姿あらわしをして一年前と同じ道を行く。孤児院にはハリーの希望で2週間ほど滞在しており、私はその間ずいぶん大変な冒険をひとつこなしていた。(これはまたの機会に話すとして)楽しい時間を過ごしたはずのハリーに苦手な同級生と友達になってくれなんて言えない。
孤児院に着くとハリーは友達とまだ楽しそうに庭でしゃべっていた。中断させるほど野暮ではないので、荷物でも取りに行ってやろうと思った。厨房を覗くと銀の腕輪をした職員がいた。職員は私に気づくとギョッとした顔をしてから礼をした。
「グリンデルバルドさま…」
「ハリー・ポッターの荷物は?運んでおこうと思って」
「ああ…でしたらわたくしが持ってまいります」
そう言って職員は厨房から逃げるように立ち去った。部屋から魔法で運んだほうが早いと思うのだが、まあいいか。
ホールに戻るとちょうど子供達が戻ってきたところで、その中心でハリーが「フレイ!」と嬉しそうに声を上げた。そしてハリーと一緒に子供達がわらわらと私に群がってきた。
「グリンデルバルドさんって先生なんでしょ?」
「すごーい!」
「ゲラート・グリンデルバルドってこわい?」
「よりおおきなぜんのために!」
「かみながーい」
「ウ…ウワーーーッ!」
学校に通う前の小さい子どもたちばかりで、私は普段一切触れ合わないタイプの柔らかい生き物にどう扱えばいいのかわからず叫んでしまった。
「フレイの話をしたらみんな興味津々になっちゃって」
とハリー。私は子供に髪と袖を引っ張られながらはははと返すほかなかった。
「こら!何をやっているんです!」
そこに先ほどハリーの荷物を持ってくると言った職員が慌ててかけてきた。子供達はきゃあきゃあ言いながら散っていく。
「大変失礼しました、グリンデルバルドさま…!」
「いえ。なんてことありませんよ…」
「エバンズさん、荷物ありがとう」
エバンズ。そこでやっと私はハリーの母親の姓を聞いた時の既視感の正体を知った。私は初めてその女性をちゃんと見た。色白で、くすんだブロンドの髪。私の視線を避けて伏せられた瞳にはどこか怯えが混ざっている。写真で見たリリー・エバンズの面影は一切感じられない。しかし銀の腕輪をしているということは魔法使いを輩出したマグルの家系であることは確かだ。
私はハリーに続いて礼を述べ、それ以上の詮索はやめた。
ハリーの荷物を私の検知不能拡大呪文をかけたカバンにしまい、私たちは孤児院を後にした。
私の家につくと、ハリーは埃が積もり気味の床を見てちょっと呆れたような顔をした。
「フレイ、2週間どこで何してたの?」
「ん〜…秘密の冒険」
「なにそれ?」
ハリーは冗談だと思って笑った。
買っておいた食事でささやかな夕食をとってから、慌てて掃除をした寝室にハリーの荷物を届けた。
ベッドの上でパジャマを着たハリーに2週間の出来事を聞いて、残りの夏休みの計画もついでにおさらいした。
「ところで」
私はルシウスの笑みを頭で思い浮かべながら、極力不服な顔をしないようにして話を振った。
「マルフォイのこと好き?」
「きらい」
「だよな」
そりゃそうだよな。困ったな。
ハリーがくる前の私の夏といえば、誰もいない大広間でテーブルの上に大の字になってみたり、トーストを釣り針に引っ掛けて湖で釣りをしてみたり、スプラウトの温室の手入れを代行したりと実に優雅なものだった。しかも同じ時間に飯が運ばれてくる。
しかし今年は育ち盛りの少年の食事のことを考えながら飯を3食も作らねばならなかった。それも、毎日。何ということだ。
孤児院に2週間、ウィーズリーさんのところに2週間預けてもまだ4週間以上私の家(とすら思ってなかった物置のような空間)でハリーの面倒を見なくてはならない。
またしもべ妖精のクリーニングサービスを呼んで家の中は一時的にマシになった。物品は元々あまり持ってきていないし、重要な書類などはホグワーツにおいてきていたので掃除自体は簡単に終わった。飯に関してはデリバリーを頼むのも考えたが、ホグワーツの教師の給料で賄うにはあまりにも嵩む。
