グリンデルバルドが勝った世界   作:ようぐそうとほうとふ

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不死鳥の騎士団

 この世界の仕組みをちゃんと知った時、私はただひたすらに絶望した。

 

 おじい様は私の肩を抱きツェッペリンフェルトに押しかけた大勢の観衆の背中を見た。最大2万人が収容できると言う触れ込みの野外集会所だが、溢れんばかりにひしめき合っている。ステージに立っているのはドイツ魔法省大臣、アントン・フォーゲル。おじい様と同じくらい老いているくせにそれを感じさせない肥った骸骨のような男だ。早口のドイツ語で群衆にむけて喚き立てている。

 群衆はその演説に歓声をあげたり、体を揺らしたり。集団行動特有の高揚感に酔いしれている。

 

 

「かつてこの場所で全く同じ手口で人々を操ったマグルがいた」

 

 

 私はおじい様を、ゲラートを見上げる。すっかり老いさらばえ乾燥した皮膚は幾重にも皺を重ねている。体も年齢にしては健康的だが関節はすり減り、骨は撓んでいる。しかし、瞳だけは若かった。

 

「そのマグルは魔法族も驚くほど効率的にマグルを殺した。現在我々が進めているマグル分離政策で死んだ人数よりはるかに短期間ではるかに多く」

 

 その低い声に私は震える。所在ない心を上から押さえつけ、撫で付けるような声は恐ろしいのに、なぜか安心感を与えてくれる。

 

「群集を操る技術にかけて、マグルの右に出るものはいないだろう。破壊、殺戮。世界を破壊することにかけて我々は彼らには敵わないだろうね」

 

 私たちは残酷さについてはマグルから学んだのだよ。

 

 そう言ったゲラートの声はとても穏やかで、すっと胸の底へ沈んでいくようだった。集会所に集まった2万人を超える人々の歓声なんて無音に等しく思えた。

 

 これが、グリンデルバルドの勝った世界だ。

 

 その理想の世界は魔法の力が満ちるようなものでもなければ、死を克服し無限の探求に身を投じられるような世界でもない。ただあるのは理想の名の元に積み上げられた搾取機構。残酷が積み上げられた壁の中で踊り続ける無関心な民衆。それを冷笑するかのごとく、上から眺める私たち。

 本当に皮肉。私たちはかつてここに立った虐殺者と何が違うんだろう。

 

 

 これのどこがあなたの望んだ世界なんだ?

 本当に、これはあなたが作り上げたかった世界?

 

 

 私は肩に置かれたゲラートの手に自分の手を重ねた。暖かくて何だか泣きそうになった。

 

 


 

 

 大広間にはハロウィンの時と同じように月の満ち欠けが描かれた、生徒の目線の高さくらいのステージが設置されている。その周りをぐるりと生徒が囲み対戦者がやってくるのを今か今かと待っていた。天井はステージを反映させた星空で明るい月が燦然と輝いている。

 審判の位置にはフリットウィック。私にウィンクをしてきた。勇気付ける呪文?私は後ろで寒い顔をしているセブルスを見て笑う。セブルスは眉をぴくりと動かすだけ。

 私がステージに登ると歓声が上がった。ハリーの声が一番大きく聞こえてきた。そしてロックハートもステージへ。真夜中の決闘の時にダメにしたはずのマントを羽織っている。ロックハートはそれをばさりと振り脱ぎ捨てると、仰々しくお辞儀をした。

 

「お手合わせいただいて光栄です、グリンデルバルド先生」

「こちらこそ、ロックハート先生」

「前回は非常に模範的な決闘をお見せいただきましたね。おかげさまで杖十字会も賑わいました。ありがとうございます」

「それは大変いいことで。ところであなたは杖十字会では滅多に杖を振るわないと風の噂に聞きました。ぜひとも今日は存分に振るってください」

「…いいですね。とてもいい!では、今日はお互い全力で楽しみましょう」

 

 私とロックハートは握手をする。ロックハートの笑顔はどこか引き攣っており、ここ最近の不安定さを物語っていた。だが私にできることはここで正々堂々戦うこと。

 

