国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
学園の授業に関しては当たり前だが好き嫌いが結構分かれる。
授業――何でも魔術に関しての学問はかなり面白かった。ロクに使えない僕が見ていて面白いと思ったのだから、アイリスは特に興味深かっただろう。
後は剣術や体術の実戦形式だが、こちらは結構苦手とするクラスメイトは多かった。ジークやセリカは皇国騎士団の候補生だった時に鍛えられたから平気らしいけど。
「ヴィルヘルム、ちょっと良いか」
授業終わり、ストレア先生に呼ばれる。
なんだかこの人、めちゃくちゃ気にかけてくれるんだよなぁ。何かしたっけか。マジで何にも記憶ないぞ。
「はい、なんでしょう」
「副理事のローゲリウス氏を知っているかね」
「……あの、ええと、すみません。あんまりよく」
「正直でよろしい。魔術・魔法に関しては私を超える鬼才だ。既に齢三百を超えて、今尚も魔道の研究に探求されている。
……教育の現場からは離れてしまわれたがな」
「そんな方に何か?」
「何でもキミをご指名のようらしい。放課後に、指定された教室に来て欲しいそうだ」
「分かりました」
……そんな偉い人に、何か粗相でもしてしまっただろうか。
いや、そもそも出会ってた事無い人云々に考えたって仕方ないか。
「……キミは、思ってたより顔に出るな」
「本当ですか? 失礼だったらすみません」
「いや、何。分かりやすいと言うのは良い事だよ。キミが正直で真っ直ぐな少年だと言う事はよく分かる。だからこそ……」
「?」
僕の瞳を見て、ストレア先生は何か懐かし気な視線となっている。
生憎あんまり過去の事は覚えきれてないから自信ないのがなぁ。
「さて、話はここまでだ。こちらこそ失礼したね」
「失礼したって、教師と生徒の関係じゃないですか」
「私の個人的なただの感情だよ、キミには返しきれない恩があるとも。……いつか分かるさ」
「???」
あ、やばもう次の授業が始まる。
急げ急げ、確か校庭を使うから早めに行かないと間に合わないんだった。
「どうかこの学園を楽しんでくれヴィル。……あの子もきっと、喜ぶだろう」
放課後、私アイリスは図書室で調べ物をしていた。
調べているのは呪いの解呪について。かつて私は、この体は呪いを押し付けられていた。刀を振るうだけで命を蝕むなんて言うとんでもない代償を支払う代わりに、人並み外れた剣術を手にすることが出来るモノ。対価と引き換えに絶大な力を得るモノ、それを誓約と言う。
――そんな呪いを解呪してくれたのは、とある少女の祈り。かつて皇国で起きた動乱に巻き込まれた際、彼女が身を挺して私達を助けてくれたのだ。
「……もし私が先に此処に通っていたら、違う結果だったかしらね」
魔術・魔法に関しては、ほとんど独学だったからここの教育レベルの高さには驚いている。はっきり言ってまだまだ自分が未熟だと気づかされた。
もし皇国に行く前に、この学園に足を踏み入れていたら。自分の未熟さをさらに自覚していれば。
「救えたのかも、知れない」
記憶を巡らす。
少なくともあの時、毒に侵されながらも戦い抜いたあの人を、助けられたのかもしれない。傷を負ったあの人を、救えたのかもしれない。
「それにまだ、ヴィルの呪いは解けてない……」
あぁ、そうだ。それが先決だ。
私の呪いは解かれているが、ヴィルに掛けられた呪いは生きているのだ。
いつか、彼に見せられたゾっとする程の光景。布で包んだ肌には、悍ましい刻印が刻まれている。
「……あった。呪いの解呪について……」
書物の項目を指でなぞる。
「解呪……それだけの魔力と願いが必要? ……じゃあヴィルにかけられたモノはそれ以上だったって事?」
……在り得ない。
少なくとも彼の事情と、現在を照らし合わせると納得がいかない。
一体、そんな魔力をどこから持ってくる?
一体、人間一人を呪いにどこまで感情を持ち出せる?
