埋め込んだ。見な、あそこにあるのを」
視線を向ける。
ドアの向こう側に、一本の剣が差さっていた。黒く禍々しいが、それでも輝きを放つ刃が見える。
「アレを抜けばお前は、あの剣を持って生き返る。一度きりだがな」
「……師匠が剣を使うなって言ってたのは」
「お前の体には呪いが刻まれているからだ。知ってるだろ、その聖骸布、外してみろ」
師匠に言われるがままに聖骸布を外す。
指先から肩にかけて、地割れのように走る刻印。溝は赤く、時折蠢くソレはまるで生きているのでは錯覚する程。
――気持ち悪い、と感じた。
「お前の呪いの侵蝕は、剣を振るう事だ。あの小娘と同じだな。剣を振るう都度、お前は記憶を呪いに侵され、忘れていく」
「……」
道理で、元々忘れっぽい性質だった訳だ。大事な事は強く意識しておかないと忘れてしまう。つまり剣を使っていなくても、呪いの影響はあった。
それ程までに刻まれたコレは強い。フィオナでも解呪出来ない程に。
「さて、他に聞いておきたい事はないか。お前と会うのもここで最後なんでな」
「師匠は、師匠は何者なんですか」
「俺か。俺は……魔人だ。帝国の作り物なんかじゃねぇ。正真正銘、本物の、生き残り。他には……そうさなシルファとかぐらいか。まともなヤツで言うと。聖王は別だ、ありゃ執念で生き残り続けてるバケモンだ」
「まさか、僕を引き取ったのも」
「あぁ、そうだ。お前も、魔人だ。……ハーフだがな。だからこそ、誰もかもお前に賭けた。アイツもあの女もシルファもセフィリアもヴェインも――全員が、お前にだ」
「……教えてください。師匠達に何があったんですか」
知らなくてはならないと思った。
何となく出生の理由が、そこに隠されていると思ったから。
「――俺達は、かつて人間と戦争をしていた。完全に人間は陥落し、後は一人の女の処刑を待つだけだった。
――そんな時にだ、ヤツが裏切ったのは」
「……ヤツって、まさか」
師匠は淡々とした口調で、そう告げた。
「お前の、父親だ」
その言葉が、酷く脳裏にこびり付いた。
「突然、処刑される寸前の王女を救い、単身で魔人を裏切った。ヤツは俺を倒し、魔王と死闘を繰り広げ、そして封印する事に成功した」
「……」
「斯くして魔人はたった一人の裏切り者によって敗北した。それ以降魔人は一部の生き残りを除いて表舞台に立つ事は無かった。シルファの野郎は変わり者だったから、アイツぐらいだろうよ。
あの戦いは、先の大戦は今となっちゃ下らねぇ御伽噺に成り下がっちまったが」
「……ヴェインとセフィリアは」
「あの二人は人間だ。二人とも禁術を使った。ヴェインは長命を、セフィリアは時渡りを。お前が、いつか目覚める時助けるためにな」
「……」
いつの間にか、この身は色々と背負わされていたらしい。
……セフィリアはそうだったけれど、ヴェインまで僕を助けようとしていたなんて。
「封印された魔王の影響は強い。そこにいるだけで精神を強く汚染される。――時が経った今、帝王はよく持ちこたえた方だろうよ。だがそれでも限界はある。ヴェインやセフィリアがお前を逃がしてなかったら、今頃殺されていた筈だ」
「帝国って、その……僕の父と魔王が戦った場所なんですか」
「あぁ、そうだ。――元々帝国になる前、あそこはお前の母親が治めてた国だ。俺達が滅ぼした。
アイツやあの女がいなくなった後、新たに国を立ち上げた人間が今の帝王の先祖だ」
……僕は、元々帝国の人間じゃなかった。
いや、寧ろ帝国の人々は隠れ蓑になってくれていた? ……魔王を、裏切り者の子孫から遠ざけるために。
「……」
「お前がここに来たって事は、魔王が目覚めたって事だ。ヤツの剣に懐かしさを感じたのは、魔剣の影響だ。
何せお前に勝てる剣使いは、魔王しかいねぇ。アイツの剣が、負ける事はない」
「……師匠は、何で、僕を」
