グリンデルバルドが勝った世界   作:ようぐそうとほうとふ

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同じ穴の狢
あなたも当事者だ


 夏休み。

 

 私は花の都パリにまで来て陰鬱そうな顔をした眼鏡の男の前に座っていた。ハリーが私の人生に現れてからというもの、夏は誰かに呼び出されるのが常だ。

 出された薄過ぎるコーヒーに渋い顔をするとそれが不満だったのか、男は口を開いた。

 

 

「フレイ、おまえが呼び出しに応じるなんてね」

 

 

 そう気取った声で私に声をかける男は何を隠そう私の兄、ガブリエル・グリンデルバルド。魔法帝国魔法警察庁の長であらせられるこのお方は、孫の中では2番目に年嵩で最も説教好きな男だ。ちなみに次男。

 白と黒を基調とした執務室には彼自身が好む群青と銀の飾りがあり、入ったものは知的な印象を受けるかもしれない。だが騙されないで欲しい。こいつは説教が好きなだけのやな奴だ。

 

「呼んだのはあんただろ、ジブリール」

 

 私の反抗的な返事にガブリエルは剃り上げた頭を手でなでつけた。時々出る彼の癖だ。

 

「そりゃ一度顔を見たくもなるだろう。すっかり燃え尽きてたおまえが最近になってやたらと活動的になって。頻繁にこっそり調査を依頼してただろう?わたしには筒抜けだ。おじいさまに報告はしないでおいてやってるが…。当然理由を教えてくれるな」

「相変わらず過保護だな」

 しかし私はガブリエルに対してなかなか強く出れない。単純に彼が私の神秘部入りを後押ししたという恩もあるが、なぜならば彼こそが最もゲラート・グリンデルバルドに退いてもらいたいと願う人物だからだ。

 

「イギリスはイギリスで大変なんだ。わかるだろ?ハリー・ポッターの後見人になってからトラブル続きなんだ。こっちは隠居のつもりだったのに」

「隠居のつもりだったのか?早過ぎるだろう。それでヴォルデモートの手下と仲良くやってるのもトラブルか」

「そう。しかもジブリールの思ってるようなやつじゃない。めんどくさそうな人間関係に引き込まれてる」

「フッ…それはお前の一番苦手なところだな」

 ガブリエルはメガネのブリッジを押し上げてバカにしたように笑う。

「教師なんていい加減やめてお前もどこか省庁に入りなさい。おっと、また神秘部なんていうなよ。そうだな…プロパガンダ部なんてどうだ」

「冗談はよしてくれ」

「冗談なんか言わない。これを」

 ガブリエルは声を落とし、数ページにわたる文書をずっと差し出した。この部屋が盗聴されてるなんてまずないのに演出が過剰すぎだ。

 その文書を手に取ると、どうやら雑誌の切り抜きのコピーのようだった。

 


 

「闇のベールの向こう側: 魔法帝国の収容所に閉じ込められたノーマジたち」

 

隠された真実を暴く──平等な世界を目指すアメリカの記者が、魔法帝国の『マグル収容施設』で目撃した惨状とは?

 

 私たちは「文明」の時代に生きているはずだ。しかし、魔法帝国の広大な支配圏内で起きていることは、暗黒の過去から何も学んでいないことを証明している。

 「平等」の概念は、帝国内ではあまりに遠いものだ。彼らの強大な魔法至上主義は、マグル(ノーマジ)に対する弾圧と虐待を当然のものとしてきた。だが、その実態がこれほどまでに冷酷で非道なものであるとは、想像を超えていた。

 

マグル収容所の内部 ──現実は想像以上に残酷

 

 我々が独自に入手した情報によれば、魔法帝国は広大なマグル収容施設を国内各地に設置し、ここに「適格性のない」ノーマジたちを監禁しています。政府によって「労働力」として分類された彼らは、わずかな休息のためだけに存在し、日々、過酷な労働を強いられているのです。

 

 イギリスの収容施設に足を踏み入れたという匿名の告発者によると、収容所は厳しい警戒の下、外部との接触は一切禁止されています。ノーマジたちは鉄格子の檻に詰め込まれ、昼夜を問わず働かされており、その多くは無表情で、希望という言葉を忘れたような目をしているといいます。

 収容所内での扱いは人権を無視したもので、ノーマジたちの生活は家畜同然です。彼らは最低限の食料を与えられ、厳しい規則に従わなければ暴力的な制裁が待っています。何人かの収容者は命を落とし、施設内でさえもその事実は隠蔽されています…


 

 めくるとまた別の新聞と思しきレイアウトの文書があった。

 


 

収容所内での非人道的処遇

 

 

 魔法帝国におけるマグルの立場は、単なる市民よりも遥かに低い。収容所内では、劣悪な労働条件下で働かされるノーマジたちは、日々の生活が命がけだ。報告によると、ノーマジは「労働力としてのみの存在」として見なされ、食糧や医療がほとんど提供されない状況で働かされている。彼らの運命は使い捨ての「資源」として決められている。

 

 さらに、「マグル屠畜場」という名前で知られる新たな処刑方法が確認された。ノーマジを動物に変身させ、その後自国のノーマジ労働者によって屠殺される。この方法は、魔法使いたちの手を直接汚さずに大量処理が可能となるため、国民の罪悪感を薄める巧妙な仕組みとして広く運用されているという。

 

戦争の前触れか?