「……思ってたよりドロドロしてるわね」
そんな事言う私も帝国出身だけど。
目に見えない権力闘争或いは派閥争いを思い浮かべてしまう。そんなのは専門分野じゃない。元々帝国の暗部に所属していた―今はもうそんなつもり更々無いけど―以上、そういうのは苦手だ。
「せっかくだし、英雄譚でも見ていこうかしら……。学園の図書室だし、あるに決まってるわよね」
私の好きな英雄譚。
とある剣士がたった一人で、万を超える軍勢を打倒し国と人々を救ったとされる御伽噺。
そんな理由に憧れて、私は剣士になりたかったのだ。
「……あ、あったあった。相変わらず薄いページ……」
御伽噺とされるだけあって、本の厚みは薄い。
内容なんて至って簡単なモノ。
追い込まれていた人々の元に、突如現れた謎の剣士。それがただ魔王と呼ばれる存在を倒す物語。そうして人間は救われて、人々はまた今日を生きていくと言うありきたりな話。
余りの簡素さに、数ページで終わってしまう。
「……でも、好きなのよね」
せっかくだし、借りていこうかと考える。
好きなモノは好きだ。
お伽話も、ヴィルも。
まだこれを誰にも言えては、いないのだけれど。
「失礼しまーす」
「おお、来たか。キミがヴィルヘルム君だね」
入ると、長い白髭を蓄えた老人が一人。この人がローゲリウスさんか。
確かに見ただけで、学園のお偉いさんだと分かってしまう。
「よく来てくれた。儂がローゲリウスと言う」
「その、何か俺に用事があるとの事でしたけど……」
「うむ――率直に言おう。禁術に関して、キミの協力を願いたい」
「禁術……?」
そういえば今日の魔術・魔法学でも出てきたような気がする。
禁術――世界に影響を与えかねないために、封印された秘奥。あるだけで歴史を捻じ曲げ、因果を歪めてしまう大禁忌。
封印とされたが故に、多くは廃れそのまま忘れさられたと聞いている。
「時渡りの術だ」
「時渡り……?」
「そうだとも。現在から過去に、現在から未来に。膨大な魔力と引き換えにたった一度だけ時間軸を自由に跳べる術。
……儂の瞳は魔眼でな、見ただけでそやつの持ちうる魔力を推し量る事が出来る」
「……! じゃあ僕の訳アリも知っているって事ですか」
「ああ、勝手ながら。ただそれでも儂は禁術を諦めきれぬ。
例えそれが許されざるモノだったとしても。何故、何故諦めきれる? 自分の過去の過ちを捨て去れる、後悔を拭いきれると言うのなら何故?」
――何となく察してしまう。
かつて教育の現場から退いたという事、見ただけで他人の魔力を推し量れる魔眼、過去の過ち。
それだけで、一体この御人が何を後悔しているのか分かってしまった。
「貴方は、もしかして過去を」
「ああ、そうだとも。キミも知っているだろう、先の大戦を。
……多くの人が死んだ。その中には、私の教え子もいた。先が幸福に満ちていたと思えるような者達が大勢だ。
儂は、師として彼らを。死の運命から救いたい」
ああ、優しい人だ。
数十年、ずっとそんな贖罪を背負って生きてきたのか。
であると言うのならば、僕の答えは一つだ。
「だったら悪いけど、協力は出来ません。僕と貴方の信念は違う」
「……何故だ」
「貴方は過去を後悔している。巻き戻したいと思っている。でも僕は巻き戻したいなんて思っていない。
――戻ってこない。救えなかった重みの数だけ強くなる。その想いを以て、僕は自分が戦士であると認識する。だから、そんな過去に、信条に、同情はしても肩入れは出来ません」
「であるのならば、仕方あるまい」
戦闘態勢を取る。すぐさま踏み込んだ。
対魔術師戦との戦いはある程度心得ている。
詠唱される前に打ち倒す。シンプルにただこれだけ。
「しっ――!」
「見えておるとも!」
打ち込んだ拳は、魔法の障壁にて防がれた。
己が持つ魔力を、純粋に壁として利用する単純さ故に高等な技術。
右足での三連蹴りも、同じようにして防がれた。
分かってはいたけれど、やはりこの人も只者では無い。
「キミの喪失を、もう一度追体験してもらおう!」
「!」
視界をよぎる過去の光景。忘却が、再度色味を増してくる。
薄れつつあったモノが、甦ってきていると理解する。
でも、そんなものはとっくに。
「止まらないって決めたんだよォ!」
背中を押されるように走り出す。そこから繰り出す拳と足技を織り交ぜた連撃。