クソジジイ!と叫びたくなる気持ちを抑えながら私は本を見ながらあまり見栄えの良くない料理を作り、ハリーはそれを喜んで食べた。
そうこうしているうちにあっという間に7/31が目前に迫り、私はハリーへの誕生日プレゼントを用意していないことに気がついた。
私は大慌てで箒屋に駆け込み、その値段に膝から崩れ落ちた。
もちろん型落ちの箒なら私の安月給でも買えるが、普段使いするわけでもない箒の廉価品なんてもらっても置き場所に困るだけだろう。私は悩みに悩んで、ゴブストーンに手を伸ばしかけた。しかしその時、たまたまダイアゴン横丁に来ていたらしいパーシー・ウィーズリーと遭遇した。
「グリンデルバルド先生!買い物ですか?」
パーシーはやや大袈裟に笑って手を出してきた。私は握手に応じ、やあとだけ言う。彼は権威主義的なところがあり、私にやたらと愛想のいい生徒の1人だ。
彼は次で5年生。監督生に決まった祝いでも買いに来たのだろうか?私服なのに監督生のバッジを胸につけている。一つ世辞でもくれてやるか。
「監督生か。今年は君だと思っていたよ。おめでとう」
「ああ、そんな!もったいないお言葉です…グリンデルバルド先生。先生方のお力になれるよう努力します」
当然だという思いが全身から溢れていた。わかりやすくてかわいいな。そうだ。彼ならもしかして子供がもらって喜ぶものを知っているかも知れない。
「ところで君は何の買い物に?」
「えっと…プレゼントを…」
急に歯切れが悪くなった。おや?と思いよくよく観察してみると微かに耳が赤くなっている。思春期の魔法使いをまあまあ見てきた私からすれば、そのプレゼントが意中の人へとすぐわかった。
「なるほど。私もプレゼントを買いに来た。君、弟のロナウドに何かプレゼントをあげるとしたら何を買う?」
「あ…もしかしてハリーにですか?…そうですね。ロンは今チャドリー・キャノンズっていうクィディッチチームのファンなので…あ…と言っても草クィディッチみたいなもんなんですけど。そこのユニホームとかかな。…まあ成績は全然ですけど」
「なるほど…」
「それかチェス盤です。あいつはああ見えてチェスが強いので」
「意外だな。…そうか、好きなものか得意なもの…ふーむ…」
「あの…ぼくも先生にひとつアドバイスをもらいたいのですが」
「なに?」
「女性が喜ぶものってなんでしょうか」
「え?さあ…わからん」
私の答えにパーシーはガッカリしたようだった。彼の中での私の評価が少し下がった気がする。挨拶もほどほどに別れる間際、一応言っておいた。
「化粧品と香水は好みがあるからやめておけよ!」
というわけで、やはり12歳の少年に贈るプレゼントを私に決めろというのは難しかった。しかしノクターン横丁を通りかかった時、ちょうどパーシーの言っていたロンのご贔屓のチームの試合がダフ屋で安く売ってるのを見かけた。ハリーはクィディッチが好きだし、お友達といっておいでよという付加価値は金額に変え難い。決まりだ。
こうして私の仕事はハリーの誕生日のためにケーキを焼くだけ。安心した矢先、マルフォイ邸からの刺客…ではなく使いがやってきて現実に引き戻された。
「フ、フレイー!たすけてー!」
ハリーの慌てた声に駆けつけると、銀の首輪を嵌めたしもべ妖精がハリーに膝をつき手の甲へキスしていた。書斎から駆け降りてきてドン引きしている私をみて、しもべ妖精は膝立ちのままよろけるように私の方は寄ってきた。
「おぉ…!グリンデルバルド様…!おうつくしい髪、高貴な顔立ち。ドビーめは幸福なしもべ妖精でございます。偉大なハリー・ポッターとフレイ・グリンデルバルドさまにお目見えできるなんて」
よくいるタイプの古いしもべ妖精だった。
しもべ妖精は現在魔法省に忠誠を誓い各家庭に派遣されるという形をとっているが、やはり屋敷しもべ妖精は屋敷につくもの。その中の半数以上は忠誠心を未だ家に対して持っている。
「いきなり家に訪ねてくるとは一体何の用だ」
私の棘のある言葉にハリーは少し心配そうな顔をしたが当のしもべ妖精本人は全く気にしていないばかりか、私の問いかけに感激している様子だった。
