さて。自称『実力主義』なこの偉大な魔法帝国において私のような偉大な総帥の血筋の人間がどのような職につくかというと、大抵は
魔法軍で軍師を気取ってもいいし、魔法秘密警察部で反乱分子を摘発してもいい。国際魔法協力部でオセアニア中を飛び回るのもいい。プロパガンダ部で映画を撮ってみるのも楽しいかもしれない。映画はマグルの生み出した数少ない良き文化のうちの一つだ。勿論魔法使いの手にかかればただスクリーンを照らすだけではなく飛び出したり香りがしたり、時に本当に魔法が飛んできたりする。
だが私、フレイ・グリンデルバルドは一族きっての落ちこぼれであり、私自身もそういった職業を拒否した。しかし仕事をしないことにはこの世界で生きていく資格なんでない。お荷物になった私。私としてはこのままスクイブが就くような単純労働やマグル関連の仕事にでも割り当てられるのかと思った。しかし、家名が私をそうさせなかった。
こうして落ち着いた先が名門ホグワーツ魔法魔術学校の歴史教師。
前いた教師、カスバード・ビンズにはお気の毒だが、残念ながらゴーストには仕事も地位もあまり重要とされてなかった。
しかしビンズ氏のおかげで私は私が教える歴史が…つまりは教科書が…偏ったものだということがわかった。この偏った、というのが巧妙で、ほんのちょっとの記述の有無で善悪の匙加減が操作されている。
だからといって、私は真実を啓蒙しようだとか公正さについて解こうとは思えない。残念ながら、これら歴史の見方が『公正』とされる世界で我々は生きなくてはならないのだから。
重要なのは真実ではない。なにが真実と信じられているかだ。
さて。一晩あけて私はグラストンベリーにある孤児院にいた。ここに『生き残った男の子』ハリー・ポッターがいる。
自然豊かないい街だ。そしてアーサー王伝説の地である。もちろん我々にとってはマーリンの方が有名だが。大変な運命を背負ってしまったハリー・ポッターにふさわしい土地とも言えるのだろうか。だとしたら私はマーリン?笑える。ここはマグルたちの時代からずっと魔法使いの街と呼ばれてきたが、今では本当に魔法使いだけの街だ。
ほとんどの街は近郊にマグル特別区があり、そこに建設や清掃など単純労働を担う『労働者』や農業などで物資を供給する『供給者』、インフラを整備する『修理屋』が詰め込まれ、それぞれ職業に従事するだけの一生を過ごしている。
忠誠と勤勉は、栄光への架け橋
マグル特別区の門に刻まれている通りだ。
しかしこの街グラストンベリーには近郊にそのような地下はなく、農業やインフラも全て魔法使いが担っている。いわば歴史保存地区のような位置付けだ。多少不便だが、子供時代を送るならこういう場所の方がいいかもしれない。
私は姿現し酔いをおさめるためにミントタブレットを一粒口に放り込む。これで頭がスッキリするはず。これから一部では英雄と呼ばれている子供と会うのだと思うと緊張するし、また一粒くらい食べてもいい気がしてきたが堪えて目的の孤児院の目の前までやってきた。
ここはチャリス・ウェル孤児院。敷地内にイギリスで一番古い井戸がある。もちろん魔法使いが湧かしたという伝説がセットだが、本当のところはわからない。塀越しにも美しい花が咲き乱れているのがわかった。孤児院にするにはいささか贅沢すぎる場所なのではないか。
門は開け放たれていた。私が足を踏み入れるや否や、バシッと音がして屋敷しもべ妖精があらわれた。
「フレイ・グリンデルバルドさま。ですね」
「ええ。どうも」
大きな鷲鼻のしもべ妖精。首にはみがかれた銀の首輪が嵌っている。
すべての屋敷しもべ妖精は魔法省屋敷しもべ妖精管理局への登録が義務付けられており、ここに登録したしもべ妖精が各家庭に配属されている。かつてそれぞれのしもべが家に仕えたのと変わらなく回っているように見えて、その実しもべ妖精が真に仕えているのは国だ。
この銀の首輪は屋敷しもべ妖精管理局により着用が義務付けられている。義務付けられているというか、外すと死ぬ。もちろん忠実なしもべたる彼らが
つまり彼らは国家の『目』なのだ。
「どうぞこちらへ」
しもべ妖精の後につき孤児院の中へ。
シンとしているが人の気配自体はあった。まるで妖精が息をひそめているようなどこか浮ついた沈黙。他の子供達が自室で待機しているのだろう。私の来訪について、どういう噂を立てているんだろうか。
エントランスを抜けてホールに通される。食堂として使われているんだろう。長机とベンチが並べられて、まるでミニチュアホグワーツのようだ。