 

 近年アメリカと魔法帝国の間の外交的緊張が高まっている。特に、アメリカがノーマジと魔法使いの平等を主張する立場にあり、魔法帝国のイデオロギーとは真っ向から対立している。数々の情報流出と共に、国際社会での魔法帝国の孤立が進む一方で、アメリカ政府内でも「武力による干渉」が避けられないという声が上がりつつある。

 

内部告発者の証言

 収容所から逃げ出した元魔法警察の関係者によると、収容所内では兵士たちが日常的にノーマジを「訓練用の対象」として利用しており、戦争準備の一環として殺戮訓練が行われているという。「彼ら(ノーマジ)は道具であり、それ以上の存在ではない」と証言した内部告発者は、戦争が始まればさらに大量のノーマジが処理される運命にあると警告している。

 

 

 これらの報告に対し、アメリカは人道的介入の可能性を検討し始めた。国連では、魔法帝国による人権侵害に対する制裁案が議論されているが、魔法帝国は自らの「国家主権」を主張し、介入を一切拒否している。状況がこのまま進む場合、戦争が避けられない未来が訪れるかもしれない。この不吉な予感に目を背けてはいけない。あなたも当事者だ。


 

 

「ワオ…刺激的な記事だな」

 

 と私が言うとガブリエルは顔を顰めた。

「イギリスはマグル収容所の管理が全くなっていない。いや、ザルと言っていい。スパイが入りたい放題じゃないか。有る事無い事を書かれて…」

 実際スパイの入国を止めるのは不可能だった。彼らは動物や貨物に変身しいとも簡単に忍び込む。都心部はともかく、特にマグル収容所なんかは監視の目はあってもいちいち身分を確かめたり人数が合ってるかなんて数えない。

「それはファッジ大臣に言ってくれ」

「そうだな。ああ、それに本題はそんなどうでもいいことではない。その記事はある種、よく取材が行き届いているということだ。すぐにとは言わないが…5〜10年ってところかな。そのうちアメリカと本格的な戦争になる。イギリスからはとっとと出て戻ってこい」

「…はあ。戦争になるじゃないだろ、したいんだろ?」

 私の苦言にガブリエルはククッと笑う。

「それの何が違うんだ。わたしたちの意向は国の意向。グリンデルバルドの崇高な理想をこの世界全てに実現する。その一貫だ。フレイ、お前も一族として国に貢献しなさい」

 

「あんたは思ってもないことを言う時、顔に出過ぎる」

 

「…可愛くないやつだな、お前は」

「そっちこそなんで毎回説教してくるんだ。無駄だって気付かないのか?」

「それはな、たとえ無駄でもお前に言って聞かせることができるのがわたしだけだからだよ。おまえときたら他の誰の言うことも聞きやしないからな。まあそれだけお前の中ではわたしの優先度は高いというわけか」

「…はあ。兄弟間にまで政治を持ち込むなよな。私はそういうのにこれ以上巻き込まれたくないだけだ。で、もう説教は終わり?」

「真面目な話だ、フレイ。5年。5年でイギリスを出ろ。その頃にはお前の面倒見てる子も卒業するだろう。一緒に連れてフランスなりドイツなりに来るんだ。わかったな」

「あーはいはい…」

 私はプイッとそっぽを向いてから執務室を後にした。

 どうしてもガブリエルの前では捻くれた子供のような態度をとってしまう。昔からそういうふうにしか接していなかったせいだ。今更ホグワーツでの私のように振る舞うのがなぜだか気恥ずかしくなる。これもある種の甘えなのだろうか。まあ、口では散々言っているが私はガブリエルという男は嫌いではないのだ。

 ああ、突然家族愛のようなものを語り出してしまって申し訳ない。興味ないよな。

 

 フランス魔法省のエントランスに戻ると、待合席で暇を潰していたハリーが手を振って私に合図した。つれだって魔法省を出るとハリーは大きく深呼吸した。

「なんだか空気がピリピリしてたね。緊張した」

「悪かったな、私用につき合わせてしまって」

「ううん。外国なんて初めてだからすごい楽しいよ」

「ならいいんだが」

 

