国を追放された第二王子は、剣の夢を見るか 作:竹藪
その出会いを覚えている。乗せられた古い船が流れ着いた後、どれほど彷徨ったのかは定かではない。明日の行方すらも分からぬ中、その男はふと現れた。
『――チッ、こんな所にいやがったか。手間かけさせやがる』
お世辞にも人相が良いと言えぬ顔立ちと、投げつけられた重い声音に小さな体を震わせる。
その頃は何もかもが怖かった。全てに裏切られたと思っていたから。
人の声が恐ろしかった。人の視線から逃げたかった。
けれど不思議とその声は、胸に届いていて。苛立ちの混ざった視線は、何の偏見も無くただ真っ直ぐにこちらを見ていた。
『おい、死にたくねぇならついて来い、ヴィルヘルム。テメェが野垂れ死んだらつまらねぇ』
こちらの事もお構いなしに男は身を翻した。僅かな時間をおいて、恐怖も疑問も、全て置き去りにしてその背中を追った。
自分の名前を呼んだ時の声音が、どうしてか。酷く懐かしいと胸に感じたから。
男は名をユリウスと言った。人気溢れた華やかな皇都の片隅で、廃墟寸前の小屋に住んでいた
中の作りは酷く、まるで建設途中では無いかと思わせる程。
他に誰もおらず、いるのは無愛想な人間一人。それでも細々とやっていけるのは、決して他に強みがあるからなのではなく、ただ彼がその腕っぷしで路銀を稼いでるが故にである。要するにそれ以外のモノなんて飾りみたいなものだ。
差し出された食事を初めて食べた時はあまりの不味さに思わず吐き出してしまった程だ―無論、その時は文句など言えなかった―。
そこからユリウスとの奇妙な生活が始まった。
叩き起こされ、修行―と言う名目の一方的なモノだったが―の日々。だが彼が決して手を抜いている訳でない事は分かった。だからそれに応え続けた。
打ちのめされれば立ち上がり、高みを見せつけられれば這い上がり――。気が付けば、いつの間にか一端の実力が身に付いていた。
そんな日々の繰り返し。かつて王城で暮らしていた時は違う。侮蔑の目はなく、囁かされる軽蔑もなく。あるのは、自身を見てくれる師とも呼べる存在。
そしてもう一つ、新しい出会いがあった。
雪降る街を歩く。いい加減師匠にも家を直した方がいいと口を出したのだが、帰って来たのは拳であった。ちなみに二発目からは何も言ってないのに飛んできたから、応戦せざるを得なかった。何故だ。
明日分の食材を購入して、帰路についている。あちこち体が痛むけど無視だ無視。こんなのいつもの事だし。成長痛と思えばいいだろう。
師匠の料理はお世辞にも食えたものじゃない。しかも進歩する気が無いから、弟子ながら性質が悪いとしか言えない。
小さな愚痴をこぼしながら歩いていく。目的地まで後数分の所だった。
「ん……?」
一人の幼い少女がいた。肩まで伸びた鮮やかな金色の髪、まるで宝石のように透き通った碧色の瞳は、まるで御伽噺のような姿だった。しかしその服装は容姿に対してあまりにも不釣り合いだ。ぼろ布を体に纏っていて、四肢はむき出し。かろうじて太ももまでが隠れている有様。
捨て子だろうか。――その目は酷く枯れていて、まるで光の無い宝石のようにも見える。
「……」
それがどうしてか、過去の僕を酷く思い出してしまう。
無力で、何も出来なくて。ただ隠れてやり過ごすしか出来なかった日々。
今思えば何て事ないけれど、もし続いていたらどうなっていたんだろうかと思う。
余りにも見ていられなくて、その小さな手を取る。
「これからどんどん寒くなる。迷惑じゃなかったら、僕の所に泊まっていい。毛布ぐらいなら貸せるから」
「……」
心なしか、小さく握り返されたような気がした。その手を取って、帰路につく。
さて、師匠にどんな言い訳をしたものか。あの人は大の人間嫌いだ。どうして僕なんかを拾ったのか、今でも分からない程に。
出てくるのは拳か、足か。まぁ、連戦は覚悟しておくべきだろう。
そんな覚悟をして帰ったら、師匠は彼女の事を訝しそうな目で見ていた。
「……おい、ヴィルヘルム。お前、コイツが何なのか分かってんのか?」
「? ただの女の子じゃ……」
「フン……。まぁいい。ただ面倒はテメェ一人で見ろ。オレは手一杯なんでな」
師匠はぶっきらぼうにそういった。要するに彼女の面倒は全て、僕一人に任せたのだ。
確かに、僕が連れてきたのだから筋は確かに通っている。
彼女に毛布を着せて、簡単な食事を出す。――師匠以外に食べてもらうのも初めてかもしれない。
彼女は出された料理を食事とは認識出来ないのか、首をかしげている。言葉は通じているのかそれともいないのか。
僕が食べるような仕草を見て、それを倣ったのかようやく彼女も食べだした。
“言葉が、出ない?”