 礼をし、3歩前に出て杖を構える。ロックハートは以前と同じ構えで私も軽く杖腕をあげ構える。

 

 

 

「では…1…2…3…!」

 

 

 

「ステューピファイ!」

 

 ロックハートの杖先が動いた。以前とは比べ物にならない俊敏さで。

 私は早々に防御呪文を貼る。ロックハートの失神呪文は弾かれ赤い閃光がくらむ。以前の手合わせよりはるかに振りが早い上に狙いが正確だ。

 

 私はプロテゴを返す杖で石化呪文を飛ばす。ロックハートは間一髪呪文を弾いた。しかし勢いに押されて体制を崩す。

 

 私はそれを見逃さない。

 右手の杖でフリペンド、そして左手で引き寄せる。するとロックハートは足を掬われると同時に私の方へ引き寄せられる。

 

 そのまま浮遊呪文で固定し、ロックハートの視界が天地逆転し混乱しているうちに近距離で頭を目掛けて失神呪文をお見舞いした。

 しかしロックハートはそれを防御した。それに驚き浮遊呪文の制御が切れてしまう。ロックハートは地面に落ち、起きあがろうとする。これが生徒を前にした決闘でなければ蹴り付けて動けなくするというのに。

 

「エクスペリアームス」

 

 私は武装解除呪文を唱えた。ロックハートの杖は弾き飛ばされ、ゲームセット。周りからわあっと歓声が上がる。ロックハートは尻餅をついて私を見上げていた。その顔はなんだか呆然としていて、心ここに在らずだ。

 

「勝者、フレイ・グリンデルバルド。非常に美しい呪文の運び、いなしでしたな!ロックハート先生も健闘されましたな!いや見直したぞ!」

 

 フリットウィックは嬉しそうにロックハートの肩を叩く。ロックハートはそこでようやく自分が負けたことに気がついたのか、しどろもどろしていた。しかし自分がまだステージ上で生徒たちの視線を集めているとわかるとハッとして立ち上がった。

 

「フレイ先生!いや…お見事!強かった…!あなたの攻撃を防げただけでも私の誇りだ」

 

 その笑顔はどうみたって引き攣っていて、なんなら怒りの形相に近かった。私は彼の手を取り礼をし、ステージを降りた。セブルスからローブを受け取り羽織るとはしゃいだ生徒たちが私の名前を呼んでこちらに駆け寄ってくる。

 なんだか人気者みたいだ。私はドヤ顔でセブルスを見た。あ、渋い顔。

 

「晩餐だがら、ほら散った散った」

 

 ロックハートはやはり呆然としながら自分の手をじっとみていた。フリットウィックはそれを落ち込んでいると解釈したのか彼の元へ行き、なにやら励ましてから職員テーブルへ連れて行っている。

 どうやらある程度予想通り事態は進行中だ。

 

 

 私がこれ見よがしにロックハートに盗ませようとちらつかせたあの日記帳。あれには16歳のトム・リドルの記憶が植え付けられ、所有者を虜にして操るような性質がある。

 ルシウスから手帳を受け取り、日記にインクを垂らしてすぐにわかったことだ。闇の魔術の品としてはありふれた類の罠。しかしながら16歳でこれを作るのはそう簡単なことではない。

 ルシウスは調べさせても何もわからなかったと言うが、おそらく見抜いた上で私に渡してきたのだろう。確かに私は危険性を理解しながらも一瞬、日記とのおしゃべりに夢中になっていた。しかし私を我に返らせたのはクィリナスの存在だった。人の心を根を張るようにして掌握するのは学生時代からのお得意だったようだ。

 

 情報共有と数回の議論の結果、私と日記はある取引をした。まあ大したことではないが、とにかく日記は今のところ取り決め以上の悪さはしていない。ロックハートには気の毒かもしれないが。

 

 

 

 

 さて、私はイースター休暇に入って人のまばらになったホグワーツ、その夜必要の部屋でセブルスと対峙していた。

 

 

「フレイ。君が言った通り我輩は『不死鳥の騎士団』メンバーだ」

「そうだよな」

 

 

