私はグリフィンドール生を探した。ハリーと仲の良い一年生を。大広間、中庭、図書館、渡り廊下…ああ、この学校は広すぎる!走り回ってようやく禁じられた森を一望できる広場で見覚えのある生徒を見つけた。赤毛3人ともじゃもじゃの髪の毛が1人。
「ウィーズリー!」
声をかけると赤毛が3人とも振り向いた。
「あー、ロナルド!ロナルド・ウィーズリー!」
はーい、とロンが手を上げた。
「フレイ先生?めっずらしー、慌ててら」
双子のどっちかがからかってくるが今は言い返してる暇はない。
「ハリーはどこにいる?」
「ハリーならクィレルに闇の魔術の答案がどうとかで呼び出されてたけど…」
「ああ、やっぱりそうか…ありがとう」
それだけ聞いて私はまたすぐに走っていく。
「グリンデルバルド先生って走るのね」
グレンジャーの呟きに何か言い返したくなるが、それは今度にするしかない。
いよいよ抵抗できないと悟ったクィリナスが自殺しに行った?ヴォルデモートがついにハリーを殺しに?どの筋書きもそれっぽいが、多分違う。ハリーを殺したいならわざわざ目撃者の多いところで誘い出すか?私を名乗って呼び出すとかしもべ妖精を服従させて拉致するだとかもっと賢い方法はいくらでもある。
ハリーは囮で、狙いは私に取り憑くこと。
クィリナスの魂はおそらく少し前からヴォルデモートに掌握されている。あの記憶の小瓶を渡した日以降、ユニコーンの血をより飲むようになっていった頃だろう。
ヴォルデモートは
潜伏がバレなければ或いはこのままハリーを殺して死体を隠し、ホグワーツの教師として過ごしていたかもしれない。しかしクィリナスの必死の抵抗により私がそれを知ってしまった。ヴォルデモートからしたらかなりムカつくことに、私を口封じすればすぐにクィリナスは捕まり、残骸のような魂すら完全に殺されるかもしれない。
だが、もしクィリナスではなく私にそのまま憑依できたら?ハリー・ポッターをヴォルデモートに取り憑かれた哀れな魔法使いから救い出したグリンデルバルドの孫という立場を手に入れられたら?
彼の野望の実現にこれほど有益なことはないだろうな。
ヴォルデモートがそうしたがるように、私はずいぶん気を遣ったものだ。私は彼の前では社会を舐め腐り、傲慢で鼻持ちならない世間知らずの坊ちゃん育ちであることを存分にアピールした。(これが事実そうであるかは私はあえて明言しないが…)
そしてクィリナスの前では繰り返し『クィリナスの体では野望の実現は不可能』『他への憑依』を仄めかした。クィリナスと話している時の情報は間違いなくヴォルデモートに筒抜けだから。ヴォルデモートは先ほど言ったようにキレやすく狡猾だ。生意気な私への意趣返しをしたがってるに違いない。
こうして私とクィリナス、そしてハリーだけが揃う環境が今、出来上がっているはずだ。
つまり、クィリナスを助けられるかもしれない状況が。
一番最悪なのはハリーだけが攫われ殺されることだったがヴォルデモートもそこまで浅薄でなかった。ヴォルデモートにとってハリー・ポッター殺害の優先度は非常に高いのだろうが、私に憑依するつもりなら急いで殺すまでもなく、自分の力が戻るまで手元に置いておけるわけだ。
私の手には小さなスニッチの模型があった。これはハリーのもつスニジェットの鈴と対になるもので、片割れのある場所に案内してくれる。飛んで行ったのは案の定地下聖堂の方だった。
地下聖堂に入るにはホグワーツ城入り口の門のそば、地下へ地下へと進んで地層のようになった古教室と廊下をぬけていく。大昔はもっと楽な道があったはずだが、今は遠回りをしないといけない。
そしてある教室に置かれた古めかしい時計に体を突っ込めば到着する。
私は杖を抜いて地下聖堂へ侵入した。
そこにいたのは大人しく椅子に座りぼんやりとした顔をしたハリーとクィリナスだった。
聖堂全体にほんの僅かな篝火しかなく薄暗い。クィリナスの顔は読めないが、手は杖を握っていてぷるぷると震えている。ハリーは服従の呪文でもかけられたのだろうか、だとしたらかなり厄介だ。彼はぼんやりした顔をしてこちらを見ているが、認識できているのかわからない。