根拠は無いが、何となくそう思った。
――言葉を知らない。赤ん坊と言う見た目では無いが、中身はその通りである。
彼女に対する師匠の反応からして、何か複雑な背景があるのだろう。あの人もまだ僕にほとんど身の上を話す事なく、ただ稽古と言う名の一方的な殴り合いだけだ。
「フィオナ」
「……?」
確か本で立ち読みした時、とても綺麗な響きがあった。もし自分に家族が出来たのなら、守るべき人が出来たのならそうつけようと決めていたのだ。
「今日からフィオナって呼ばせてほしい。……いいかな」
少女は少し間をおいてから、遠目では分からない程に小さく笑った。それはまるで長く積もった雪が溶けていくかのように。
師匠は全くと言って良い程、手を貸さなかった。いい加減ではあるけれど、そういった筋はしっかり通す人物であると知っている。
だから全部、自分でやった。街の人達にも話を聞いてもらいながらやれる限りの事をやった。元から決めていた事だし師匠に手伝ってもらうつもりなど元より無い―どう考えても任せたら大変な事になる―。
全く反応に乏しかった彼女が変わり始めたのは、それから三ヶ月程経ってからの事だった。彼女の入浴をいつも頼んでいた近所の住人が体調不良を起こしたのである。苦渋の決断ではあったが、渋々自分が入れようと考え彼女の衣類に手をかけた時だった。
腹部に強烈な衝撃が走り、壁際まで吹き飛ばされたのである。予測すらしていなかった一撃をモロに受けて、意識が遠のいたのだったか。
駆け付けた師匠が大笑いしたのだから、よほどの事だろう。おまけと言わんばかりに気付けの拳を叩き付けてきたのはまぁ、悪夢だった。あれはどう考えても悪乗りとしか思えない。
確か結局その日は、彼女は一人で自分の事を成し遂げたのだ。その事実に小さな喜びと微かな寂しさを感じながら。
そんな出来事から早半年。彼女はほとんどの事を自分で行えるようになった。
喋る数こそは少ないが、それでも彼女の表情には少しずつ感情の色が付きつつある。例えば声をかけた時だったり、街の人と挨拶をした時だったり、料理の味付けが彼女の口に合わない時だったり、師匠との手合わせで体中痣だらけになった時の慌てようだったり。
声を聞いた事は無いが、それでも彼女はごく普通の女の子のように微笑んで悲しんで笑って喜んで――。
あの日の夜、確か寝付けなくて外で星を眺めていた時だっただろうか。
皇国の夜は酷く冷える。その代わり夜の星空は透き通る程に綺麗で、いつもそれを眺めるのが好きだった。
「――ヴィル兄」
その言葉に顔を向けると、フィオナが立っていた。一枚の毛布を持っていて、それは彼女が羽織るのはあまりにも大きすぎる。
「風邪引くよ……?」
「――大丈夫、少ししたら戻るから」
その言葉に彼女は少し迷ってから、僕の隣に腰を下ろした。
