さて、あれから一夜あけ、私はまた前と同じようにウェストミンスター宮殿前に立ち、その建物を見上げていた。今日はこちらではなくすぐそばの魔法法執行部の建物へ呼び出され、今し方厳しい尋問を受けて解放されたばかりだ。
私はハリーを地下聖堂から運び出し、校医のポンフリーではなくセブルスに託した。薬を盛られた疑いもあったし、何よりどう言い訳するにせよ一度セブルスと口裏を合わせる必要があったからだ。
そして死にかけのクィリナスはどうしようもないため、私はしもべ妖精を呼んで聖マンゴ病院へ彼を直接運んでもらった。事情説明には困ったが、私も混乱しているふりをすることでその場はなんとか乗り切った。そして即、私に召喚令状が届いた。全然乗り切れてなかった。
私はクィリナスが病的妄想に囚われてしまったと思い、1年間その妄想から目を覚まさせようと努力した。しかし妄想は現実であり、ハリーポッターを襲うところを助けられた。という供述を繰り返した。
尋問をした男、ルーファス・スクリムジョールは終始私へ疑念の目を向けており何度も何度も同じ説明を要求され、すっかり参ってしまった。
所属は名乗らなかったがあの感じは熟練の治安警察だろう。何人不穏分子を拷問してきたのだか。今回は私もその一員にならずに済んだ。というのものらりくらりと質問を交わし続け、いい加減彼の堪忍袋の緒が切れる直前だれかから呼び出しが入ったのだ。私は部屋を放り出され、ウェストミンスター宮殿前で待つように言われた。
「フレイ」
と、誰かが声をかけてきた。声の方向を向くとすらりとした痩身の男が歩み寄ってきていた。
「ヴィリーか?」
「久しぶりだね」
私は少し驚く。ヴィルヘルム・グリンデルバルド。私の弟だった。彼と合うのは5年ぶりだった。私の4つ下で現在22歳(だったと思う)最後にあったとき彼はダームストラングで首席をとっていた。たしかグリンゴッツに就職している。単に5年分成長しただけでなくなんだか
「全然顔を出さないから心配していたよ。元気そうで安心した」
「そっちは垢抜けたな」
「まあね。グリンデルバルド家はスタイルにも気を使うってわけ…」
「ハッ…ちゃんとやっているわけだな。呪い破り、大変だろう?」
「フレイの前職ほどじゃないよ」
私がグリンゴッツ勤務をしたら2日で暴力沙汰が起きてクビになると思う。私はゴブリンがあまり得意ではない。彼らもまた魔法使いという種族を快く思っていないのでお互い様だ。
ヴィルヘルムは呪文の腕も去ることながら、ゴブリンとも対等にやりあえるだけの交渉能力があるわけだ。これぞグリンデルバルド家。つくづく優秀。
「…で、なんで君が私を呼びつけたんだ」
「わかってるだろ。おつかいだよ。おじい様直々の呼び出し」
「チッ…無視して帰ればよかった」
「そうはいかないよ。スクリムジョールの尋問を早めに終わらせたんだからその分暇になっただろ?」
「はあ…まだ試験期間なのに」
ヴィルヘルムは布にくるまれた古ぼけた鍵を差し出した。私は渋々それを受取った。その瞬間視界がグワッと歪んで強烈な浮遊感に見舞われる。
そして体中がひっくり返るような感覚に襲われた後、急にすべてがはっきりした。足が大地についている。擦り切れた石畳と肌を刺す冷たい風。初夏の装いの私にはあまりにも寒いそこは、オーストリア、ヌルメンガード城前だった。
山間にそびえる黒い古城。荘厳だがこぢんまりとしたそれは支配者が住むには些か粗末に思えるが、おじい様はここから動くつもりはないようだ。
城内に入るとなんだかひどく気が滅入る。周りは自然に溢れてるのに、中には色彩がない。まるで牢獄みたいだ。おまけに人気もない。気配といえばガーゴイル像が少し動いた気がするくらいで、しもべ妖精も多分いない。
私は広間や客室はスルーして、尖塔がよく見えるテラススペースへ行った。案の定、そこに祖父ゲラート・グリンデルバルドはいた。
「おじい様、フレイです」
私がきたのなんてとっくにわかってるくせに、おじい様は勿体つけてゆっくり振り返った。
「フレイ。学校生活を満喫しているようでなによりだな」
