国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
ヴィルヘルムの身柄は無事に保護された。だが、彼は昏睡状態でありどのような治療をしても目覚める事は無かった。
――アイリスは学園の一室で、ずっと彼の手を握っていた。
「……ヴィル」
ただ静かに上下しているだけの胸。
温もりはあれど、その指先に力が入れられる事は無い。
――立ち入れられるのは彼と関係がある者だけに限られた。
「今日ね、ローゲリウスさんから治療術を学ぼうとしたんだけれど。もう教える事は無いって言われちゃった。私、治癒術なら世界でも有数だろうって。それでも、貴方は目覚めないのね……。
……今、夢があるの。好きな人と一緒に孤児院を開くって言う夢。だからね、私待ってるから。ずっと、ずっと……貴方が、帰ってくる、まで……っ」
「よう、来たぜヴィル。元気そうじゃねぇか。……いつまでも寝てたら、課題の続きが出来ないだろ。
俺もセリカも、そして何よりアイリスだってずっと待ってるからよ」
「もう兄さんってば、人の言いたい事全部言うんですから。……えぇ、私も待ってますよ、ヴィルさん。貴方と一緒にまた課題に取り組める日々を。学園は、まだまだ終わっていないんですから」
「やぁ、ヴィルヘルム。やはりと気づいてはいたが……彼女はキミが救ってくれていたんだな。元研究者として、最大限の礼を言おう。聖王様が気に入っているのも納得だ。そして挙句の果てに世界まで救ってしまうなんてね。
……そんなキミが教え子である事を、私は誇りに思うよ。あぁ、本当だとも」
「ヴィルヘルム……こうして貴方と話す機会は少なかったですね。ユリウスに妬いてしまいます。
……実は言うと私が学園を開いたのは、貴方と出会う為だったんです。そのために長年かけて準備をしてきました。魔王と戦う貴方の助けになれば、と思いこの学び舎を開いた。
――そして貴方は数々の友と出会った。その事を誰よりも、嬉しく思いますよ」
「ヴィルヘルム。……思えば皇国ではお前に頼ってばかりいた。あの時からお前は他とは違うと気づいてはいたが、まさか英雄の子孫だったとはな。
……皇国の民としてのお前の席はちゃんと残してある。気長に待つとしよう」
「うむ、来たぞヴィルヘルム。……瞳が見えぬのが残念だな。ソフィアの瞳に、よく似ていたと言うのに。まだまだ借りが残っている。
何しろ余はお主一家に救われてばかりだ! その一つとて返せておらん! ――あぁ、口惜しいな。残ったままと言うのは」
「来たぞ、ヴィル。……父上は療養中で来れないそうだ。戦いでも無茶をされたからな。
……俺達は血縁ではなかったが、それでも血筋を超える縁があったと、お前の兄であれた事を誇らしいと思っている。
お前の母親が眠っていた所はセフィリアが管理してくれている。……大丈夫だ、ゆっくりでいい。帰ってくるのを待っている」
「ヴィル様……結局、私は貴方をお守りできたのでしょうか……? 未だ分からないままです。結局、先の大戦も大平原での戦いも、私は何の役も立てなかった。
……まだ私は貴方に仕えています。今までも、これからもそのつもりです。……ですから、どうかお目覚めをお待ちしております」
日が暮れて。夜が訪れた。
部屋は施錠され、アイリスが訪れるまで誰も来る事は出来ない――筈だった。
足音がする。聞き覚えのある、きっと知っている筈の誰かが。
「ヴィル兄、よく頑張ったね。……ずっと見てたよ、内側から。ヴィル兄の戦いを。
多くの人達を助けて、それでも救えなくて。でも諦めない。その心はきっとユリウスさんから受け継がれて、今のヴィル兄を作ったんだと思う。私も、救われたんだ。
……あの夜、私を見つけてくれて、私の手を握ってくれて、今までありがとう」
「……よう、珍しく寝てばっかじゃねぇか馬鹿弟子。……よくやったよ、お前は。拾ったばかりの時は、いっつもピーピー泣いてばかりだったって言うのに。魔王まで、倒しちまった。
――アイツの息子だから、やり遂げるとは思っていたがいざ目にしてみると信じがたいもんだな。
