国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
――帝国は混乱の最中にあった。帝王と枢機卿の負傷、それに加えて魔王を名乗る者の出現。大平原には突如として灰色の城が出現し、その周囲には霧が立ち込めていると言う。
帝王は気を失っており治世が困難であると判断し、王位は一時的にジュリウスへ委ねられる事となった。
状況を判断し、ジュリウスは再度皇国と停戦し、灰色の城について調査が必要な事を提言。聖王の仲介もあり、シグルーンはそれを受け入れ、一先ずは戦端が開かれる事は回避された。
さらに幸運なのは戦いが勃発していない事もあり、両国の騎士共に混乱はしておらず。異常事態が発生しており、それに対処しなければお互いに取り返しのつかない事になると判断された。
――そんな最中僕は帝国の一室で目を覚ました。
「……ヴィル、大丈夫?」
「…………――アイリス」
思い出すかのように、名前を言う。少女は頷くと、僕の手を取る。
記憶がかき混ぜられたかのようにごちゃごちゃだ。でも、何かを取りこぼしている事だけは分かる。
「立てる? もし難しいなら肩を貸すわ」
「大丈夫、ありがとう」
「……あの後、色々事情は聞いたの。行きましょう、セフィリア将軍が王の間で待ってるわ」
彼女の後をついていく。
王の間へは、すぐに辿り着いた。
「ヴィル様! 斬られたと聞き、心配していましたが……ご無事で何よりでした」
「…………セフィリア」
思い出すのに、時間がかかる。
たったあれだけの剣戟で、多くを失っていると分かった。
今の僕は誰を覚えていて、誰を忘れているのだろう。
「まず状況ですが……帝王と枢機卿は現在意識不明にて療養中。戦争については、ジュリウス殿が即位され、一時停戦の申し出にシグルーン王が同意。
ですが大平原に、魔王の牙城が出現し、魔人どもが集結しつつあります。
現在、大平原では三ヶ国による軍議が開かれています。……魔王と、魔人の軍勢に抗うために」
「魔王……」
斬り合った男――それだけは覚えていた。
あの男を斬る事が、倒す事がまるで今の自分の使命のように感じている。
「……セフィリアは何でここに」
「貴方がどうしても、会っておかなければならない方がいるからです。ついてきてくださいますか……?」
「あぁ、行くよ勿論」
セフィリアの後ろをそのままついていく。
王の間のさらに奥。――そこは厳重な鍵が魔術で施されていた。
「これを開錠出来るのは、今は私だけです。さぁ、どうかこの先へ」
そこは白い花々が美しく咲き誇る楽園だった。
古びた大樹が中央にあり、その根元に誰かの亡骸がある。見たところ、女性だろう。
「彼女は……」
「名はソフィア。かつて魔人との大戦の時に、王女として立ち上がった人間です。彼女は、禁術を使い、肉体年齢を長命化させています。ヴィル様……貴方は生まれた後、目覚めるまでずっとその手の中で守られてきたのです」
その言葉にアイリスが声を上げる。
「それは、それって……でも精神は違う。肉体に引っ張られない。命が伸びたからと言って、精神はそれに耐えられる訳が無い……! そんな、そんな長い間、ずっとここにいたって言うのですか?」
「……はい、そうです。
全てはヴィル様。貴方がここに戻ってくると信じて」
亡骸にそっと触れる。
――瞬間、それは突如として人間であった頃の女性の姿に戻った。
腰まで伸びた長く美しい髪。王女と言われて納得してしまう程の強い気配。
「――ヴィルヘルムなの……?」
懐かしい声と匂い、そう感覚が分かってしまった。
僕はそれらを知っていると。
「はい……母上、久しぶり、と言うべきなのでしょうか」
「……ふふっ、あの人にそっくりね。私の似ている所は……髪の色ぐらいかしら」
そっと、頬に手を置かれる。
――彼女の手を、握りしめた。
「……」
「ヴィルヘルム、これだけはどうしても伝えたくて、私は禁術を使用したの。貴方は……きっと多くの困難を超えて来た。私なんかじゃ想像も出来ないぐらい多くの出来事を」
「……」
「私達の行為が身勝手なのは分かってるわ。実の息子を……こんな危険に晒すなんて母親として失格だという事も理解している。
貴方は何も知らないのに、次々と厄介な事に巻き込まれて、きっと辛い別れだって経験してきた。そんな時貴方の傍にいてあげられなくて、本当にごめんなさい」
「大丈夫です、そんな時僕には頼れる人がいてくれましたらから」
『俺達はいなくなったりしねぇよ』
そういえばそんな言葉を掛けてくれた人物がいたような気がする。
それは、果たして誰だったのだろうか。
「……セフィリア、聖剣はあるの?」
「はい、ここに」
セフィリアが差し出した聖剣――それは本来、王位継承にて代々受け継がれてきたモノ。
白く眩い剣は、僕が振るった剣とは真逆の色をしている。
「これは、退魔の剣。魔王を打ち倒すために人々が祈りを込めた者。けれどこれは、血筋を引く者にしか本来の輝きを放たないの。あの人は振るってくれたけれど、十全の力は使えず。結局、封印が限界だった」
「……つまり、今振るえるのは、僕だけ、か」
「そう。……改めて言うけれど、本当に私達の身勝手な願いなのは分かってる。それでも世界を救って欲しい。未来を、人の世を繋げて欲しい。
……その、私が言えた事じゃないけれど」
ふとその言葉に、笑みが零れてしまった。
どうしてか記憶の底に、人々の後ろ姿がある。もう会えない――別れてしまった人々の背中。
彼らは皆、未来を繋げるために今を懸命に走り続けて来た。自分の信念を貫き通した。
「――大丈夫です、母上。僕の願いは最初から決まっています。多くの背中を見てきました。自分の信念の、守るべきものの為に命を賭けて来た人達の姿を。
そんな彼らが繋げてくれた今の世界を、ここで無かった事には出来ない」
その聖剣を手に取った。
――それは眩い光をさらに放ち、白銀の如く輝く。
「僕は僕の願いのために、戦います。誰かに頼まれたからなんかじゃなく、自分の、自分自身のために。受け継がれてきたモノを途切れさせたりはしない。
――全て貴方達から教わった事です」
「ヴィル、ヘルム……っ!」
「僕を、産んでくれて、見守ってくれてありがとう母さん。後の事は任せて」
「ありがとう……ありがとう……! 貴方が、私の子どもになってくれて……!」
その言葉に、母さんは微笑んで。――光の泡となって消滅した。
手を、強く握りしめる。
「……セフィリア、ありがとう。母さんと会わせてくれて」
「……いえ、私はあの人を守れませんでしたから」
やるべき事は、自然と体が分かっていた。
魔剣を抜き、聖剣と重ねるようにして持つ。
――黒く、白く、赤く。ただ強い光が溢れて。
其は、一本の剣となった。
「これ、は」
「……父さんと母さんの意思が重なったんだろうさ」
剣を背中に差す。
さぁ、陣所へ向かおう。