ここにいると遠くに見える緑すらも褪せて見えるのはなんでなんだろう。帳の中にいるみたいに青空すらモノトーンに見える。私はいよいよ寒くて腕を擦る。
「おかげさまで」
「さあ、座れ」
おじい様は椅子とテーブルを指した。紅茶のカップが二つだけある。茶菓子がないのにがっかりしながらも私はおじいさまの対面に座る。
おじい様は相変わらず元気そうで、実年齢を全く感じさせない若々しさだ。6年前とまるで変わらない。まあ人はある程度老けると変化に気づきにくくなるものだが、それにしてもだ。着ているのは1920年代に流行し、今はフォーマルな装いとなったマグル式の服。彼らが大量生産、大量消費というスタイルを享受していた頃だ。
これには魔法使いも多くの恩恵を受けたはずなのに、今ではみんな自分たちの手柄だと思って生活に溶け込んでいる。
もちろん今おじい様が着てるのはそれと対極の一点ものなのだろうけども。
私が黙っているとおじい様はきりだした。
「ヴォルデモート卿と遭遇したとか?」
いきなり本題を言われた。まあ直接呼ばれてるのだからその話題だと思っていたが。
「はい。まあなんというか…亡霊みたいな状態でしたが」
「亡霊か。フ……言い得て妙だな」
おじい様はいつも意味深だ。予言者としての才能があるせいで、その意味深さは奇妙な説得感を伴うが、一体どれだけ先が見通せてるのだか。私には見当もつかない。
「それで…クィリナスの見舞いにも行きたいのですが。この後すぐに。本当にすぐ」
「それは無理だな。彼はドイツ魔法省神秘部が引き取った」
神秘部。確かに愛の守護による損傷は医術というよりかは神秘部の領域だ。しかしイギリスではなくドイツで引き取るというのはなんだか嫌な感じだ。
「おじい様はヴォルデモートにずいぶん関心があるようですね」
「ああ。あれはイギリスを失墜させるには十分な働きをしたからな」
「プラハでは全く聞きませんでしたけどね」
「ああ、やっとマグル分離政策が通った矢先にあんなテロリストが出てしまったら情報統制もやむなし。そうだろう?しかも私たちの社会に反旗を翻すようなものではなく『純血こそが魔法使い』ときた。だから嫌いなんだ、イギリスの魔法使いは…」
マグル分離政策。ドイツやオーストリアでは1950年にすでにマグルと魔法使いの居住区は完全に分けられた。そこから波紋が広がるように各地でも政策は実施されたが、居住区の整備や法令の整備、マグルの反発と混血の魔法使いによる反対でなかなか思うようにいかなかったらしい。
特にイギリスはグリンデルバルドの生涯最大の敵、ダンブルドアの出身地だった。さらには第二次世界大戦中のマグルの世界勢力の関係からこのような政策にはかなりの反発があった。私が知る平穏なイギリスとはかけ離れたカオスがそこにあったと聞く。
さながらヴォルデモートは混沌の申し子?それならば私は秩序の担い手(で、あるべき)。
「それだけじゃありませんよね?ヴォルデモートの出自まで調べにホグワーツにまできたんでしょう?」
「おや。つい昨日ヴォルデモートが身近に潜んでいたことを知ったはずなのに何故そんなことを言うんだ?フレイ」
おじい様は紅茶を啜り私に微笑みかける。私は苦い顔をしてごまかすように紅茶を飲んだ。ああ、いい茶葉なのに変な淹れ方をしているな。渋い。
「…私が嘘つきなのはご存知でしょう。揚げ足をとって誤魔化さないでくださいよ」
「相変わらず口のへらない子供だな。まあいい、
相変わらず意地悪なジジイめ。何も答えになってないじゃないか。私がムッとした顔をしているとおじい様は肘をつきながら私の顔を覗き込むように見つめる。
「私の小さな悪の華よ。私はお前を放逐したつもりはない。思うに、私はおまえに重圧をかけすぎた。それゆえにおまえは潰れ、ここから遠く離れたイギリスにまで逃げた。だがわかって欲しい、おまえに険しい道を進ませたのも、逃げるがままそっとしておいたのも、おまえを愛しているからだ」
「な…なんですか、急に」
「さて、ヴォルデモートはなぜまだこの世に留まっている?」
