グリンデルバルドが勝った世界   作:ようぐそうとほうとふ

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すばらしい新世界
より大きな善のために


1991年7月

 

 

 確かその日はひどく湿度の高い曇りの日で、動くたびにヴェールのような湿気がまとわりつくような嫌な天気だった。空はどんよりと灰色で、今にもその膨らんだ胎がはちきれて雨をぶちまけそうで、まったくどうして魔法省はいまだに天候を管理しようとしないのだろうと心の中で毒づいた。

 

 『管理(controll)』。ムカつく言葉だが、この『管理』こそがこの世界をより善い方向へと動かす力であり、我々魔法使いの世界が旧世界よりも美しく合理的な世界であるための手段でもある。この考え自体には賛成だ。魔法使いが絶対に間違えない神様のような存在だったら、ね。

 

 

 

 1945年。

 

 アルバス・ダンブルドアとの決闘に勝利したゲラート・グリンデルバルドは、そのリーダーシップを存分に発揮し、国際魔法使い機密保持法を撤廃した。ヨーロッパ全土の魔法使いたちは団結し、マグルを打ち滅ぼして、魔法族による支配を確立した。

 グリンデルバルドの統治の要点は一言で言えば、『実力主義』、もっと具体的には魔法力主義である。

 魔法使いたちはこれまでの歴史の復讐とばかりにマグルを隔離し、暗い社会の闇に閉じ込めた。マグルたちは『管理(management)』され、社会に貢献できる者には仕事が与えられ、そうでない者は…どうか私にそんなことを聞かないでほしいが…闇から闇へってところだろう。

 

 今世界は魔法族のために存在している。

 

 

 

より大きな善のために

 

 

 

 

 さて、とにかくそんな不愉快な初夏の日。

 ホグワーツ魔法魔術学校から子供たちが綺麗さっぱり消え失せて静寂に満ちた校内で、私は普段吸えないタバコをゆっくりと楽しんでいた。

 まったくマクゴナガルときたら、生徒たちのいる前で私が煙のにおいを少しでもさせたら蛇蝎のごとく睨みつけてくるのだからたまったもんじゃない。

 生徒たちにタバコのにおいなんてわかるはずがない。だって彼らはそういう堕落に触れないよう()()されてきた生え抜きなのだから。

 残念ながら紙巻き煙草は今では貴重品だ。イングランド国内では生産も流通もしてない。おそらくこれは中国産だろう。

 十年ほど前、タバコは寿命を縮めるとして『好ましくない嗜好品リスト』の末端に加えられてしまった。嗜好品が禁じられるのは、たいてい社会を脅かす脅威が現れた時だ。次に消えるのはもしかしたらコーヒーかもしれない。まあ、こちらはタバコよりはるかに愛好者が多いからおいそれとお買い物リストから消えることはないだろうが。

 フィルター間近まで吸ったころ、タイミングよくふくろうが現れた。魔法省のフクロウ便らしい真っ黒なふくろうで、足には上品な紫の足環が嵌っている。嘴にはロイヤルパープルの封筒。私はひったくるようにそれを受け取り、忌々しい家紋の封蝋を破り手紙を見た。

 

 

 そう、これがすべての始まり。あるいは終わり。

 

 

 手紙を受け取った私はすぐさまホグワーツを出て、姿現しでウェストミンスター宮殿に急いだ。1945年以後長らく魔法省の政治の中枢として使われている()()()()建物だ。隠すまでもなく、私はこの場所が…ひいてはロンドンが苦手だった。

 コツコツと仰々しい足音を立てて歩く紫のローブを着た職員とすれ違う。清潔な白とロイヤルパープルの上品な仕立てだ。一方私は外出用のぼろけた黒のローブを着ており、荘厳な内観と合わせてかなり場違いだった。

 メインホールを抜けてセントラルホールへ。少し迷って、目的の庶民院議会室へ。

 

 ここではかつてマグルたちが政治のために集まって議論を交わしたらしい。緑のソファーが向かい合わせに並べられている。今魔法帝国評議会が使っている場所と比べるとかなり質素で、清掃は行き届いているも使われている気配が全くない。

 そんなかつてのマグルたちの華々しい歴史の棺のような場所に一人の魔法使いがぽつんと座っていた。たぶん昔の議長席だろう。その魔法使いは禿頭をこちらに向け、向かい合うソファーのちょうど真ん中にある机で書類を読み返しているようだった。

 