 私はメモを広げて目的地を確認し道に出てタクシーを呼ぶ。外国籍の魔法使いは国内で姿現しが禁止されているのだ。するとすぐに車がやってきて(まあわざわざ言うまでもないが魔法の車だ)ドアが開く。運転手がきちんといるタイプのタクシーで安心した。魔法でだけ動いているタクシーは時々とんでもない運転をする上に目的地につかない。

 私が住所を告げるとタクシーは音もなく発進した。

 ハリーはさっきの魔法省での緊張が解けたのかとても眠そうだった。私が腕を広げるとそこにもたれかかりうとうとし出す。

 ハリーは初めて会った時と比べてずいぶん大きくなった。出会った頃は子猫くらいの大きさだったが今は中型犬くらいに思える。髪の毛ももじゃもじゃしているし本当に犬っぽい。

 パリの市街地からどんどん離れ、セーヌ川上流のムラン、フォンテーヌブローへ。

 ガブリエルの小言なんてついでで、本当に来たかったのはこっちの方だった。

 

 その家は林のそばに立っていて、周りをぐるりと石垣で囲われていた。前来た時よりも蔦で覆われていて手入れが行き届いてないことを窺わせるが、それでもファブリックとギリギリ言えなくもない程度には整えられていた。

 門を開けると玄関までの道にイングリッシュガーデンが広がっていた。目を擦っていたハリーも外国で見る見慣れた庭に驚く。フランスの庭というのは基本的にはシンメトリーで刈り込みにより模様を描くものだが、ここはまさに自然をそのまま切り抜いたような庭だ。

 玄関にたどり着く前にドアが開いて私と同じ年頃の男が大きく手を振った。

 

「よぉ!グリンデルバルド閣下」

「久しぶりだな。アレックス」

 

 アレックス・サロウ。イギリス魔法省魔法治安警察庁勤務。より背が高くガッチリとしているため抱きしめられてバンバンと背中を叩かれるとだいぶ痛い。

「おっ!でたでたー、ハリー・ポッター閣下」

 アレックスは緊張でカチカチになっているハリーにも同じように抱きついてバンバン叩く。やめろ。しかし大型犬の如き歓迎を受けハリーはむしろ緊張がほぐれたようだった。

「さあ上がって上がって」

 

 家に上がるとこれまたイギリスのよくある家庭的な間取りと家具で、まるで石垣の中だけイギリスを切り取って持ってきたかのような感覚に陥る。

「いらっしゃい」

 キッチンに立っていたのはチェックのシャツにスラックスを着た老人だった。白髪に曲がった背、笑い皺でくしゃくしゃの顔にフリルのエプロンをつけている。ハリーも思わず釣られて笑う。

「もしかしてフレイ将軍かな?10年ぶりかな?ご立派になられて!そして横にいるのは…まさか隠し子?!」

「ハリー・ポッターです」

 ハリーが慌てて名乗り出ると老人はニコッと笑い握手をする。

「祖国を救った英雄にあえて光栄の極みです。さ、2人とも座って座って!ちょうどスコーンが焼けるから」

「…相変わらずだな、セバスチャン…」

 セバスチャンは曲がった腰でスコーンをオーブンから取り出す。私たちが席に着くとポットがふわりと浮いて紅茶をカップに注いだ。アレックスが先につくと咳払いをしてハリーに話しかけた。

「ハリー。紹介するね。こちらは僕の祖父、セバスチャン・サロウ。ああ、んでオレはアレックス・サロウ。フレイの友達」

「今日はお招きいただきありがとうございます」

「そうかたくなるなって!じいちゃんはホグワーツの卒業生なんだ。ハリーに会えるの楽しみにしてたんだよ」

「そうなんですか?」

 セバスチャンはスコーンを魔法でサッと並べて席につき、うんうんと頷く。

「ああそうだよ。もう100年も前になるが…フフッ。数字にするとわたしももう化石に思えてくるなあ」

「すごい。大先輩ですね。寮はどちらに?ぼくはグリフィンドールです」

「わたしはスリザリンだった。そうか、グリフィンドールか…。グリフィンドールの友達のことはよく覚えているよ。面白い奴ばかりだった」

「寮の垣根を越えて仲が良かったんですね」

「そうだよ?今はそうじゃないのかい」

「今は…ええと…でも最近、クィディッチのクラブとか決闘クラブができて、それを通じてなら仲がいいかも」

「へえ!決闘クラブか。懐かしいな…わたしも所属していたよ。杖十字会…懐かしいな」

「杖十字会!そう、それが最近復活したんです」

「おやまあ本当かい?ルーカンもきっと喜んでいるよ…彼が結成した会なんだ。ただものすごく強い一年生が入ってすぐに潰れてしまってな…」

「え?でもロックハートは100年以上の歴史があるって…」

「へえ?その人が読み間違えたんじゃないか?」

 