「へあ…?ん…と……なんで私に聞くんです」
「一年後、お前はここでこの問いに答えなければならないからだ」
「は?」
「そろそろ潮時だろう。ちょうどよく我々のすばらしい世界に罅をいれた魔法使いがまだ生きていた…。ハリー・ポッターの後見人として、私の孫として、仕事を果たせ」
私は絶句した。このジジイときたら、こうなることがわかっていたのか?ヴォルデモートはまだ生きてて、ハリー・ポッターのもとに現れると。そしてそれを利用しようとしていたのか?ああやりそう。
私に無茶振りをしないでくれ!と叫びたくなる。が、ここで喚いたってゲラート・グリンデルバルドは方針を覆すつもりなんてないのだ。
「………はあ…努力します…」
私は気の抜けた返事をするので精一杯で、そんな私をみておじい様は愉快そうに笑った。かつてのハンサムな面差しを残すニヒルなその笑みに私はまた騙されそうになる。
私は再びポートキーを使った。するとどういうわけかホグワーツ急行駅に着いた。行先指定のできる新型ポートキーらしい。しかしどうせなら正門にしてほしかった。
あたりは夕暮れで森はどんどん暗くなっていき、私はその暗闇の中を進む羽目になった。
城に戻るとざわざわと楽しげな子どもたちの声が聞こえてきた。試験最終日でお祭り気分なのだろう。大広間に行くと廊下で試験の答え合わせをしていたり、ゴブストーンで遊ぶ子たちがいた。私を見つけると軽く挨拶してすぐに自分たちの世界に没頭する。私はこの光景が好きかもしれない。
大広間の中に入ると席はまばらだ。机の上は食後のデザートが半分ほど食べられており、仲良し同士でそれをつまみながらあちこちでいろんな話をしている。教職員テーブルにはマクゴナガルがいて、私を見つけると真っ先に立ち上がり、顎をくいっとさせて私に裏へ来るよう示した。
渋々裏に行くとマクゴナガルは険しい顔をしていた。私はきゅっと縮こまる。
「なんともありませんか?」
「え…あ…特には」
「そうですか…」
マクゴナガルはほっとしたような表情をした。私はマクゴナガルの意外な反応に戸惑った。まさか心配を?と思った直後、またきりっとした顔に戻って私へ詰め寄った。
「あなたの軽率な判断で、生徒が一人倒れたのですよ。グリンデルバルド先生」
「す…ッすみませんでした」
「すみませんではすみません!まさかクィレル先生が…あのようなことになるとは、たしかに予想だにしませんでした。けれども、あなたがなんらかの兆候を少しでも私や校長にお話ししていればよかったと思いませんか?わたくしたちは教師なのですよ。無言者でも役人でもありません。生徒のことを第一に考えなさい!」
「ぐぅ…の音も…出ませんっ…」
「…では保健室へお行きなさい。ポッターが待っていますよ」
マクゴナガルに言われるがままに私はハリーの元へ行った。保健室には明かりが一つ。カーテンの奥にはテーブルに並べたお菓子をつまむハリーがいた。
「フレイ!!」
ハリーは飛び起きて私に抱き着いてくる。私はぎくしゃくしながら抱き返した。ハリーは私の胸から顔をあげるや否や言った。
「逮捕されたのかと思った!!」
失礼な!いや、実際私の実家の後ろ盾がなければ逮捕拘留ののち謎の転勤だっただろうが。
「ちょっと質問されただけだよ。ハリーは平気?」
「うん!ピンピンしてる。なのに試験さぼっちゃった」
「ラッキーだな」
「えー、受けたかったよ」
殊勝なことで。時々この真っすぐさには面食らうが、経験上こう素直なのは今の時期だけだ。楽しんでおこう。
「すまない。危険な目に合わせてしまって…クィレル先生のことは聞いた?」
「うん…ヴォルデモートに取り憑かれていたって…」
「ああ。でも君のおかげで追い出せたよ。命だけは助かった。ありがとうな」
「うん…あの、あれはなんだったの…?どうしてぼくが触っただけであいつは消えちゃったの?」
「君のご両親の…愛だよ」
「愛…?」
「ああ。とても古い魔法さ」
私はハリーの隣に座ってようやく一息ついた。そしてそのまま重力に負けるようにベッドに寝そべった。すこし頭がはみ出てしまう。ハリーはそんな私を見てくすくすと笑った。