彼女と出会った時の事はまだ覚えている。あの時に比べれば彼女はほとんどの事を自分で出来るようになった。僕と共に料理をしたりする事もある。
それを時折、逃げているのではないかと思う時があった。故郷では叶わなかった夢であり求めていた光景だったから。自分に不釣り合いな幸福だと感じたから。
降りしきる雪の夜に、煌めく満月は酷く綺麗だ。
――そういえば、追放された日の夜。船の上でも確か月を見たのだったか。あの時は一人だったが、今は傍に彼女がいる。
あの日、浜辺へ流れ着き傷だらけの素足で彷徨っていた時、師匠と出会えたのは僥倖としか言いようがない。
もしあの人と出会う事が無ければ、自分は間違いなく野垂れ死んでいるか獣の餌になっているかのどちらかだ。
「ねぇ、ヴィル兄はどうして私を拾ったの」
「……放っておけなかった。そう思ったからだよ。だから、変わらない。
今更何がどうであれ、フィオナはフィオナだ。例え血が繋がっていなくて、お互いの過去さえ言葉にしなくても、僕の大切な家族だ」
「家族……」
「ああ、本当だ約束する」
「約束……」
互いの小指を交える。
過ぎるのは砕けつつある過去の記憶。選ばれなかったが故に排され、望まれなかったが故に打ち捨てられた。
――それを知ったからこそ、今に気付けた。
目の前にある日常とその幸福の尊さに。
幾度と見上げた空、月の下で彼女と交わした約束。
その光景を忘れないように、と強く脳裏に刻み付けた。
どうかこの時が僕の中で永遠であるようにと。
――もう一人の彼女との出会いは、雪が降る夜の事だった。
依頼を果たした帰り、フィオナの作ってくれる料理を考えていた時ふと感じた視線。かつて帝国にいた時幾度となく受けた値踏みのような気配。
ギルドで受けた仕事である程度の荒事は慣れているから、そういった気配には敏感だった。
足を進め、人の無い所へ向かう。幸い、寒い夜に出歩こうとする物好きは少なかった。
時間から見捨てられたような街の片隅、ここなら一目にはつかないだろうし、少しの物音なら届く事は無いだろう。
「出てきたら? ここには僕と貴方しかいないんだ」
姿を現したのは、黒いフードを目深に被った人物。修道服のような見た目は、敬虔な信徒のように見えなくもない。市井に紛れるなら、確かに納得の格好であった。
左腰に差された刀がなければ、まだ良かったのだけれど。
「……」
「……女?」
体つきから察するに女性であるように見える。けれどそれ以上の詮索を打ち切るようにして。彼女の手から火の玉が放たれた。
それは牽制であり、相手の技量を見計らうための魔術であった。
無論、当たってやる理由もない。上体を逸らして、迫る火球を回避する。狙いを過ぎた其は、勢いが嘘であったかのように瞬く間に消えていく。
“無詠唱か……!”
