国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
「報告! 第一陣、劣勢! 敵の勢いに耐え切れません!」
「増援を送れ! 後退しつつ、戦線を維持! 決して死ぬなと伝えろ!」
大平原は、激戦となっていた。
魔術と矢が飛び交い、剣と槍が交差する。
限りある者と、例え死しても再び蘇る者。――有限と無限ならば、どちらに優劣があるかははっきりだ。
「兵が足りんか……!」
「余のホムンクルス兵を追加で動員する。愚策かもしれぬが、それで数は互角だ。例え国が残ろうと、世界が終わっては何の意味も無いのでな」
「……私が戦線に向かいます。シグルーン王と聖王はここで指揮を」
ジュリウスは剣を手に取る。
「……行くのか」
「学園で前線指揮については充分学びました。付け焼刃でしょうが、持ちこたえる鍵にはなれるかと」
「……頼む」
外から何かが慌ただしく走ってくる音が聞こえる。
「ほ、報告……! 帝国が、先代帝王と枢機卿。帝国勢力が現れました!」
「何……!」
ジュリウスはテントを出て戦場を見る。
帝国の旗印が、戦場に上がっていた。
「――すまんな、迷惑をかけたようだ。ジュリウス」
「父上……!」
巨大な大剣を片手に、エルブラッドがそこにいた。まだ受けた傷は癒えておらず。顔に巻かれた包帯には血が滲んでいる。
「……動けるのか、エルブラッド殿」
「動けない、などとは口が裂けても言えん。――帝国の全勢力を搔き集めてきた。微力だが、助けになれれば幸いだ。ここからの指揮は儂も参加しよう」
「枢機卿殿は」
「既に戦線で指揮を執っている」
彼と枢機卿は目覚めるや否や、すぐさま状況を把握し生き残っていた帝国の兵や物資、兵器を搔き集めて新たな勢力を組織し、戦場へ駆け付けた。――たった数時間で、彼らはそこまでの事を為したのだ。
「ジュリウス、ここは儂に任せよ。――全く、長い夢を、見ていたようだ。よくもまぁ、あんな恐ろしい言葉を容易く口に出来たものよ」
「……無理も無かろう。魔王の侵蝕には、人の精神では耐え切れん。寧ろよく今まで持ちこたえたものだとも」
「そういって貰えるなら幸いだ、聖王殿。さぁ、ここは任せておけジュリウス。お前はお前の務めを果たしてくるがよい」
「……は! 行って参ります、父上!」
ジュリウスは戦場へ向かう。
戦線で戦い続ける者達の希望となるために。
幾度火花を散らしたか分からない。
目の前の男の剣は、遥かに強い。他の誰よりも。
それは知っている。夢で見た記憶も、今振るっているこの剣も。
瞬きの魔に三度、剣が激突した。
剣先同士がぶつかり合い、大きく弾け飛ぶ。
「あぁ、そうだ。これだ、この感覚だ!」
「……!」
暴風の如く迫る斬撃。荒れ狂う刃。
その悉くが、見える。
防ぎ、逸らし、弾いて。――動きに躊躇は無い。
「やりおるっ! これは確かに、あやつの技だ!」
魔王の刃から魔力が放出され、こちらへ斬撃が飛ばされる。
体を滑らせるようにして、それらを回避。さらに踏み込んで、回るように刃を振るう。
「あぁ、良い! やはりその剣を持つ者との戦いは良い!」
激突する。
その都度、花々は散っていく。それはまるで斬撃の爪痕の痕のように。
「闘争だ! 我らにはそれが必要だ!」
戦いは、終わらない。
魔王はその剣を見ながら、再度己に問いかけた。
結局封印されている間も考え続けて、分からなかった事があると。
“何故、あやつは裏切ったのか”
魔王軍――魔人の軍勢においてもヴィクトルは並ぶ者無き剣士であった。もし叶うのならばその剣と心行くまで打ち合いたいと思う程に。
最後の人類を攻め落とし、これでまた静寂の時に戻るのかと思った時、ヴィクトルは突如として裏切った。
こちらに剣を向け、人々の味方となった。
“何故、弱き者を救おうとする?”