「ドビーめはお二人に招待状をお持ちいたしました。ハリー・ポッターさまのお誕生日のパーティー…」
「ぼくの誕生日パーティー?!」
ハリーはキラキラした目で私を見た。いや、違うぞ私の差し金ではない。しかしそう説明する暇もなくハリーは招待状の中身を見た。そして差出人が誰かわかると困惑した表情を浮かべた。
「なんでマルフォイが…?」
「見せてくれ」
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皆様にはご機嫌麗しゅう、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、このたび、ハリー・ポッター氏の誕生日を勝手ながらお祝い申し上げたく存じます。つきましては、ささやかながら祝賀の宴を催したく、ここにご案内申し上げます。何卒、ご多用中のところ恐縮ではございますが、ご臨席賜りますようお願い申し上げます。
会場:マルフォイ邸
敬具
ルシウス・マルフォイ
ご検討の上、当日お目にかかれますことを心よりお待ち申し上げております。
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私は呆れた顔をしてしもべ妖精を見た。ドビーという名前らしいそいつはキラキラとしたグリーンの目でハリーを見つめていた。
「ルシウス・マルフォイめ…。悪いな、ハリー。私の都合に巻き込んでしまった…。断ってくれていい」
「そんな!困ります。ドビーめは『来る』というお返事をいただくまで帰ってくるなと言われております」
ドビーはきいきいと泣いた。その姿は実に哀れで、その見窄らしい枕カバー一枚を巻いた外見も相まってより悲壮に見えた。ハリーもかなり同情的な眼差しをむけている。
「お前の事情はこっちには関係ない。それにいきなり招待状を送りつける不躾な主人のもとなんて帰らないほうがいいだろ」
私の冗談じみた発言にドビーは強く言い返す。
「なんてひどいことを!ご主人様はドビーめの全てなのです。マルフォイ家に仕えていることこそが、ドビーめの唯一の誇りなのです!帰れなくなるなんて…そんな!恐ろしいことを」
「そもそも今となってはしもべ妖精の所属は魔法省だ。目を覚ましてしもべ妖精管理局に勤め先の後ろ暗いところを密告してこいよ」
「後ろ暗いところ?そんなもの…ありません!純血に誤りなし。そうですとも」
「話にならないな。首輪をだせ。私がかわりに…」
「待って、待ってよフレイ。…うん。ぼく行くよ」
私とドビーの口論に割りいるようにハリーは言った。ドビーは感激して歓声をあげ、ハリーにひざまづく。
「よかった!ハリー・ポッター。心を込めておもてなしいたします。どうぞ、どうぞおいでなさってください」
「…いいのか?マルフォイの息子と君は仲良くないだろ」
「ドビーが困ったことになっちゃうみたいだし…フレイもでしょ?」
「まあ、実は少し」
実は少し、こうなることを期待してたんだ。ハリーは優しいからきっとこのドビーを哀れに思うし、私の都合にも合わせようとしてくれるってね。
ドビーは恭しく礼をして、バシッと音を立てて消えた。私はハリーにココアを入れて改めて礼を言った。
「誕生日の件、ありがとう」
「いいよ。フレイ、困ってるんでしょ?」
「わかる?」
「ほら。前急にマルフォイのこと好きか聞いてきたし」
「君って鋭いな」
「それで、何があったの?」
「あー…前の学期で起きた事で少しね」
しまった。ハリーの顔が曇った。ヴォルデモートに殺されかけて、トラウマになってないはずがない。
「ごめん。ぼくのせいで…」
「え?いや。私の方こそ辛いことを思い出させてしまってすまない」
「つらくなんかないよ。いや…少しは怖かったけど。そうじゃなくてぼくのせいでフレイが厄介なことに巻き込まれちゃってるから」
「何を言う、君のせいなんかじゃない。ハリー、君が負い目に感じることなんて一つもないぞ」
「…本当に?」
「本当だとも」
それを聞いてハリーはほっとしたような顔をした。まさかヴォルデモートのことより私に迷惑をかけていないかを気にしていたとは思わず私は思わず笑ってしまう。