「――それがアイツの願いだと、あの女から聞いたからだ。そのせいで俺は敗残兵として処刑される所を、見逃されたんだからよ」
話は終わりだ、と師匠は首の骨を鳴らした。
「さて、最後に一勝負付き合ってもらうぞ」
「!」
いつになく強い殺気が叩きつけられて、咄嗟に戦闘態勢を取る。
「テメェが、アイツの剣を持つに相応しい人間になったか。ここで確かめてさせて貰おうか!」
師匠の気配に迷いはない。
かつてのような稽古の気配はない。これは本気だ。紛れも無く全力で僕を殺しに来る。
――正直な所、まだ呑み込めてない。情報量が余りにも多すぎる。
だけど、今は。それらは二の次だ。ただ眼前の壁を越えていく。
「全力で行きます、師匠……!」
「来い、ヴィルヘルム!」
拳が、打ち込まれる。
その一撃一撃はとてつもなく重い。
こちらも拳や足、肘、膝など使える所は全部使って応戦する。
「っ!」
「その程度かぁ、おらァッ!」
防御の構えを取ると体ごと奥へ吹き飛ばされる。壁に激突して、肺の中の空気が全て押し出される。
途切れようとする息をぐっと抑え込んだ。視界が一瞬だけ白く染まる。けれどそれがどうした。
師匠は本気だ。ならこっちも、本気で行かなくては。
「まだまだァ!」
今までの記憶を、思い出を、走らせるかのように拳を振るう。
どれぐらいの時間が経ったのか、なんて意味の無い事。
「っぁ……!」
ふらつく体を、無理やり筋肉で締め上げるようにして姿勢を整える。
一撃一撃が遥かに重い。今までの稽古は手を抜いてくれていたのだと分かってしまう程に。
「まだだ……!」
「全力で来い、ヴィルヘルム!」
ノーガードでの殴り合い。拳を拳でぶつけ合う。
防御何て何一つ考えず。この先の事なんて何一つ気にせず。なにもかもをぶつけ合う。
「……っぁ」
視界が揺れる。
真正面から拳を大きく振りかぶる師匠が見えて。
歯を食いしばって、その一撃を額で受け止めた。視界が点滅する、世界が揺れる、心臓が早鐘を打つ。
――それでも立て。立ち上がれ。今までだって僕はそうしてきただろ。
「おらァッ!」
今度はこっちの番だと言わんばかりに拳で師匠の顔面を、勢いよくぶち抜いた。今まで好き放題にぶん殴られた少しの恨みと、育てて貰った恩も込めて。
「やる、じゃねぇか」
その一撃を貰った師匠は、大きくふらついてそのまま地面に座り込んだ。
「はぁ、はぁ……」
息切れする体を、整える。
師匠は額から流れ出る血を拭おうともせず、ただ笑って、差されている剣を指さした。
「……行け。今のお前なら何の問題もねぇ。拳の時間はもう終わりだ、剣を振るえ。そして今度こそ、魔王を打ち倒せ」
剣を見る。
それはずっと僕の中にあったと言う。いつか目覚める時の為に。
「過去を振り返るな、とは言わねぇ。それでも足を止めるな、走り続けろ。お前なら、何の問題も無い」
剣に近づき、柄を握りしめる。
――焼けるように手が、体が熱い。記憶が蘇る。この剣が見届けて来た、全てが。
「……行ってきます師匠」
「行ってこい――ヴィルヘルム」
「……はっ、ここでようやく終わりか。俺も」
『貴方は、あの人の親友。だから、この子の事を任せたいの』
「……あぁ、本当に。好き勝手頼んでくる女だった」
『だって、あの人は貴方を助けた。それはきっと、貴方を信用していたからだと思う』
「もう、子守は二度とやらねェ。次は、誰に頼まれても御免だ」
『――だって、貴方とあの人は同じ眼をしているもの』
声がする。聞き覚えのある声が。
「……そうかよ、ずっとここにいたって言うのか。夫婦そろって面倒くせェ性格してんな」
「――」
「あぁ、テメェのガキらしいぜ。へらへらしてる癖に、折れる事をしらねぇ。お前とそっくりだ」
「――」
「そうだな、ちっとぐらいは語り合ってもいいか。――なぁ、ヴィル」