主役であるハリーは拍手で迎えられた。
上品な拍手と祝福の言葉。そしてテーブルには豪華な料理と高そうな酒がうんと並んでいた。
子供の誕生日パーティーという名目のくせに、揃いも揃って気取った大人ばかりがハリーに握手を求めていた。恥知らずどもめ。ここに招かれているのは純血と半純血のものしかいない。その半分以上が左腕に馬鹿げた刺青を入れているくせに、何を笑顔でハリーをほめそやしているのだか。
私は事前に万が一ハリーを暗殺しようと企む奴がいないか出席者リストを突き合わせて身辺調査をした。そのために私はアレックス・サロウにかなり奢る羽目になった。私の財布がどれだけ薄いか知らずに気楽に笑っていやがって!そもそも危険人物なんているわけがなかった。今娑婆で生きているのは全員ヴォルデモートを見限り仲間を売った薄情で卑怯な奴らばかりなのだから。
信念を捨て、システムに屈服した豚どもめ。…私のように?
そんな大人たちががひとしきりハリーに挨拶を終えると、庭に近いテーブルで彼らの子供たちが集まっているのがわかった。見知った顔が多いが、中にはボーバトンの制服、ダームストラングの制服を着る者もいた。
「ポッター」
とドラコ・マルフォイが真っ先にハリーへ声をかけた。
「誕生日おめでとう。そして来てくれてありがとう。父上が急に言い出して、正直来ないかと思っていたんだが…」
「ありがとう。でもぼくはフレイのために来たんだ」
「じゃあフレイ先生にもお礼を」
「酒が飲みたい」
「もう帰りたそうだな」
「君の家の都合にぼくたちを巻き込まないでくれないか?」
ハリーのやや強気な物言いをいなすようにドラコは笑う。
「ぼくだって巻き込まれている側だ、ポッター。まあ来てくれたからには歓迎するがね。それがホストの義務だから」
「義務でやるのはおもてなしじゃないだろ」
「へぇ?せっかく有望なクィデッチ選手を紹介しようと思ったのに…」
「クィデッチ選手がいるの?!」
ハリー、いくらなんでもちょろすぎないか?しかし興味津々なのが顔に出ている。まあ12歳に腹芸というのも無理な話だ。私はこちらをチラッと見るハリーに「行っておいで」と言って背中を軽く押した。ハリーはおそるおそるだが子供の集団へ入って行った。
よく見ればそこには他校の生徒やスリザリン生の他に、ホグワーツの他の寮の生徒が少しずついた。純血が全員スリザリンに入るわけではない。ハリーはハッフルパフのアーニー・マクミランを見つけ早速挨拶していた。
しかしルシウス・マルフォイの顔の広さと過去に汚いことをしておいてなお人を集める政治力には感服する。
1人になった私を待っていたかのようにルシウスが話しかけてきた。
「よくぞおいでくださいました。グリンデルバルド先生」
「あんたがしもべ妖精を使って一方的に呼びつけたんだろ」
「おやおや、気が立ってらっしゃるようで。よろしければ飲みませんかな?」
そう言って出されたのはアイリッシュミストだった。たしかマルフォイ家がマグルの経営者から
こうして酒に釣られた私は気づけば周りを囲まれて座らされていた。なるほど、ハリーハリーと騒ぎ立てていたが本当は私目当てと。言っていることとやっていることが違うではないか。まさに二枚舌。腹芸は彼らと親しくしていれば自然と身につくかもしれないな。
「はじめまして、フレイヤ・グリンデルバルドさま。コーバン・ヤックスリーです。お会いできて光栄です」
「…フレイです。グリンデルバルドとお呼びください」
私は身辺調査の結果を必死に思い出しながら薄っぺらい笑みを携え挨拶してくる連中の顔と名前を結びつけた。ヤックスリー、確か…そうだ、労働管理局のマグル抹消部の部長。元死喰い人の再就職先としては妥当だ。
いわばマルフォイ派と呼ぶべき彼らは優雅に席に着く。私の隣にはルシウス、そして先ほど挨拶してきたヤックスリー。そして魔法省でそこそこいい職についてるやつだけが私のそばに残った。
