国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
――灼熱の中にいる、と感じた。
体が、燃えるように熱い。
「ヴィル……?」
右手には剣がある。あの世界で見た、禍々しくも輝きを放つ一振りの剣が。
腕に巻かれていた聖骸布は、魔力となって溶けてしまっている。
僕を斬ったアイツは――魔王は、こちらを見て笑っていた。
剣を構える。
「は、ははははは!!!! そういう事か!!!! お前は、アイツの、ヴィクトルの息子か!!!!!」
本能的に剣を振るう。
一合、二合、三合と剣を交える。
その都度、己の何かが崩れていくような感覚がした。
けれどその代わり、かつてない程に体の調子が良い。
「!」
剣が激突する都度、空間が破裂する。次元が軋み、世界が歪むような錯覚すら覚える。
魔剣が持つ力だ、と悟る。ただ一刀で何もかもを斬り伏せる最強の刃。
振るうだけで世界のパワーバランスを変えてしまう程の力を持つ。
「――!」
無意識に振るった一閃。それは確かにヤツの体を裂いた。
けれど肉体は斬れず、血が流れる事も無い。
「今は、ここまでか。……灰色の城にて、貴様を待つ」
男が消えてゆく。霧のように、最初からそこにいなかったかのように消え去って。
両手に強い痺れの反動が来る。立っていられずに、膝を着いた。
「……ぁ」
「ヴィル!」
――少女が、僕の瞳を覗き込む。
彼女の顔を、名前、名前、は。
「……アイ、リス」
今まで簡単だった名前を呼ぶ事。
それはまるで、ばらばらになったパズルのピースを戻すかのようだった。
城の地下にて、一人の騎士が今まさに死に直面していた。
魔王の覚醒と共に目覚める魔人もいると考え、暗部を総動員し魔人の出現に対処したのだ。
枢機卿の手が回っていない者を動かすとなれば限度はあったが、それも何とかなった。
「……ふっ、やはり私ではこの程度、か」
騎士は傷だらけだった。腹部からは深く出血しておりもう助かる事は無いと分かる。
部下も同様だ。皆、魔人と相討ちになる形で終わりを遂げた。――彼が動かせる暗部はもう一人もいない。
「だが、全ては我が主君と我が主の為に」
零れ落ちる血を抑えながら、壁にもたれかかる。
目指す所へ。我が主君の元へ。
脳裏に駆け巡るは懐かしい光景。
『ほら、ヴェイン。貴方も抱いてみて』
『いえ、ですがソフィア様。私はその……怖がらせてしまうのではないかと』
『大丈夫よ、ほら、物は試しと言うでしょう』
強引に持たせられた一人の赤ん坊。慣れない手つきで抱き抱えると、彼は小さな両手をこちらに伸ばしてきたのだ。
明るく、笑いかけながら。
『ほらやっぱり、私とあの人の子だもの。貴方の中にある忠誠を分かってるのよ』
『……そう、でしょうか』
あの時、誓ったのだ。あの笑顔を、あの手を我が主と定め全力で守り抜くと。そのためなら汚名を被る事も、その主から軽蔑を受ける事も全て受け入れると。
彼が、我が主がただ幸せな未来へ歩むためなら、いくらでもこの身を地獄へ落とそう。
『本当に、禁術を使われるのですか!? 時の経過を緩やかにするモノ、確かにそれならば我が主は眠り続けるでしょう。ですが、貴方は違う。貴方は発動者として、ずっと意識を覚醒させていなければならない! それは貴方にとって、余りにも過酷では……!』
『いいの。だって、子どもには母親が必要でしょう。……傍にいてあげたいの。私はきっと、この子にあまり言葉を掛けてあげられない。
ただ先を祈る事しか出来ない。……いつか魔王が目覚める時まで、この子は私が守り続けるわ』
コフッ、と血が溢れる。既にこの肉体は限界だ。誤魔化し誤魔化しで今まで生きて来た。だがそれも終わり。
最後に、自分が今まで守護していた花園へ踏み入れる。――永い間、誰一人決して入れる事を許さなかった場所へ。
『……であるのならば、私も禁術を使いましょう。我が主が魔王と相対する時まで、この肉体を持たせ続けましょう。
我が主君がその道を選ぶと言うのなら、私も迷いませぬ』
『……ありがとう、ヴェイン。私の従者、私の騎士。もしこの子が目覚めたら、私の布を彼の腕に巻いてあげてね。それは、呪いの侵蝕を止めるお呪いがあるから』
『はっ、全てお任せください。我が主が目覚めてから、この場所を離れるまで。――全て、全て私が守りぬきます』
我が主が目覚めてからは、全て思惑通りに進めた。あの方が魔王の侵蝕に目を付けられないために、落ちぶれるであろう結末を演出した。
聖剣拝礼の儀で虚言を吐いた事で、我が主の結末は定まり国を離れる事となった。そして行きついた先で、力を得た。
無論、先手で暗部を動かした。――既に精神を侵食されていた枢機卿の娘が、魔剣研究の副産物となったと聞いた。理由を尋ねれば、御伽噺になり下げられた英雄伝説に憧れていたと言う。
彼女であれば我が主の剣に成り得ると考え、接触の命を出した。後は全て任意で任せると。
事は何もかも予定通り。ただし想定外だったのは、我が主がとある商人の家に襲撃を掛けたと聞いた時。
暗部の最強と激突する事になるのは、計算違いであったがそれでも我が主は乗り超えた。
「……全く、慣れぬ事はするものではありませんな」
――大樹の根本にある亡骸へ、弱い足取りで跪く。
「……先に参ります、我が主君。どうか、我が主と存分に語り合われますよう……」
そう告げて――鉄の男と呼ばれた黒騎士は、ただ静かに、光の泡となって消えていった。