そこで院長と思しき女性と腕輪をはめた女が憔悴した顔で話していた。
「そんな、大切な日だというのに」
「庭にいるかもしれません…」
「どうかしましたか?」
私が声をかけると院長は青褪めた顔で頭を下げた。
「ああ!グリンデルバルドさま。せっかくおいでくださったのに!少々お待ちいただけますか?」
「かまいませんが、何か問題でも?」
「いえ…ハリーったら部屋にいなくて…待っているように言ったんですけれど。庭にいると思いますから、探してきますわ」
「ああ。それだったら私が行きます。ちょうど庭を見学したかったもので」
「そうですか…?」
院長は心配げな顔をしつつも私のやることに異を唱えるのは賢明ではないと思ったのだろう。私は極力やわらかな笑みを浮かべてから庭へ出た。しみったれた事務的な会話をせずに済んだ。
庭はとても美しい。この調和の取れたイングリッシュガーデンはあの院長と話していた腕輪をはめた女性が作り上げたに違いない。
あの女性は魔法使いの家庭で家事労働をすることを許可されたマグルだ。銀の腕輪を嵌めていることから家族から魔法使いを輩出した血筋だとわかる。彼らは『シルバーレット』と呼ばれている。
一般的にマグルは魔法使いの生活からほとんど隔絶されているが、こういった公共の施設、(特に福祉など)しもべ妖精を配置する余裕のないところでは特権的に魔法使いに直接つかえることのできるマグルが配置されることがある。家事労働などは特にシルバーレットなものが選ばれることが多い。
この点から先ほどのしもべ妖精はやはり孤児院に配置されているのではなく、ハリー・ポッターの護衛、監視の任務に着いていることがわかる。
しかしそれでもマグルを孤児院に配置するのはやや挑戦的だ。公にはマグルは子供に見せるべきではないとされているのに…。
歩き回っていると、特別花生い茂ったアーチを抜けた先に少年を見つけた。この子が『生き残った男の子』ハリー・ポッターだろう。古井戸のそばのベンチに腰掛けている。くしゃくしゃ髪にずり落ちかけたメガネをかけていて、その隙間から例の稲妻型の傷跡が見えた。孤児院の制服らしき半ズボンから伸びた足には擦り傷がある。
私が見つめてるのにハリー・ポッターも気づいたらしい。私のてっぺんから爪先までをじろりとみてから、
「こんにちは…」
と言った。
「こんにちは」
私もそう返して彼のそばへ近づいた。そしてそのままベンチの隣に腰掛けた。私の無遠慮さにハリー・ポッターはわずかに身じろぎした。私はそんなの気にしない。彼が嫌がろうが私が嫌がろうが、どうせ後見人になるのは決まっている。
「転んだのかい」
「はい…」
「エピスキー」
私が呪文をかけると傷はあっという間に治った。
「ありがとうございます。ええっと…」
「…フレイ。フレイ・グリンデルバルド」
「やっぱり…あなたが…」
「そうだよ。ハリー・ポッター。縁も所縁もなくてすまんが、今日から私が君の後見人だ」
私の予想とはうらはらに、ハリー・ポッターは安心したような顔をした。
「もっと怖い人かと思った」
「…怖いよ?」
「えぇっ?!」
「冗談。怖いと感じるかは人による」
「なんだ…びっくりした」
そこで初めてハリー・ポッターは笑った。なんてことはない、年相応の子供の笑顔だ。
「逃げ出しちゃってごめんなさい。怖かったものだから。その…あなたが総帥の孫だって聞いてて」
「ああ…人はみんな誰かの孫なんだから、そんなに気にしなくていいのにね……。いいんだ、ちょうど綺麗な庭をみたかったし」
「この庭、エバンズさんが手入れしてるんだ。とても綺麗だよね」
あのシルバーレットのマグルはエバンズというのか。マグルが魔法使いに名乗るのは模範的とは言い難い。密告すれば彼女は職権を剥奪され、私にはちょっとした小遣いが入るだろう。なんて頭によぎったが、美しい庭に免じて忘れよう。
「君はここが好き?」
「うん、好き」
「ホグワーツのことも好きになるよ」
「そうだといいんだけど…」
やはり少し不安みたいだ。でも同時にワクワクしている。そんな目をしていた。
「私は後見人として君の身柄を保護する立場だが、君はそんなこと気にせず好きにやってくれ。お互い不本意な関係かもしれないが、気軽に行こう」
「不本意だなんて、そんな!」
私の言葉にハリー・ポッターは立ち上がり、私の正面に立った。ぐっと顔を近づけられて、私はその純真さに思わず竦んだ。
「ぼくは家族ができるのを楽しみにしていたんですよ」