広間には余興にクラシック演奏者がでてきたみたいだが私からはよく見えない。私の真正面にはピンク色の服でやたらと澄んだ目をした女性と厳つい顔つきの女性がすわっており、なんというか、絶妙に目のやり場に困った。
「さて、グリンデルバルド先生…まさか総帥閣下のお孫さんとこうしてお会いすることができるとは思いませんでしたな。あなたは結構な人嫌いなのだと思っておりましたゆえ」
と私に話しかけてくるのはやや高齢の男。たしか…ええと…ノット。そう、ハリーの同級生、セオドール・ノットの父親だ。彼は古参の死喰い人だが、ドロホフとかいう友人を売って死なずに済んだ。
「人は嫌いではありません。嫌いなのは人づきあいです。祖父と違って私には人誑しの才がありませんのでね」
「はっはっは…一本取られましたな」
私の刺々しい態度にも動じずに彼らは笑った。なにがどう一本取れてるんだよ。適当言うなよな。私は愛想笑いも嫌いだった。グリンデルバルドとして人前に出るようになってからずっとこういう場に立たされてきたせいである。
苦い顔をする私を見てなのか、澄んだ目のピンクの女が「ェヘン」と咳払いしてから言った。
「ですがこの場に来てくださった。そうでしょう?ルシウス氏との良縁に感謝しましょう」
乾杯をして、私は一気に酒を流し込んだ。その様子を見てピンクの女が笑う。彼女はええっと…たしかアンブリッジといったか。
ドローレス・アンブリッジ。彼女は現在プロパガンダ局検閲部門の局長補佐に上り詰めている。優秀、というよりかは手段を選ばない仕事ぶりが顕著なようだ。
半純血を名乗っているようだが調査書によると嘘だ。どういう訳だか、調べればはっきりすることなのに彼女は堂々と嘘で貫き通している。プライドが高いのか、コンプレックスが強いのか?しかし彼女はこのなかではコーバン・ヤックスリーに次いで魔法省で出世している。
「グリンデルバルド先生は歴史を教えているのでしたよね?」
「そうです。まあ、そう楽しい科目ではありません」
「何をおっしゃる!あなたの祖父はそれこそ、歴史を作った人じゃありませんか」
「はあ」
私は気の抜けた返事をする。それが不満なのか、ヤックスリーはやや語気を強めて言う。
「あのままマグルの馬鹿げた戦争に付き合っていたら、我々は今ここに立っていないでしょう。これまでの長い歴史で我々は影にいた。彼の方が名乗り出なければ、私たちは影のまま静かに消えていっていたに違いない!」
「光の差す場所に立っていたって消える時は消えるでしょう」
つれない私の返事に場が白けないよう、他の死喰い人…じゃなかった。元死喰い人が大きな声で合いの手のように言葉を続ける。茶番だこんなもの。
「そう、マグルは消えた。…いや、消えてはないか。いるべき場所へ行ったまで!」
「我々も、あるべき場所に」
「力あるものがマグルを保護し、相応しい働きをさせ、社会を発展させていく。人類史に残る偉業ですぞ」
「そうですとも!ゲラート・グリンデルバルドがいなかったらマグルが世界をめちゃくちゃにしていたでしょう。それこそ、今のアメリカのような野蛮な行いを世界中で推し進めて」
「その通り。救世主だ、あの方は」
戯言が右から左へ抜けていく。
私は戯言の彼岸でグリンデルバルドが負けた世界に想いを馳せる。
そこにあるのは破滅かもしれないし、自由かもしれない。あるいは大量虐殺。私は寂寞とした平穏と決して凪ぐことのない感情の海を思い出す。ただ一つだけハッキリしているのは『そんな世界はもうない』ということ。
目の前の連中が言うのは私たちが掲げるプロパガンダそのもの。なんてつまらない。マグルが世界を滅茶苦茶に?まあ一理あるかもしれない。けれども今、この世界で我々が踏みつけているものがどんな価値を持っているのかは考えないのか?
