国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
学園において、僕に馴染みない事が多々あった。
例えば授業――面白いと思うのもあれば、眠気を催すようなものもあり。ストレア先生は前者だ。あの人、話し方が上手すぎる。
例えば学食――普段、自分で作るものだから人の料理を食べると言うのは久々だった。ちなみにアイリスは僕の料理が一番舌に合うらしい。
例えばクラスメイト――貴族も平民も入り混じった以上、ある意味それが生まれるのは必然だっただろう。
「……ナニコレ」
アイリスと共に教室に入ると、やいのやいのと言い争っているクラスメイト達の姿。お前ら机まで丁寧に移動させて、向かい合っているのな。
「……ええっと、皆今日も元気みたいだね」
「あ、ヴィル! 聞いてよ、前衛の奴らがさ!」
「アイリスさん聞いてよ! 私達、後衛の補助なんか必要ないだって!」
早速、陣営に引き込まれようとする僕ら。
とりあえず状況を確認しよう。
「……つまり、前衛に比べて後衛は楽でいいなって話?」
「そうなんだよ! アイツら、俺達の後ろで魔術使ってるだけだろ?」
そんな事を当たり前に述べてくるクラスメイトの少年。
思わず、心の声が漏れてしまう。
「バッカじゃねぇのお前」
「は?」
「え、ヴィルは前衛だろ。何で、アイツらの肩持つんだよ」
今度はため息まで出てしまう。
でも傍から見れば確かにそう見えると捉えられてもおかしくないか。
「あのさ、背中守ってくれる人がいてくれるから僕らは安心して殴り合えるわけだろ。今から後衛いらないってヤツは今すぐディン先輩ん所行って来いよ。多分、あの人の本気見れるぜ」
皇国にいた頃、大体傷だらけになっていたからその時は他者の治療に世話になった。彼女やアイリスに。
それにギルドで他の冒険者と組んで仕事をしたこともあるから、前衛、後衛なんて考えはあんまり僕には無いのだ。
あるのはただ強いか、生き残れるか。それだけ。
僕の言葉に、前衛を大声で叫んでいた連中は口を閉じた。
さて、向こう側はアイリスに任せようか。
「放っておけばいいじゃない、そんな事言う連中。何でかまってあげる必要あるのよ」
後衛の言い分に、私はそう言葉にした。
――と言うか、私も本来なら前衛の部類にいる筈なのに何で同じ括りにされてるんだろう。
アレか、治療をメインにしたり魔術をよく使っているからか。……まぁ、確かに。私の剣は、剣士の真似事と言われればそれまでだけど。
「え、アイリスさんそんな事言うんだ」
「私は別に、背中を預けられる相棒を見つけただけ。貴方達も自分の言葉が通じない人に構う暇があったら、他を探した方が良いわよ。
お互いに命を託せる人、なんて二度と見つけられないかもしれないんだし」
「嘘っ、やっぱりヴィルさんとアイリスさんって付き合ってるの!?」
「は? ちょっと待ちなさい、何でそんな話に……!」
一気に話の方向性が変わる。
あぁ、マズイ。いや、何がマズイのかなんて自分でも分からないのだけれど。少なくともヴィルがいる傍で、彼への感情を言葉にされたくない。
――そんな、簡単な言葉で済む関係じゃないのに。
彼は私の、私にとってたった一つの――。
「あー、あー。取り込み中のようだが、そろそろいいかね。とっくに授業の時間なんだが」
「ストレア先生……!?」
教室の壁に背中を預けて、火の無い煙草を咥えている。全く気配を感じさせなかった。
そうだ、既に時間は過ぎているんだった。
「何やらキミ達が面白い話題をしていると思ってね。少々話を聞かせて貰った。……まあ、どう思うかは時間とその時によって変わるだろうさ。選んだ結果はその先に伴う。自分の行動のツケは、いつだって自分に回ってくるんだよ。
さて、それじゃあ授業を良いかな」
そうしてバタバタと、机の位置を戻していくクラスメイト達。
論争はそうして、急激に終わりを見せたのだった。
「いや、悪い。止めようと思ったんだけどどんどん熱を増してきてよ」
「まあ、火が付いたら止めようが無いでしょ。僕もそういう時期あったし」
「……お恥ずかしい限りです」
「貴方達、止めようとしたんでしょ。それだけでも立派な騎士よ」
放課後、食堂で一連の流れをジークとセリカから聞いた。
揚げ物を口に運びながら、アイリスの言葉に頷く。
少なくとも僕の知っている女騎士なら、下らねェと言って議論の席から降りただろう。
そんな二人に重ねて合わせて見てしまう。
「……と言うか、私何で魔術専業みたいな括りにされてるのかしらね。剣術講義でも、負け無しなんですけど」
「よくクラスメイトを治療しているからでは無いですか」
「おう、俺も受けたから分かるんだけどよ、アイリスの治療はマジで聞くんだよ。下手すれば金取れるぜ」
「……え、じゃあ僕とんでもない額の借金抱えてる事になるんだけど」
「一生かけてでも払ってもらうつもりだから大丈夫よ」
「全然大丈夫じゃなくない、それ」
ハンバーグを食べながら、そう答えるアイリス。
目線が、味の批評を物語っている。いや、いつでも料理なんて作れる訳じゃないんだけど。
「多分、学園の講義がいいからでしょうね。皇国にいた頃、治療はそこまでだったもの。精々、痛みを和らげる、ぐらいしか出来なかったし」
「ほう、それは教え甲斐があると言う物だ」