「すみません」

 

 私の呼びかけに魔法使いは顔をあげ「どうぞ」と目の前の椅子を指した。

 

 私は黙ってそれに従う。

 彼は他の職員と同じく紫のローブを身につけているが、片耳に金のイヤリングをしていた。通常の職員ならば装飾品なんて身につけていたら一日豚に変身させられてしまうだろう。それが許されるということはそれなりの地位にいることをうかがわせる。

 彼は私がすわり、一息つくのを確かめたのち唐突にこういった。

 

「『後見人』に興味は?」

「…すみません、今なんと?」

「『後見人』。総帥閣下からそういう話が来ていてね」

「……総帥閣下から。へぇ…それでわざわざロンドンへ呼び出しを?大袈裟ですね」

「それが大げさでもないのだよ。…君は『生き残った男の子』を知っているかな」

「ええ、そりゃまあ」

 

 『生き残った男の子』を知らないやつはもぐりだ。彼こそが1945年以後初めてイギリスの魔法帝国の支配を揺るがした革命家、ヴォルデモートを打ち滅ぼした英雄。それこそ数多の文化的嗜みが好ましくない嗜好品リストに入れられた暗黒の時代に終止符を打った存在だからだ。

 

「『例のあの人』を消し去ってくれた、偉大な子です。ええ…」

「君に彼の後見人となってほしいのだよ」

 

 その時の私はたぶん無表情を装うのに必死だった。ただ、本当はどんな顔をしたかったのか、さすがにもう思い出せない。

 ただ、とにかく。

 これは『総帥閣下直々の命令』であり、これは『決定事項』とイコールだった。

 

「わかりました」

 

 と、物わかりのいい私は。社会に組した私は。システムに屈服した私は。世界に逆らう意思を失くした私は。何もかも諦めてる私は。挫折し屈折した私は、うなずいた。

 


 

 以上のいきさつを話した時のセブルス・スネイプの顔ときたら。

 

 6年ほど同僚として過ごした中で初めて見るような顔をしていた。いつもは不機嫌そうに眉根に寄ったしわが消え、目もわずかに見開き、キュッと結んだ唇は歪んでいた。当時の私はその真意を知らなかったが、今振り返るとこの時の彼の心情はかなり複雑だったに違いない。

 

「…つまり…君は選ばれたというわけか。やがて次世代を率いるであろう象徴的な子供の保護者に」

「堅苦しい言い方はよしてくれ。要するに、私はいまだに縛られてるってことだよ…」

 私はファイアウイスキーを飲み干し、グラスにまたすぐ注いだ。不思議とアルコールは好ましくない嗜好品リストに載っていない。理由は簡単で、誰もやめられないからだ。

 今、この『必要の部屋』には長い本棚の廊下とバーカウンターがある。必要の部屋は水や食べ物以外だったら私が欲しいものを全て用意してくれる。望めばはるか昔に焚書されたはずのマグルの文学を手に入れることができるし、しもべ妖精だって入ってこれなくすることができる。つまりここでは密告の心配はない。

 セブルスと話す時はいつもなんとなく、誰の邪魔も眼差しも入らないこの場所だった。

 

 

「なあ、どう思う?」

「どう、とは?」

「セブルス、今は監視の目はないだろう。正直な感想を言えよ。…だから、この『親子ごっこ』にはどんな意味があるんだろうってこと。総帥閣下は今更私に何を期待していると思う?」

「さあ。我輩に総帥のお考えなぞわかるはずがない。…しかし、ここイギリスが彼にとってさほど重要ではないことを考えるとそう身構えることもないのでは?」

 

 彼は冷静だった。たしかに、生き残った男の子は今年で11歳、当然このホグワーツに入学が決まっている。そこで後見人にここの教師でもあり、不出来ながらも()()出の私に話が下りてくるのはわからない話ではなかった。

 しかし彼にとってイギリスは重要ではないというのはどうだろうか。

 イギリスは独立した国家であるが、事実上ヨーロッパ魔法帝国の属国に等しい。そしてアメリカ連邦との戦争において重要な位置にある。

 そういえばアメリカとの戦争はどれくらいうまくいってるんだろうか。この間の予言者新聞には東海岸を制圧と書いてあったが、本当は?六年前の新聞にも同じことが書いてあった気がするが、そんなことを確かめたって何の意味もない。

 

