グリンデルバルドが勝った世界   作:ようぐそうとほうとふ

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蛇の道
純血は常に勝利する


 そこは白かった。

 白い壁、白い床、そしてうんざりするほどいる白装束。私はそれを窓の外から何人かの学友と眺めていた。窓には分厚いガラス。これはマグルの技術を応用したガラスだ。決して砕けぬ、そしてクリアで一生汚れないガラス。

 私たちの立っている側は暗く、あちらは明るい。まるで現世から隔絶された世界を覗き見るかのような光景だった。

 

 その部屋は部屋というよりかはホールに近かった。そこには白装束を着せられた人間が500人ほどだろうか?じっと立っていた。私は耳を澄ます。白装束たちの中には何かを喚き散らしたり、泣いているものも少なくなかった。しかしこちらには何の音も聞こえない。

 

 

 白装束たちが向いている方に黒衣の集団が現れた。彼らは真っ黒い山高帽とローブを着ており、言うなれば伝統的な魔法使いの装束をしている。1人が台に上がり、残りは白装束たちの列の先頭に立ちはだかる。

 そして壇上の黒装束の声だけがこちらに聞こえてきた。

 

「より大きな善のために」

 

 口上はそれだけだった。黒装束が一斉に杖を抜く。

 白装束たちから悲鳴があがった、ように見えた。沈黙の呪文をかけられているのだ。聞こえなくても解るほどの絶望が場を狂乱させる。しかし彼らはまるで底に釘付けに騙されてしまったかのように動かない。

 黒装束が杖を振る。閃光で一瞬目が眩みそうになった。

 瞬きをすると、魔法を受けた白装束の先頭はまるまるとした鶏へ変身させられていた。

 壇上の魔法使いが杖を振ると、二番目に並んでいたものたちが床に落ちた白装束を跨ぎ、一歩前へ。

 そしてまた閃光。悲鳴。

 これが残りの白装束が片付くまで繰り返される。

 

「次は魔法兵器開発部か…」

 私の横でそれを見ていた学友たちはそんな光景に何も思うところがないらしい。それはそうだ。教科書でとっくに知っていたし、反社会的なマグルの処刑なんてちょっと田舎にくだればいくらでも見れる。

「なあ、お前どこに就職希望だっけ」

 私はめんどくさく思いながらも答える。

「神秘部」

「神秘部?ジョーダン!」

 そう言い捨てて学友は次の部屋へ行ってしまう。

 私はそのままガラスの向こうで淡々と小さな木箱に詰め込まれる鶏たちを見ていた。この鶏たちはどこに出荷されるのだろう。つぶして肥料に?それとも、我々の食卓?

 どっちだって構わないが。

 

 魔法族による支配。大いなる秩序、偉大な時代。

 グリンデルバルドが勝った世界。

 

 今の世界は、本当にゲラート・グリンデルバルドが思い描いていた世界なのだろうか?魔法の恩寵を受けざるものを閉じ込めて、世界はどう善くなった?絶大な権力を手にして、あんたは今何を考えている?ここから先、私たちはどうなっていく?

 


 

 

 1992年7月、私はウィルトシャーのある田舎町にいた。去年と同様全く嬉しくない招待のせいだった。去年と同じで湿度の高い曇りだが、あたり一面緑なおかげかどことなく涼しく感じる。しかしそれでも屋敷までの長い道のりを歩いていくと湿度で汗が吹き出してきて実に不快だ。

 招いたのなら馬車でもなんでも出すのが礼儀だと思うのだが、お高くとまったマルフォイにはこのフレイ・()()()()()()()()さまなんてちょっと呼び出しゃ簡単に応じる小役人の如き存在だとでも言いたいのかもしれないな。

 

 実際、マルフォイという一族は特別な地位にあるといえよう。彼らはマグルと魔法族が切り離されて暮らしているはずの時代でもマグルを利用し土地を買取りこのだだっ広い()()を手にした。彼らは利益に関しちゃ意外と貪欲で、汚い手を使ってきたという噂だ。

 そして彼らの美徳といえば一番手より二番手を好むこと。いわばフィクサーのような立ち位置で自分の意のままに利益を手にする。

 このグリンデルバルド政権下でもうまく立ち回っていくと思いきや、現当主ルシウス・マルフォイがヴォルデモートの過激な純血主義に傾倒してしまったため、現在はかつてのような栄華を誇っているとはいえない。

 とはいえ、やはりいかなる政治機構にも属していないにも関わらずその発言力は一端の官僚よりもある。まったくタチが悪い。

 

 そう、そんなマルフォイ家からのご招待だ…。まったく、わくわく、しない!

