グリンデルバルドが勝った世界   作:ようぐそうとほうとふ

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魔法の秩序、永遠の平和

「これは何?」

 

 私の問いにクィリナスはユニコーンの血をゴブレットで流し込んでから答えた。

 

「わたしが死んだら役立ててほしい」

 

 私の手にはクィリナスから渡された小瓶があり、その中には淡く光る糸のような『記憶』が浮かんでいた。

 魔法史の教室はビンズ教授の資料をそのままにしているせいで大変ごちゃごちゃしている。そのうえ時々ビンズにせっつかれて資料を引きずり出したりで年々カオスに陥っている。そのため隠したいものを逆に堂々と置いても見つからない。具体的には私のお気に入りのマグル小説とか。

 同じように、私はユニコーンの血が入った瓶の小包も資料の山の隙間に突っ込んで保管している。

 

 

「じゃあすぐ見ちゃおうかな」

「だ…だめだ!あの人が完全にここから消えてから…」

「はいはい。わかった。…効いてないのか?その血」

「あるいは…効いているからこうなっているのかもしれない。つまり…ユニコーンの血を飲むものは呪われる。心底悍ましい行いにかなりしょ、消耗している…」

「気にするなよ。…ってのは無理だよな。()()()の方はどうなんだ」

「…わからない」

「わからないってなんだよ」

()()()はわたしに何も話さない。獲物を狙う蛇のようにじっと息を潜めているのだと思う」

「あー?おい、ハリー・ポッターを狙われると私も困るんだって散々言ってるのに、このヤロー…」

「き、きみはあの人に対する恐怖がなさすぎだッ!」

 私の手がグーになって後頭部を狙ってることに気が付いたらしい。クィリナスは私と距離をとった。

「そう言われてもな。本国では全然話題になってなかったんだよ。しかもあんたらもヴォルデモートが恐ろしいとはいうが、どれだけ恐ろしかったか語ろうとしないだろう」

「人はあまりにひどいことがあると忘れようとするものなんだ…」

「そう…かもね」

 

 それからクィレルは私にヴォルデモートの時代に何があったのかを滔々と語った。私は2人分の紅茶を淹れて、最近消費が滞っていた茶菓子を出した。

 

 ヴォルデモートの登場は突然だったそうだ。

 ある日の朝、農場で働くマグルが出勤してこないのを不思議に思った農場主がマグル居住区へ姿現しした。するとマグル居住区の前に同じようにマグルが現れないのに困った魔法使いが何人もいた。

 空には髑髏から蛇の這い出す不気味な紋章が浮かんでいた。見たこともない不気味な光景にあるものは気分を害し、そのまま帰ったという。

 残った魔法使いは門を管理するマグルもいないことを不審に思い、中へ入る。

 居住区は静まり返っていた。

 一番近くの家を見るとドアは施錠もされずに半開きだった。中にあったのは大勢のマグルの死体だった。

 

 同じようにその居住区のマグル全員が家の中で死んでいた。ほとんどのマグルはベッドの上で。ときに抵抗したのか、スコップや棒切れを持ったままの死体もあった。

 

 何者かが夜間にマグル居住地を襲い、しかも禁術を使用した。

 

 

 その後同様の事件が相次いだ。

 現場には必ず髑髏と蛇の印。それはいつの間にか『闇の印』と呼ばれた。

 

 マグルは魔法使いの生活を支えるインフラである。それを破壊された魔法使いは恐怖し、警戒を高めた。しかしそれを嘲笑うかのようにマグルは殺された。はじめてマグル生まれの魔法使いが殺された時、ヴォルデモートが名乗りをあげた。

 

 ヴォルデモートの恐ろしい点は監視や自警団を純粋な魔法の力により掻い潜り、実力で彼らをねじ伏せ犯行に及んだ。公にヴォルデモートの犯罪を批判したものはたとえどんなに強い魔法使いを配備しても必ず殺され、闇の印が打ち上げられた。

 

 彼らのターゲットはマグルからその血を引くもの、マグルを保護するものにまで広がっていった。

 マグルという労働力が減らされ、さらにそれを守るためのコストが上がる。それはイギリスを疲弊させた。国内の騒乱は欧州魔法帝国連盟での立場を弱まらせ、イギリスの国力の低下を招いた。勿論これは市民のいつ殺されるかわからないという恐怖と比べれば実感しにくいものだが。

 