 今イギリスではマグルとの共生を続けるアメリカ目指し逃亡するマグルや、時にスクイブがネズミのように地下を這いずり回っている。

 さらに地下にはアルバス・ダンブルドアの意志を継いだ『ダンブルドア軍団』なる組織がおり、いまだに時折検挙された魔法使いが広場でディメンターのキス(刑罰)を受けている。

 

「だったらいっそ君がかわりにやってくれないか」

「スリザリンに入ったら、あるいは似たようなことができるかもしれないがね…」

「ああ、そうだ。寮分けがあるんだった。私はその子がどんな子なのかも知らないよ…」

「顔合わせは?」

「入学の一週間前だよ。そうだ、家を片付けないといけないな…もう六年ノブにすら触れていないのに」

「日雇いしもべ妖精を呼ぶといい。…学校さえ始まれば、ほとんど学校が家になるだろう」

「ああそうだね。そうであることを願おう…」

 

 実際、ホグワーツ魔法魔術学校に通えるということは幸福な少年少女時代を送れるのとほとんど同義だと思う。伝統ある学校というだけではなく、教育の質もさることながら、与えられる自由も他の学校には類を見ないほどに制約がない。昔々、まだ魔法使いがマグルたちから身を隠して暮らしていたころくらい自由だ。少し皮肉なことだと思う。

 

 私はグリンデルバルドの母校(といっても中退なのだが…確認したら記録では主席で卒業となっていた)ダームストラング出身であり、こちらはホグワーツとは校風がかなり違った。

 理想社会の英才教育(プロパガンダ)を叩き込まれるダームストラングで、私は落ちこぼれだった。私は『より大きな善のために』。その言葉のさす『善』も『より大きな』ものもイメージできなかったからだ。

 

 

 よく覚えている。

 

 幼い私の目の前には巨大なひび割れた卵があった。

 天井につきそうなほど大きな卵。

 そしてその卵の前には両手両足を縛られたマグルの集団が15人ほど。

 私の後ろにはおじい様がたっていて、まるで私を逃がさないといわんばかりに大きな手を肩に置いていた。

 卵はおじい様に変身させられる前は同じ大きさの鉄の球体で、大小さまざまなチューブがつながっていた。ぴかぴかと光るボタンがついた台座が球体の横にあった。爆弾だよ、とおじいさまは言った。科学、マグルの力。世界を炎で焼き尽くすことのできる力。

 しかし今や孵化を目前とするひび割れた卵に変身していて、今にも薄膜を破って中の物が飛び出してきそうだった。

 

「マグルの力はどんな魔法よりも残酷な結果をもたらすのだよ」

 マグルがくぐもった悲鳴を上げた。その口は魔法によって作られた真新しい皮膚によってふさがれている。

「彼らはこの爆弾を私たちの足元で爆発させようとしていた」

 おじい様は低い声で言う。たくさんの人が悲鳴を上げているはずなのに、おじい様の声は静寂の中に響いているように耳によく届いた。

「彼らは制御できない力を制御した気でいる。だから魔法族についにとってかわられた。彼らはこれから傲慢こそが己の身を滅ぼすと身をもって知ることになる」

 卵がついに割れた。

 中から出てきたのは翼をもった獅子だ。鬣は不死鳥のように燃えており、その眼は猛禽にも似た鋭い瞳孔をしていた。獅子は前足を振り上げると拘束されたマグルをその爪で引き裂き、血が吹き出す胴体を貪り食った。

 

「この爆弾が爆発すれば、同胞はもっとひどい目にあっていただろう。いや、マグルの手にかかれば敵も味方も関係なく、世界全てを貪りつくして破壊していく。私にはその光景が()()()のだ」

 

 ばらばらになる肉体が炎で焦げる、吐き気を催す臭い。骨が牙で砕かれる音、おじいさまが逃げだしそうになる私を押さえつける力の強いこと。

 

「マグルにあって我々にあるものは何だと思う?」

 

 私は凄惨な光景に圧倒されて答えられなかった。

 

 

「愛だよ」

 

 

 すべてが終わった今ならわかる。

 おじい様の、ゲラート・グリンデルバルトの言う愛という言葉の虚しさが。

 彼の不出来な孫として言わせてもらおう。

 あなたの隣に愛という言葉を使う人間がいたら、それはまやかしだ。

 愛とは言葉ではなく行動で示すものだ。

 

 私の友人のように。

 

 私はフレイ・グリンデルバルド。記録は抹消されているかもしれない。けれども私はここにいた。

 

 

 

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