 私はソファーに腰掛ける。3人掛けの大きな革張りのものだ。セブルスにも座るよう顎で指し示すが応じない。

 

 不死鳥の騎士団、それは()()()()()()()()()()()()()直属の魔法使いたちの総称。メンバーの名はおろか正確な数すらわからない組織だが、確かに存在する。それにしても不愉快な名称…。

 

 ホグワーツに1人くらいはゲラートの息のかかったものがいるだろうとは思っていた。彼が私をなんの監視もなく放逐しておくとは思えない。どうせ私はここで朽ちて行く道を選んだのだし、監視者にはわるいがつまらん余生を共に過ごしてもらうつもりでいた。

 しかしハリー・ポッターの後見人に指名されて全てが変わってしまった。そして、同時に監視者が誰かわかった。

 

 セブルス・スネイプはおじい様と通じている。

 

 何となく感じてはいた。死喰い人との二重スパイをしていながらおめおめと生きている時点で秘密警察と強いパイプがあるのだろうと思っていたし、昨年度の騒ぎの詳細がおじい様に筒抜けなのも彼が不死鳥の騎士団なら納得だ。

 

 

 

「君に思い当たる節があったであろうことは推察できる。が、なぜ確認を?」

「はっきりさせておきたかったんだ。君の立場を…つまり不死鳥の騎士団なのか死喰い人なのかをね」

「フレイ、闇の帝王は…」

 もういない。といつもの受け答えをしかけて、セブルスは途中でやめた。今更私に取り繕う意味はない。私も同じ。

 

「ルシウス・マルフォイから聞き及んでいるだろうが、私は闇の帝王を完全に滅ぼすと奴のお仲間の前で宣言してやった。だが君はそんなの真に受けたりしないよな?」

「まさか君は…」

「安心してくれ。ハリーを危険に晒すつもりはない。…まああちらがどこまで約束を守るかわからんが、少なくとも目標達成まで手を組むことで合意している」

「合意…?君は闇の帝王と通じているのか?」

「ある意味では。それで、その質問はどの立場から発せられてるんだ?」

「……我輩の任務は、死喰い人と不死鳥の騎士団の二重スパイだった。それは今も継続中だ」

「つまりあの人が戻ってくればまた死喰い人となり、帝国に情報を流し続ける?」

「あの人にも、だ。……我輩は確かに君の監視をしていた。少なくとも一年目は。だが…」

「別におじい様と通じてることに怒ってるわけではないよ、セブルス。むしろ私が恐れているのは我々の友情がこんなことで揺らぐことだ。さて、…セブルス。もう一度聞くが君はどの立場で私と話す?」

 セブルスは逡巡した。眉間のシワがぎゅっと寄り、私のことを見る目が険しくなる。ほんの数秒の沈黙。だがその刹那にさまざまな考えを巡らせたのだろう。セブルスはやっと口を開いた。

 

 

()は…君の共犯関係なのだろう」

 

 

 その言葉で十分だった。

 それが嘘だとしても、正解を選んでくれたならそれでいい。私は笑ってみせる。じゃあ座ってと言わんばかりにソファーの座面を叩くとセブルスは座った。

 

「去年の会話を覚えていてくれて嬉しいよ。さて…まず君のイースター休暇前の質問に答えるとしよう。ロックハートのことだったよな。結論から言えば彼にはヴォルデモート関連の曰くつきの日記を盗ませた」

「何?」

「ルシウス・マルフォイからの友情の品だ。ヴォルデモートの学生時代の記憶が入った如何わしい品」

「そんなものを奴に渡してどんな結果を招くのか考えてないのか…?!」

「今更リスクの話をするのか?私がリスクを払うのが好きなのは去年で分かっただろ」

「しかし…ポッターや他の生徒を狙う可能性もある」

「そうだな。しもべ妖精の監視網も完璧とは言えない。だが…ほとんど確信に近いのだが、奴が裏切った場合何をしようとするかはわかる」

「それは…?」

「そのうちわかるさ」

「はあ…ッ」

 

  セブルスはため息をついて眉間をグッと指で抑えた。ここまで感情を露わにするのは珍しいかもしれない。

 