「夏休みのある日お隣のクラプトンさんが死喰い人に殺されるのを見た。大勢の近所の人の目の前で。彼はただ普通に生活しているだけだったのに」

 

 クラプトン氏にはかつて結婚を約束したマグルがいた。ただ、それだけだった。

 誰しもが納得して死ぬわけではない。しかし、なぜか自分はそのような不条理な死に直面しないと思って生きている。そうではないと気が付いた時、死がすぐ後ろに寄り添ってるような気持ちになる。

 

「社会の秩序を保ち、この世で正しい生き方をしてれば善い道が開ける。魔法の秩序、永遠の()()…それは嘘だった」

 

 クィリナスはマグル学の教授になる前、労働管理局に実習に行った。そしてマグルの生活を垣間見た。彼らは労働の対価として配給チケットを得る。そして仕事から帰ると食事の配給のために長い列に並ぶ。彼らは魔法使いと目を合わせようとはしない。

 落としきれてない垢、擦り切れた指先。同じ形をしているのに、違う。いや、()()()()()()()()()()()()貶められている。

 マグルは個人として数えられない。名簿は存在するが、参照されることはない。

 

 クィリナスは労働管理局のキャリア職に就くこともできた。しかし、それを見てその道からも逃げた。マグルはクィリナスにとって死の運び手でもあった。

 

「わたしは思ってしまったのだ。マグルはおおお…恐ろしいと」

 

 その感情はグリンデルバルドが民衆を駆り立てたものと全く同じものだ。この社会の前提となる価値観だ。私たちは彼らを完全に管理し閉じ込めることで『恐怖』を克服したように思い込んでいる。

 

 

「ヴォルデモートがこちらにまで名を轟かせなかったのは情報統制がなされたからなんだな。うん。君の頭のでかいおできはやっぱり危険な爆弾なんだな」

「だからそう何回も言ってるだろう」

「だからこそ、最高だ。しかし残念ながら…君とは手を切るべきだな。手があるのか知らんが。そいつにはちゃんとした器が必要だ」

「わるかったね。わ、わたしが…こんなので…」

「違うぞクィリナス。器の質は関係ない。一つの器には一つの魂。これが基本原則だ。二つ入ったらそのぶん溢れてしまう。君の懸命の抵抗によりヴォルデモートのカッスカスの魂はさらに削られている」

「た…魂なんて…闇の魔術にずいぶん詳しいような口ぶりだな」

「お家柄ね」

 

 現在闇の魔術の科目で教えられる内容は実のところかつての『闇の魔術に対する防衛術』と大して変わらない。(やや実践的ではあるが)本当の闇の魔術は慎重に隠され、神秘部で研究され続けている。それは魔法の深淵、愛や死、時間、魂、心。人が自由に操れぬ領域の魔術。

 

「はあ。世界征服をしようにもこれじゃあな…」

「フレイ、ややや…やはり、わたしは誰かを傷つける前に…」

「クィリナス。つまらないことを言うなよ。なんかこう…校長にヴォルデモートを乗り移すとかできないのか?」

「むむむ無茶を言うな」

「ちぇ…」

 

 

 

 私は正しく物事を把握できてるのだろうか。

 

 

 クィリナスは今どこまで正気なんだろうか。私の読み通りなら、じきに事態は動き出すはずだ。

 

 彼の記憶の小瓶を見るにはペンシーブが必要だ。しかし現在ペンシーブの個人所有は厳しく制限されている。

 誰かの記憶が見たい場合、大きな図書館や地方行政機関へ行き使用申請を出し、検閲を受け許可が出なければペンシーブを使えないのだ。言うまでもなく、都合の悪い真実を他人に伝えないためだ。建前上は敵国による巧妙な記憶の改竄による誤情報の拡散防止だった気がするが、まあそんなのどうでもいい。面白いのは記憶を出すことに関してはなんの規制もないところだ。

 

 こうやって渡してくるものだ、公共機関で覗けるわけがない。もちろん私も実家に戻れば個人用のものがあるし、必要の部屋で望めばすぐに出てくるだろう。

 

 だがここでクィリナスの意志に反することはなんとなくしたくなかった。

 私も甘くなったものだ。

 

 

 春が来て、次第に中庭に人気が戻り、学年度末試験に向けて多くの生徒が図書館に詰めかけている。成績はそのまま将来に響くため、皆必死だ。

 魔法史のテストは毎回使いまわしており、先輩から入手した過去問が生徒たちの手の中でぐるぐる回されてることだろう。

 まあ、正答を頭に叩き込むのに必死になってくれる分には変に毎年捻った問題を出すよりいいと思う。プロパガンダで大切なのは繰り返しだ。

 