「それで君は早まったのか?それとも遅かったのか」
私の言葉にクィリナスが答えた。
「君のおかげで私は我が君に全てを委ねるのにずいぶんかかってしまった…」
「君が嫌がってたから助けてやろうと努力してたのに随分ひどい言い草だな」
「嫌がってた。確かにそうだ。もっと早く受け入れていればよかったのだ。この万能感、闇の魔術の深淵で生きるあの方の強さ、偉大さ、素晴らしさ。私が求めていた強さを」
「闇の魔術の深淵?そんな両頭顔人間になるのが?今まで言った冗談の中で一番面白いな」
「ハハ…フレイ。君が獅子の如き傲慢な心で私とあの方を侮ってくれていて本当に助かった。そのくせ子供を助けに来るほどに甘い…」
「ああ?煽り文句はそれだけか?私を待ってたなら早く事を済ませたらどうだ?それとも負けるのが怖い?」
「本当に君は口が悪いなッ…!」
クィリナスは杖を振る。私は防御呪文でそれを防いだ。そのままクィリナスが次の呪文を唱える前に失神呪文を放つ。
クィリナスは詠唱途中だったにも関わらず防御呪文を張った。決闘クラブ優勝とか言ってたのは嘘じゃなかったらしい。
火力が足りない、防御されようが関係ない強力な呪文がいる。しかしそういう強力な呪文にはわずかながらタメが必要で、今そういう隙を見せればつけ込まれるという確信があった。
私は周囲のガラクタを浮遊呪文で浮かせ、そのまま投げ飛ばす。クィリナスは転がりながら避けた。このままハリーから引き離させてもらう。私はそのまま次々とガラクタを放り投げた。
「甘いぞフレイッ!インセンディオ!」
クィリナスはガラクタの破片を燃やし、私と同じようにそれを射出してくる。目の前に飛んでくる灯りに私は一瞬目が眩み、暗闇の中動くクィレルを見失いかける。
「クルーシオ!」
赤い閃光が死角から飛んでくる。私は防御呪文をすんでのところで唱えそれを弾いたが、同時にその強さにより杖も指から弾かれた。杖はハリーの足元に転がっていく。
「チッ…!」
苦し紛れに閃光が飛んできた方へ向けて生ける屍の水薬入りのボトルを投げた。そして半ばころびながらハリーの足元へ駆け寄る。ハリーはぼんやりとした顔をしながらも私を見た。事態の異常さにやや覚醒しかかっているようだった。
「フレイ…?」
「ハリー、大丈夫か?」
私は杖を拾いあげる。クィリナスの気配がない。私の体を乗っ取る気ならアバダケタブラは撃たれないだろう。しかし先程のクルーシオ、防御できたのが奇跡だ。次防げるかは怪しい。呪文で私を行動不能にしたら次は何をする…?
「レベ…」
私が呪文を唱えようとしたその時、ハリーの肩を掠めた。
私はとっさにその閃光の飛んできた方向へ杖を向けた。クィリナスはすでに次の呪文を発射しており、それは私ではなくハリーめがけて飛んでいた。
私は大きな防御壁を作らねばならなかった。決闘において防御は相手の狙った点をピンポイントで守る必要がある。呪文の展開面積が広ければ広いほど次の呪文を発するまでの隙が生まれるからだ。
私が次にクィリナスを攻撃しようとした時、私の体は赤い閃光に貫かれていた。
クルーシオ。
体の内側から痛覚神経を逆撫でされるような苦しみが全身を駆け抜ける。二度と味わいたくないと思っていた痛みに私の体は痙攣し、倒れる。悲鳴を押し殺したくても口の隙間から溢れ出るほどに苦痛が際限なく溢れ出てくる。
クィリナスがそんな私にまたがり、腰にぶら下げていた残りの生ける屍の水薬を私に一吹きした。そしてクルーシオが解ける。なんだこの薬、口に入ってしまったが不味い。
「ゲホッ…おぇ…」
「お返しだとさ」
えずく私を見下ろしてクィリナスは笑う。これで身体の自由を奪って次は何をするつもりだろう。そう思うや否やクィリナスは私の頭に杖を突きつけ唱えた。
「レジリメンス」
私の記憶の蓋が無理やりこじ開けられる。
知られてはまずいグリンデルバルド家の真実、私の過去、おじい様のこと、小さな死体、佇む人。私以外誰も覚えてない場所。秘密、歴史、過去、断片的な過去。
思い出したくなかったことが次々と暴かれていく。
なるほど、こうやって心を弱らせて取り憑くのか。