 ホグワーツトークが弾んでいて何よりだ。私とアレックスのダームストラング卒業生は顔を見合わせ、紅茶を啜った。

 私たちはホグワーツの話でひとしきり盛り上がった後はダームストラングの話になった。私が学生時代にどれだけ浮いていたかを面白おかしく話すアレックスに訂正を入れまくっていたらハリーに大ウケした。

 

 私との学生時代の写真を見せると言ってアレックスはハリーと共に2階へいってしまった。私はセバスチャンと2人。

 

「孫といい友達でいてくれてありがとう」

「いえ…友達でいてくれてるのはアレックスの方です。私は…あまり人と打ち解けないので」

「確かに君は少しかっこつけすぎかもな?」

 セバスチャンはタバコを蒸すような仕草をする。私は笑って彼に一本差し出し、自分もタバコに火をつけた。

 

「いやはや。こんな時代になってもタバコが吸えるとは幸せだ。孫は本当にいい友達を持ったよ」

 

 セバスチャン・サロウは卒業後、闇祓いとして活躍。妹の結婚でフランスに渡った。そこで妻となる女性と出会い、世界が暗黒に包まれようとする中でも自分たちの幸せを守り抜いた。

 ふと壁に目を向ければ奥さんと2人で笑う古い写真が飾られている。新婚当初のものから今のものまで、何枚も何枚も。私の知らない表情がたくさん。

 

「…今幸せですか?」

「うん?ああ、勿論喪ったものもおおいがね…幸せだよ」

「…そうですか」

 

 彼には私の知らないたくさんの積み重ねた過去と、今がある。

 その今を幸せという。それがこの世界が愛おしく感じてしまう一因だ。

 私がどんなに世界を憎んでいても、誰かにとっては幸せな世界。それは私が望んだものでもあったのに。

 一体どうしてこんなふうに捻れて歪んでしまったのだろうね。

 

 

 2階から2人が戻ってきてみんなでスコーンを食べ尽くしたころ、私とアレックスは庭に出た。

 

 

「君なぁ…話を盛りすぎだぞ」

「でもウケてた」

 私の文句にアレックスは悪びれもせず答え、手を差し出した。本国ではタバコはマグル的だと後ろ指さされる上に入手困難。一本渡すとアレックスはありがてぇーと呟いて深く煙を吸い込み、むせた。

「今日は来てくれてありがとうな、フレイ。あんなに楽しそうなじいちゃん見たのひさしぶりだよ。3年前にアンおばあさんが死んでから随分塞ぎ込んでたからな…」

「そうか。アンは亡くなったのか」

「ああ。もういっそじいちゃんとイギリスで一緒に暮らそうかと思ったんだが…」

「やめとけ。君が転職しろ」

「やっぱそういう感じかぁ。最近、きな臭いんだ」

 アレックスはあーあと言ってタバコを消し、服に匂いが残らないように杖で撫でる。私が視線を上げると窓からこっちをみていたハリーが手を振った。

「あの子も大変だな。将来はイギリスのリーダーに…って話らしいけどどうなんだろう。将来なんてあるのかな」

「さあね。時間はこっちの都合なんてお構いなしに流れる」

「ああ、君が言うと重い言葉だな」

「嫌味はやめてくれよ…」

 

 私たちは家の中に戻り、夕食を共にしてからまたタクシーでホテルまで行った。ハリーはサロウ家の訪問がとても楽しかったようでタクシーの中でもずっと私に学生時代の話をせがんだ。大したネタはないのだが。私の話なんかを聞いて何が面白いのだろう。

「フレイは自分の話をあんまりしてくれないから新鮮だったんだ」

「そんなに話してないか…?」

「でもセバスチャンの話も面白かったよ。イギリス風の家を建てる時近所と揉めて戦争状態になった話とか…」

「ああ、それは彼のとっておきのネタだね」

 ハリーは本当に楽しそうに笑った。

 今年はウィーズリー家も世界旅行らしく、会うとしても夏休みが終わる直前になるということだ。孤児院にも今年は帰らず、私との旅行とクィディッチの自主練や魔法の特訓ができる夏季キャンプに励むと言う。

 ハリーは私のことを本当にまっすぐ好いてくれている。そして時に子供らしく感情に振り回されながらも、正しさを忘れない。自分に辛い過去があっても、この世界を愛しているのだと思う。

 

 こんな世界を。

 

 

 

 

 

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