ヴィクトルとの死闘は、まさしく至高の一時だった。
気を抜けば一瞬で終わってしまいかねない緊張感、肌をひりつかせる殺意、足を動かす都度生きている事と実感する。
眼前にいる、ヴィクトルの息子は最早それ以上だった。
振るう技は間違いなく父親と同じ太刀筋そのもの。けれど、動きが異なる。足運び、重心移動は父親とは全く異なった。
数々の強敵を相手にしてきたのだろうと分かる。――何故なら、こちらの動きまで既に読まれ始めているからだ。
“成程、強い。我が前に立つ事を認めざるを得まい”
この剣が弱者であると言うのなら、きっとこの世は弱き者しかいないだろう。そう思わせる程に、その剣は冴え渡っている。
一度繰り出した太刀筋は読まれ、盗まれた。一度見せた動きは、二度目は通用しなかった。
“親子揃って、強敵とは何とも言い難い”
素晴らしい程に強敵だ。
だからこそ、分からない事がある。
“何故、この親子は弱者を味方し続けるのだ”
今彼が剣を振るうのは、大平原で戦う人々の為であると気づいていた。
一体、何が彼をそこまで駆り立てるのか分からない。
けれどきっとこの先に答えはある。
「来い!」
「っ! 邪魔!」
アイリスは魔人の一人を斬り捨てた。
魔術を片手に放ちながら、大混戦となっている戦場を駆け抜ける。
「無事かぁ! アイリス!」
「ジーク! それにセリカも!」
「ご無事で何よりです! まさか、ここまでとは……!」
戦いの喧騒は止まない。止まる事は無い。
まるで押し寄せる波のように。
「あれ、は」
「おいおい、あんなのどうしろって言うんだよ……!」
敵の魔術が、空に展開される。あれは見ただけで分かる。軍勢へ打ち込まれる大規模魔術。
巨大な魔法陣が形成され、その中央から光が溢れ出す。
回避は間に合わない。
降り注ぐ光を前に、目を逸らさず、睨んで。
「――あぁ、そうだ。絶望を前にしても屈しない。それでこそ人間だ」
突如、魔術にて巨大な盾が展開されその光を防ぎ切った。
その背中を二人は知っている。幼き頃よりずっと見て来たその光景を。
「え、な、なんで」
「……父……様?」
かつて二人が別れを告げた筈の人物、ブレンが盾と共に立っていた。
「っ!」
呆気に取られていたが、背後から感じる殺意に反応しアイリスはすぐに刃を振るおうとして――。
「おせェよ、何だアタシが死んでる間に鈍ったのかお前」
「リグ……レア?」
かつて皇国で死した筈の彼女が、そこに立っていた。
――ここだけではない。突如現れた謎の人物たちが、次々と魔人達を打ち倒していく。
「どう、して。死んだ筈じゃ……」
「あそこを見な」
見えたのは、大平原の丘。
――見た事の無い国の旗印が、そこに上がっていた。
一人の女性と鉄のような黒騎士。それらを背後に大軍勢が並んでいた。
女性が手を下ろすと共にその軍が、魔人の群れへ突撃していく。
「声が聞こえたのさ。アンタ達が、今を生きるお前らが戦っている声を。勿論、アイツの声もな」
「道は、あの剣が示してくれた。故に騎士として、それに馳せ参じない訳には行かないだろう?」
魔人の軍勢は、魔王が持つ剣によって死から蘇り不死の軍勢となった。
ならば人とて同じ事。
かつて死した人々が、彼の魔剣に導かれ今この瞬間だけ魂を宿したのだ。
「さぁ、行くぞ我が子……いや、我らが騎士達よ!」
「おう!」
「はい!」
息切れするアイリスにリグレアは手を差し伸べた。
「ほら、立てるか」
「ありがとう……。思ってたより同時に行うのがキツかったわ」
「器用だと思ってたが、意外にそうでもないんだなアンタ」
「我慢してただけよ、だって弱音を吐く女ってつまらないでしょ?」
「はっ、違いねェ。さすが泥が似合う女だ」
「誉め言葉として受け取っておくわ」
「で、告ったのか? アイツには」
「……も、黙秘します!!!」
剣同士の激突で、空間が悲鳴を上げた。
終わりが近い事が分かった。
既にお互い傷だらけだ。故に、どちらかが先に倒れる。
視界が点滅する。その都度、喪った者の顔が過ぎった。
「っ!」
ならば猶更、倒れる訳には行かないと。
強く強く、剣を振るう。
声と共に振り上げた一閃。剣同士が衝突し、鏡のように砕け散った。
「何っ!?」
「おおおおおォォォッッ!!!!」
砕け散った刃に手を伸ばす。剣に残されていた魔力が右手に集う。
それは輝く拳となって――。
「これで、終いだァァァァァッ!!!!」
拳は、寸分たがう事無く魔王の胸元を貫いた。
「――見事。ヤツに違わぬ腕だ」
そのまま二人が動く事は無い。
否、正確に言うならもう一人は、人間ではなくなっていた。
記憶の侵蝕は進み、人として生きるため無意識の動き以外を全て忘れてしまっていた。
「……――あぁ、そうか。お前には、止まれぬ理由があったのだな」
願わくばもっと戦いたかったと望みながら、魔王と呼ばれていた男は静かに消滅していった。
魔人達が消えていく。そして人々も同じように。
――戦いは終わったのだと、誰もが悟った。
「親父……!」
「父様……!」
「……良い騎士になった、二人とも。その事を嬉しく思う。あぁ、幸せにな。我が子らよ」
誰もがその場で別れる事を悟った。故に言葉を交わした。
「リグレア……」
「何辛気臭ェ面してやがる。……まァ、なんだ。お前とは何だかんだでよい付き合いだったぜアイリス」
「そっちこそ。剣の騎士の本懐、見届けさせてもらったわ」
「はっ……なら、未練はねェや」
そうして、戦いは終わりを告げた。
――人の世は確かに平和を取り戻したのだ。
一人の少年の、長い眠りと引き換えに。