 

 ようやく屋敷に辿り着く。門が開いても玄関にたどり着くまでに庭園が広がっているではないか。美しく整えられているが色彩に乏しいなんともつまらん庭だこと。ハリーのいた孤児院の庭の方が好みだ。

 やっと屋敷に辿り着き、私はわざと靴の泥も落とさず入ってやった。高い天井のエントランス。その先にすんとすました顔をした男が立っていた。この屋敷の主人、ルシウス・マルフォイだった。

 

「遠いところをようこそ、グリンデルバルド先生」

「…どうも。田舎は好きなのでね、全然問題ありませんよ」

 

 息子と同じプラチナブロンドの髪を靡かせてルシウス・マルフォイは私を一室へ通した。いかにも高級そうな机と椅子、最低限の調度品だがそれが逆に洗練されている。しかしどうにも人を招く用の部屋には思えない執務室のような印象の部屋だった。

 私のそんな小さな疑問を見透かしたようにルシウスはいう。

 

「人に聞かれないような部屋がいいかと思いましてな。…どうぞ、おかけください」

「息子さんの成績の話なら私よりスネイプ先生を呼ぶべきですよ」

 

 私が座ると魔法のティーポットが紅茶を注ぐ。いい匂いがして少しホッとしつつも、ルシウスが何を話し出すかわからないものだから口をつけるのを躊躇った。

 

「それで、なんですか。このあとハリーを迎えに行かなくちゃならなくて」

「そうお時間を取らせるような話ではありませんよ。なに…個人的に聞きたいことがございましてな。あなたが去年こっそり仕入れていたある『魔法薬の材料』について」

「………ふうん」

 

 ルシウスの顔が勝ち誇ったように笑った。まだ早いぞ、と言いたかったが別にここから巻き返すような手札はなかった。ユニコーンの血をこっそり仕入れたことがバレないという自信があったわけではない。しかし誰かが鼻を突っ込まなければ問題にならないはずだった。

 グリンデルバルドの落ちこぼれとはいえ孫にいちいち突っかかるやつなんていないと思っていたんだがここにいたとはな。

 

「察するに…学年度末急遽倒れたクィレル先生と、同じく倒れたハリー・ポッターに関わりがあるのではないかと思いましてな」

「さあ…スネイプ先生に横流ししていたのかも」

「セブルスと私は旧知の仲でね。彼にも聞いたところ『グリンデルバルド先生に直接聞いてみたらどうか』と助言いただいてね」

 なるほど、どうやらセブルスは私が面倒ごとに巻き込んだことを怒っているらしい。いや、実際セブルスが何を言ってもルシウス・マルフォイは私と会おうと思ったはずだ。事情通のルシウス・マルフォイ。そして元死喰い人となれば私に確認したい事柄も多くあろう。

 

「クィレル先生が欲しがっててね。私も友達として彼の願いを無碍にできなかった。まあ多少の法律違反は私にとっては大して問題にならないのでね」

「その点私も共感しますぞ。しかしその驕りはつけいる隙にもなりましょう」

「あんたみたいなやつにか?」

「まあ…その通り」

 ルシウスは含むような笑みを浮かべる。これじゃあまるで私がとんでもない弱みを握られてるみたいじゃあないか。実際突かれれば多少は痛いが、おじい様だって承知のことで一々マウントを取られてちゃたまったものじゃない。

 

「別に言いふらしたけりゃそれでいい。私に失うものなんてない」

「ああ、早とちりはいけませんな。グリンデルバルド先生、わたしは何もあなたを脅そうと思って呼びつけたわけではありませんゆえ」

 ルシウスはわざとらしく両手を上げて私を宥めるような仕草をする。なんでこう芝居掛かってるんだか。

 

「ではどういうつもりで?」

「思うに…わたしはあなたの好奇心を満たすに足る情報を持っている。そしてあなたはわたしの望むコネクションをお持ちだ」

()()()()()()…ふ。奥ゆかしい表現ですね。なるほど。私の好奇心を満たすと言いましたが、私は純血主義とかいう薄っぺらい思想にゃ食指が動きませんね」

 