脳裏の知識を整理する。情報源は共に仕事した魔術師から。
魔術の使用には基本詠唱が必要。しかし事前に何らかの細工を施しておく或いは使い手の技量次第では詠唱を使わずも十全の威力を発揮する。
つまりはそれ程の相手だ。
相手への警戒度を引き上げる。そこらの賊や冒険者は、相手にすらならない。
その手が引き絞られる。再度の無詠唱が来る。無論、打たせてやる理由はどこにもない。
「――しっ!」
勢いよく踏み込み、一歩毎の間隔を伸ばす。さらに姿勢を低く、まるで地を這う蛇のように。
ギルドの依頼で弓を持った山賊やならず者となった魔術師と戦う時もある。対処はある程度心得ている。
離れていた間合いは既になく。近接戦闘が可能な程に。
「っ、早っ……!?」
想定外の速度だったのだろう。相手の手が僅かに止まる。
その手首を掴んで一気に捻り地面へ倒す。幾度となく師匠にやられた技であり、習わずとも体が自然に覚えていた。
「……」
フードが外れ、その素顔が露わになって思わず言葉を失った。
長い金髪に宝石のような青い瞳、陶器のような肌と端正な顔立ち。街にいればたちまち噂になるであろう程の少女だった。
「……女性を投げるなんて、デリカリーが無さ過ぎじゃない?」
「いや、いきなり火の玉ぶっ放されたらデリカリーもクソもないでしょ」
どうしてか、少女に殺意はない。と言うか戦う気配が感じられない。様子見としか言いようがない。
本気なら既に二の矢は放たれていただろうし、抜刀されていてもおかしくなかった筈だ。
「貴方が噂のヴィルヘルムね?」
「どんな噂か知らないけど、ヴィルヘルムって言うなら僕しかいないぜ」
「ギルドじゃ大層有名じゃない。腕が立つ癖に、溝掃除や迷子の捜索、お使いまで何でもやるみたいね」
「生憎、暇を楽しめるタイプじゃないんだ。何かしてた方が楽なタイプで」
警戒はしつつ手を放す。さすがにここで気を抜く程馬鹿じゃない。
彼女は立ち上がると、服についた埃を払う。
「……で、貴方は」
「アイリスよ。ただの流れ者で冒険者。貴方に興味があったからたまたま接触してみただけ」
「うん、嘘だよねそれ」
ただの冒険者が暗殺紛いの行為なんてやる筈が無い。いや、あれは暗殺にもなってなかったけど。彼女が本気なら腰に差してある得物は間違いなく抜かれていた筈だ。
僕の言葉に、彼女の雰囲気が変わった。
「……ふぅん」
「大方、帝国の関係者でしょ」
賊が雇うには彼女の身なりは綺麗すぎる。その上魔術にも優れているし、僕の接近を察した辺り近接戦闘に関してもそこそこの腕はある。
冒険者と言う線も虚構に近いだろう。彼女の見た目と腕なら、それなりに名が知れている筈。
「――暗部、か」
自分の言葉に身が堅くなるのを感じる。
暗部――帝国のとある騎士直属の組織。汚れ仕事を専門に担当し、帝国を長年に渡り影から支えている。
「……さすが、ご自身の身分は忘れてないのね。元帝国第二王子殿」
「――テメェ」
思わずカチンと来て、スイッチが入りそうになる。
こいつ、殴り倒して帝国に送り返してやろうか。
そこまで考えて、小さく息を吐いた。
「……ま、僕みたいなヤツを任された辺り凡そ下っ端の使い捨てなんだろうけど」
「――言ってくれるじゃない」
当たり。
彼女の手が自然に腰の得物へ延びる。
最早、言葉は不要と言わんばかりに戦闘態勢を取った瞬間――
「――何チンタラしてやがる馬鹿弟子」
「おうっ」
「あいたっ」
誰かに後頭部を掴まれ、そのままアイリスの額へ打ち付けられる。
頭が揺らされて、立っていられない。
「し、しょう」
視線だけを走らせる。
既にアイリスは気を失って倒れていた。
そして、気だるげに僕を見下ろす人影。
「寝てろ」
「それ……弟子に言う言葉っすか師匠……」
「――ここ、は」
朧げに映る視界の中で、私は私を思い出す。
私はアイリス。暗部の厄介者であり、はぐれ者。英雄の過去を追いかけ、憧れ続ける者。
――そして、自分の終わりを探す者。
そのために私は生きている。何の為に生きているか、なんてもう忘れてしまった。
「よう、目が醒めたか。ガキ」