昨日は夜には大暴れ、朝になるまでクィリナスのため駆けずり回って、起きたら朝から尋問されてポートキーで二回も移動したのだ。疲れて当然だ。
「夏は行きたいところとかあるかい?」
「フレイはいつもどうしてるの?」
「学校に滞在してる」
「ホグワーツが好きなんだね」
「そう…なのかもな」
「うーん。孤児院にも帰りたいし、フレイとも過ごしたいし…ロンの家にも招待されてるんだ。あとクィディッチの試合も観に行きたい」
「じゃあ全部するかぁ」
「ほんとに?たのしみ!」
ハリーにおやすみを言って保健室を出る。私はそのまま地下に行ってセブルスの部屋をノックしたがいなかった。はて、見回り当番だろうかと自分の部屋に戻り荷造りの必要を考えていると、必要の部屋のことを思い出した。最近忙しくてご無沙汰だった。
トランクの中に潜り込み、本棚の廊下を抜けるとカウンターに明かりがあった。セブルスがそこにいた。
「いい夜だな」
セブルスは私を見るとグラスをくいっと傾けてから大きなため息をついた。みると秘蔵の蜂蜜酒をもう半分開けている。
「君は……」
昨日ハリーを運び込んだ時、セブルスは頭を抱えていた。忠告した当日にやらかすとは思ってなかっただろうし口裏合わせまで強要されるし気絶した生徒まで渡されちゃたまったもんじゃなかっただろう。酒に関しては迷惑料ということでいい。
「君はめちゃくちゃだな」
「まあね」
「ハリー・ポッターを使ってあの人をクィレルの体から追い出すなど…」
「まあ、無事だったろ。確信なしにやったわけじゃないし…」
「君が乗っ取られてポッターも殺される。その可能性は考えなかったのか?」
「そしたらもうどうしようもないってだけだ」
セブルスは私をジロリと睨みつけた。
「信じられない」
「君だって綱渡りの経験はあるだろ。危険を冒さなきゃ成功はできない」
「……それで、危険を冒した価値はあったのか?」
「ああ。クィリナスは生きてる」
セブルスは一瞬固まった。そしてまたグラスを呷ってため息をつき、肘をついて私から目を逸らす。
「…君の厄介なところは…滅茶苦茶なくせにやり通すところだ…」
「まあ、時々折れているけどね」
私も座って酒を注いで飲む。すきっ腹に酒はかなりガツンと効く。何か持ちこめばよかった。
「クィリナスは私と友達になりたかったんだってさ」
「…そうか」
「命は助けたが、私はもしかしたら死よりもひどい苦しみを彼に与えてしまったかもしれない。これじゃ友達じゃないよな…」
「そういうものではないだろう」
クィリナスは今後どうなるんだろう。神秘部は本当のブラックボックスだ。彼があそこから出られることはあるんだろうか?愛は神秘部の重要な研究の一つでもある。可能性は低い。
「じゃあ私たちはどうかな」
「……我々の関係性など、お互いに好きに呼べばいい」
「なるほど…じゃあ共犯関係ということにするか」
「ハッ…」
酔っているセブルスはややウケたようだ。珍しく本当に笑みがこぼれている。
「じゃあそういうわけだから、夏休み何日か時間をくれるよな」
「……は?」
「一緒に調べてほしいことがあるんだよ」
私はぽかんとしてるセブルスに笑いかけた。
昔こんな風にゲラート・グリンデルバルドに笑いかけられたことがある。私は彼のことをなぞっているだけなのかもしれない。
隠されたものを求めるときとなりに誰かいると心強い。
セブルスにとって私がなんであれ、ヴォルデモートとグリンデルバルドのはざまにいる彼は私にとっては貴重な存在だ。私もまた二つのはざまに迷い込んでしまったのだから。
この大いなる善に基づく世界にとってヴォルデモートは小さな悪に過ぎない。
ならばこのささやかな冒険心はもっと小さな悪だ。
何かを変えようとする力は、全てが悪にほかならない。
誰かを助けたいとか、愛しているとか、嫌悪、嫉妬、絶望、希望…人を動かしうるもの全てがきっと同じように小さな悪なのだ。
堅牢な壁のちっぽけな綻びに、私は光を見る。
小さな悪に栄えあれ。
賢者の石おわり
と思ったら賢者の石がありませんでした