 私の言葉にルシウスはあの偉そうな目線を返し、語り出した。

「おや、あなたとおじい様では純血主義に対する姿勢がずいぶん違うようですな。確かに…かつて強く打ち出されていた純血主義は過激で短絡的だ。思うに、純血主義はやがてあなたのおじい様の手によって完璧に社会に浸透する。マグル分離主義と血統調査局による魔法使いの血統の系図作成。これらはマグル生まれという現象をやがて系譜で説明がつくよう収束させるだろう。マグルとの結婚も事実上禁止されたに等しいし…さらにいえば…魔法使い内でもゆるやかに階級ごとに分断されつつある。純血主義を真に実行するのならば、このままでいいのだよ、グリンデルバルド先生。純血は常に勝利するのだ」

 長々喋って唇が乾燥したのか、ルシウスは蛇のようにちろりと舌を出して上唇を舐めた。

 彼の言ってることは確かにその通りで、少なくともドイツにおいては30年ほど前からマグルと魔法使いの血の交わりは完全に絶たれている。世代を重ねるごとにマグルの血は私たちの中から消え去っていくだろう。たとえマグル生まれという突然変異があったとしても、システムが完成されればそんなことは関係ない。階級の固定。これが完成すればいちいち手を汚す必要はない。全ては時間が片付けてくれるはずだ。

 

「…ご高説をどうも。それで?私はまだ全然ワクワクしませんが」

 

 ルシウスはつまらなさそうにしている私についに本題だと言いたげに笑いかける。

「我々には共通点があることに気づきませんかな?つまり…現状を維持したい我々にとっての脅威。これに近い場所にいる、と」

 

 私は少し慎重になる。ルシウスは明らかに私の反応を見ていた。

「…あんたのご主人様のこと言ってるのか?」

「ああ、若さとは本当に厄介なものなのです。私たちは理想に溺れていた。そういう状態にいると、陸に上がり振り返ったときにしか過ちに気が付けないものです。その時は正しいと信じていても時がたてばそれよりも善き道があったことに気が付く。わたしは息子のために、よりよい未来を遺したいのだ。…あなたにも多少はおわかりになるでしょう」

 

 ルシウスはそういうとボロボロの手帳を机の上に出した。見るからに古い、手垢までついたなんの変哲もない使い込まれた手帳。

 

「…これは?」

「闇の帝王がわたしに預けたものだ」

 ゴミじゃないか。という顔をしていたのだろう。ルシウスはニヤリと笑った。

「手に取ってみてください」

 私は言われるがままにそれを手に取り表紙を捲る。中には何も書かれておらず、真っ白だった。こんなに手垢がついてるくせに真っ白とはね。いかにも裏がありそうじゃないか。ご丁寧にトム・M・リドルの署名まである。

 

 

「これこそあなたの好奇心を引くものでしょう?同時に、わたしの覚悟を知っていただけるかと」

 私がもうこの手帳を調べたがってるのをお見通しのようにルシウスは言った。

「ヴォルデモートに興味があるなんて、私は一言も言ってないんだがね」

「秘密は必ず漏れるものですよ。あなたの秘密の小瓶の取引も、クィレル先生の退職の理由も」

 ルシウスがどうして強い影響力を持っているのかわかった。金持ちというだけで今の地位にいれるほど社会の統制は甘くない。彼が持つのは人脈。絡まり合う蛇のように隅々まで伸びるネットワークなのだ。

 死喰い人を束ねていたのも頷ける。しかしそんなやつから切り出された『裏切り』はどこまで信じるべきなのだろうか。今は判断できない。

 

「あんたら純血が政治を腐敗させてると思わないか」

「いいえ。()()()先生、今は過渡期なのですよ。わたくしども純血がかならず魔法族の指導者としてふさわしいと証明される日が来る」

「ふん…どうだかねぇ。あなたも単に純血であるというだけで生き残れるほど甘い世界ではないと感じるでしょう?お仲間もある程度痛みを伴う覚悟はいるでしょうね」

「もちろん。だが、マルフォイ家は問題ない。…あなたのコネクションがあれば」

「悪いが、私とおじい様はそんなに…」

「ああ、違います。ハリー・ポッターの方ですよ」

「はあ…?」

 呆気に取られる私を差し置きルシウスはすらすらと続ける。

「あなたのおじい様の目論見通りに事が進めば、ハリー・ポッターはイギリス魔法界において重要な存在となりましょう。その際、優秀な腹心の友があればあなたもわたしも安心ではありませんかな?」

 マジかこいつ。私が知っている限りだとハリーはドラコ・マルフォイを嫌っていて、ドラコもハリーを嫌っている。その二人に友達になれというのはお互い無理じゃないか?