ふと背後から聞き覚えのある声。振り向くと、よく教壇に立つ人の姿が在った。
ある生徒曰く、この学園で見た目が良い教師ナンバーワン。抱かれたい教師ナンバーワン。世界で最も男装が似合う教師ナンバーワン。
「ストレア先生? 何故ここに」
「教師だが、一応住まわせて貰っている身でもあるのでね。ここで食事ぐらいするさ。
アイリス、キミの魔術の伸びに関しては私でも驚いている。まだ教師の身になって浅いが、既に芽どころか花開こうとしているのはキミが初めてだよ」
「ありがとうございます。それは先生の教えが良いからと言うのもありますけれど」
「人の良い言葉を使うな、キミは」
……前から思ってたんだけど、ストレア先生結構気にかけてくれるみたいなんだよなぁ。
面倒見が良いのかと思ったけれど、そうでもなく。どうやら僕とアイリスの二人だけらしい。
他の生徒にも気を配りこそすれど、僕らにはその頻度が半端じゃない。一日に三回ぐらい挨拶するし。
「隣、良いかな」
「僕なんかで構わなければ、どうぞ」
「ではそうさせて貰おう」
パスタを器用に巻いて食べる先生。何か所作にものすごく礼節を感じるなぁ。それに何だかいい匂いがする。そういう身だしなみにも気を付けているのだろう。
そういった部分を、大人だなぁと感じる。
……せっかくだし、色々聞いてみるか。
「先生はどこの国から?」
「聖国だよ、元々研究者でね。ホムンクルスに関しての研究をしていた。魔術に関してはそのおまけと言う訳さ」
「ホムンクルス……! 聞いたことあります、確か聖国の……!」
「ああ、聖国の兵の大半はホムンクルスが占めている。単純な国力、兵力で言えば最強だろうな」
ホムンクルス――人造人間。名前の通り、人造的に作り出された生命。
少なくとも僕は一人知っている。あぁ、忘れるものか。忘れられるものか。彼女と共に過ごした日々を。
「まぁ、ある事件が起きてな。生憎研究者はそこで辞める羽目になった。その後、聖王様から打診されてね、学園の教師になったワケさ」
「そんな経緯が……」
「教え方が上手だから、ただ者じゃないと思ってたけど……」
「私の過去なんてそれぐらいだよ、セリカ君にジーク君。キミ達も頑張っているそうじゃないか。教師の中じゃ、中々の注目株だぞ」
それに、と彼女は僅かに僕を見た。
「ヴィルヘルム、私の予想が正しければ……キミ、剣術も使いこなせるクチだろう?」
「……」
三人の視線が集中する。そういえばアイリスに言ってなかったな。
「いや、まあ剣はいけるっちゃあいけますけど、師匠から使うなって言われてるので」
「ほう、才能の持ち腐れを勧めるとは変わっているな」
「あの人は本当に変人でしたから……と言うか、寧ろ何で分かったんですか。今まで誰にも話してなかったんですけど」
「剣術専門の講師が言っていたのさ。見られただけで動きを盗まれた、とね。キミの才能が恐ろしいとも。あそこまで顔を青くした人間を見たのは初めてだよ」
確かに剣を持つヤツを相手にする時は、自然と動きを盗んでいる事が多い。何なら僕の体術はほとんど師匠譲りだが、今はほぼ我流だろう。
でも剣を使うな、との言葉はずっと胸に残っている。何せ無口だった師匠がずっと、修行の度に言っていたのだから。
「……まあ、体術しか使わない人なんて僕かディン先輩ぐらいですからね」
「あの小僧は訳ありだ。戦闘刻印――戦闘用の義肢をつけているからな。純粋な体術と言えるのはキミぐらいのものだよ。それで勝手に育っていくのだから、恐ろしいモノだ」
この話は終わりだ、言わんばかりに彼女は大きく息を吐いた。
「さて、もう一つの質問だヴィルヘルム」
「はい」
ストレア先生がここまで聞いてくるのは珍しい。
心なしか、少し表情が険しく見えるような気がする。
「唐突だが人造生命体――本来の生まれ方とは異なる手段で作られた命。それは短い生だ。そんな彼らを憐れむかい? そんな彼らの人生を、どう思う?」
脳裏に過ぎったのは、皇国で出会った一人の少女。
飛び方を知らない雛鳥のような存在。そんな手を僕は取ったのだ。
彼女なら何と言うだろう。何を口にするだろう。
「……それはきっと、今を生きる僕らが証明する事だと思います。彼らが何の為に生まれて、何の為に生きていたのか。
それは託された僕達次第、かと」
例えどれだけ、この世が不平等だったのだとしても。
生まれて来た全ての命に意味はある。
彼女ならきっと、そう言葉にする筈だ。
「だから今をひたすらに走り続ける。僕は言えるのは、これぐらいです」
「……そうか。ならば懸命に今を楽しみ、生き続けてくれ。そうしてキミが得た答えが形となる日を、私も待っているよ」
気づけばストレア先生は既に食べ終わってしまっていた。
いや、食べるの早いな先生。
これ、アイリスや子ども達といい勝負だぞ。僕の揚げ物なんてまだ熱を持っていると言うのに。
「では、失礼したね若者達よ。また何かあればいつでも訪ねてくるといい。どんな悩みでも相談に乗るとも。尤も、恋愛は対象外だがね」
そういって、視線をアイリスに向ける。
彼女はそれに気づいたのか何か変な声を出していた。
アイリスが狼狽えるなんて珍しい。
「……何かスゲェ人だったな」
「うん、僕もそう思う」
少なくともあの人の前で隠し事は出来なさそうだと、心の底から思った。
「……今を走る続ける、か」
「あぁ、ならば支えよう。あの子の為にも」