全て魔術の障壁に防がれるも、力は抜かない。
きっとこの人と僕の経験値は遥かに差がある。だから当然だろう。脳裏の景色を振り払うかのように、拳を振り続けるしかない。
この意思を、示し続ける。
「……キミは過ちを正さずに背負うと言うのか」
ローゲリウスさんは静かに僕を見据える。
それは何かに祈るようで、縋るようで。
「今を生きる者に出来る事は、背負う事です。ただそれしか出来ない。
進み続けて、彼らの生き様が正しかった事を証明する」
そうだとも。そう決めたんだ。彼女と。
だから僕は進み続ける。
「それが僕の……ヴィルヘルムとしての信念です」
「……そうか。であれば、試すとしよう。その信念をどこまで通せるのか」
四方を魔力の壁が囲う。
先ほどよりもはるかに強い魔力の気配を感じる。
「是なるは城壁より硬く練り上げた魔の障壁。――その心を叫ぶと言うのなら、破って見せよ」
「上等ォ!」
全力で拳を振りぬく。
何もかもを置き去りするような速度で。
――それは一発、ぶち当たると大きく陥没する。
結果などどうでもいい。ぶち破るまで殴り続ける。
「しゃらぁッ!」
渾身の二発目。
大きく壁に亀裂が入った。
かつて師匠から教わった技の一つ――硬いモノをぶち抜くコツ。
ただ一点に、全神経を集中させて打ち込む。
「もう一丁ッ!」
力を抜かないまま三発目。
それは亀裂を穿つ一撃。――点を以て壁を貫く一打。
魔力障壁が、音を立てて崩れ去る。
「何と……」
「っぅ……!」
反動で腕が痺れる。でも構わない。次の行動に備える。
けれどローゲリウスさんは動かぬまま。
魔力の気配が消える。それに伴い、僕も戦闘の構えを解いた。勿論何かあればすぐに反応出来るようにして、だけれど。
「キミから魔力を供給してもらうには、協力の同意が得られなくてはならない。
その固い信念を崩すのは、今の儂には出来んよ。ましてやあの閉鎖空間を破られた以上な」
「……意外ですね、何か無理やり魔力を吸い取ってくるとか考えてました」
「その分に使う魔力が無駄だとも。こう見えても教師の意地はある」
らしいな、と思ってしまう。
「……いつでも気が変わったならば来たまえ、ヴィルヘルム君。――尤も、その前にキミがここを卒業する方が先になりそうだがね。
喪失を前にして、尚も立ち上がると言うのだから」
「……えぇ、示し続けますよ僕は」
魔力の気配は未だない。
――そこはあの人なりのプライドなのだろう。生徒には、決して手を出さないと言う。
廊下に出ると夕焼けが差し込んでいた。思っていたより時間が経過していたようだ。
「ある意味、入学してなかったらマズかったかも」
もし何かのきっかけでローゲリウスさんの耳に入って。敵対してたらと思うとゾッとする。結局、僕の体術はあの人の前に届かなかったのだから。
本当に殺し合っていたのなら、今頃殺されている。或いは瞬殺されていて勝負にすらなっていなかったかもしれない。
「世界は広い。……強くならないとな」
本来の目的を思い出す。
この学園に入学して、帝国の動向を探る事。――そして兄上に会って、帝国の真意を問い質す事。
生憎兄上は不在のようだから、今は学業の方に務めるとしよう。
「……やはり、ここでしたか」
「うぇっ、シルファ……さん」
全く気配を感じさせなかったため、声で驚いてしまった。
思わず臨戦態勢を取ってしまいそうになる。
この学園の教師、底が知れない人物が多すぎないか。
「何やら変わった気配を察した物ですから、来てみましたが。……心配は無用だったようですね」
「いや、何にもなかったですよ。ちょっと話をしたぐらいで」
「そうですか。……貴方が望むならそういう事にしておきましょう」
見透かされている。
僕の嘘が下手なのか、それともシルファさんが見抜く力がずば抜けているのか。
「……私個人としては、貴方に期待をしています。どうか、頑張ってくださいね」
「え、はい……」
シルファさんはそのまま去っていった。
……この学園、相変わらず底が見えない人間が多すぎる。
「……過去、か」
帰りの廊下へ、忘れかけていた日々を思い出す。
「嫌な事、思い出しちまったなぁ」
皇国で過ごした日々。何かを取りこぼしながら、それでも抱きしめるように走り続けたあの毎日を。