「じゃあヴォルデモートはなんだ?」
私の言葉にまわりはしんとする。誰もが困ったような顔をした。気まずい沈黙とじりじりとした敵愾心が全体に漂い始めた時、凛とした声がそれを散らした。
「あのお方の理想は崇高だった」
ルシウスだった。穏やかでいて堂々とした態度だ。私はそれを冷ややかに笑う。
「まるでそれ以外はダメだったと言わんばかりじゃないか?あんたらの腕に刻まれた入れ墨が泣いてるぞ」
「ああ、その通り。闇の帝王の力は歴史上類を見ない。あのお方ならば理想を体現し、純血主義の名の下にこの世界に負けずとも劣らない美しく、絶対的な秩序を作り上げることができたかもしれない。しかし、あのお方の理想の世界には、あのお方しかいない。絶対的な強者が君臨し続ける、それは果たして真の純血主義と言えるのだろうか?」
「つまり王様はいらない、と?」
「その通り。我々が望むのは、強い1人の敷く絶対的なルールではない。
この二枚舌め。繰り返し嘘をつきすぎてそれが本当の気持ちだと思ってるんだろう?私は挑発的に鼻で笑った。ルシウスの眉が吊り上がるのがわかった。
「泣ける話っぽく言ってるが、要するにあんたたちはヴォルデモートを見限ったのさ。まあその点に関しちゃ賢明だ。しかし私は主君を一度裏切った人間をそう簡単に信用しはしない。それはおじい様もだ。あんたらが望むものを手に入れたいのなら開くべきはパーティーではない。私に、ヴォルデモートのすべてを話す場だな」
私の言葉に
「い…いまさらあのお方の事を話せといわれても。それはもうウィゼンガモットで済んだことでしょう」
「いや。済んでない。なぜならばヴォルデモートは生きているからだ」
今度こそ、全員が揃って息を呑んだ。ルシウスさえも。グリンデルバルドの名を冠するものがヴォルデモートは生きている、と断言することの衝撃はかなり響いたらしい。沈黙を遮ってヤックスリーがおずおずと口を開けた。
「あのお方は…今どこに…?」
「さあ、私とハリーで撃退したからな。まあどこか人の目のない荒野とかで惨めに這いずってるんじゃないか?」
再度どよめく。私のいい加減な物言いに異議を唱えるように目の前に座った厳しい顔の女…思い出した。アレクト・カローだ。兄に全ての罪を被せたんだか兄が全てを被ったのか知らないが、とにかく生き残った方…が言う。
「生きておられるという証拠は?」
「単純な話だ。死の呪文を喰らってなお再び現れた。それには理由があるはずだ。それを解決しないうちはまた現れる」
「それはあなたの憶測に過ぎないでしょう!何の根拠があるんですか?」
「あんたらの希望的観測よりかは確実だ。こんないかがわしいものはだいたい忘れ去られた闇の魔術なんだよ」
「なぜそう言い切れるのです?」
「私の前職はドイツ魔法省神秘部だから」
その一言で十分すぎた。おそらく闇の帝王を名乗る人物の次くらいには私は専門家だ。…とはいえ魂や死について私は完全に門外漢なのではっきり言ってそういう術があるのか知らないが、まあ多分あるだろ。それを知らない権威に群がる連中には効果抜群だったようだ。
私はダメ押しに強く宣言した。
「私はヴォルデモート卿を
私の言葉に誰も返事をしなかった。それはイエスとほぼ同義だろう。…まあ、少なくとも何人かは。
「素晴らしい。それでこそグリンデルバルドの孫だ」
ルシウスが私を睨みつけながらいう。脅されているはずの私が逆にお仲間を脅して面白くないのだろう。ふん、ざまあみろだな。
「…では、みなさんとはまた会うことになりましょうね」
私はのそりと立ち上がり、ついでにウィスキーの瓶も手に取った。
「どちらへ?」
とアンブリッジ。
「子供と遊んでくる」
私はそう嘘を言って辛気臭いクラシックを延々と演奏し続ける楽団の真ん前に陣取り、気分が良くなるまで酒を飲み続けた。ヘロヘロになった私は煙突飛行ネットワークですら耐えられず、ハリーの目の前で無様に吐くこととなった。