仏頂面な男が一人。お世辞にも社会に馴染めそう筈もない雰囲気は、先ほど戦った少年を思い出させる。
面倒ごとを増やしやがってとでも言いたげな表情を隠そうともしない。
「……ガキ、ねぇ。随分エラそうじゃない?」
「オレからすれば、テメェらみたいなのは全員ガキだ。自惚れてぇなら好きにしろ」
「……!」
気配だけで、その実力が口だけではないと悟った。その証拠に私は得物も何も捕られていない。
勝てない。脳裏で幾度も戦闘を想定する。魔術で身体を強化し、牽制を与え、刀で必殺を放つ。その悉くを粉砕される。あの少年も印象に残る程強かったが、目の前の怪物はさらにその上を行く。
そう本能で分かってしまい――鋭く相手を睨みつけた。
「じゃあせいぜい、そうさせて貰うわよ」
「聞いてんのはこっちが先だ。――お前、帝国関係者だな?」
「……さてね、素直に答えてあげるとでも思って?」
「あのクソガキ鍛えてるのはオレでな。アイツと殴り合えるヤツなんざこの国にいるとすりゃ、忘れる訳がねぇ」
道理で師弟だから似ていたのね、と納得する。
ぼんやりとした雰囲気の癖に、戦いの最中の目つきとか特にそっくりだった。まるで猫みたい。
「随分可愛がってるのね」
「……は、可愛がるだ?」
途端に、雰囲気がさらに重く冷たくなったと錯覚する。息は固く重く。手足は冷たく、視界が点滅する。
マズい、と培ってきた経験が危険を叫んだ。
「言葉には気をつけろよ、小娘。オレがアイツにそんな感情を持っているとでも?」
男の瞳に色が宿る。それはまるで深淵を覗き込んでいるようで。
「んなもんじゃねぇ。簡単に言葉に出来る様な、生易しいもんじゃねぇんだよ俺達は」
殺される――今まで積み上げてきた本能がそう警鐘を鳴らし、即座に戦闘態勢に入ろうとして。
「……ユリウス? どうかしたの?」
そこに現れたのは一人の少女。
まるで天使のようなあどけない顔立ちと腰まで伸びる長い金色の髪は美しい絹のよう。
両手が握る木製の篭には瑞々しい果実がある。
「……っち、ガラにもねぇ」
「いや、少年少女気絶させといて何言ってるんすか師匠」
少女の後から出てくる黒髪の少年。――私と交戦した人物であり、今回のターゲット。
ここからどう仕留めるか、と言う思考が浮かんで。与えられた現実に消えていく。
“暗殺でも護衛でもなく、接触しろってどういう事なのよ……”
護衛任務なぞ受けた事は無いが、暗殺なら何度かある。山賊の頭領や辻斬り、表立って裁けない人物――その悉くを斬り捨てた。
だから今回も、その一部なのだろうと思っていたのだけれど。全貌は未だ見えない。
組織から与えられた情報なんて、特徴と元帝国関係者と言う事実だけ。それだけで一体どうしろと言うのか。
「ああ? あの程度で気絶なんぞしやがって。耐えて見せろ馬鹿弟子が」
「いや、相変わらず無茶を……。で、どうだったんです彼女。僕の事情を知ってそうでしたけど」
「ただの暗殺者紛いだ、お前の事情を知ってる訳じゃねぇ。
テメェと同じだよ、なりたくてもなれなかった剣士擬きだ」
男の言葉に、感情が空白を生む。
その意味を測るのであれば、目の前の男は危険すぎると分かったからだ。
「……ああ、そういう事か」
「どうするかはテメェに任せた。懐かしいモンを感じたが、期待外れもいい所だった」
そういって男は私に一瞥もくれずに出ていく。
――剣士擬き。なりたくなくてもなれなかった。
「人の気も知らないで好き勝手言ってくれるじゃない……!」
「口喧嘩なら止めといた方が良い。僕だって勝てた事無いんだぜ」
「っっ……!」
言われなくない事実を突きつけられた事に、一番腹が立つ。
奥歯を噛み締める。分かっている、分かっているのだ。自分の事情と変えられない運命に。
「……――はぁ、分かった。今は諦めるわ」
腰に差した刀を振るうべきは今じゃない、と自分を戒める。
何より、目の前の小さな少女に惨劇を見せたくはない。
「アイリスよ」
「?」
「アイリス。帝国暗部所属。貴方達の言うような下っ端だけど、今日から世話になるにしかないみたいだし」
「……マジ?」
「大マジよ」
それが彼との出会いの一日。これから先の人生の大半を共にする相棒との出会いだった。