……あぁ、本当によくやった。俺はお前を、一人前だと思っている」
「……なんだァ、仕事疲れで寝てんのか。まァ、アタシもお前によく頼んでたからな……。
なァ、覚えてるか。お前だけだ、あの時のアタシを三騎士じゃなくて。一人の友人として見ていたのは。だからお前と関わるのは楽しかったんだよ。
……ありがとよ、色々とな」
「久しぶりですね、ヴィルさん。……診療所で、貴方の手を取って以来でしょうか。貴方は、本当に走り続けて来たんですね。一度も、止まる事無く。
……そんな貴方の支えになれたのでしょうか。もしそうだったのなら、私も嬉しいです。私と出会ってくれて、ありがとう」
「……ふむ、本来の私としてキミに話すのはこれが初めてかな。皇国でキミと会った私は、私では無かったからね。
我が子達が世話になったようだ。人は何故剣を振るうのか――その問いの答えになったのがキミだと聞いた。
その事にただ、感謝を。そしてキミのこの先に幸多からんことを」
「我が主、ヴィルヘルム様……今まで数々の御無礼にどうかお詫びを。帝国の謀略から貴方を守るためとはいえ、私は従者ならざる事に手を染めた。
……今更何を、仰せられるかもしれません。ですが、どうか貴方の先が幸福である事を願っております」
「ヴィルヘルム……よく頑張ったわね。ありがとう、私達の願いを聞いてくれて。貴方が、私達の子どもで、本当に良かった。貴方と出会ってくれた人々が、皆貴方を信じてくれて本当に救われた。
私はあの時、貴方と充分話したもの。――じゃあ、あの人に代わるわね」
「……ソフィアは終わったのか。なら最後は僕だね」
「ずっと見ていた、見守っていたよ……ヴィルヘルム、実は言うとキミに呪いをかけたのは僕なんだ。我ながら、親失格だと思っているよ。
人の身で本来の魔剣は振るえず、魔人の身で聖剣は使えない。――だからその代償を呪いに落とし込んだ。本来なら、魔王を倒した時、キミは死んでいた。けれど僕らの我儘に付き合わされて、それで何もかも終わりなんてあんまりじゃないか」
「――だから今、この場で呪いを解こう。ヴィルと言う名前に呪いをかけた結果生まれた堆積物。これは僕が代わりに持っていく。
これが今、キミの父親として出来る最大の事だろう」
「さぁ、目覚めの時間だ。新しい人生へ走っておいで。……僕とソフィアはずっとキミの幸せを願っている」
目が醒める。見知らぬ天井と、誰かに手を握られていると感じる。
「……アイリス?」
呼びかけると彼女は徐々に目を開けた。そしてこちらに視点を合わせて。
「……ヴィル?」
強く、強く抱きしめられる。
――彼女は泣いていた。いつも傍にいてくれた、強く気丈な姿はどこにもなかった。
その背中をそっと支える。華奢な体だ。思えば彼女の事をそう考えた事は今まで少なかったなと思い返す。
「ヴィル……っ! 夢じゃ、夢じゃないのよね……!」
「夢じゃないよ。僕らはちゃんとここにいる」
「良かった……! 本当に良かった……!」
「声がしたんだ。今まで出会った人たちの。その人達の分まで生きないと、って思って」
彼女が泣き止むまで十分程の時間を要して。
立ち上がろうとする体を、アイリスが引き留めた。
「その……ヴィル、もうすぐ夜なの」
「そうだったんだ。……目覚めのタイミングが悪かったかな」
「……えっとね、ヴィル。……今夜は、一緒にいたい。朝まで、貴方と共に。私だけの貴方でいて欲しい」
「――分かった。今夜は二人でいよう。日がまた昇るまで、一緒に」
斯くして剣の夢はこれで終わり。
後は人の夢が、長くまで続いていくだろう。
ご愛読下さりありがとうございました。
後半の駆け足感は、我ながらどうかと感じましたが必要以上に付け足したところで蛇足感しか生まなかったので、思い切って投稿に踏み切った形となります。竜頭蛇尾とはこの事です。ですが、自分にやれる限りのことをやったのも確かだと思っています。
ヴィルヘルムと言う一人の少年が生きた物語として、皆さんに楽しんでいただけたらそれに勝る喜びはありません。