記憶がひっくり返されて気が遠くなりそうだったとき、私は私に跨るクィリナスの背後にハリーがたっているのが見えた。
「フレイから離れろ!」
ハリーはクィリナスの後頭部を木片で殴りつけた。その衝撃でターバンがほどけて私の顔に落ちてきた。
ハリーは息をのんだ。ターバンの中に隠されたあの貌を見たのだろう。彼の両親の敵にして自分が滅ぼした邪悪な魔法使い、ヴォルデモートを。
「ハリー…ポッター」
後ろから声が聞こえてきた。クィリナスの瞳がわずかに揺らぐ。
「な……」
ハリーは絶句していた。だがすぐにこの邪悪な存在が自分に悍ましいほどの敵意を剥けていることに気づくだろう。そしてそんな風に自分を憎む人間がこの世にたった一人だけ存在することを思い出す。
「ヴォルデモート…?」
ヴォルデモートの吐息が聞こえた。ハリーに注意が行っている中、私はクィリナスにむけてつぶやいた。
「我慢してくれよな」
クィリナスは私の言ってることがわからず、目を丸くした。
私は拳を握りしめてクィリナスの鼻っ面めがけて殴りぬいた。
「ガッ…」
脳天に伝わる衝撃に仰け反るクィリナス、必然後頭部にあるヴォルデモートの視界も突如揺らぐ。動けないと思っていた相手から突然パンチが飛んできたらそりゃ誰だって反応できないだろう。
私はそのまま脚を曲げ、クィリナスの胴目掛けて蹴りを叩き込む。クィリナスの細い体は一瞬宙に浮いて、私の上に落ちてくる。そのまま組み付き、クィリナスがうつぶせのまま今度は私が彼にまたがる。
「ハリー!」
私はふらふらしているハリーの腕をつかみ、クィリナスの後頭部にはびこる邪悪なその貌へ無理やり押し付けた。
ハリーの悲鳴が聞こえた。しかしそれを上回る絶叫が、篝火が全て掻き消えんばかりに地下聖堂全体に響き渡った。いやな風が私とハリーの間を抜けて、全身が粟立つ。
ハリーはがくんと力が抜けて倒れこみ、私は地面と激突する前にそれを抱きとめた。
うつ伏せのクィリナスは微かにふるえていた。
後頭部は焼けただれていて、その火傷は火がないのにもかかわらずゆっくりと全身に広がりつつある。皮膚は朱く燃えた後灰色に炭化し、空に消えそうになる。
「クィリナス…」
私はクィリナスの手を握る。クィリナスの手は冷たく、握り返す余力もないようだった。
「あれは…一体なんだ…?」
クィリナスは苦しそうだった。彼には悪いが、愛の守護。ハリーがヴォルデモートを撃退した守りの魔法がまだ有効でよかった。
私の希望的予測では愛の守護はヴォルデモートのみを弾き飛ばしクィリナスは無事に助かると思っていた。しかしそう都合よくはいかないみたいだ。勉強を途中で投げ出すんじゃなかった。
「どのことだ?生ける屍の水薬スプレーなら、ずっと前に腐ってダメになってるってだけだ」
「ちが…」
「ああ、私もずいぶん久々に動いたからちょっと色々痛めた…あ…ぶん殴ったのは仕方ないよな?」
「そうじゃない…」
愛の守護の強さははじめて目の当たりにしたが、ただ憑かれていただけの人間でも魂からヴォルデモートに共鳴してしまった場合、同じく敵とみなすのか。身を焼く見えない炎、その身を滅ぼすまでには燃えず、しかし穢れを焼き尽くすまでは消えない炎。すこしひどすぎやしないか。
「君の記憶…」
げほ、とせき込んで口から銀色の液体が出てきた。ユニコーンの血だ。ごぼごぼと肺の奥からあふれるような音を立てて流れ出してくる。
「そんなこと…もういいか」
「ああ。私たちには関係ないことだよ」
握った手にまで火傷が広がる。こんなに冷たい手をしてるのに、皮膚が焼け爛れていく。クィリナスは少しだけ私の手を握り返して言った。
「これでは君を助けたことにはならないな」
「結果なんていいんだ…。なのに私は君に……」
クィリナスは私を見た。私も彼を見つめ返す。
私は彼と友達になれたのだろうか。よくわからない。思い出せない。
クィリナスは涙を一筋だけ流してこう言った。
「フレイ…君に禁術を使ってしまった…すまない……」
「…それこそどうでもいいことだろ…」
そしてそのまま溺れるような音を出して沈黙した。息はしている、かろうじて。
「ふぅー…」
私はタバコを取り出して火をつけた。
「さて…どう言い訳すればいいかな…」