「まず、君が組んでいるのは『日記』の闇の帝王ということだな」

「そうだ。16歳のトム・リドル。日記に書き込むことで意思疎通ができる」

「記憶の入った日記…それに意思があると?」

「ああ。言いたいことはわかるぞ。絵画の人物に心があるのかってことだろ?」

「そうだ。答えは()()

「私はそうは考えない。そもそも心なんてものはどこにも存在しない。あるのは思考を作り出す脳という器官と記憶だ。二つが揃えばそれは考え、行動を選択する。それを意思と呼ぶんじゃないか?」

 私は自分で言った言葉にハッとする。ああそうか。あれには脳にあたるなにかも備わっているのか。

 セブルスは1人で納得している私を横目で見ながら次の問いかけをする。

 

「…では、きみと日記が合意した目標とは?」

「秘密」

「………正直予想はついている。だが、これはきちんと君の口から聞くべきだと思う。君はこれから何をするつもりなんだ?」

「そうか。なるほどな…」

 セブルスの真剣な表情に、私はかつての友のことを思い出した。私以外の全てが忘れてしまったその顔。私の記憶すらもう正しいのかどうかすらわからない、なのに忘れることもできない。たしかにあったはずの悲しみを。

 悲しみ?そうか。セブルスのどんな木漏れ日の中でも影がさすような印象は消えない深い悲しみがあるからか。

 きみにはそんな傷があるんだ。それってとても素敵だな。

 

 

「蓋を開けてのお楽しみ」

 

 

 

 私の言うことなんて何も信じてはいけない。

 

 


 

 

 

 湿った土を踏む音がする。不快な悪臭が肺を満たす。どこからか沁みてくる水音が反響し、複雑に張り巡らされた通路へ乱反射して耳へ届く。

 自分の足跡もその反響の中に触れて一つの大きな音となる。導かれるように進む。足元は小石混じりの土から石畳へ。壁もいつの間にか美しく切り揃えられた石壁へ。そして崩れず残った柱には蛇の彫刻があった。

 そんな石の蛇たちが集結する箇所に大きな扉があった。七匹の蛇が守る扉。そこへむけて言葉を囁く。蛇の言葉だ。

 すると蛇たちはするりと退いて、扉が開かれる。

 

 

 扉の先には背の高い柱に支えられた広い空間がある。彫刻に飾られた柱の先にあるのは巨大な男の顔の彫像。サラザール・スリザリンのものであろう。

 天井は所々崩落し、柱の上部が激しく損壊している。

 滴る水で足元は悪い。滑らないように進み、ロックハートはぐるりと辺りを見回した。

 

「ここが…本当に秘密の部屋なんですか?」

 

 声が反響する。ただ広いだけの、秘密の部屋というにはあまりにも何もない空間だ。

「秘密の部屋の怪物は?あなたが操れると言ったそれはどこにいるんです?」

 

 その声に返事をするのは私だ。

 

「怪物はもういない」

 

 ロックハートは振り返る。

「フレイ・グリンデルバルド…」

「お前、よくも約束を破ろうとしたな」

「約束?知りませんね…あなたと何か約束した覚えは…」

「あんたは黙ってろ。トム、お前だよお前」

「トム…ッ」

 ロックハートは自分の胸ポケットに手を当てる。まるでそこにいる神様にすがるようだった。肩の震えが止まり、急に彼から怯えや恐怖が消え去っていく。

 

「尾行てきたのか?」

 冷たい眼差し、冷たい声。ロックハートらしからぬ冷淡さ。私は答える。

「まさか。しもべ妖精の尾行を撒かれたからあたりをつけてここにきた」

「なぜこの場所を知っている」

「おまえの…なんて言えばいいんだ?本体…、主…?まあそれのおかげだ。トム・リドル」

「……そう簡単に記憶がのぞけるか」

「さあな。私はいわば又聞きだから知らないが…。とにかくおまえの将来は思い描いていた通りじゃないってわけだ」

 

 私は杖を抜いた。ロックハート…いや、トム・リドルも私と距離を取るようにあとずさり、杖を抜く。

 

「この間の決闘より楽しめそうか?」

「お互いな」

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