「まさにグリフィンドール生ってことなのかな」
「どういう意味?」
「勇敢で優しい」
そういうわけで私の用意していたお誕生日パーティープランはゴミ箱へ捨てて、箪笥の奥からちょっといい服を引っ張り出した。ハリーもフォーマルな服を一式揃えるくらいの金はあるので、私たちはグリンゴッツに行くことになった。ついでに制服を新調したり、不足している学用品も買い足す。あいにくまだ教科書のリストは届いていないためまた来る羽目になる。
ダイアゴン横丁につくと、私たちはまずグリンゴッツへ向かった。不気味に歪んだ醜怪な建物だ。実にこの素晴らしい世界にふさわしくないと思わないか?まあそんなことを言ってしまえばこのあたり一体、マグルの歴史の裏側で根を張るように無秩序に増築された妙な建物ばかりなのだが。
扉を抜けると広い天井と壁沿いに並んだテーブル、そこに規則正しく小鬼たちが座り、書類をめくったり金貨の重さを測ったりと各々業務に勤しんでいる。
グリンゴッツに関しては魔法帝国も全く、手を出せない。いや、というよりも共存する方が賢明と歴史が証明しているわけだしこれでいいのかもしれない。だがとにかく私は小鬼が苦手だった。ここに入るだけで気が滅入る。
「ハリー・ポッターの金庫…」
受付で私がぶっきらぼうに鍵を突き出すと、担当の小鬼が私とハリーの顔を交互にじっくりみた。落ち窪んだ眼窩から覗く鋭く、値踏みするような眼差し。ハリーはどうも、と挨拶するが小鬼は特に挨拶もせず、手元の帳簿をめくった。
「687番金庫ですね」
小鬼の案内に従い例のトロッコに乗り込む。発車する直前、おーいと声がして岩陰から1人小走りでやってきた。ついこの間会ったばかり、私の弟のヴィルヘルム・グリンデルバルドだった。
「来るなら言ってくれればよかったのに」
「ヴィル…?なんだ。いたのか」
「いるもなにも職場だぜ?」
ハリーはキョトンとしていた。私は手短に紹介する。
「彼はヴィルヘルム。私の弟だ。こちらはハリー。説明はいらないな」
「はじめまして、ハリー。フレイの面倒見てくれてありがとう」
「はじめまして。弟がいるって冗談だと思ってた」
「あー、フレイは薄情ものなんだよね。家族のこと全然話してないんだな。すまない、グリップフック。出してくれるかな」
「はいもちろん」
ヴィルヘルムが颯爽と小鬼の横に飛び乗るとトロッコが発進した。吐き気を催すカーブと回転のかかったレールを滑る。私はむっつり黙り込んでいたが、ヴィルヘルムとハリーは学校生活はどうか、だとか当たり障りのない会話をしていた。そうしてようやく目的の金庫へ辿り着く。
私がハリーに鍵を渡すと、グリップフックの案内に従いハリーは金庫の方へ行った。私とヴィルヘルムはトロッコにもたれながら用事が済むのを待つ。
「あれがハリー・ポッターか。いい子そうだね」
「何の用だ?」
「ええ?そりゃ身内が職場に来たら案内しようってなるだろう」
「案内?そんな自由に歩き回れるような場所じゃないだろ」
「それはそうだけど。わかってほしいな。おれはただフレイが子どもとうまくやれてるか心配だったんだよ。君ときたらしばらく会ってないと思ったら厄介ごとに首を突っ込んでるしさ」
「つっこまされたんだ。ゲラートにな…」
ヴィルヘルムが気にかけてくれることはわかった。だが教師生活も7年目、そろそろ子供の扱いに関しちゃその辺の大人よりうまくやれてると信じてほしいものだ。
ハリーとグリップフックが戻ってくると、ヴィルヘルムは爽やかに微笑み私の肩を叩き言った。
「今年は何もないといいね」
実に予言的な一言だった。
そうして準備を終えるとあっという間にマルフォイとの約束の日を迎えていた。私とハリーは少し不安げに、大きな門扉へ向かっていた。私たちが敷地に入ると鉄柵がしゅるしゅると蛇の這うように解けて、屋敷への道が開いた。
「さて。乗り込もうか、蛇の巣に」
「フレイってこういう集まり苦手?」
「ああ」
「そうだと思った」
ハリーは意外にもワクワクしているようだった。それは大変いいことで。