 ビンズは今日も私にゴブリンの反乱について資料を探すよう要求してくる。私は資料の山をかきわけるが、いくら探しても見つからない。まだ見つからないだけだと信じて、ずっと探し続けている。

 

 ハリーとたまに散歩をして、友達のことを聞く。クィリナスの具合は持ち直してきて、私は前よりも多くユニコーンの血を仕入れた。クィリナスを助けるために禁書の棚に通ってるせいで服までカビ臭くなってきている。散々だ。でもこの場所は嫌いじゃなかった。

 私は多分、前の自分を取り戻しつつある。心が折れる前の私を。

 それは明らかにヴォルデモートのおかげだった。

 

 

 

 そんなある日、試験当日の朝。生徒たちに郵便を届ける梟に混じって私に手紙が来た。

 差出人はセブルスだった。

 

 

 

 フクロウが運んできた手紙は開けてみれば日付と「夜、いつもの場所」とだけ書かれたシンプルな走り書きだった。

 私はそれを無視し、その日の試験終わり、魔法薬学の教室前で腕を組んで待っていた。

 

「なんのつもりだ」

 

 セブルスは不思議な顔をして通り過ぎていく生徒たちを前にして、いつもの仰々しい皮肉っぽさを忘れて私に言った。

 

「君に失礼なことをして本当にすまなかった」

 

 私は頭を深々と下げた。こんなに真っ直ぐ謝ったのは冗談抜きで生まれて初めてかもしれない。その珍妙な光景にセブルスは一瞬呆気に取られて、まだここが廊下であることに気づき、咳払いをして教室の入り口をあけた。

 

「………中へどうぞ、グリンデルバルド先生」

 

 魔法薬学の教室はいつもむわっとした湿気と様々な薬品が入り混じる独特の臭気が漂っている。いい匂いとは言えないが不思議と嗅ぎたくなる変な匂いだ。

 セブルスは教卓のそばに立っている。私は謝罪に対しての返事を待ってソワソワしながら生徒用の大鍋の前に立っていた。セブルスはふうとため息をついてから私に言った。

 

「今は夜でもないし、ここは必要の部屋でもないのだが」

「ああ。だから謝りに来ただけだ。君に呼び出されて謝ったらなんだか渋々感が出るだろ。私は本当に…その…反省しているんだ。だから今謝罪しにきた」

「ではなぜもっと早く来なかったのだ」

「あーそれはだな…なんか…会ってもらえなかったら怖くて…」

 

 セブルスは多分だが呆れていた。眉間のシワの感じがいつもよりキュッとしているし、視線にどこか哀れみまで感じる。なんだか居た堪れなくなってきた。早く自室へ帰ろう。

 

「とにかく、悪かった!君が許さなくてもいい。私が反省していることはわかってくれ。じゃあな!」

 

「まて、フレイ」

 

 引き止められた私は気まずく思いながらも振り返る。

 

「その件に関してはもういい。水に流す。だが今晩呼び出した件は別だ」

「え…?仲直りのためのやつじゃないのか?」

「フレイ…君のその楽天的な性格には少し憧れる。が違う。この際今話しておくとしよう」

 

 私はきちんとセブルスに向き直った。セブルスは腕を組んで私を見ている。その瞳はどこか警戒しているように見えた。

 

「クィレルと隠れて何をしている?」

「はあ?なんのことだ?」

「ハロウィンの後から君とクィレルが何度か深夜に留守にしていることはわかっている。言い訳はしないほうが賢明だろう、ただの散歩でないことはわかっている」

「……ふむ」

 セブルスは何か勘づいているらしい。ヴォルデモートが近くにいることも入学初日から疑っていたのだし、ほぼ間違いなく()()関連の問いかけだろう。

 しかしただ私とクィリナスが深夜にどこかに行ってるだけでこんなふうに呼びつけて問いただすことはしない。おそらくセブルスは私に問い詰めるような決定的な何かを見たか、知った。それか鎌をかけている。

 

「君、クィリナスが何かしてるのを見たのか?」

「やはり心当たりがあるのだな」

 

 お、なんだ。クィリナスの方の何かを見たのだな。よかった。これで私がユニコーンの血をクィリナスに横流ししている件だったとしたらまあまあ言い訳しにくい。

 