 しかしルシウスはトム・リドルの手帳をすっと引っ込めて、欲しければどうぞ、やってごらんなさいと言いたげに笑った。

 

「…はあ、そちらの言いたいことはよくわかりましたよ…」

「よろしければホーンテールホールの貴賓席へご招待しましょう。フクロウを飛ばします」

「私は動物愛護の観点から闘竜にはやや否定的ですね。それに行くかどうかは私が決めることじゃないですから」

 ひょっとしてルシウスはドラコの学校生活をあまり知らないのだろうか?そもそも親の都合で友達を決めさせようなんてうまくいくとは思えない。

「いいお返事をお待ちしていますよ」

 私はあいまいに微笑んで立ち上がった。

 また一年、面倒なことになりそうな予感がする。

 

 屋敷の外へ出ると例のつまらん庭だ。姿くらまし防止呪文がかかっているため、ここを抜けなければ帰れない。無駄に広いってのに。

 噴水のあたりに差し掛かると、誰かいる気配がした。覗いてみるとドラコ・マルフォイだった。

 

「おや。こんにちは、グリンデルバルド先生」

 

 とドラコは恭しく礼をする。足元には新品の黒い上品な箒が置いてあった。

 ハリーとドラコの関係はイマイチだが、私は別に良くも悪くもなかった。単なる生徒でしかない。しかし不本意ながら今年からはそうはいかなそうだ。

「やあマルフォイ。箒の稽古のサボりかい」

「ええ。父上が習わせたがって。けれども正直なところ、箒なんか乗れたところで役に立つとは思えない」

「ふうん。君は父親の言うことはなんでも聞くのだと思っていたな」

「僕にだって選択の自由はある」

「反抗はいいことだよ」

 私の投げやりな言葉にドラコの眉が吊り上がった。

「驚いた、あなたがそんなこと言うなんて。()()()()()()()()先生なのに」

「嫌味のつもりかい」

「まさか」

「まあ、本当に私がグリンデルバルドらしいグリンデルバルドならこんなところにはいないだろ」

「……たしかに、それもそうか」

 

 そのどこかがっかりとした声のトーンに私はホッとする。いや別に何かを誤魔化してるつもりでもないが、変に勘繰られても困る。

「とにかく、私は生徒の自主性を重んじるよ。では…」

 

「フレイ先生!」

 

 立ち去ろうとした私をドラコは引き留めた。立ち上がって私をまっすぐ見つめている。存外純粋そうなその眼差しに、私はうっかり足を止めてしまった。

 

「フレイ先生は、本当だったらどんな仕事をしてるはずだったんですか?」

「本当だったらって言い方は…いやまあいいけどね。そうだな。あのまま行けば…うーん…ビッグブラザーってとこだったかな?うまくいけば、だが」

「なんですか?それ」

「ああ、そうか知らないか…」

 

 私は悩む。真実をどう伝えても混乱させそうだったし、何よりも意味がないからだ。そしてそのどうしようもなさをわかって欲しいとどこかで思う私がいることに、何よりも戸惑った。

 

「ま…そうならなかった世界について考えてもしょうがないだろ」

「…僕が箒を好んで乗り回すような世界とかね」

 私の答えをドラコはどう取ったのだろう。年相応の少し皮肉っぽいひねくれた態度は私を励ますようでもあり、小馬鹿にしたようにも思えた。

 しかしあのルシウスの息子だからと言っても話してみればなんてことない。ドラコ・マルフォイもまた年相応の少し背伸びした子供にすぎない。

 

「それは今からでも遅くはないだろ」

「そうかな。僕に箒なんか似合わない」

「少なくともハリーは自分の箒を羨むだろうな。クィディッチに興味があるみたいだから」

「将来になんのプラスにもならないのに?成績にもならないばかりかイギリスにはまともなリーグもないってのに。ポッターの気がしれないね」

 ドラコはそれを聞いて信じられないと言いたげに私に問いかけた。

「さあ。楽しそうだからじゃないか?」

「楽しそう…?」

「じゃ今度こそさようなら」

 

 12歳らしく自分の生き方に迷うがいい。

 

 さて。このルシウスからの厄介な要求を考える暇もなく、私はそのままグラストンベリーの孤児院へハリーを迎えに行かねばならなかった。

 

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