「私はクィリナスを助けるために君に秘密で協力している。だが、君が見たものによってはもしかしたらそれは破綻するかもしれないな。…何を見たんだ?」

「クィレルを助けるだと?…それは何から?」

「君が見たものを教えてくれないと話せない」

「君の強情さには時々呆れたものだな。我輩はしかるべきところに密告することもできるのだ」

「でも君はそんなことしないだろ」

 

 私がそういうとセブルスは嫌そうな顔をした。彼は自分の善意を指摘されるとなぜかこういう顔をする。

 

「クィレルは夜間頻繁に学校を彷徨いている。それも屋敷しもべ妖精の尾行を毎回まいている」

「それは…フム。学校のしもべ妖精は諜報向きの奴らではないしな」

()()クィレルが毎回尾行をまけるとでも?」

「あー…」

 

 そこで私はやっとピンときた。クィリナスがずっと感じていた()()()()()()()()ということがどういうものなのか。そしてその態度はかつての私も同様にクィリナスにとっていたものだった。

 

「…一度、まさにどこかから帰ってきたクィレルを捕まえて問いただした。やつはいつも通りだった。過剰なまでに」

「君の疑惑は状況証拠でしかないじゃないってわけか。まあ、いいけど…」

「それで、クィレルを何から助けると?」

「ヴォルデモートだよ」

「……冗談ではないな?」

「ああ」

「なんてことだ……」

 

 この場合セブルスはどういう立場なのか、私は慎重に見極めなければならない。彼は二重スパイで、結果としてヴォルデモートを裏切ったわけだ。しかし本心としては?本当に彼は魔法帝国側なのだろうか。

 ヴォルデモートの側だとしたら、彼は私にクィレルの救助を辞めるように諭すか。いや、そんな露骨なことはしない?むしろそう言って私の出方を見る?

 

 こんなこと考えても意味がない。これは議論ではない。相手が何を考えているかなんて考えても無駄なのだ。重要なのは私のペースにセブルスを巻き込むこと。

 

「クィリナスは今ヴォルデモートに取り憑かれている。私はなんとかして彼が自分自身を保てるようにしながら、ヴォルデモートを追い出す方法を探している」

「フレイ…君は自分がしてることの重大さをわかっているのか?」

「ああ。まあ…事としては重大だな。だが動機はシンプルだろ。助けてと言われちゃ見捨てられない」

「驚いたな、君がそんなに殊勝な考えを持っていたとは」

「私もそう思う。だがね、正直ワクワクもしてるんだ」

「ワクワク…?」

「私はね、セブルス。この半端な世界で生きるしかないと思っていた。でもヴォルデモートなら私の諦めていた夢を叶えてくれるかもしれない…」

「夢…?」

「クィリナスを助けたいのは本心だ。それに取り憑いている状態のヴォルデモートだが、まあ体なしで10年生きていたわけだしまた体を失っても生きてる可能性が高い。だから…まあ、そういうわけだよ」

「君が…闇の帝王の肩を持つとはな。いや、確かに元から君は今の社会に不満があるのだろうと思っていたが…」

「私の事情はこれで全て話した。それで…君の立場はどうなんだ。この世界を愛している?」

 セブルスは結露が雫になるまでの時間たっぷり悩んでから答えた。

「…ああ」

 

 嘘だな、と思った。だがそれは言わない。

 

「しかし、君とクィレルを破滅に陥れるのは気が引ける。…3日。3日時間をやろう。それを過ぎたらしかるべきところに通報させてもらう」

「え。短ッ!」

「長いくらいだ」

 

 私の文句は聞き飽きたと言いたげにセブルスは両手をあげた。最大限の譲歩なんだろうが短すぎる。あと3日、ヴォルデモートが大人しくしていたら何もかもおしまいじゃないか。

 

 セブルスの二枚舌がどれほどのものなのか私は知らない。しかしこの態度からもしヴォルデモートが本当に生きていたとして、また彼の方へ着く可能性もあるということか?二重スパイの任務はまだ続いている?それとも実はヴォルデモートの方を信奉している?

 ああもう、何もわからん。だがとりあえず考える時間はありそうだ。

 

 私は半ば追い出される形で魔法薬学の教室から出ると、すぐにクィリナスの部屋に向かった。しかしクィリナスはどこにもおらず、彼の机の上には「すまない」と震える時で書いたメモだけが残されていた。

 

 

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